「ちゅうって何の味するの?」
「は?」
おもちと灯織を保護してから半年後の、ある日の夕方。夕焼け空の光の筋が、ベランダから部屋に差し込む。おもちはこの間買ったキャットタワーの壁で爪とぎをしている。ザッザッザッという雑音の中で、灯織の一言が落っこちた。これは爆弾に違いない。
「どうした。頭でもぶつけたか」
珍しく綾人と灯織が居合わせた水曜日の夕方。綾人はWeb経済新聞を片手にアップルティーを飲んでいた手を止めた。むせそうになったから。
こいつたまに爆弾発言しやがる。無自覚なのがほんとに危険。
「ちょーど、今見てる恋愛ドラマでちゅうは苺の味~とか、コーヒーの味~とか表現してるから気になって。1度もしたことないし。あ、おもちだけは特別だよ。俺たち毎日寝る前にちゅっちゅしてるもんねーおもち」
「な!」
キリリ、と爪とぎをしていたおもちが手を止めてマンチカンたっちをしてヘアアイロンで髪をアレンジしている灯織に返事をする。マンチカンたっちは、文字通り手足の短いマンチカンが立つことなのだが、その光景がとてもかわいらしく、マンチカン好きにはたまらないのである。おもちもマンチカンたっちは、たまにしかしない。キメ顔で灯織を見ているのを確認し、生き物の種族を超えた友情? に感心していると、ヘアアイロンを冷ましている灯織がこちらに向かってやってきた。
無言で、綾人の膝の上に頭をのせる灯織。じーっと下から見上げられるのはなんだか小っ恥ずかしい。もう、もはやこいつが我が家の猫2号だろ。気ままにのんびりマイペースくん。ロシアンブルーの気高き猫さま。俺のことを召使いか何かとでも思って、何でもかんでも聞いてくる。
「ちゅうは?」
「別に何味でもない。あんなの」
そういえば、もう俺は1年以上キスもしてないのか。なんてこった。おもちと灯織を保護してからというもの、マッチングアプリなんてやる暇無かったし、新しい出会いもなかった。
「うわ」
はむ。
はむ、はむ、と角度を変えて。
灯織が俺の首に手を回して、唇に自身のそれを重ねている。俺は持っていたスマホを絨毯の上に落としてしまった。突然の出来事に頭が働かない。
ちゅっちゅっと灯織が俺に吸い付いているのを見て、爪とぎをしていたおもちがぴゅーんと足元にやってくる。キラキラとした瞳で、俺と灯織を見上げた。「ぼくもまぜて!」というように積極的だ。
一通りキスに満足したのかロシアンブルーは。
ぷはあと息を吐き、もじもじと片手で自分の唇を隠した。
「えへ。キスしちゃった。綾人と」
「……」
なんだその、かなり嬉しそうな反応は。
「いっつも狙ってたんだからね。綾人の唇。やっとキスできた」
にこにこと微笑む灯織の足元でおもちがヘソ天している。そのふっくらとしたお腹を灯織が手で優しく撫でる。
「そんなに驚いてないってことは、俺と同じ気持ちってことでいい?」
灯織の真っ直ぐな瞳に捉えられ、動けなくなる。綾人は、すとんと腑に落ちた気がした。
そうか。これは。この温もりは。
おもちと灯織を保護してからというもの、独り身だった綾人の心を満たしてくれたのは、2人に違いなかった。
近くに居すぎて気づけなかったのか。自覚がなかった。あまりにも自然と、そこにある温もりだったから。その感情に名前などなくてもいいかと。名前を付けなくても、大丈夫だろうと、安易な考えでいた。
しかし、今こうして灯織からのキスを受けて、わかった。
嫌じゃなかった。
もっとしたいと思った。
もっと、灯織のことを知りたいと思った。
とっくに、俺は惚れてたのかもしれない。
あの日、草むらでおもちと灯織を保護した日からずっと。
灯織の笑い声、いいなとか。
おもちと触れ合ってる灯織の優しい手つきとか。
その手が俺のことをいつか包んでくれるんじゃないかって、期待してた。俺、年上のくせして、全然行動で示さないし。
「初めてのキスはアップルティーの味なんだね」
照れくさそうに、灯織が笑う。目元が穏やかな波形を帯びている。
「おもちがめっちゃ見てくる」
手を鳴らして笑う灯織。キスしてた俺らをまじまじと見つめているおもち。
