保護猫おもちの縁結びやさん

「あやっち!」

「はいっ。柚音(ゆのん)先輩」

 「あやっち」は、綾人のニックネームだ。綾人の2つ年上の柚音先輩が名付けてくれた大切な名前だ。LINEのニックネームもあやっちにしているくらいだ。

「今お客様、外で大行列してる。入場制限かけに下に行くから、その間チンチラの抱っこ体験する人の対応任せてもいいか?」

 柚音先輩はチンチラを担当する店員だ。幸い、綾人はチンチラのお世話もできるので、声をかけてきたんだろう。

「もちろんです! お客様のご案内お願いします!」

「了解! あとは任せた!」

 柚音先輩は風のように店内を駆け抜けた。綾人は、チンチラのケージが積まれたコーナーに向かう。そこでは数人のお客様が、ケージの中のチンチラを眺めているところだった。

「よければチンチラさん抱っこしてみませんか?」

 綾人はカップルと思しき2人組にそう声をかける。2人は、大きく頷いてわくわくとした目をしている。この目を見るのが好きだ。綾人の心を癒してくれる。もふもふは正義だ。

 お客様にソファに座ってもらい、膝の上にペットシートを載せる。

「チンチラさんは排泄のコントロールができないので、ペットシートの上で触れ合いをお願いします。また、このおうちの中にいますので優しく撫でてあげてください」

 チンチラのおうちというのは個性的で、丸い金魚鉢のような入れ物にチンチラがおやすみしている。丸くおさまっているのだ。あのふわぽてボディを。チンチラの壺とも呼ぶ。

「わあ。ふわふわ…フェルト生地みたい」

 カップルの女の子が、寝ているチンチラのおでこの辺りの感触を男の子に伝える。男の子もすぐにその触り心地にやみつきになってしまったらしい。そのカップルは10分近くチンチラと触れ合っていた。

 わかる…!チンチラさんの毛って、ほんとうにもっふもふで、背中の辺りとか優しく人差し指を差し込めば、第1関節くらいは毛の中に埋もれるもんな。想像したらむふふという表情になりそうだったので、しばらく堪える。いかんいかん、今は業務中。綾人はチンチラを吸いたい衝動に駆られながら、丁寧にお客様のチンチラの抱っこ体験に没頭した。

 その日の仕事が終わりに近づいていた。窓の外が真っ暗になっている。代わりに、辺りの繁華街のネオンが光る。

 20:00にお店が閉まるため、お客さんの姿はもうない。代わりに、触れ合いスペースの従業員が忙しなく床掃除やアルコール消毒をしていた。生き物を扱う業務のため、安全確保や清潔さは保たねばならない。綾人も自身の持ち場のうさぎのおうちを掃除した。すると、柚音先輩が近くにやってきた。

「あやっち。今日はチンチラのヘルプありがとな。礼と言っちゃなんだが、今日このあと飲みにでも行かないか?」

「まじですか! 行きます! もちろん柚音先輩のおごりですよね?」

「お前なあ……」

 呆れながら笑って、柚音先輩は「いいぜー」と言う。

「その前に……」

 柚音先輩が背中から何かを取り出した。黄色い壺だ。チンチラが入っている壺だ!

「存分にもふっていいぞ」

「はい~」

 チンチラのキュウちゃんの背中を撫でる。すっげえ、モフっ子。もふもふ。ああ、吸いたい……。

「先輩……吸っていいっすか?」

「仕方ないな……キュウちゃんも営業終わりでお疲れだから1回だけだぞ」

 キュウちゃんは触れ合いスペースのアイドルだ。白いチンチラは珍しくて、目を引く。まん丸おめめと、まあるいボディ。マシュマロ女子とはまさにこのキュウちゃんのことだ。キュウちゃんは、人に撫でられるのが好きで壺の中で大人しくしている。綾人は、ふぅと息を吐ききってから、壺の中にいるキュウちゃんの背中に鼻を近づけて吸い込んだ。

「ズズズズ」

 綾人の興奮した鼻息にも全く動じずキュウちゃんは壺の中で眠っている。

 ああ、かみさま。チンチラがいれば日本は平和です。ありがとう。𝐿𝑜𝓋𝑒 𝒶𝓃𝒹 𝒫𝑒𝒶𝒸𝑒