神頼みにもほどがある!


 ──名は体を表す。
 なんて言うけれど、櫟井律歌(いちい りつか)という漢字四文字(フルネーム)の雰囲気から生成されたオレの脳内画像がSSRだとしたら、目の前にいる本人はUR(ウルトラレア)の風格だった。
 人によって好みのタイプは分かれるだろうが、この見た目なら美形に耐性のあるヤツだって十中八九よろめくだろう。
 未だに入選していなくても、子供のころから家族と一緒にリリエールウォーター俳句大賞へ応募を続けてきた。
 その過程で培ったオレの語彙力は、一般的な高校生より鍛えられているはずだ。
 それなのに、親友の恋心をもてあそぶようなことをするこの男を言い表す適切なフレーズはひらめいてくれなかった。

 ひとまず、落ち着いて考えてみよう。
 どんな時でも俯瞰的に考えられる人間の方が窮地においても強い、と何かのアニメで言っていた。
 順序立てて、正しく、経緯を並べてみれば、思考が整理されて肩の力も程よく抜ける。
 小学校に上がる前から通っていたスイミングスクールで仲良くなった葉山瑞樹(はやま みずき)はオレ、相模原譜祐(さがみはらふゆ)にとって特別な存在である。
 校区も同じで、小中も一緒だったオレたちは互いに励まし合い、同じ高校に進学した。
 進路についてぼんやりしたヴィジョンしかないオレと違い、瑞希には叶えたい夢がある。
 そのための費用を少しでもためておきたいとバイトが解禁される二学期になって許可をもらい、凪形(ななり)神社の参道にあるカフェ『千代結(ちよむす)び』で親友はバイトを始めた。
 そこに後から入ってきたのが同い年の高校生、櫟井律歌だった。

『バイト先にめちゃくちゃ綺麗な高校生が入ってきてさ。お客さんだけじゃなく、スタッフと店長も彼のことをチラチラ目で追ってる感じで興味深いよ』

 いつも穏やかで、周りの状況に合わせられる瑞希は、どんな場所でも求められた役割をこなしていく。
 同い年とは思えないほどしっかりしてるし、いい子よねとうちの家族にも信頼されている瑞希が、恋をするとぽやぽやになるなんて知らなかった。
 他人事のように話していたはずなのに、中身スカスカの見た目だけ男ではなかった櫟井律歌は瑞希にとって特別な一人になっていく。
 いやいや、これは恋じゃなくて推し活みたいな感じだからと言い訳していたのに、親しくなった櫟井から恋愛相談をされた瞬間、思いをようやく自覚して落ち込んでいた。
 瑞希目線での話しか聞いてないけれど、他に狙っているヤツがいたのなら、それらしい言動をしてほしい。
 賢い瑞希なら察して、のめりこむ前に自分の気持ちを抑えたはずだ。
 とろけたような口調で、恥じらいながら櫟井のことを話す瑞希はひいき目でなく世界で一番可愛かった。
 真面目なだけでなく、気が利いて優しくて……。
 ほっこりとはんなりをブレンドしたような性格も素晴らしいが、見た目だって同年代のインフルエンサーなんかより魅力的だと思う。
 誓って恋愛感情ではないけれど、いつだって瑞希の推薦演説が出来るくらいには理解してるし大事にしてきた。
 長所しかない瑞希のことを知れば知るほど気になっていくのがセオリーなのに、櫟井律歌の感覚はどこかズレている。
 惚れてる相手がどこのどいつか知らないが、目を覚まして瑞希の良さに気づいてほしいと心から願う。
 
 櫟井の思い人は、オレたちと高校が一緒で学年も同じらしい。
 全校生徒の顔と名前は把握していなくても、一年生なら入学当初の合宿や合同授業で多少は関わっているはずである。
 記憶の中のNPCを引っ張り出して、候補になりそうな人間を推察してみたけれど瑞希を超える生徒がいるはずもない。
 成就してない恋ならば、ここから瑞希と両想いになる可能性は残されている。
 頼りなくふわふわ漂っているだけの縁なんてぶっちぎって、瑞希との赤い糸を結び直すのがオレの使命かもしれない。
 凪形《ななり》神社は縁結びの神様を祀っている。境内のカフェで働く瑞希には少しくらいご利益があったっていいはずだ。
  
『知り合いにはサービスしていいんだって。譜祐(ふゆ)も一度くらいはコーヒーでも飲みに来たら?』

 誘われていたけれど、主力メニューであるコーヒーとスイーツどちらにもオレの心は動かなかった。
 客受けを狙ったキャラクターのピックや季節ごとに入れ替わる店内装飾。好評らしいが、カフェでくつろぐという習慣がない男子高生にきらきら映え系カフェは敷居が高い。
 とはいえ、瑞希の恋が叶うことを願うだけでは状況が好転しそうになかった。
 敵情視察という理由を引っ提げて、瑞希不在の『千代結(ちよむす)び』に強襲したオレは素早く店内を見まわした。
 誰もが目を奪われる容姿を持つ人間が、こんな地方のカフェにいるはずがない。
 過剰な期待をすることなく、それらしい男子高生を探したけれどこの時間帯は女性スタッフしかいないようだった。
 学生なら土日をメインにシフトを組むだろうという予想を外してくれた櫟井に対し、身勝手だがいらだちが募っていく。
 
