隣のイケメンと少女マンガの恋をしました

校庭の大木も濃い緑になり、セミがみんみん五月蝿く鳴いている7月下旬。
終業式の日、俺は密かに夏休みの計画を立てていた。
 夏祭り、海、花火…いろいろ行きたいよな〜…彼氏と。
「何考えてるの。」
 え、顔に出てた?
「いや、もうそろそろ夏休みだなーって…」 
考えていることがバレないように目を逸らして言った。 
「俺のこと、考えててくれたりする?」
ド直球な質問に、俺は固まってしまった。
「あとでラ◯ンする。」
それだけ言って、凪は席に座ってしまった。

「えーー健康に、怪我をせず、生活リズムを保ち、有意義な夏休みにしてください。以上で終業式を終わります。」
起立、礼。
 毎回思うけどほんといらないと思う。
長々とした校長と生徒指導部の先生の話が終わり、教室は完全に夏休みスタートの喜びで満たされていた。
「叶汰ぁーーーー夏休み予定ある???」
大荷物を抱えて、隣のクラスから亮雅がやってきた。
「特にいまんとこは。」
「ある。」
凪が右手を俺の頭に乗せて言った。まだ自席にいると思っていた凪がいつの間にか俺のところに来ていた。
「「え…」」
予測していなかった登場に俺たち2人とも固まった。 
「1日くらい、もらえませんかね…?」
状況を察した亮雅が言った。
「いつ、何時、どこで、何するの、何食べるの、他に誰がくるの、何時に解散するの、どこ—-」
「ストップ!ストーーーップ!!」
凪の尋問に耐えられなくなって俺は口を挟んでしまった。
「あ……ごめん。つい…」
我に帰って凪はしゅんと謝った。想定外の凪の心配様に驚いた。
「そんなに心配なら一緒に行けばいいだろ!!」
わけわかんないけど恥ずかしさに立ち上がって言った。すると、凪の目は輝いて俺を見た。
「いいの?」
「先に予定あるって言ったのそっちだろ!!」
ぷいっといじけるふりをして言って見せた。
「ほんと、ラブラブだな、お前ら。一緒に行くのが申し訳ねえよ…」
亮雅はあからさまに泣く仕草をした。
ラブラブ…?
「あーー俺も彼女と夏祭りとか行きたかったあー!!」
いつかの夜に聞いたセリフを繰り返して、予定教えてなーっと言ってからバタバタと帰っていった。
「夏祭り……」
ぼそっと俺がこぼした言葉を凪は聞き逃さなかった。
「行こうか、夏祭り。浴衣とか…着る?」
 凪の浴衣…絶対似合うじゃん?!?!
「叶汰の浴衣、すごい楽しみ…」
「そ、そう言う凪こそ、すごい似合いそう…」
素直に楽しみと言われて耳が熱くなって思ってることを言ってしまった。
「じゃ、夏祭りで。」
2人とも気恥ずかしくなって、そそくさと帰る支度を始めてしまった。


家に帰ると、凪からラ◯ンが入っていた。
[夏祭りすげえ楽しみ]
[浴衣持ってる?]
[何時に集まる?]
[あ、花火もやるんだね。一緒に見たいな。]
相変わらずの凪からの心配(なのか?)は絶えず、30件以上も溜まっていた。

[浴衣持ってる?]
 浴衣…無い……どうしよ


夏祭り当日、16時30分、神社の大木の右下あたりで凪と待ち合わせをした。
やけに詳細な集合場所指定は、可愛すぎる(?)浴衣姿の俺を彼女と、間違えて連れて行かれるのを避けるため、というよくわからない凪からの指示だった。
なんなんだと考えを巡らせているうちに浴衣に身を包んだ凪が登場した。
「お待たせ」
いやいやいやいや、どう考えても似合いすぎでしょ。
ドラマから出てきた?
周りの視線が一気に注がれているのがわかる。
「わ、すごいイケメンいる。」
「なに?モデル?撮影かなあ」
「隣の子、弟かなーあんま似てないね」
脅威のイケメンの賞賛の声の中に、不釣り合いな俺に対する声も聞こえてしまう。どう考えても俺が似合ってないのが明らかすぎて納得してしまい、肩を落とした。
「やばい、めっちゃ似合ってる。どうかしそう…」
最後の一言は聞かなかったこととして、凪のつぶやきは全くお世辞には聞こえなくて、落としていた肩が嬉しさで上がった。
「浴衣、あったんだね。」
「いや、実は無くてさ…」
そう言った瞬間、ピクッと凪の眉毛が上下した。
「いとこの借りた。」
「なんだ、そゆことか。」
危うく、凪の心配性を発動するところだった。彼氏…になってから凪の心配性は加速しつつある。
「叶汰」
「なに」
凪が突然、何か言いたそうに(うつむ)いた。
「どしたの、暑くて具合でも悪い?」
心配になってのぞき込んだ。
「手、」
「手?」
「手、繋いでいい?」
凪が手を差し出してきた。
「うん、って言いたいけど、同じ高校のことか…いるかも…」
「見られるの…嫌…?」
「いやじゃないけど……きっと噂になるから……」
「そんなの、言わせとけばいい」
「いや、凪が悪く言われるのが嫌…」
「わかった…」
ごめん凪…
ごめん…と心の中でまた謝って、凪の隣を歩いた。