「これからも俺とおもちのこと保護してね? 綾人」
上目遣いが上手な灯織と、おもち。おもちは完全に灯織の真似っ子をするようになった。猫なのに芸を覚えてたりする。灯織の教育の賜物だな。
「……おいで、灯織、おもち」
灯織を抱きしめて、おもちがその隙間にぴゅーっと入っていく。隙間のないくらいに抱き寄せてから。
「覚悟はできてる? 童貞くん」
と、灯織に囁く。
「おねがいしゃす」
顔が林檎みたいに真っ赤で、ロシアンブルーらしくない言動に笑いが込み上げてくる。照れたように口元を手で隠して、了承した灯織。
「なー!」
おもちが元気に鳴いてからの、ヘソ天。もうこのうちの子の自由奔放さには俺も灯織も笑いを堪えきれない。
「ぷくくっ」
「っ……」
灯織と俺もヘソ天して、おもちと3人でヘソ天。
「好きだよ」
灯織からの告白。綾人は彼の華奢な掌を握り返す。
「俺も好きだ」
灯織のおでこに軽くキスして、そのままじゃれついていた。しばらくしてからまた伺うような素振りで灯織が綾人を見上げる。
「綾人もほんとに俺のこと好き?」
灯織の問に、綾人は「当たり前だろ」なんてセリフがチラついたがすぐに替えて。
「好きだ」
ぎゅ、と強く抱き締めた。離さない。絶対に。灯織はもう俺のものだ。
その日の夜は、いつもみたいに2人してベッドで眠った。綾人と灯織の間には、白いマンチカンのおもちが丸くなっている。
「おもちは縁結びの猫だね」
灯織の言葉に返事をするように、おもちは「なー!」 と鳴く。
「いつもありがとう。おもち」
綾人からの言葉も受けて。
綾人と灯織が眠りにつく前におもちに、ちゅ、とキスをした。おもちのほっぺと、おててにちゅ。
おもちは喉をごろごろさせて2人と眠る。
保護猫1匹、保護人1人、飼い主1人。
幸せは保護猫が運んできてくれた。
おもちは縁結びの保護猫。
もふもふは平和。
わんぱくロシアンブルーと、ヘソ天白マンチカンと暮らす26歳男性の、新しいナイトルーティーン。
了
「は?」
おもちと灯織を保護してから半年後の、ある日の夕方。夕焼け空の光の筋が、ベランダから部屋に差し込む。おもちはこの間買ったキャットタワーの壁で爪とぎをしている。ザッザッザッという雑音の中で、灯織の一言が落っこちた。これは爆弾に違いない。
「どうした。頭でもぶつけたか」
珍しく綾人と灯織が居合わせた水曜日の夕方。綾人はWeb経済新聞を片手にアップルティーを飲んでいた手を止めた。むせそうになったから。
こいつたまに爆弾発言しやがる。無自覚なのがほんとに危険。
「ちょーど、今見てる恋愛ドラマでちゅうは苺の味~とか、コーヒーの味~とか表現してるから気になって。1度もしたことないし。あ、おもちだけは特別だよ。俺たち毎日寝る前にちゅっちゅしてるもんねーおもち」
「な!」
キリリ、と爪とぎをしていたおもちが手を止めてマンチカンたっちをしてヘアアイロンで髪をアレンジしている灯織に返事をする。マンチカンたっちは、文字通り手足の短いマンチカンが立つことなのだが、その光景がとてもかわいらしく、マンチカン好きにはたまらないのである。おもちもマンチカンたっちは、たまにしかしない。キメ顔で灯織を見ているのを確認し、生き物の種族を超えた友情? に感心していると、ヘアアイロンを冷ましている灯織がこちらに向かってやってきた。
無言で、綾人の膝の上に頭をのせる灯織。じーっと下から見上げられるのはなんだか小っ恥ずかしい。もう、もはやこいつが我が家の猫2号だろ。気ままにのんびりマイペースくん。ロシアンブルーの気高き猫さま。俺のことを召使いか何かとでも思って、何でもかんでも聞いてくる。
「ちゅうは?」
「別に何味でもない。あんなの」
そういえば、もう俺は1年以上キスもしてないのか。なんてこった。おもちと灯織を保護してからというもの、マッチングアプリなんてやる暇無かったし、新しい出会いもなかった。
「うわ」
はむ。
はむ、はむ、と角度を変えて。