 目的を果たせないならと、飲食せずに店から出るのも申し訳ない。
 テイクアウトのコーヒーを購入し、来た道を戻っていると瑞希の説明通りの他校生とすれ違った。
 もしかしなくてもこいつか?
 数歩進んでぱっと振り返ると何故か向こうもこちらを見ていた。
 恋は盲目的な誇張だと疑っていたのだが、なるほどこれなら一目ぼれ製造機かもしれない。
 ちょっと愁いを帯びた独特の雰囲気がある男子高生なんて、大人のお姉さんたちへの誘因力が強そうだ。
 顔立ちが整っているだけじゃなく、こいつにしか出せない絶妙な味みたいなものが確かにある。
 シュガーとスパイスと後はなんだ? いやいや、その材料で完成するのは可愛い女の子だったような。
 詩的すぎない喩えがあるはずなのに、見惚れるに値する顔が情報処理を阻害する。
 リリエールウォーター俳句にかける相模原家の情熱でオレの国語力は伸ばされてきた。それなのに、気のきいたセンテンスが出てこないのはこいつに負けたような気分だった。
 瑞希の初恋をかっさらい、オレを負けキャラに降格させた櫟井に何となく腹が立ってくる。
 それはともかく何でこいつがオレを二度見して、そのまま突っ立ってるんだ?

「え、マジ? ……かけって、エグイじゃん」

 よく聞き取れなかったが、ディスられてると受け取めても仕方ない感じのつぶやきだった。
 友好関係を築きに来たわけではないけど、瑞希の件で低くめに見積もっていた好感度がマイナスに振り切る。
 かすれていて湿度を感じさせない声は意外なほど低く、不快なほど耳にとどまり続ける。
 今日は視察だけのつもりだったのに、声をかけたのはオレが瑞希ほど穏やかではないからだ。

「人の顔見て評価つけてるとか、何様のつもりだよ。 美兎高(みとこう)のヤツってくだらないことするんだな」

 瑞希と違ってオレは沸点が低いし、全方向に友好的であろうとは思わない。
 先にあおってきたのは向こうなのだから、もっとストレートに喧嘩をふっかけても良かったはずだ。
 舌打ちくらいは返してくると予想したのに、櫟井はなぜか表情をゆるめ笑みを浮かべる。
 顔がいいから絵面は麗しいが、この状況で笑うなんて情緒のバグか?

「……あぁ、そっか制服? 男子の制服なんて中学のも似てるのに、校章とかデザインとかで特定されたってコトか」

 言い当てるまでの過程が気になるらしいが、瑞希による情報提供があっただけでオレはまったく推理などしていない。
 美兎校はレベルが高い私立校として県外にも名が知られてる。そこの生徒だから皆が聡明だということはないだろうが、こいつが理詰めの人間だというのはよくわかった。

「葉山瑞希はオレの幼馴染だ。バイト先の話もたまに聞いてる」

 疑問に答えてやったのに、自分の容姿に見惚れないオレが物珍しいのか櫟井は口元を手のひらで隠し、ボソボソと自らと対話し始める。
 さっきも感じたことだが、見た目が首を傾ける系の強者ビジュでもこいつの印象は陰キャの変人寄りである。
 接客業の経験がなくたって、人をバカにするような言動を繰り返すのはまずいと成長過程で学んでこなかったのだろうか。

「オレに何か言いたいことがあるなら、聞こえるようにはっきり言えよ」

 そこまで強い口調ではないのに、櫟井は大げさに身体をびくりと身体をわななかせる。
 オレより数センチちょい背が高いし、制服のデザインのせいもあって大人っぽく見えた。それなのに自信なさげに目線をさまよわせる様子はハムスターを連想させる。
 櫟井に対してそんなことを思うやつはオレのほかにいなかったかもしれない。

「は、葉山と……仲が良いなんて知らなかった。でも、縁があるなら必ず導かれるって書いてたっけ」

 櫟井の表情がゆるやかに明るくなり、声のトーンも感情が乗ったものに変化する。

「俺もそこのカフェでバイトしていて、葉山には色々助けてもらってる」
「……みたいだな」
「俺のこと、なんて言ってた?」

 瑞希が自分に恋してると気づいていないのだろう。
 告白されることも多そうなのに、察する能力が備わっていないのは告る側にも不幸なことだ。

「自分の評価を確かめる前に、最初のアレについて弁解したらどうだ?」
「最初のアレ?」
「お前、人の顔見てエグいとかなんとか失礼なこと言ってただろ」

 櫟井は額を弾かれたような顔をして、両手を振りつつ否定する。

「いや、それは今朝のおはメロ占いが当たったから驚いただけでッ!」

 同世代の学生であっても起床時間や自宅を出る時間はそれぞれ違う。相模原家のテレビは毎朝決まって『おはようメロディ』だが、地元テレビ局の番組を楽しく見ているご家庭も多いだろう。