「あ!蒼井先輩!」
案の定、同じ高校の女子が声をかけてきた。
「写真撮ってくださーい!」
さすがわが校のスーパースター…
「ごめん、いそいでるから。」
 え……?
気まずくて足元を見ていた俺の視界がずんっと前に進む。
「えっ?!」
気づけば凪に手を掴まれて走り出していた。
「ちょ、凪!おい!」
履き慣れない草履で走り、(つまず)きそうになりながら呼んだ。
凪は全く気にせず走り続けた。


ひとしきり走ったあと、連れてかれたのは丘の上の神社だった。祭りの会場から少し離れているので人が少ない。
「はあ、はあ、はあ…凪っっ!急に何だよ!」
2人とも息を切らして、凪はまた突然俺を抱きしめた。
いつもより強い気がする。
「凪っ、ちょ、くるし、」
凪はまだ離さない。
「凪……?」
頭上から鼻をすする音が聞こえてくる。
「泣いて……る?」
いつも冷静な凪が泣いているのが信じられなくて俺まで動揺してしまった。
「なんか…俺…」 
「うん」
「変だよ…叶汰が一緒にいると…」
「うん」
「何も見えなくなっちゃう…」
いつもとは違う子どもっぽい口調で話し始めた。
「さっきも、手繋げなくて…………女の子に話しかけられても…普通に、断れなくて………………」
「うん…」
「………………………もう、我慢できない」
「…………………うん?」
一瞬、何を言われたのか飲み込めなかった。
腰に巻きついた凪の腕が緩まったと思えば、そのまま手が浴衣の緩い襟のところに移動した。
「んっ…」
凪の唇が俺のに押し当てられる。
襟に置かれた手が浴衣の中に入ってこようとする。インナーを着ていなかったから、凪がなでる感覚がくすぐったくて変な声が漏れた。
「ちょ…凪…」
構わず凪の手は浴衣の中に入ってこようとする。
「ここ…外…!」
一息ずつ、凪のキスが首から鎖骨に下りてくる。
取り戻そうとした正気はもうどこか行ってしまいそうだった。
「叶汰、緊張しすぎ…」
優しく撫でる凪の手が胸をつたって下りてきそうになったとき

ブーーーーーブーーーーー

タイミング悪く、俺の帯に挟んでいたスマホの着信が鳴った。
「無視して」
続けようとする凪の意思に反してスマホは鳴り続ける。
「あーもう…」
凪が手をどかして俺のスマホを抜き取った。
「なに」
『え、蒼井、蒼井が出た』
スマホから猪原の陽気な声が聞こえる。
「なに」
『あー実はさ!俺たちも祭り来てて、さっき茉莉香(まりか)から2人のこと見たって聞いてさー合流できたら楽しそうじゃね?!』
茉莉香は猪原の彼女で、多分さっきの女子のことだろう。
「あーー、、」
蒼井が俺に目配せしてくる。俺は雰囲気が抜けきらなくて唖然としていた。
「いいよ。」
蒼井は最低限に応えた。電話口からはやったーと元気な声が聞こえてくる。
 何でそんな冷静なんだよ…
「いいの…?」
「よくないけど…つづき、しようね。」
この上なくスマートな手つきで俺のはだけた浴衣を直し、少し先に歩き出そうとした。
まだぼうっとする頭で凪に言われたことを咀嚼した。
 つづき……
頭の中で繰り返される凪の声に全身が熱くなるのがわかった。
「叶汰」
振り返った凪の手をつかんだ。
「こう…してたい…」
「う、うん。」
夕暮れに照らされてお互いの顔は見えなかったけど、同じくらいまっ赤なのが繋いだ手から伝わってくる。
今度は、しっかり握り返して歩き出した。