灯織が俺の首に手を回して、唇に自身のそれを重ねている。俺は持っていたスマホを絨毯の上に落としてしまった。突然の出来事に頭が働かない。
ちゅっちゅっと灯織が俺に吸い付いているのを見て、爪とぎをしていたおもちがぴゅーんと足元にやってくる。キラキラとした瞳で、俺と灯織を見上げた。「ぼくもまぜて!」というように積極的だ。
一通りキスに満足したのかロシアンブルーは。
ぷはあと息を吐き、もじもじと片手で自分の唇を隠した。
「えへ。キスしちゃった。綾人と」
「……」
なんだその、かなり嬉しそうな反応は。
「いっつも狙ってたんだからね。綾人の唇。やっとキスできた」
にこにこと微笑む灯織の足元でおもちがヘソ天している。そのふっくらとしたお腹を灯織が手で優しく撫でる。
「そんなに驚いてないってことは、俺と同じ気持ちってことでいい?」
灯織の真っ直ぐな瞳に捉えられ、動けなくなる。綾人は、すとんと腑に落ちた気がした。
そうか。これは。この温もりは。
おもちと灯織を保護してからというもの、独り身だった綾人の心を満たしてくれたのは、2人に違いなかった。
近くに居すぎて気づけなかったのか。自覚がなかった。あまりにも自然と、そこにある温もりだったから。その感情に名前などなくてもいいかと。名前を付けなくても、大丈夫だろうと、安易な考えでいた。
しかし、今こうして灯織からのキスを受けて、わかった。
嫌じゃなかった。
もっとしたいと思った。
もっと、灯織のことを知りたいと思った。
とっくに、俺は惚れてたのかもしれない。
あの日、草むらでおもちと灯織を保護した日からずっと。
灯織の笑い声、いいなとか。
おもちと触れ合ってる灯織の優しい手つきとか。
その手が俺のことをいつか包んでくれるんじゃないかって、期待してた。俺、年上のくせして、全然行動で示さないし。
「初めてのキスはアップルティーの味なんだね」
照れくさそうに、灯織が笑う。目元が穏やかな波形を帯びている。
「おもちがめっちゃ見てくる」
手を鳴らして笑う灯織。キスしてた俺らをまじまじと見つめているおもち。
「これからも俺とおもちのこと保護してね? 綾人」
上目遣いが上手な灯織と、おもち。おもちは完全に灯織の真似っ子をするようになった。猫なのに芸を覚えてたりする。灯織の教育の賜物だな。
「……おいで、灯織、おもち」
灯織を抱きしめて、おもちがその隙間にぴゅーっと入っていく。隙間のないくらいに抱き寄せてから。
「覚悟はできてる? 童貞くん」
と、灯織に囁く。
「おねがいしゃす」
顔が林檎みたいに真っ赤で、ロシアンブルーらしくない言動に笑いが込み上げてくる。照れたように口元を手で隠して、了承した灯織。
「なー!」
おもちが元気に鳴いてからの、ヘソ天。もうこのうちの子の自由奔放さには俺も灯織も笑いを堪えきれない。
「ぷくくっ」
「っ……」
灯織と俺もヘソ天して、おもちと3人でヘソ天。
「好きだよ」
灯織からの告白。綾人は彼の華奢な掌を握り返す。
「俺も好きだ」
灯織のおでこに軽くキスして、そのままじゃれついていた。しばらくしてからまた伺うような素振りで灯織が綾人を見上げる。
「綾人もほんとに俺のこと好き?」
灯織の問に、綾人は「当たり前だろ」なんてセリフがチラついたがすぐに替えて。
「好きだ」
ぎゅ、と強く抱き締めた。離さない。絶対に。灯織はもう俺のものだ。
その日の夜は、いつもみたいに2人してベッドで眠った。綾人と灯織の間には、白いマンチカンのおもちが丸くなっている。
「おもちは縁結びの猫だね」
灯織の言葉に返事をするように、おもちは「なー!」 と鳴く。
「いつもありがとう。おもち」
綾人からの言葉も受けて。
綾人と灯織が眠りにつく前におもちに、ちゅ、とキスをした。おもちのほっぺと、おててにちゅ。
おもちは喉をごろごろさせて2人と眠る。
保護猫1匹、保護人1人、飼い主1人。
幸せは保護猫が運んできてくれた。
おもちは縁結びの保護猫。
もふもふは平和。
わんぱくロシアンブルーと、ヘソ天白マンチカンと暮らす26歳男性の、新しいナイトルーティーン。
了



