「官雇人制度を聞いたことは?」
やって来た来客の唐突な発言。
聞きなれぬ呼称に目を瞬かせていたのは、どうやら琴星だけではなかったらしい。
「お雇い外国人、でもいいが」
紫吹家の皆が、発言者の意図を読み取れずにいた。
海の向こう、異国の文化が一気に流れ込み、制度や習慣が大きく変化しつつあったとはいえ、一般市民と富裕層との括りはまだまだ残るこの時代。
政府の役人を、ソファのある応接室で出迎えている時点で、この紫吹家がそれなりの家格を持つ家だということは誰の目にも明らかだった。
「藪から棒に何を言う、青海殿」
予期せぬ来客を前に口を開くのは、紫吹家当主・星樹。
先代の病気で早々に当主となった彼はまだ二十代前半だが、当主であるが故に、年齢が上であろう役人に対しての不遜な物言いも許される。
相手も、それが当然だと分かっているのか腹を立てたりはしなかった。
「我が工部省は今、内務省と手を取り国家発展のための産業政策を推し進めているのだが」
「ああ。その一環として、地脈師を多く抱える我が紫吹家に声がかかっていることも承知している」
そう言って星樹がチラリと視線を両隣に投げたところで、琴星もようやく当主以外の紫吹家関係者がこの場に呼ばれたことに得心した。
この部屋には、政府・工部省の次官に当たる「少輔」の肩書きを持つ青海准と、紫吹家の当主たる星樹、鉱山の鉱脈を読む「地脈師」の一人でもある紫吹琴星と紫吹颯星の四人がいて、青海を前に三人が横一列に腰を下ろしていた。
血の繋がった家族ではないし、二十代、十代、十代未満と、見た目には侮られてもおかしくない三人だ。ただ紫吹一族の中で鉱脈を読む能力に長けた者が、この屋敷に住むことと、紫吹の姓を名乗ることを許される。特別な三人だ。
鉱山開発や製鉄の事業に関して紫吹家の力が必要であるが故――少なくとも琴星はそう思い、この場にいた。
ところが青海の口からこぼれ落ちたのは、聞いたこともない単語。星樹が僅かに片眉を上げた
「それと『官雇人制度』などという耳慣れない言葉と何の関係が? ああ、もちろん『お雇い外国人』とやら含めて、我々は初耳だ」
「ふむ……我が国が鎖国を止め、開国してからまだ日も浅いわけだが、国の中にいては知り得なかった知識・経験・技術が存在していることは分かるだろう?」
「……ああ」
ただ、紫吹家当主として様々な者と折衝をしている星樹は、青海の言葉の意味に気が付くのが早かったようだ。
「なるほど。海の向こうの国に住まう技術者を国に雇い入れて、技術を供与させる。故に『官雇人』ないしは『お雇い外国人』か」
「そうだ。ただ『官雇人』は公式文書上の文言だ。恐らくは『お雇い外国人』の方が通りはいいかも知れない。それはともかくとして、供与されるものの中には技術だけじゃない、知識も含まれる。既に何人かは大学で教鞭を取ってもらうことも決まっている。これは目先の話ではなく、長期を見据えた話になるんだ」
「……は?」
「実際にもう、複数の外国人を国の事業として招聘していて、更に新たな招聘計画もある。そのための制度が『官雇人制度』――というのが正しい」
普段は紫吹家の当主として、冷静沈着に物事にあたる星樹が、すぐに言葉を返せずにいる。
果たしてこれは、自分達が聞いていい話なのか……心の中で冷や汗を流す琴星を、青海は微笑みを浮かべながら見つめていた。
「もともと以前より、海の向こうにある国々からの開国と通商の圧力が高まっていた。政権交代前に外交政策顧問となられたディーケ卿の人脈で外の知識が流入し、新政権樹立後それを更に発展させるべく創設された部署の一つが我が工部省なんだが」
変わったのか、変えたのか。
きっと聞いてはいけないのだろう。政権交代をめぐる動きなどと、元より紫吹家が、特に当主でもない琴星や颯星が関わる範疇にはないのだから。
「政府が『殖産興業』『富国強兵』と声高に叫ぶものだから、我が紫吹家の鉱山経営が右肩上がりであることは否定しない――が、今更この国の近代史講座をしに来たわけでもないだろう? 本題は?」
トントン、と己の膝あたりを人差し指で叩く星樹は、間違いなく青海の意図が読めずにイライラしている。
そんな星樹に相対する青海は、わざとなのか僅かに口角を持ち上げた。
「次に来る『官雇人』が、地震研究、いや、収束の第一人者と言われている御仁なんだが」
「地震? 地を揺らすのは、要石の軛が外れた異形の化物。出会ってしまえば逃げるしかないと言われて久しい。それをどうしようと?」
星樹が「何を言っているんだ」とばかりに声を上げる。無言の琴星も颯星も同じ思いではあったが、青海は違うようだった。
「地脈を読み鉱脈を探る、鉱山開発の第一人者たる紫吹家であれば、尚更遭遇率は高そうだが……紫吹家の対応は『逃げる』一択なのか?」
「他家のことは知らん。あくまで紫吹家は、下手に立ち向かってその血を途絶えさせるくらいなら退けというのが代々の言い伝えだ」
「ふむ……であれば、尚更好都合かもしれん。海の向こうの国には、地の揺れとその原因を研究し、更に原因そのものを滅することも出来る異能者がいる」
「なっ……⁉」
まさかと呟く星樹に、青海は「だから招くのだ」と、至極真っ当なことを言った。
「まあ、己の目で見なければ信じ難いのも分かる。だからこそ、まずは紫吹家と縁付かせるのが相互理解も早かろうとの下知だ」
「……下知」
下知。それは青海ですら逆らえない、遙か高みからの意思表示。
息を呑んだのは、果たして星樹だけだったのか。
「文明開化の音が聞こえないか? 海の向こうの者であれ、人の理を外れているかも知れぬモノであれ、来たる世のためには手を取り合うべき――というのが今の政権の考え。私はそれを忠実に実行するだけのことだ。それとも聡明なる紫吹のご当主殿には、この下知を拒否したい、何か特別な事情がおありかな?」
上の命令と言われてしまえば、反論は難しい。目の前の相手を睨む星樹に、青海もまた、深い笑みでそれを受け止めた。
