保護猫おもちの縁結びやさん

「灯織ー。今夜って空いてる?」

 寝室で足の爪切りしてたら、リビングから綾人の声。灯織は、大きな声で

「暇ー! 今日仕事休みだから」

 と返答する。

「ちょっと連れてきたいとこあるんだけど」

 ぬっと寝室に現れた綾人を横目に、ぱちぱちと爪を切っていく。

「ん~? まあいいけど」

「よし。じゃあ俺、仕事終わるの20:30くらいだから、ハチ公前の看板の前で待ち合わせな」

「あーおけまる水産」

 夜まで暇なので、綾人が出社したあとはリビングにいるおもちと一緒に過ごすのが常になっていた。灯織の生活リズムと綾人の生活リズムはズレている。

 綾人は週5日で小動物カフェで働いてるらしい。「まじ? すごいじゃん。行ってみたい」とリクエストしたら、「知り合いには見られたくない」などと断固として許可してくれなかった。小動物カフェは土日祝が1番売上が伸びるらしく、綾人は基本平日休みで、シフトによって休みが変わる不定期労働らしい。その辺は灯織と似ているかもしれない。

 灯織は週6でホストクラブで働いている。19:00~1:00まで。綾人の家に帰宅するのは2:00~3:00頃。同じ家に住んでいても、生活リズムが違うから顔を合わせて話すことはそんなに多くない。

「おもち~えらいね~もう、ちっちも上手にできるんだね~」

 ペットシーツの敷いてある猫砂トイレの上でふんばっているおもちを応援しつつ、TVに流れるニュースを流し見する。ちっちを終えたおもちが、「なー」と鳴いて灯織の膝の上に飛び乗ってきた。これがおもちの定位置だ。子猫の成長は早くて、おもちと灯織が綾人に保護されてから1ヶ月が経過したが、もうおもちは大人の体つきに向けて筋肉が付きはじめている。
 先週、「そろそろキャットタワーも買ってやるか」と綾人が洩らしてたような気もする。

 おもちは白いわたあめみたいな見た目をしている。ふわふわの毛並みと、まん丸なおめめがきゅーと。成長してから判明したのだが、おもちの手足は短めだ。マンチカンという猫種なのだと綾人から聞いた。その、てくてくと歩く様子がかわいくてかわいくて。今日も灯織はおもちの喉を撫でつつ、お姫へのLINEを送りまくる。

 おもちが手足をバタバタさせ始めたので、スマホから手を離す。

「おもち~どちたの?」

「なー」

 おもちを覗き込むと、灯織の指を掴みはむはむと吸い付き始めた。まだ心は赤ちゃんのままらしい。甘噛みというやつで、本気ではないため灯織もされるがままでいた。

 夕方の15:00になり、灯織はニャクテンで買い集めた猫のおやつを用意する。実は綾人から常々、おやつを与えすぎるなと言われているのだが、厳しく育てるのも自分の意思にそぐわないので、健康に害を及ぼさない範囲で綾人に内緒でおもちにちゅーるをあげている。

 ちゅーるのパッケージを見た瞬間、おもちは灯織の膝の上で行儀よく前足を揃えて座り、お利口さんになる。元々、イタズラも少ないいい子なので、さらに好きになってしまう。

 おもちにちゅーるをあげていると、LINEの通知が鳴った。見れば、シオリちゃんからのメッセージが届いていた。仕事の愚痴のようだった。先週会った2回目の来店のときに、新しい部署の部長と馬が合わないと嘆いていたっけ。

 灯織の肌感だが、ホストクラブに来るような女の子は強いストレスを日々感じている人が多いような気がする。仕事、人間関係、親子関係、友達関係、恋人関係。発散することが難しい人ほど、ホストにどハマりする。

 お姫は、普通のOLさんから経営者、キャバ嬢、風俗嬢、看護師、保育士などいろいろいる。灯織はその子たち一人一人に合わせた営業を行っている。約2年間のホスト人生のうちに経験したことを今に生かせているはずだ。

 シオリちゃんに寄り添うメッセージを送ってから、綾人との待ち合わせまで少し一眠りしようと思った。スマホのアラームをかけて、おもちを抱っこして綾人のベッドの上に横になる。綾人の付けているムスク・アプリコットの香水の匂いが微かに香る。

 これ、いい匂いなんだよなー。

 ベッドの中で丸くなり、おもちとの昼寝を存分に味わった。幸福すぎて、笑ってしまう。



ーーーーー

「ねー。どこ行くん?」

「まあいいだろ。着いてこい」

 ハチ公前で綾人と落ち合ってから、繁華街を10分歩いている。訝しみながらも、綾人の後ろを着いていくと、雑居ビルの前で立ち止まった。エレベーターに乗り込み、数字の5のボタンを押す。綾人は仕事終わりにも関わらず、疲れを見せずむしろ喜ぶようにしてうきうき浮ついている。

 なんなんだよ。一体。

 チーン、とエレベーターが開くとそこは。

「いらっしゃいませー」

 猫耳を付けたメイド服らしきひらひらフリルを着た女たちが複数出迎えてきた。

「2名様ですね。こちらのカウンターのお席へどうぞ~」

 灯織は、内心うわあと青ざめていた。なぜならそこはーー。

 コンカフェと呼ばれる形態の女の子が接客してくれる店だったからだ。女アレルギーの灯織は、心臓がバクバクと早鐘を打つのを感じ、背中に冷や汗が垂れる。

 普段、ホストクラブならお姫よりホストのほうが人数が多いから気持ちが紛れるのだが、それとは逆のこの環境にこめかみに痛みが走る。偏頭痛のようなそれに耐えて、チラリと綾人を見れば綾人はカルーアミルクをぐいぐい飲みながら、コンカフェ嬢と仲睦まじく冗談を言い合っている。

 やば。これは強烈。

 灯織は注文したパインサワーで、一旦冷静さを保とうとする。

 灯織の女アレルギーは日によって強弱があるが、今日はまだマシなほうだった。涙目になるかならないかぐらいのプレッシャーを感じた。

「おにいさん。めちゃくちゃかっこいいですね!」

「あ、うん」

 正面でお酒を作っているコンカフェ嬢に話しかけられ、素っ気なく返す。すると、それを見るやいなや隣に座る綾人が。

「ほら。お前の腕の見せ所なんじゃねえの?」

 とニヤついた顔で灯織を見てくる。灯織は呆れたようにして

「なんで業務外で女にぺこぺこしなきゃなんねえんだよ」

 と返す。