村おこしのためにネットアイドルになったら、担当プロデューサーが有能すぎて逃げられません。


 翌朝、いつものように村役場の受付で朝の挨拶をする。

「おはようございます」

「櫻川さん! 昨日の見ました。ナイスアイディアですね」

 村役場の受付をしているパートさんの中野(なかの)が、珍しくきゃっきゃっとして声をかけてきた。

 ちなみに、中野は今年28歳を迎える受付さんだ。梶山村が地元らしく、ここで長く働きたいのだと言って都内の女子大学を卒業後、梶山村に戻って就職したらしい。

 昨日の? なんのことだ?

 莉良は首を傾げた。すると、中野は自身のスマホを見せてくれる。そこには、毎朝鏡の前でよく見る人物が映っていた。

「わたし、ペラッター好きでよく見るんですよ。昨日、ぼーっと見てたら櫻川さんが出てきて……もうびっくりしちゃいました。心臓バクバクです」

 ペラッターとは、独り言が呟けるSNSだと聞いている。

 自分はやったことがないけど、かなりのユーザー数がいるのだとか。莉良は中野のスマホを掴み取る勢いで写真に見入った。

 これは、初めての投稿らしい。


___________________

梶山村役場公式ペラッターはじめました。

村おこしリーダーの職員をパシャリ。やや緊張気味のようです。村おこしのメインプロジェクトについて進捗やお知らせをしていきます。

これから、よろしくお願いします!

梶山村役場公式ホームページ
「htpps/98/moqmop」

【写真:莉良がカメラに向かって、ちょっと笑ってる姿。顔はひきつり気味】

毎日ペラるので、フォローお願いします!

___________________




「宗方さんっ!!」

 宗方の泊まっている旅館は、定食屋を営む二階建ての建物の一室だ。

 昨日、村に滞在する場所を聞いていたため、女将に受付で呼び出してもらったのだ。

「おはようございます。櫻川様」

 寝癖ひとつない。完全フル装備の宗方がやってきた。ぴしりとワイシャツのネクタイを締めた宗方に詰め寄る。

 顔には、なんですかと書いてある。なんですかとはこっちの台詞だ。

「なんですか、あの写真!」

「ああ。見たんですね。宣伝写真ですよ。初投稿は、初々しいくらいがちょうどいいんです」

 「それに」と宗方は言葉を続ける。

 ペラッターのプロフィール画面を見せてきた。ユーザーネームは『りらくん』

 よく見れば、フォロワーが150人。

 たったの一晩で? 

 これが多いのか少ないのかはわからないが、莉良のリア友より多いのは確かだ。

「あんなの……盗撮でしょう」

 莉良はわなわなと怒りに震えて宗方に言う。すると、宗方はくすと唇を引き上げた。昨日よりも深い笑み。だから、この人こんな顔もするんだと思って。莉良は、怒りがふっと消えていくのを感じた。

「村役場のホームページに写真があると聞いたので、ネットに上げても良いだろうと判断しました。先に言うと反対されそうだったので」

「一言、相談してもらえれば……」

 と言いかけて、どうなっていただろうかと考える。

 小心者の莉良は、きっと猛反対していただろう。自分に自信がなくて、ネットなんて怖くて。よくわからないものに触れるのは嫌で。不安で。

 押し黙った莉良を見て、宗方はこう言った。

「何事も、挑戦してみなければわかりませんよ。それに、櫻川様が本気で村おこしをしたいのなら、顔と名前は見せるのが最低限のマナーではないですか?」

 宗方の言葉は正論そのもので。莉良はぐ、と言葉に詰まる。

 たしかに、宗方の言う通りかもしれない。

 本気で梶山村を有名にさせたいのなら、莉良は梶山村の顔であり、名刺だ。しり込みなど、している余裕はない。莉良は、まっすぐ宗方を見つめた。

「わかりました。今回の件は許します。自分も、村おこしについて考えが甘かったと反省しています」

「ならよかったです。これから、色々と写真を撮っていきますがお気になさらず。

 梶山村の村おこしのプロジェクトリーダーの勇姿を載せたいだけですので。それと、ネットアイドルとしての『りらくん』を育てていくためですからね。そこのところ、忘れないようにしてください」

 「それとですね」と、宗方は目を細めて言う。

「櫻川様の容姿は強みなんです。都内を歩いていれば、芸能会社からスカウトが来てもおかしくはありません。無自覚なのが、良いところでもありますが」

 芸能会社? 

 おだてられても、なにも出せない。

 莉良は、納得できないまま宗方を見た。視線が合うと、宗方はおもむろに手を組んだ。目は呆れたように細められている。

「あなた、テレビとか見ないでしょう。テレビに出ている芸能人と比べてみてください。その容姿を持っていれば、なんでも手に入るかもしれないのに」

 宗方が、一歩距離を詰めてきた。すかさず莉良は、一歩後ろに下がる。

 この距離は、だめだ。なんとなく、良くない気がする。

「わたしは、わたしにできることをして村おこしを成功させるつもりです。気に食わないことがあれば、また教えてください」

 そう言うと、スマホを持ってどこかに電話をかけ始めた。莉良はその場で待つのも邪魔になるだろうと思って、村役場に戻ることにした。