青海とて、海千山千の役人だ。遠回しに「後ろ暗いところでもあるのか」と言われてしまえば、相手が反論出来ないことをよく分かっていた。
「……その『お雇い外国人』とやらを、この紫吹家に住まわせればいいのか」
敢えて『官雇人』と言わなかったのは、公の制度とはいえ、そう易々と迎合はしないという、星樹の意思表示か。
唇を噛み、低い声で問う星樹に怯んだ様子もなく「半分ご名答」と、青海は小さく拍手をした。
「半分?」
「国としては、優秀な者たちに一年もたたないうちに再び国から出て行かれるのを避けたい。だから、ただの下宿人では困るんだ」
そう言った青海の目が眇められ、琴星の方を向く。
キョトンとなった琴星をよそに「まさか!」と、立ち上がったのは星樹だ。
「落ち着け。言っただろう、これは『下知』だと」
「くっ……」
「さて、琴星嬢」
星樹を片手で押し留めるような仕草で、青海が話しかけた。
はい、と答えながらも、琴星の背も思わず伸びていた。
「君には、今度やって来る『お雇い外国人』との縁談を受けて貰いたい。貴重な人材をその土地に根付かせる一番の方法は結婚だ。優秀な地脈師と、大地の揺れを収束出来る異能者。素晴らしい結びつきだと我々は考えているんだ」
「え……」
口調は丁寧でも、話の内容そのものが簡単になったわけではない。
目を丸くする琴星に、青海が更に言葉を続ける。
「もちろん、紫吹家には相応の対価が与えられる。双方に利点のある、契約婚とでも思ってくれれば。まあ後からでも愛と信頼が育まれるのならば、それに越したことはないのだが」
「契約婚……」
「まだまだ女性からみた縁組は、親と家の事情でままならぬことも多い。だが今回は、間に立つのが国だ。条件としては悪くないはずだ」
「琴星! 聞かなくていい! そんなことくらいで紫吹は揺らがんっ!」
叫ぶ星樹をよそに、琴星は困惑から抜け出せずにいる。
「あの……まずはお会いしてみる、というのでは……?」
「ああ、確かに本人はまだ入国していないから、それまでに心づもりをしておいてくれればいいか、そうだな」
青海の回答が微妙にずれているのは、きっとわざとだ。これは、きっと拒否できない。
「入国日が定まった頃、また連絡を入れる。宜しく頼むよ」
――こうして季節が秋にさしかかる頃、異国からの訪問者が一人、紫吹家の門を叩くことになったのである。
◆◇
「初めまして。ハウディート・フォーレンと言います。私の言葉は通じていますか?」
青海に連れられてやって来たのは、琴星がこれまでに見たこともない、陽に映える金色の長い髪をなびかせている青年だった。
「金色……」
思わず声に出してしまった琴星に、隣に立つ星樹が「琴星」と、軽く窘めている。
「ああ、気にしないで下さい。どうやらこの国では、この髪色がとても珍しいようだと、何日か過ごしているうちに理解しましたので」
青海の隣、琴星に向かい合う形で立つ青年――フォーレンは、気分を害した風でもなくそう微笑んだ。
「す、すみません」
「いえいえ」
恐縮する琴星に柔らかい笑みを向けた後、フォーレンもあらかじめこの邸宅の主が誰なのかというのは、青海から聞いていたのだろう。
すぐに表情を引き締めると、改めて星樹の方へと向き直っていた。
「私の能力は、こちらが家業とされていることにも役立つはずだとオウミから聞いています。よろしくお願いします」
「紫吹家当主・星樹だ。国の政策と言われれば、こちらも無下には出来ない。ある程度の協力はする。が、深入りはしないでもらいたい」
つれないな、と青海は口元をひくつかせているものの、星樹はニコリとも笑わない。いたって本気だからだ。
「この紫吹家の中で見聞きしたことを国、あるいは青海殿に何でもかんでも話されては困る。報告が必要なら、まずはその是非をこちらに問うてくれ。それが居住にあたっての条件だと心得てほしい」
青海やフォーレンが何かを言う前に「それと」と、星樹がさらにたたみかける。
「言葉は充分に通じている。この先、言葉が分からないフリをして余計な真似をしないようにということも併せて伝えておく」
「……なるほど。通じているのならば、よかったです」
あまり星樹が歓迎をしていないことは、その態度からも明らかなのに、フォーレンの方は少なくともそれに対する好悪を露にはしなかった。
さすが他国の大学で教鞭を取ろうというだけあって、普段から落ち着いているのかもしれない。
「私は当主として出席を求められている会合も多く、不在が多い。この後もすぐに出かける。なので、用があればこの琴星に。本来ならもう一人、颯星という者を紹介すべきところだが、今は郊外の鉱山に技術者たちと出かけていて不在だ。そこは日を改めて紹介させてもらう」
星樹があえて縁組の話に触れないのも、わざとだろう。
これには青海も苦笑いだが、当のフォーレンは「わかりました」と、静かに微笑んだ。
「ええっと……お世話になります、でしたか? オウミがそう言っていました」
「そうだな。せいぜい、国に貢献してくれ」
すげなく答えてこの場を離れようとした星樹に、青海が「まあ待て」と、声をかけた。
「会うのは旧民部省の連中か? 戻るついでに馬車で送ろう」
何だかわざとらしいと思っているうちに、青海が渋る星樹を半ば強引に表へと連れ出していってしまい、結果として、琴星とフォーレンがぽつんとその場に残された。
「えーっと……本日はお日柄もよく、でしたか?」
挨拶の仕方を青海にでも聞いたのだろうか。それにしては、ちょっとずれている。
どう説明したものかと琴星が頭を悩ませている間に、フォーレンが更なる問題発言をこちらへと投げて寄越した。
「絶好の契約婚日和ですね」
「……はい?」
ずれすぎて、思わず声が裏返ったほどだ。
「あれ? 間違っていますか? オウミが『緊張しているだろう場を和ませるのに最適だ』と教えてくれたのですが」
「それは……」
