村役場の職員室では、受付の中野が職員全員にペラッターを見せてまわっているところだった。たったの四人しかいないのだが。
ご機嫌な様子の橋口村長に声をかけられ、すぐにデスクに向かう。
橋口村長は、御歳75歳。びっくりするほど豪快に笑う。趣味はゴルフで、梶山村にゴルフ場を作ったのも、橋口村長の案だった。村人しか行かないゴルフ場だが、社交場としての役割を立派に果たしている。
地震や土砂災害などの時には、そこが村人の避難場所にもなるように防災施設としての整備も丁寧にされてある。橋口は地元思いの良い村長だ。
「櫻川くん。さすがだねぇ。君にプロジェクトリーダーを任せて良かったと改めて思うよ」
がはは。と歯を見せて笑う橋口村長。もちろん歯はmy teethだ。入れ歯なんて、橋口村長には必要ないのだろう。
「フォロワー200人超えましたよー! 櫻川さん効果すごい」
中野は今にも小躍りしそうだ。莉良は、なんだかんだ梶山村が有名になるのならもうなんでも構わないと思った。自分なんて、どう使われたっていい。
その日一日は、いつものように事務仕事を片付けて午後からはまた宗方と打ち合わせの予定になっていた。
もはや2人の待ち合わせ場所となった会議室に向かう。他の職員など入ってくることもない。ぼろぼろの壁に、雨もりしている端っこの天井。もう何十年も手入れされていないであろう窓。隅には、お決まりのように蜘蛛の巣が張っている。
「お待たせしてすみません」
莉良が会議室に入ってから数分も経たないうちに、宗方が入ってきた。走ってきたのか息が乱れている。
「大丈夫です」
「ペラッター順調にフォロワー増えてるようです。梶山村目的と言うよりは、櫻川様目的の方が大半だと思いますが」
そう言って、ペラッターに載せた写真についてのコメントを見せてくれた。
_____________________
《ゆりゆり》
まだネットにこんな逸材がいるとは……応援します! まじでイケメン! 推せる!
《ナスの煮びたし》
笑った顔めっちゃかわいいー。これから人気出そうだなー。フォローしとこうっと。村おこし頑張ってください。
《猫吸いママ》
こんなに若い子が村おこししてるの!? おばさん感動。絶対この村行くわ。
___________________
「好反応ってことですかね?」
「そうですね。幸い、誹謗中傷なども見当たりませんし。例えそういうコメントが来たとしても、無視すればいいだけです。櫻川様が思い悩む必要はありません」
宗方はスマホをしまうと、今度はパソコンを立ち上げた。必然的に、宗方との距離が近くなる。いい香りが鼻をつく。金木犀だろうか。コロンでも付けているのだろうか。
匂いに気を取られていると、ぼーっとしていると思われたのか宗方が少し眉を寄せた。莉良は慌ててパソコンに向き合う。
「カフェの設立のためには、フォロワーは最低でも10万人は必要になるでしょう。SNS総フォロワーで言えば、100万人は欲しいところです」
「そんなに……」
フォロワーとは、たしか応援する人っていう意味だったよな。
はたして、自分にはそんなにたくさんの人を惹き付けるような魅力はあるのだろうか。
宗方が提示してきたのは村人の何十倍、何百倍の人数だ。
莉良にはこれといって資格があったり、特技があるわけでもない。自分のどこをどうアピールすればいいのかわからずにいた。
「安心してください。櫻川様は、わたしの指示通り動いてもらうだけで大丈夫ですから」
宗方の言葉には自信があるようだった。莉良は、考えてもわからないことは頭の隅に置くことにした。
「自分は、ほんとうに宗方さんの言う通りにやっていればいいんですか?」
宗方が莉良の目を射抜くように見つめてくる。ふ、と唇を緩めると
「はい」
と、答えた。その返事だけで安心してしまうのは何故なんだろう。
宗方に任せておけば、全てうまくいく。そんな気がしてしまう。頼りがいがあるというのは、こういう男に使う言葉なのだろう。
「さて。今日はもう少し、リラックスして笑ってみましょうか」
そう言って宗方がパソコンの画面を莉良に向ける。そこには、アルパカが美味しそうに餌を食べているシーンの動画が流れていた。
なんで、アルパカなんだろう……。
「わたしがピックアップした癒される動物たちの動画です。これを見て、微笑んでみてください」
「はあ」
そう言うと、宗方はカメラをこちらに向ける。
動画を視聴し始めて、5分。莉良は無類の動物好きだ。だから、自身の姿がカメラに納められているなんて忘れて可愛らしい動物たちを見入っていた。
アルパカの毛ふわふわだ。ウォンバットも、もふもふしてそう。動物園行きたい……。
動画を全て見終わる頃には、15分ほど経っていた。
もうおしまい?
