『雨、階段、石鹸。』――裏切られ声をなくした私が、本当の言葉を話せるようになるまで



 5週間後の金曜日。  あのフライヤーに載っていた、ドキュメンタリーを観ました。  舞台は、神奈川県の郊外にある森の中の幼稚園。  裸足でフローリングを歩き回る子供たち。森へ出かけ、ドングリを拾って、芋を掘り起こし、自分でリュックに詰めて、持って帰る。そんな一日。  先生たちは、悪いことをしたら、はっきりと叱ります。自分で使ったものは自分で片付けさせます。 そんな光景が、現実から消えて映画になる昨今。 とか、ちょっとコメンテーターっぽくなってしまいます。

 というのも、最近、気になっていることがあるんです。  コンビニのセルフレジで、自分のレシートを取らない人が多すぎることです。  「1秒でも損したら終わり」といった風情で、決済音が鳴る前に立ち去るなんかちょっと緩いビジネスカジュアル、とか、パーカー、とか。  酷い時には、レシートの綴りが床に届いてしまって、もはや怨念の込められたお札(ふだ)みたいになっています。  私はそれが大嫌いで、自分とは関係なくても、プチっと切ってごみ箱に捨てます。  このレシートの長さは、現代社会の心の距離だ、なんて。なんだか偉そうなことを考えてイライラしていました。

 でも、今は、レシート綴りへの苛立ちはすっかり消えました。  篤と映画を見た後、近くのタイ料理屋さんでカオマンガイをテイクアウトしました。  パクチー多めのヤムウンセンと、生春巻きもついています。    さっと食べた後、片付けもせずにソファで抱き合いました。  灯りを消して、お互いの汗が肌にしみ込んだ後。  暗い部屋で、篤がぼそりと言いました。  

「芋ほりで、泣くとか」 「リュック、パンパンだったね」 「パンパンすぎ。重すぎでしょ、あれ」 「全部持って帰りたくて、でも持って帰れないの」 「あははは。かわいかった」 「かわいかったね」

 この会話が、変かもしれませんが、一生で一番大切な時間のように思えました。  生涯で何万文字の言葉を交わすのでしょう。  知る由もありませんが、このたった3往復が、他の全部より価値があるって。直感したんです。

 だから、私は、恐る恐る、質問をしました。  心から喉を通って言葉になる途中。ほんのわずかな違和感。  「止まるなら、今だよ」という防衛本能の声がしました。  でも、言ってしまいます。

 「もし子供がいたとして」 「うん」 「ああいう時、なんて言う?」 「……」

 カーテンを突き抜けてくる街灯の灯り。  LEDの冷たい白さ。  見えるか見えないか微妙な明るさの中だったのに、彼の眉が歪んで、鼻の奥が濡れてしまったのがわかりました。  私は慌ててしまい、また謝りました。

 「ごめん」 「ううん、考えた」 「嫌だった?」 「そんな訳ない。……俺なら」 「うん」

 彼は、少し考えて、言いました。

 「『自分の分だけにしな』って、言う」 「……」

 今度は、私が黙ってしまいました。  だって、だって、それは一番欲しい言葉だったから。  いつも悩んでいることを打ち明けてもいいかもしれない、って。初めてそう思ったから。

 「あ、強すぎ?」 「ちがう」

 周りに対して持っているネガティブな感情や、私の面倒くさい生真面目さを、好きな人の前で語るのは怖いけれど。

 「嬉しいの」 「どうして?」 「嫌かもだけど、言っていい?」 「いいよ。聞きたい」 「ちゃんと……叱れる親になりたい」 「うん」 「ダメなことをダメって言えない人が多いって。……時々。本当に時々ね。そう思うの」 「……」

 勇気の弱点は、その後の沈黙です。  せっかく、打ち明けたのに。これで、引かれてしまったでしょうか。  私の生真面目さは、毎日を一緒に過ごすには、不適切な、重すぎる重力なのでしょうか。

 彼は無言のまま、私の肩を抱き寄せました。  その体温だけが、今の私への答えでした。