やはり、何も知らない異国からの訪問者に、おかしな単語を吹き込んだのは青海のようだ。なるほど、これを聞かせたくないがために、さっさと星樹を連れ出していったのかも知れない。
「あ、あの」
「何でしょう」
にこやかな笑みを崩さないフォーレンに、琴星の方が、どう話せばいいのか困惑を隠せない。
「その、契約婚とか……意味はご存知なのでしょうか……」
言葉に不自由がないことは見て取れるものの、それでも聞かずにはいられない。
恐る恐る尋ねてみれば、フォーレンは最初こそ面食らった表情を見せたものの、やがてクスリと口の端を持ち上げた。
「あらかじめ結婚生活についての取り決めを行ってからの結婚――これは、どの国でも同じ意味だと思いますよ?」
「で、ではなおさら……どうして……」
「大地の揺れ、その原因となる異形、その研究と対策のための必須条件だと、オウミよりも上の方から言われましたので」
青海より地位が上。さりげなく、とんでもないことを口にするフォーレンに、琴星は言葉が出ず、ただ大きく目を瞠った。
星樹は何とでもすると言っていたが、そういうわけにもいかないのではないだろうか。
「す、すみません。ご研究のためとはいえ、私のような地味な――」
目の前の、この異国人に比べれば、十人が十人とも琴星の方が地味だと言うだろう。そのくらい、この金色の髪は目立つのだ。
恐縮して身を縮める琴星を「いえいえいえ!」と、フォーレンが慌てて遮ってきた。
「どんな高慢な女性だったとしても研究のためには仕方がない、くらいに思っていましたので、むしろ嬉しく思っていますよ! まあ……こちらのご当主は、あまりこの話に納得していらっしゃらないようでしたが」
さすがに青海もごまかしきれないほど、星樹の不機嫌さは表に出ていたのだから、これには琴星も申し訳なく思った。
「その、星樹兄さまがすみません……」
どう考えても、はるばる海を越えて技術と知識の供与のためにやってきた者に対する態度ではない。
琴星はフォーレンに対し真摯に謝るしかなかった。
「いえいえ。えーっと……コトセさん? 貴女はセイジュの妹さんですか?」
「あっ、いえっ、そういうわけでは……えっと」
一瞬説明に困った琴星だったが、いつまでも玄関ホールに立たせたままにしておくわけにはいかないとそこで気付き、フォーレンを部屋に案内するためにくるりと身を翻した。
「さ、先に、お部屋、案内します」
「普通に話してくださって大丈夫ですよ? あまりに古典的な言い回しでなければ、理解できます」
変にカタコトになってしまい、焦る琴星にフォーレンはクスリと笑う。
「これでも、大学で教える立場の者ですし」
「あっ、そうですよね? すみません、ちょっとどうしていいか分からなくて……」
「どうぞ、普段通りに」
これでは、どちらがもてなす側なのかが分からない。まずは部屋に案内して、お茶を用意しなければと、琴星は身を翻した。
廊下どころか、邸内そのものが静かだ。そもそもこの邸宅は、人が少ない。
紫吹家の内情を必要以上に悟られないため、住み込みの使用人は、一族の中で既に現役を退いた高齢の者の中から星樹が厳選しているし、他は通いだ。
だから琴星も、ある程度の家事は出来た。
「それで…先ほど、セイジュは兄ではないと言っていましたね? 詳しく聞いても?」
フォーレンのために用意した部屋ではあるが、中に入ったフォーレンは、部屋にあった別の椅子を、まず琴星に勧めた。
まずお茶を、と思ったものの、引く様子のないフォーレンに、琴星もここは折れるしかない。
「もちろん、話せる範囲で構いませんよ。セイジュはあまり深入りしてほしくなさそうでしたから」
短時間で随分と星樹の持つ空気を読めたものだと思う。
やはり普段から、教師として色々な生徒を受け持ってきたからだろうか。
「あの……では、フォーレンさんがどうしてこの国にいらしたのかとか、地を揺らす異形の化物を退治出来るとはどういうことなのかとか、そのあたりのことは伺っても大丈夫でしょうか? その話があれば、星樹兄さまも納得しそうな気がするので……」
琴星が一方的に話をしてしまったと思われるのは避けたかった。
「ああ、それもそうですね」
国から話すことを止められている――とでも言われたらどうしようかと思ったものの、思いがけずフォーレンは、あっさりと琴星の言葉を首肯した。
何をどこまで話してくれるつもりなのだろう。とんでもない国家機密とか言われてしまったら、どうすればいいのか。
琴星は内心悲鳴を上げながら、フォーレンと向かい合うように腰を下ろしたのだった。
◆◇
地震で妹を亡くした。
――フォーレンは、初手からとんでもない話をこちらへと投げてきた。
「私は思いました。大地の揺れは、人の命を簡単に失わせてしまうほどのものだ。それを、神罰だのなんだの、そんな非科学的なことで片づけてしまって良いのかと。この揺れに打ち克つことはできないのかと。私のような人間を、これ以上増やさずにすむ方法はないものかと」
「え、でも……」
確か青海は「地を揺らす異形の化物を滅することが出来る力がある」といったようなことを言わなかったか。
怪訝な表情になった琴星の言いたいことが分かったのか、フォーレンは眉尻を下げた。
「確かに私の一族には、科学で説明の出来ない能力があります。異形を滅することが出来るのも事実です。ですが、事前に揺れを感知することが出来るだけでも、巻き込まれる人間を少なくすることが出来ると思いませんか」
「それが……地震の研究……」
「そもそも異形の存在自体、すぐに信じられる人間はごく少数でしょう。何より、異形の化物が原因ではない地の揺れだってあるわけですし」
そう言ってフォーレンは、何十年、何百年も前の山の噴火の話をいくつか挙げる。その話は理路整然としていて、フォーレンが国に招かれて来たというのもさもありなんだった。
「それでまずは揺れの仕組みを解明しようかと。そしてその調査には、鉄や鉛といった金属の存在が必要不可欠でして」