『今日の1位は双子座のあなた! あなたにラッキーを届けてくれる人との出会いがあるでしょう!』

 真剣に見ていたつもりはないが、やたらテンションの高いメインキャスターのトークは記憶にやきついている。

「もしかしてお前、ふたご座? 初対面のオレをラッキーアイテムみたいに思われても困るんだが」

 はあとため息をつきながら言ってやると櫟井は鯉みたいにパクパクと口を動かすだけで声を出さない。
 クール系アンニュイにカテゴライズされる外見をしているくせに、こちらの調子を狂わせるあどけなさはなんなのだろう。
 カワイイを作るための演技だとは思えない。
 瑞希が惹かれたのは、こういうギャップを含めたコイツなんだろうか。
 自分だけが櫟井の意外な一面を知っている。
 そう思わせるのが作戦なら腹黒いが、おそらくこれは天然だ。

 とりあえず注文したコーヒーは店内から持ち出して数分しか経ってない。ここでバイトしているヤツにこれを押し付けても喜ばれることはなさそうだ。
 期限の迫ったチケットの存在を思い出したオレは、財布からそれを取り出し櫟井にひょいと手渡す。

「え?」
「お前の態度に百パー問題があると思うが、勘違いして悪かった。良かったらこのムビチケを遠慮なく使ってくれ。推しの映画のランキングを上げたくて大量に買ったのを分けてくれた1枚だから、オレには必要ないんだ」

 興味のない映画に2時間以上拘束されるのは面倒くさい。押し付けられたまま忘れていて、公開期間の終了まであとわずかになってしまった。
 そんな迷惑なものを渡されたのに、櫟井はじわりと目を潤ませて喜びを伝えてくる。

「絶対観に行くし、このチケットは永久保存しておく!」

 律儀なことを言ってくるが、こいつのラッキーパーソンでいられるのは本日限りだ。
 櫟井の好きな人はオレと同じ学校らしい。知り合いが増えればそいつとの橋渡しをしてくれると期待しているなら悪いが、瑞希以外との恋の成就は諦めてほしい。
 でも、まあお近づきになっておいた方が今後何かと都合いいだろう。こいつ自身に興味はないが、これも瑞希のためだと思えば歩み寄ることくらい簡単だ。

「実はそのムビチケ、もう一枚あるんで良かったら……」

 瑞希との映画デートをお膳立てしてやろうと思ったのに、櫟井は食い気味に返事をしてくる。

「行くよ! 行きます!」

 なんで敬語になったんだと胡乱な顔をしたオレに、櫟井は早口で約束を取り付けようとしてくる。

「そっちの都合が良い時を教えてくれたら、俺が合わせるから! あ、その、連絡先交換とかもしてもらえたらうれしい……」
「オレと行く気でいるのか? そこは瑞希を誘うべきだろ。その映画、3部作の2作目でオレはシリーズ通して観てないし、確実に開始十分で寝るぞ? お前の肩とか膝を借ることになると思う」

 断る理由を並べ立てるオレの前で、櫟井はいきなりしゃがみこんで顔を覆った。
 反応がオーバーというか、コメディ俳優ぽいというか、テンションの起伏が激しすぎる。
 その見た目がやっていいリアクションじゃないだろとツッコミをいれたくなった。

「変なやつだな。お前」

 つい口に出してしまったけれど、立ち上がった櫟井が照れたように微笑するから、オレもつられて表情をやわらげた。

「オレは相模原譜祐。瑞希の幼馴染で、お前と同じ高1だ」

 漢字を見せなかったら、オレの名前は伝わりにくい。相模原市の相模原、譜面の譜、たすけるの祐。
 言いなれた説明を加えようとしたけれど、櫟井には一度で伝わったようだった。

「相模原、って呼んでいいの?」
「どうとでも、好きなように」
「いいクッションになれるよう努力するから、俺の隣ですごしてください」

 誠実なアプローチみたいな台詞は、オレではなく瑞希に聞かせてやってほしい。
 でも、今はこいつの気持ちを好きな人から引きはがすのが先だ。オレがジョーカーとして関わることで、櫟井の手札が変わるのなら時間の浪費くらいどうということもない。

「スマホ出せよ。上映期間終わりそうだから、観に行ける映画館も限られてる。ちょっと調べて、スクショをそっちに送ってやるよ」

 慌ててスマホを取り出した櫟井の横に並んで、コードを読み込む。
 バイト開始時刻が迫っていたのでテスト送信も出来ずにカフェの方へと駆けていく後姿を見送った。
 凪形(ななり)神社と千代結び。
 縁をつなぐ存在が本当にいるのなら、オレの計画を応援してほしい。
 望みはたったひとつ。瑞希が幸せでいてくれること。
 見えない神様に祈るのはそれだけだった。