というように、宗方を見つめるとその瞬間をカメラに撮られてしまった。莉良はちょっと恥ずかしくなって髪をかく。
「お疲れ様でした。では、また明日」
宗方の後ろ姿を見送りながら、莉良はアルパカがもぐもぐと餌を食べているシーンを思い出し、ひとり和んでいた。
ご機嫌な様子の橋口村長に声をかけられ、すぐにデスクに向かう。
橋口村長は、御歳75歳。びっくりするほど豪快に笑う。趣味はゴルフで、梶山村にゴルフ場を作ったのも、橋口村長の案だった。村人しか行かないゴルフ場だが、社交場としての役割を立派に果たしている。
地震や土砂災害などの時には、そこが村人の避難場所にもなるように防災施設としての整備も丁寧にされてある。橋口は地元思いの良い村長だ。
「櫻川くん。さすがだねぇ。君にプロジェクトリーダーを任せて良かったと改めて思うよ」
がはは。と歯を見せて笑う橋口村長。もちろん歯はmy teethだ。入れ歯なんて、橋口村長には必要ないのだろう。
「フォロワー200人超えましたよー! 櫻川さん効果すごい」
中野は今にも小躍りしそうだ。莉良は、なんだかんだ梶山村が有名になるのならもうなんでも構わないと思った。自分なんて、どう使われたっていい。
その日一日は、いつものように事務仕事を片付けて午後からはまた宗方と打ち合わせの予定になっていた。
もはや2人の待ち合わせ場所となった会議室に向かう。他の職員など入ってくることもない。ぼろぼろの壁に、雨もりしている端っこの天井。もう何十年も手入れされていないであろう窓。隅には、お決まりのように蜘蛛の巣が張っている。
「お待たせしてすみません」
莉良が会議室に入ってから数分も経たないうちに、宗方が入ってきた。走ってきたのか息が乱れている。
「大丈夫です」
「ペラッター順調にフォロワー増えてるようです。梶山村目的と言うよりは、櫻川様目的の方が大半だと思いますが」
そう言って、ペラッターに載せた写真についてのコメントを見せてくれた。
_____________________
《ゆりゆり》
まだネットにこんな逸材がいるとは……応援します! まじでイケメン! 推せる!
《ナスの煮びたし》
笑った顔めっちゃかわいいー。これから人気出そうだなー。フォローしとこうっと。村おこし頑張ってください。
《猫吸いママ》
こんなに若い子が村おこししてるの!? おばさん感動。絶対この村行くわ。
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「好反応ってことですかね?」
「そうですね。幸い、誹謗中傷なども見当たりませんし。例えそういうコメントが来たとしても、無視すればいいだけです。櫻川様が思い悩む必要はありません」
宗方はスマホをしまうと、今度はパソコンを立ち上げた。必然的に、宗方との距離が近くなる。いい香りが鼻をつく。金木犀だろうか。コロンでも付けているのだろうか。
匂いに気を取られていると、ぼーっとしていると思われたのか宗方が少し眉を寄せた。莉良は慌ててパソコンに向き合う。
「カフェの設立のためには、フォロワーは最低でも10万人は必要になるでしょう。SNS総フォロワーで言えば、100万人は欲しいところです」
「そんなに……」
フォロワーとは、たしか応援する人っていう意味だったよな。
はたして、自分にはそんなにたくさんの人を惹き付けるような魅力はあるのだろうか。
宗方が提示してきたのは村人の何十倍、何百倍の人数だ。
莉良にはこれといって資格があったり、特技があるわけでもない。自分のどこをどうアピールすればいいのかわからずにいた。
「安心してください。櫻川様は、わたしの指示通り動いてもらうだけで大丈夫ですから」
宗方の言葉には自信があるようだった。莉良は、考えてもわからないことは頭の隅に置くことにした。
「自分は、ほんとうに宗方さんの言う通りにやっていればいいんですか?」
宗方が莉良の目を射抜くように見つめてくる。ふ、と唇を緩めると
「はい」
と、答えた。その返事だけで安心してしまうのは何故なんだろう。
宗方に任せておけば、全てうまくいく。そんな気がしてしまう。頼りがいがあるというのは、こういう男に使う言葉なのだろう。
「さて。今日はもう少し、リラックスして笑ってみましょうか」
そう言って宗方がパソコンの画面を莉良に向ける。そこには、アルパカが美味しそうに餌を食べているシーンの動画が流れていた。
なんで、アルパカなんだろう……。
「わたしがピックアップした癒される動物たちの動画です。これを見て、微笑んでみてください」
「はあ」
そう言うと、宗方はカメラをこちらに向ける。
動画を視聴し始めて、5分。莉良は無類の動物好きだ。だから、自身の姿がカメラに納められているなんて忘れて可愛らしい動物たちを見入っていた。
アルパカの毛ふわふわだ。ウォンバットも、もふもふしてそう。動物園行きたい……。
動画を全て見終わる頃には、15分ほど経っていた。
もうおしまい?
というように、宗方を見つめるとその瞬間をカメラに撮られてしまった。莉良はちょっと恥ずかしくなって髪をかく。
「お疲れ様でした。では、また明日」
宗方の後ろ姿を見送りながら、莉良はアルパカがもぐもぐと餌を食べているシーンを思い出し、ひとり和んでいた。