招聘を打診された際、地震の研究を望むと告げたフォーレンに、ならばと青海が紫吹家の名前を出して紹介したのだそうだ。
「次々に鉱脈を発見して、名だたる財閥に肩を並べんとする、勢いのある一族だと。必要な金属の提供に関して、最も要望に添えるだろうし、もしも異形に遭遇した時に私がそれを滅することが出来れば、紫吹家も助かるはずだからと」
「それは……」
「セイジュがあまりいい顔をしなかったのは、軍事転用を危惧しているからではないですか? そこは貴女から、決してそうではないことを説いてもらえませんか」
あまりに真摯なフォーレンの目に、琴星は何も言えなくなってしまう。元より星樹の考えなどと、琴星では推し量れない。
「話は……してみます。けれど当主である星樹兄さまが下す判断が、紫吹家としての絶対になります。そこはご理解下さい」
「そうですか……いえ、貴女に私の思いを分かって頂けただけでも、まずは良しとしておきましょう」
そう言って微笑んだフォーレンに、思わず琴星もつられて口元をほころばせた。
「それで……ここはどうして、これほど人が少ないのですか? セイジュとも兄妹ではない、と。何か事情があるのですか?」
ただ、場の空気に流されず当初の疑問に立ち返ってきたフォーレンは、さすがだ。
「フォーレン様は……紫吹家のことを、どう聞いておられますか?」
何をどこまで話したものか。琴星は視線を彷徨わせて、考えた。
「そうですね……オウミからは鉱山の鉱脈を発見することにずば抜けた能力がある家だと聞きましたが……」
「はい。山の壁に手を当て、鉱脈を読む。ある意味これも異能なのかも知れません」
「なるほど」
「異能は狙われます」
断言する琴星の視線を受けたフォーレンが、言葉に詰まった。
「狙われる……」
「鉱脈をあてれば、ひと財産が築ける。けれどその鉱脈を探し出すことは、誰にでも出来ることではない。だから常に狙われる――と、星樹兄さまが言っていました」
紫吹家の本邸は、鉱脈を読む能力の高い者だけが住むことを許されている。そして厳重な警備を外に敷いてある。
内通者と手引きの危険を少しでも減らすため、限界まで使用人の数は削られているのだ。
「星樹兄さまも、私も颯星君も、小さい頃に両親の下から引き離され、ここに連れて来られました」
一つの山に鉱脈は一つとは限らない。一つが枯渇しそうと聞けば、周囲にないかをまず探る。それでもなければ、範囲を広げて捜索する。そんな鉱脈探しに酷使されて、命を落としてしまっては、目も当てられないからだ。
「内通者と手引きを警戒……それは、セイジュもいい顔をしないはずですね。私など、誰とも知れぬ不審者だ」
「いえいえいえ! 他ならぬ青海様の紹介ですし、そんなことは!」
「今の話は、オウミも……?」
「もちろん、ご存じです。この邸宅周辺の警護は、お国の管轄で担って下さっていますし」
鉱山の開発、維持は国にとっても重要なことだ。だからこそ、紫吹家の「血」と「能力」が搾取されないことに、国も気を配ってくれている。他ならぬ青海が、かつてそう言っていた。
フォーレンはもちろん初耳で目を瞠っているが、琴星はそのまま話を続けた。
「眉唾と言う者もおりますが、一族の者が鉱山の鉱脈を探る力に長けていることは事実です。そして、その力が最も強い者が当主となります」
血筋ではなく、鉱脈を探り当てる能力の有無が全て。
兄ではないが同じ屋根の下で暮らし、年齢も星樹の方が上であるため、いつの間にか兄と呼ぶようになった。
とてもじゃないが呼び捨てにする勇気はないというのもあるし、他の一族の者のように「様」を付けるのは、星樹自身が嫌がった。
その結果、外からは歪とも言える紫吹本邸が出来上がっているのだ。恐らくは自分達の代じゃなくなっても、この仕組みは残るのだろう。
「鉱山は全国にあります。各地を飛び回る一族の者もいますから、この邸宅は三人でいいとの話になったそうです」
鉱山の大きさ、鉱脈の奥深さによって、派遣される者の格が変わる。それを決めるのが星樹だ。
「颯星君が今、この邸宅にいない理由は、最初に派遣された地脈師では探しきれない箇所があったため、当主判断で様子を見に出たからです。場合によっては、私や星樹兄さまが向かうこともあります」
全て当主である星樹の判断で、一族の地脈師が動く。それが、今の紫吹家のやり方だ。
「なるほど……では、貴女と鉱山に行ければ、研究に必要な金属を貴女に探し当てて貰える、と?」
どうやらフォーレンに地脈師の異能を怖れるといった感情はないらしい。そこなのか、と琴星は面喰らった。
「ええっと……必ず見つかるかどうかは分かりませんけど……」
「いや、素晴らしい!」
「きゃっ⁉︎」
しかも興奮したフォーレンの両手が、いつの間にか琴星の両手を包み込んでいて、思わず琴星も悲鳴をあげた。
「ああっ、と……失礼、つい!」
「い、いえっ」
気付いたフォーレンも慌てて手を離したが、一瞬何とも言えない沈黙が流れる。
「コトセさん」
「は、はい」
「時間のある時に、鉱山に連れて行ってほしい」
「え⁉︎」
「セイジュは当主として忙しいのだろう? いや、むしろ貴女に案内してもらえたら嬉しい」
「ええっと……」
とても星樹が首を縦に振るとは思えないのだが、この様子だとフォーレンも引き下がらない気がする。
そう思ったのが顔に出たのか、そこは青海経由で自分が星樹の首を縦に降らせると、フォーレンは言った。
「私がいきなりセイジュに何か言ったところで、聞き入れてくれるとは思えない。青海なら、国家権力ちらつかせてでも何とかしてくれそうだ」
「……っ」
大学で生徒に教えようという人が、そんな腹黒いことでいいのだろうか。
「ヨロシク、コトセサン。ワタシ、タノシミ」
「…………」
既にフォーレンのカタコトがとてもわざとらしいものだということが、琴星にも分かりつつある。
この様子だと、鉱山見学の予定があっという間に組み上げられそうだと、琴星は思わず遠い目になった。
