保護猫おもちの縁結びやさん

「あのさ、お兄さんのことなんて呼べばいい?」

 スマホを片手に子猫を見守る不審者が綾人に問いかける。綾人は子猫に目線を向けたまま、

「綾人」

 と、だけ。「ふぅん」と保護されたがり人は頷くと、不意に。

「おい」

 ドン、と綾人を壁際に追い詰めて顔を近づけてくる。

「俺と話すときは目ぇ逸らすなよ」

 綾人は今更にして実感する。やっべえ、こいつすげえ美形だ。ド派手な銀色と水色のウルフの髪型はさておき、目が平行二重で大きくて、涙袋はぷっくりラメラメがきらきら。流行りのメンズメイクというやつか? 顎が小さくて女みたいに顔が綺麗だ。まじまじと見つめていると、男は「はあ」と息を洩らして壁ドンを辞めた。

 まじかよ。初壁ドンが男からとは。しかもこんな美形の。

灯織(ひおり)って呼んで」

「……わかった」

 不審者、及び保護されたがり人の名前は灯織と判明した。

 さあ。どうやって家から追い出すか。

 綾人がそんなことを考えていると、子猫がもぞもぞと動き出し、ミーミーと鳴き出した。綾人はすぐさま子猫用ミルクの紙パックを開けて、猫皿に乗せ床に置いた。子猫を皿の近くに寄せると、本能的に匂いで気づいたのかそのままぴちゃぴちゃとミルクを舐め始めた。

 よかった。食欲はあるみたいだ。

 綾人がほっと胸を撫で下ろしていると、灯織が「ねえ」と話しかけてきた。

「おもちのことこれからどうするの? この家で飼うの?」

 上目遣いで灯織が綾人を見つめてきた。

「おもち? なんだおもちって」

「いや、この子の名前。おもちにした」

「はあ? 何勝手に決めてんだよ。飼い主は俺だぞ」

「ダメダメ! おもちは俺と1番最初に出会ったんだから、命名権は俺にありますう」

 いーっと歯を食いしばる灯織を見て、自由奔放な奴だなと最早感心していると、ふと1つの疑問が脳裏を掠めた。なんでおもちと灯織は河原で一緒にいたんだ?

「なんでおもちとあんなとこにいたんだよ。灯織の家で保護すればいいだけの話だろ」

「いやあ、実わぁ」

 てへっ、と照れたようにはにかみながら

「本カノの家から追い出されちゃったもんで、家なし子なのです。だから、河原でホームレスしてた」

「はあ? 本カノ? 家なし? ホームレス?」

 うん、と灯織は大きく頷いた。綾人は灯織の言葉が何が何だかわからない。頭の中がぐるぐる回る。

「あー、パンピーにはわかんねえか。そだ、これ見せればわかるかな」

 ぽん、と手に置かれたのは白い名刺。そこには、「CLUB SOLT」という大きな文字が印刷されてあり、バストアップからの灯織と思しき男性の写真も映っていた。名刺の中央には、デカデカと「Hiori」と記載されていた。そしてその隣には、やや主張強めな太文字で、「幹部補佐」と印字されている。なんだ幹部補佐って。軍人かよ。

「歌舞伎のCLUB SOLT っていうホストクラブで幹部補佐やらせてもろて。ま、いわゆるホストだよ」

「関わったことねえ人種だなあ。歌舞伎はたまに飲みに行くけど」

「ホストってさ、結構節約のために皆店の運営してる寮とかに住むんだけど、一人暮らししたくてさー。俺ももう21だし。んで、本カノってゆう、1番お金使って尽くしてくれるお姫の住んでる恵比寿のタワマンに転がり込んで同棲してたんだけど、こないだ揉めてさあ。そんで家追い出されて、路頭に迷った挙句、あのような河原でホームレスをしてたんだよ」

 「家出娘なんよー」と、灯織がめそめそし出す。可愛げはない。全くない。

「すっげえけど、わかんねえすごさだな。んで、おもちはどうやって出会ったんだよ」

「おもちわぁ、えっとお。気づいたらそばに居る温もり的な? 朝方仕事終わりにあの河原に来たら寒くてさあ、あれ? なんかお腹だけあったけぇなーって思った日があって、お腹を見たらもうおもちが寝てた。いつからいたかはわからない」

 突然のおもちの出現に、綾人は絶句する。

 そんな破天荒な流れの中に俺はいるのか……。

「それはいつ頃の話なんだ?」

 綾人が聞く。

「そうだねえ。3日前くらいかな? ねー。おもち」

 いつのまにかミルクを飲み干したおもちが、よたよたと歩きながら灯織が広げた手の中に入り込みまたうとうとと首を揺らす。明るいところで見えたからわかったのだが、灯織は女性がやるような長めのジェルネイルをしており、爪にシルバーのストーンやら十字架などのパーツを載せており、ゴテゴテとしている。しかし、おもちを傷つけないように、優しく両手に包んでいる。

「という、運命的な出会いをしたおもちと俺を離れ離れになんかしないよね?」

 うるっとした瞳で綾人を覗き込む目は、若干の圧を感じる。

「まさか、俺の家でおもち共々灯織も保護しろとでも?」

「そう! さっすがあ。綾人。わかってんじゃん」

 「よろぴくね」とウィンクする灯織を横目に、どうしたものかと綾人は額を押さえる。

 おもちを保護するぶんには全く問題ないし、むしろ一人暮らしで寂しかったし、子猫を育てたい夢も小さい頃からあったから共に生きていきたい。しかし、家なき子のような状態のホームレスホストもオマケでついてくるなんて、そんなこと誰も想像しない。

 ここでおもちの保護を拒んでしまったら、灯織はその辺の知識とか薄そうだし、また元の河原で野宿なんてした頃にはおもちは体調を崩してしまうだろう。おもちがこんなに懐いているのならば……おもちの心的ショックを減らすためにもやはりここは、灯織と共にこの家で保護するしか……うん。それしかない。全てはおもちのためだ。

「わかった。今日からおもちと、お前を保護する」

 綾人が伝えると灯織は微かに目を見開いて、

「よろしくお願いしますっ」

 と、ぺこりと頭を下げてきた。

 成人男性(26)と、保護猫おもち(生後1ヶ月)、保護ホスト灯織(21)との、3人共同生活が始まった。