村おこしのためにネットアイドルになったら、担当プロデューサーが有能すぎて逃げられません。

「ではさっそくですが、梶山村の村おこしについて櫻川様のご意見をうかがえますか?」

 宗方はパソコンを起動し、莉良の目を見据えた。眼力が強い。莉良は直に目を合わせるのが怖くて、宗方のおでこのあたりを見つめることにした。

「自分が提案したのはカフェの設立です」

「カフェですね。具体的にはどんな?」

 カタカタ、とキーボードを打ち込む音。なんだか、聞き取り調査みたいで緊張する。莉良は何度も構想したカフェ設立のイメージを宗方に伝える。

「梶山村には、築100年を超える空き家がいくつかあるんです。大正時代の面影を残している建物なので、リノベーションしてカフェにすれば昨今のレトロブームに乗れると思うんです」

 ほう、と宗方がひとつ息を吐く。莉良は押せ押せと言わんばかりにプレゼンをする。

「この村の特産品であるお茶の葉を使って、緑茶やレモンティーなどを作って売ってみたいんです。ネット通販も始めれば、現地に来なくても購入することは可能ですし。

 それと、カフェ経営が成功したら、今度は近くに旅館を建てたいと思っています。最終的には、梶山村への移住者を募るためにカフェ経営の利益から助成金を出して、移住者1世帯につき10万円ほど配る予定です」

 宗方は、莉良の非現実的な妄想を最後まで黙って聞いてくれた。莉良は熱弁しすぎてしまったせいか、体が熱い。作業着の上着を脱ぐことにした。

「現在の村おこしの予算額は、いくらくらいですか?」

 1番、答えにくい質問だった。莉良はここはもう正直に言うしかないと腹を決める。

「50万円ほどです。なので、予算的に無理だろうって自分の案は通りませんでした」

 なるほど、と宗方が頷く。

「だいたいのイメージは掴めました。となると、重要なのは予算のほうですが」

 宗方はあまり表情が豊かなほうではない。けれど、このときは目の奥がぎらりと光ったように見えた。

「櫻川様の案ならば、最低でも2000万……理想に近づけるなら5000万円は必要でしょう」

「なっ、に、にせんまん!?」

 桁が違うではないか。莉良は座っていたパイプ椅子から転げ落ちそうになった。

 そんなお金どこからわいてくるって言うんだ。やっぱり、自分の案は突拍子もなくて非現実的なんだな。

 そう落ち込もうとしていると、宗方が「くく」と声を発した。手で口を隠すようにして。笑っているのだろうか。

「いや、すみません。動きが漫画のキャラクターのようだったので……」

「はあ」

 この人の笑いのツボはよくわからない。こほんと、息をすると宗方は先程とはうってかわって真剣な顔になった。

「わたしの会社ウェルムは業界でもトップクラスのスキルを持った人材を派遣する会社です。そこでわたしは、ネットマーケティングを任されています」

「ねっと、まーけてぃんぐ?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げていると、宗方がゆっくりと滑舌よく話し出す。

「はい。過去の事例として、政治活動をなされている方の場合は、支援サイトで支援金を募ったり、アマチュアのブロガーをマーケティングしてプロにまで指導したことがあります」