やって来た来客の唐突な発言。
聞きなれぬ呼称に目を瞬かせていたのは、どうやら琴星だけではなかったらしい。
「お雇い外国人、でもいいが」
紫吹家の皆が、発言者の意図を読み取れずにいた。
海の向こう、異国の文化が一気に流れ込み、制度や習慣が大きく変化しつつあったとはいえ、一般市民と富裕層との括りはまだまだ残るこの時代。
政府の役人を、ソファのある応接室で出迎えている時点で、この紫吹家がそれなりの家格を持つ家だということは誰の目にも明らかだった。
「藪から棒に何を言う、青海殿」
予期せぬ来客を前に口を開くのは、紫吹家当主・星樹。
先代の病気で早々に当主となった彼はまだ二十代前半だが、当主であるが故に、年齢が上であろう役人に対しての不遜な物言いも許される。
相手も、それが当然だと分かっているのか腹を立てたりはしなかった。
「我が工部省は今、内務省と手を取り国家発展のための産業政策を推し進めているのだが」
「ああ。その一環として、地脈師を多く抱える我が紫吹家に声がかかっていることも承知している」
そう言って星樹がチラリと視線を両隣に投げたところで、琴星もようやく当主以外の紫吹家関係者がこの場に呼ばれたことに得心した。
この部屋には、政府・工部省の次官に当たる「少輔」の肩書きを持つ青海准と、紫吹家の当主たる星樹、鉱山の鉱脈を読む「地脈師」の一人でもある紫吹琴星と紫吹颯星の四人がいて、青海を前に三人が横一列に腰を下ろしていた。
血の繋がった家族ではないし、二十代、十代、十代未満と、見た目には侮られてもおかしくない三人だ。ただ紫吹一族の中で鉱脈を読む能力に長けた者が、この屋敷に住むことと、紫吹の姓を名乗ることを許される。特別な三人だ。
鉱山開発や製鉄の事業に関して紫吹家の力が必要であるが故――少なくとも琴星はそう思い、この場にいた。
ところが青海の口からこぼれ落ちたのは、聞いたこともない単語。星樹が僅かに片眉を上げた
「それと『官雇人制度』などという耳慣れない言葉と何の関係が? ああ、もちろん『お雇い外国人』とやら含めて、我々は初耳だ」
「ふむ……我が国が鎖国を止め、開国してからまだ日も浅いわけだが、国の中にいては知り得なかった知識・経験・技術が存在していることは分かるだろう?」
「……ああ」
ただ、紫吹家当主として様々な者と折衝をしている星樹は、青海の言葉の意味に気が付くのが早かったようだ。
「なるほど。海の向こうの国に住まう技術者を国に雇い入れて、技術を供与させる。故に『官雇人』ないしは『お雇い外国人』か」
「そうだ。ただ『官雇人』は公式文書上の文言だ。恐らくは『お雇い外国人』の方が通りはいいかも知れない。それはともかくとして、供与されるものの中には技術だけじゃない、知識も含まれる。既に何人かは大学で教鞭を取ってもらうことも決まっている。これは目先の話ではなく、長期を見据えた話になるんだ」
「……は?」
「実際にもう、複数の外国人を国の事業として招聘していて、更に新たな招聘計画もある。そのための制度が『官雇人制度』――というのが正しい」
普段は紫吹家の当主として、冷静沈着に物事にあたる星樹が、すぐに言葉を返せずにいる。
果たしてこれは、自分達が聞いていい話なのか……心の中で冷や汗を流す琴星を、青海は微笑みを浮かべながら見つめていた。
「もともと以前より、海の向こうにある国々からの開国と通商の圧力が高まっていた。政権交代前に外交政策顧問となられたディーケ卿の人脈で外の知識が流入し、新政権樹立後それを更に発展させるべく創設された部署の一つが我が工部省なんだが」
変わったのか、変えたのか。
きっと聞いてはいけないのだろう。政権交代をめぐる動きなどと、元より紫吹家が、特に当主でもない琴星や颯星が関わる範疇にはないのだから。
「政府が『殖産興業』『富国強兵』と声高に叫ぶものだから、我が紫吹家の鉱山経営が右肩上がりであることは否定しない――が、今更この国の近代史講座をしに来たわけでもないだろう? 本題は?」
トントン、と己の膝あたりを人差し指で叩く星樹は、間違いなく青海の意図が読めずにイライラしている。
そんな星樹に相対する青海は、わざとなのか僅かに口角を持ち上げた。
「次に来る『官雇人』が、地震研究、いや、収束の第一人者と言われている御仁なんだが」
「地震? 地を揺らすのは、要石の軛が外れた異形の化物。出会ってしまえば逃げるしかないと言われて久しい。それをどうしようと?」
星樹が「何を言っているんだ」とばかりに声を上げる。無言の琴星も颯星も同じ思いではあったが、青海は違うようだった。
「地脈を読み鉱脈を探る、鉱山開発の第一人者たる紫吹家であれば、尚更遭遇率は高そうだが……紫吹家の対応は『逃げる』一択なのか?」
「他家のことは知らん。あくまで紫吹家は、下手に立ち向かってその血を途絶えさせるくらいなら退けというのが代々の言い伝えだ」
「ふむ……であれば、尚更好都合かもしれん。海の向こうの国には、地の揺れとその原因を研究し、更に原因そのものを滅することも出来る異能者がいる」
「なっ……⁉」
まさかと呟く星樹に、青海は「だから招くのだ」と、至極真っ当なことを言った。
「まあ、己の目で見なければ信じ難いのも分かる。だからこそ、まずは紫吹家と縁付かせるのが相互理解も早かろうとの下知だ」
「……下知」
下知。それは青海ですら逆らえない、遙か高みからの意思表示。
息を呑んだのは、果たして星樹だけだったのか。
「文明開化の音が聞こえないか? 海の向こうの者であれ、人の理を外れているかも知れぬモノであれ、来たる世のためには手を取り合うべき――というのが今の政権の考え。私はそれを忠実に実行するだけのことだ。それとも聡明なる紫吹のご当主殿には、この下知を拒否したい、何か特別な事情がおありかな?」
上の命令と言われてしまえば、反論は難しい。目の前の相手を睨む星樹に、青海もまた、深い笑みでそれを受け止めた。
青海とて、海千山千の役人だ。遠回しに「後ろ暗いところでもあるのか」と言われてしまえば、相手が反論出来ないことをよく分かっていた。
「……その『お雇い外国人』とやらを、この紫吹家に住まわせればいいのか」
敢えて『官雇人』と言わなかったのは、公の制度とはいえ、そう易々と迎合はしないという、星樹の意思表示か。
唇を噛み、低い声で問う星樹に怯んだ様子もなく「半分ご名答」と、青海は小さく拍手をした。
「半分?」
「国としては、優秀な者たちに一年もたたないうちに再び国から出て行かれるのを避けたい。だから、ただの下宿人では困るんだ」
そう言った青海の目が眇められ、琴星の方を向く。
キョトンとなった琴星をよそに「まさか!」と、立ち上がったのは星樹だ。
「落ち着け。言っただろう、これは『下知』だと」
「くっ……」
「さて、琴星嬢」
星樹を片手で押し留めるような仕草で、青海が話しかけた。
はい、と答えながらも、琴星の背も思わず伸びていた。
「君には、今度やって来る『お雇い外国人』との縁談を受けて貰いたい。貴重な人材をその土地に根付かせる一番の方法は結婚だ。優秀な地脈師と、大地の揺れを収束出来る異能者。素晴らしい結びつきだと我々は考えているんだ」
「え……」
口調は丁寧でも、話の内容そのものが簡単になったわけではない。
目を丸くする琴星に、青海が更に言葉を続ける。
「もちろん、紫吹家には相応の対価が与えられる。双方に利点のある、契約婚とでも思ってくれれば。まあ後からでも愛と信頼が育まれるのならば、それに越したことはないのだが」
「契約婚……」
「まだまだ女性からみた縁組は、親と家の事情でままならぬことも多い。だが今回は、間に立つのが国だ。条件としては悪くないはずだ」
「琴星! 聞かなくていい! そんなことくらいで紫吹は揺らがんっ!」
叫ぶ星樹をよそに、琴星は困惑から抜け出せずにいる。
「あの……まずはお会いしてみる、というのでは……?」
「ああ、確かに本人はまだ入国していないから、それまでに心づもりをしておいてくれればいいか、そうだな」
青海の回答が微妙にずれているのは、きっとわざとだ。これは、きっと拒否できない。
「入国日が定まった頃、また連絡を入れる。宜しく頼むよ」
――こうして季節が秋にさしかかる頃、異国からの訪問者が一人、紫吹家の門を叩くことになったのである。
◆◇
「初めまして。ハウディート・フォーレンと言います。私の言葉は通じていますか?」
青海に連れられてやって来たのは、琴星がこれまでに見たこともない、陽に映える金色の長い髪をなびかせている青年だった。
「金色……」
思わず声に出してしまった琴星に、隣に立つ星樹が「琴星」と、軽く窘めている。
「ああ、気にしないで下さい。どうやらこの国では、この髪色がとても珍しいようだと、何日か過ごしているうちに理解しましたので」
青海の隣、琴星に向かい合う形で立つ青年――フォーレンは、気分を害した風でもなくそう微笑んだ。
「す、すみません」
「いえいえ」
恐縮する琴星に柔らかい笑みを向けた後、フォーレンもあらかじめこの邸宅の主が誰なのかというのは、青海から聞いていたのだろう。
すぐに表情を引き締めると、改めて星樹の方へと向き直っていた。
「私の能力は、こちらが家業とされていることにも役立つはずだとオウミから聞いています。よろしくお願いします」
「紫吹家当主・星樹だ。国の政策と言われれば、こちらも無下には出来ない。ある程度の協力はする。が、深入りはしないでもらいたい」
つれないな、と青海は口元をひくつかせているものの、星樹はニコリとも笑わない。いたって本気だからだ。
「この紫吹家の中で見聞きしたことを国、あるいは青海殿に何でもかんでも話されては困る。報告が必要なら、まずはその是非をこちらに問うてくれ。それが居住にあたっての条件だと心得てほしい」
青海やフォーレンが何かを言う前に「それと」と、星樹がさらにたたみかける。
「言葉は充分に通じている。この先、言葉が分からないフリをして余計な真似をしないようにということも併せて伝えておく」
「……なるほど。通じているのならば、よかったです」
あまり星樹が歓迎をしていないことは、その態度からも明らかなのに、フォーレンの方は少なくともそれに対する好悪を露にはしなかった。
さすが他国の大学で教鞭を取ろうというだけあって、普段から落ち着いているのかもしれない。
「私は当主として出席を求められている会合も多く、不在が多い。この後もすぐに出かける。なので、用があればこの琴星に。本来ならもう一人、颯星という者を紹介すべきところだが、今は郊外の鉱山に技術者たちと出かけていて不在だ。そこは日を改めて紹介させてもらう」
星樹があえて縁組の話に触れないのも、わざとだろう。
これには青海も苦笑いだが、当のフォーレンは「わかりました」と、静かに微笑んだ。
「ええっと……お世話になります、でしたか? オウミがそう言っていました」
「そうだな。せいぜい、国に貢献してくれ」
すげなく答えてこの場を離れようとした星樹に、青海が「まあ待て」と、声をかけた。
「会うのは旧民部省の連中か? 戻るついでに馬車で送ろう」
何だかわざとらしいと思っているうちに、青海が渋る星樹を半ば強引に表へと連れ出していってしまい、結果として、琴星とフォーレンがぽつんとその場に残された。
「えーっと……本日はお日柄もよく、でしたか?」
挨拶の仕方を青海にでも聞いたのだろうか。それにしては、ちょっとずれている。
どう説明したものかと琴星が頭を悩ませている間に、フォーレンが更なる問題発言をこちらへと投げて寄越した。
「絶好の契約婚日和ですね」
「……はい?」
ずれすぎて、思わず声が裏返ったほどだ。
「あれ? 間違っていますか? オウミが『緊張しているだろう場を和ませるのに最適だ』と教えてくれたのですが」
「それは……」