「そうなんですね。すごいです」

 政治家にブロガーか。どれも莉良とはだいぶかけ離れた存在だ。

「カフェ設立のためのお金をどう集めるか。わたしの中でプランは決まりました」

「えっ。こんな短時間で?」

 莉良は期待に満ちた眼差しで宗方を見上げる。座っていても、そもそも座高が違うのだ。見上げなければ顔は見えない。

 やはり、専門家に依頼して良かった。

 ほっと莉良が息をつこうとしたその時。

「そのプランを話す前にひとつだけ、櫻川様にお尋ねしたいことがあります」

「なんですか」

「あなたは梶山村のために、どこまで自分をさらけ出せますか?」

「さらけ出す?」

「はい。自分の名前も容姿も、時には過去も。全てをさらけ出す覚悟で、古民家カフェ設立のために努力できるのかと聞いています」

 一体、何をやらされるんだろう。莉良は心臓がばくばくと鳴るのを感じた。

「そんなに不安げな顔をしないでください。危険な仕事ではありません。むしろ、ちょっと楽しいかもしれません」

 危険じゃないけど、楽しい仕事? そんなものこの世の中にあるのだろうか。

「自分は……梶山村のためならなんでもできます。どうか、宗方さんのお力を貸してください」

 莉良の本心だった。

 1年間、村に引っ越してくる前の過去のことを一言も聞かずに受け入れてくれた村の人達。人生の中で今が1番豊かなものに触れていると感じる。

 この村の人口がもっと減れば、最悪廃村に追い込まれるかもしれない。そんなことは、絶対にさせない。

 だからまずは、古民家カフェを設立して観光客を呼び込むんだ。そのためなら、自分の全部をくれてやる。

「……わかりました。では、プランをお話します」

 何を言われるんだろう。莉良は、宗方の表情をちら、とうかがう。僅かだが、口角が上がっているようにも見える。楽しんでいる? この状況を。

「あなたは今日からネットアイドルの『りらくん』です」

「ねっとあいどる?」

 莉良はまたもや首を傾げる。普通のアイドルと何が違うのだろうか。そんな莉良の疑問に答えるように、宗方は説明を始めた。

「そうです。ネットアイドルとは、ネット上で様々な活動をするアイドルのことです。『りらくん』というのは、わたしが勝手につけたあなたのアイドルネームです。お気に召さなければご自由に変更してください」

「それは別にいいですけど……。具体的には、何をやるんですか?」

 真剣に聞いているというのに、宗方はふっと意味ありげに笑うだけで答えようとはしてくれない。

「この手のものは、本人には意識させない方がファンに受けるんですよ」

 なんだかよくわからないことを言っている。莉良は、そうですかと空返事をした。

 宗方がおもむろにパソコンの画面を伏せる。音もなく立ち上がると、スマホを取り出した。

「はい、笑ってください」

「え」

 宗方は無機質な声で、そう言い放つ。莉良は、きょとんとした顔でカメラに目をやった。カシャ、と乾いた音が耳につく。

「あ、の。えっと……?」

 カシャ、カシャと無機質な音。宗方は、莉良の周りをくるくると回りながら撮影をしている。

 なんで、写真撮られてるんだろう。俺。カフェ設立のためのプランを考えるんじゃなかったのか? 

 そう考えている間も、宗方はカシャカシャとシャッターを切って何枚も写真を撮っている。

「あのう、宗方さん。これは一体?」

「いいから。笑いましょう。はい、布団が吹っ飛んだー」

 宗方が言う駄洒落自体は面白くはないけど、宗方が言うからこそ面白いと感じるのかもしれない。

 え、えへ。と宗方のペースにつられて我ながら気持ち悪い笑みを浮かべてみる。

 きっとほっぺた引きつってる。最近、笑うこともなかったしな。

 忙しすぎて。表情筋、死んでるわ、これ。

「まあ、こんなものですかね」

 その後、5分程して宗方がスマホを腰ポケットに収める。写真を撮られるのも久しぶりで、他人に笑顔を見せるのも久しぶりで。莉良はどっと疲れを感じた。

「櫻川様は、役場のホームページに顔出ししてますよね」

「はい。そうですけど。といっても、職員の集合写真の端っこにですが」

「わかりました。では、今日はこれでお開きにしましょう」

 えっ? と莉良は声を上げそうになった。

 まだ、写真しか撮ってない。古民家カフェの構想の話をするんじゃなかったのか?

「わたしはこれから色々とやることがあるので。では、また明日」

 颯爽とした足取りで、宗方が会議室を出ていく。大股で足早だ。

 莉良はすっかり置いていかれた。こじんまりとしていて、年季の入った会議室にひとりぼっち。追いかける余裕もなく、ただ呆然と宗方が出ていった入口のドアを眺めていた。