やはり、何も知らない異国からの訪問者に、おかしな単語を吹き込んだのは青海のようだ。なるほど、これを聞かせたくないがために、さっさと星樹を連れ出していったのかも知れない。
「あ、あの」
「何でしょう」
にこやかな笑みを崩さないフォーレンに、琴星の方が、どう話せばいいのか困惑を隠せない。
「その、契約婚とか……意味はご存知なのでしょうか……」
言葉に不自由がないことは見て取れるものの、それでも聞かずにはいられない。
恐る恐る尋ねてみれば、フォーレンは最初こそ面食らった表情を見せたものの、やがてクスリと口の端を持ち上げた。
「あらかじめ結婚生活についての取り決めを行ってからの結婚――これは、どの国でも同じ意味だと思いますよ?」
「で、ではなおさら……どうして……」
「大地の揺れ、その原因となる異形、その研究と対策のための必須条件だと、オウミよりも上の方から言われましたので」
青海より地位が上。さりげなく、とんでもないことを口にするフォーレンに、琴星は言葉が出ず、ただ大きく目を瞠った。
星樹は何とでもすると言っていたが、そういうわけにもいかないのではないだろうか。
「す、すみません。ご研究のためとはいえ、私のような地味な――」
目の前の、この異国人に比べれば、十人が十人とも琴星の方が地味だと言うだろう。そのくらい、この金色の髪は目立つのだ。
恐縮して身を縮める琴星を「いえいえいえ!」と、フォーレンが慌てて遮ってきた。
「どんな高慢な女性だったとしても研究のためには仕方がない、くらいに思っていましたので、むしろ嬉しく思っていますよ! まあ……こちらのご当主は、あまりこの話に納得していらっしゃらないようでしたが」
さすがに青海もごまかしきれないほど、星樹の不機嫌さは表に出ていたのだから、これには琴星も申し訳なく思った。
「その、星樹兄さまがすみません……」
どう考えても、はるばる海を越えて技術と知識の供与のためにやってきた者に対する態度ではない。
琴星はフォーレンに対し真摯に謝るしかなかった。
「いえいえ。えーっと……コトセさん? 貴女はセイジュの妹さんですか?」
「あっ、いえっ、そういうわけでは……えっと」
一瞬説明に困った琴星だったが、いつまでも玄関ホールに立たせたままにしておくわけにはいかないとそこで気付き、フォーレンを部屋に案内するためにくるりと身を翻した。
「さ、先に、お部屋、案内します」
「普通に話してくださって大丈夫ですよ? あまりに古典的な言い回しでなければ、理解できます」
変にカタコトになってしまい、焦る琴星にフォーレンはクスリと笑う。
「これでも、大学で教える立場の者ですし」
「あっ、そうですよね? すみません、ちょっとどうしていいか分からなくて……」
「どうぞ、普段通りに」
これでは、どちらがもてなす側なのかが分からない。まずは部屋に案内して、お茶を用意しなければと、琴星は身を翻した。
廊下どころか、邸内そのものが静かだ。そもそもこの邸宅は、人が少ない。
紫吹家の内情を必要以上に悟られないため、住み込みの使用人は、一族の中で既に現役を退いた高齢の者の中から星樹が厳選しているし、他は通いだ。
だから琴星も、ある程度の家事は出来た。
「それで…先ほど、セイジュは兄ではないと言っていましたね? 詳しく聞いても?」
フォーレンのために用意した部屋ではあるが、中に入ったフォーレンは、部屋にあった別の椅子を、まず琴星に勧めた。
まずお茶を、と思ったものの、引く様子のないフォーレンに、琴星もここは折れるしかない。
「もちろん、話せる範囲で構いませんよ。セイジュはあまり深入りしてほしくなさそうでしたから」
短時間で随分と星樹の持つ空気を読めたものだと思う。
やはり普段から、教師として色々な生徒を受け持ってきたからだろうか。
「あの……では、フォーレンさんがどうしてこの国にいらしたのかとか、地を揺らす異形の化物を退治出来るとはどういうことなのかとか、そのあたりのことは伺っても大丈夫でしょうか? その話があれば、星樹兄さまも納得しそうな気がするので……」
琴星が一方的に話をしてしまったと思われるのは避けたかった。
「ああ、それもそうですね」
国から話すことを止められている――とでも言われたらどうしようかと思ったものの、思いがけずフォーレンは、あっさりと琴星の言葉を首肯した。
何をどこまで話してくれるつもりなのだろう。とんでもない国家機密とか言われてしまったら、どうすればいいのか。
琴星は内心悲鳴を上げながら、フォーレンと向かい合うように腰を下ろしたのだった。
◆◇
地震で妹を亡くした。
――フォーレンは、初手からとんでもない話をこちらへと投げてきた。
「私は思いました。大地の揺れは、人の命を簡単に失わせてしまうほどのものだ。それを、神罰だのなんだの、そんな非科学的なことで片づけてしまって良いのかと。この揺れに打ち克つことはできないのかと。私のような人間を、これ以上増やさずにすむ方法はないものかと」
「え、でも……」
確か青海は「地を揺らす異形の化物を滅することが出来る力がある」といったようなことを言わなかったか。
怪訝な表情になった琴星の言いたいことが分かったのか、フォーレンは眉尻を下げた。
「確かに私の一族には、科学で説明の出来ない能力があります。異形を滅することが出来るのも事実です。ですが、事前に揺れを感知することが出来るだけでも、巻き込まれる人間を少なくすることが出来ると思いませんか」
「それが……地震の研究……」
「そもそも異形の存在自体、すぐに信じられる人間はごく少数でしょう。何より、異形の化物が原因ではない地の揺れだってあるわけですし」
そう言ってフォーレンは、何十年、何百年も前の山の噴火の話をいくつか挙げる。その話は理路整然としていて、フォーレンが国に招かれて来たというのもさもありなんだった。
「それでまずは揺れの仕組みを解明しようかと。そしてその調査には、鉄や鉛といった金属の存在が必要不可欠でして」
招聘を打診された際、地震の研究を望むと告げたフォーレンに、ならばと青海が紫吹家の名前を出して紹介したのだそうだ。
「次々に鉱脈を発見して、名だたる財閥に肩を並べんとする、勢いのある一族だと。必要な金属の提供に関して、最も要望に添えるだろうし、もしも異形に遭遇した時に私がそれを滅することが出来れば、紫吹家も助かるはずだからと」
「それは……」
「セイジュがあまりいい顔をしなかったのは、軍事転用を危惧しているからではないですか? そこは貴女から、決してそうではないことを説いてもらえませんか」
あまりに真摯なフォーレンの目に、琴星は何も言えなくなってしまう。元より星樹の考えなどと、琴星では推し量れない。
「話は……してみます。けれど当主である星樹兄さまが下す判断が、紫吹家としての絶対になります。そこはご理解下さい」
「そうですか……いえ、貴女に私の思いを分かって頂けただけでも、まずは良しとしておきましょう」
そう言って微笑んだフォーレンに、思わず琴星もつられて口元をほころばせた。
「それで……ここはどうして、これほど人が少ないのですか? セイジュとも兄妹ではない、と。何か事情があるのですか?」
ただ、場の空気に流されず当初の疑問に立ち返ってきたフォーレンは、さすがだ。
「フォーレン様は……紫吹家のことを、どう聞いておられますか?」
何をどこまで話したものか。琴星は視線を彷徨わせて、考えた。
「そうですね……オウミからは鉱山の鉱脈を発見することにずば抜けた能力がある家だと聞きましたが……」
「はい。山の壁に手を当て、鉱脈を読む。ある意味これも異能なのかも知れません」
「なるほど」
「異能は狙われます」
断言する琴星の視線を受けたフォーレンが、言葉に詰まった。
「狙われる……」
「鉱脈をあてれば、ひと財産が築ける。けれどその鉱脈を探し出すことは、誰にでも出来ることではない。だから常に狙われる――と、星樹兄さまが言っていました」
紫吹家の本邸は、鉱脈を読む能力の高い者だけが住むことを許されている。そして厳重な警備を外に敷いてある。
内通者と手引きの危険を少しでも減らすため、限界まで使用人の数は削られているのだ。
「星樹兄さまも、私も颯星君も、小さい頃に両親の下から引き離され、ここに連れて来られました」
一つの山に鉱脈は一つとは限らない。一つが枯渇しそうと聞けば、周囲にないかをまず探る。それでもなければ、範囲を広げて捜索する。そんな鉱脈探しに酷使されて、命を落としてしまっては、目も当てられないからだ。
「内通者と手引きを警戒……それは、セイジュもいい顔をしないはずですね。私など、誰とも知れぬ不審者だ」
「いえいえいえ! 他ならぬ青海様の紹介ですし、そんなことは!」
「今の話は、オウミも……?」
「もちろん、ご存じです。この邸宅周辺の警護は、お国の管轄で担って下さっていますし」
鉱山の開発、維持は国にとっても重要なことだ。だからこそ、紫吹家の「血」と「能力」が搾取されないことに、国も気を配ってくれている。他ならぬ青海が、かつてそう言っていた。
フォーレンはもちろん初耳で目を瞠っているが、琴星はそのまま話を続けた。
「眉唾と言う者もおりますが、一族の者が鉱山の鉱脈を探る力に長けていることは事実です。そして、その力が最も強い者が当主となります」
血筋ではなく、鉱脈を探り当てる能力の有無が全て。
兄ではないが同じ屋根の下で暮らし、年齢も星樹の方が上であるため、いつの間にか兄と呼ぶようになった。
とてもじゃないが呼び捨てにする勇気はないというのもあるし、他の一族の者のように「様」を付けるのは、星樹自身が嫌がった。
その結果、外からは歪とも言える紫吹本邸が出来上がっているのだ。恐らくは自分達の代じゃなくなっても、この仕組みは残るのだろう。
「鉱山は全国にあります。各地を飛び回る一族の者もいますから、この邸宅は三人でいいとの話になったそうです」
鉱山の大きさ、鉱脈の奥深さによって、派遣される者の格が変わる。それを決めるのが星樹だ。
「颯星君が今、この邸宅にいない理由は、最初に派遣された地脈師では探しきれない箇所があったため、当主判断で様子を見に出たからです。場合によっては、私や星樹兄さまが向かうこともあります」
全て当主である星樹の判断で、一族の地脈師が動く。それが、今の紫吹家のやり方だ。
「なるほど……では、貴女と鉱山に行ければ、研究に必要な金属を貴女に探し当てて貰える、と?」
どうやらフォーレンに地脈師の異能を怖れるといった感情はないらしい。そこなのか、と琴星は面喰らった。
「ええっと……必ず見つかるかどうかは分かりませんけど……」
「いや、素晴らしい!」
「きゃっ⁉︎」
しかも興奮したフォーレンの両手が、いつの間にか琴星の両手を包み込んでいて、思わず琴星も悲鳴をあげた。
「ああっ、と……失礼、つい!」
「い、いえっ」
気付いたフォーレンも慌てて手を離したが、一瞬何とも言えない沈黙が流れる。
「コトセさん」
「は、はい」
「時間のある時に、鉱山に連れて行ってほしい」
「え⁉︎」
「セイジュは当主として忙しいのだろう? いや、むしろ貴女に案内してもらえたら嬉しい」
「ええっと……」
とても星樹が首を縦に振るとは思えないのだが、この様子だとフォーレンも引き下がらない気がする。
そう思ったのが顔に出たのか、そこは青海経由で自分が星樹の首を縦に降らせると、フォーレンは言った。
「私がいきなりセイジュに何か言ったところで、聞き入れてくれるとは思えない。青海なら、国家権力ちらつかせてでも何とかしてくれそうだ」
「……っ」
大学で生徒に教えようという人が、そんな腹黒いことでいいのだろうか。
「ヨロシク、コトセサン。ワタシ、タノシミ」
「…………」
既にフォーレンのカタコトがとてもわざとらしいものだということが、琴星にも分かりつつある。
この様子だと、鉱山見学の予定があっという間に組み上げられそうだと、琴星は思わず遠い目になった。
