王女殿下は下級官吏を婚約者に選ぶ

 私は王太子の証である紋章の入った重いマントを肩にかけ、扇ではなく錫杖を手に大広間へ向かう。
先王の指示で継承の儀を終えた以上、事実上次期国王と言っても過言ではない。
残るは戴冠式という儀式のみ。
それを行うためには、宮廷を仕切る重臣たちの署名が必要とされていた。
緊急会議を開き、即位のための準備を始めさせる。

「ですから、独身である王が即位なさることは出来ません」
「どうして?」
「我が国の伝統でございます。そういった例は未だかつてございません」
「ならば私が、その最初の前例になります」

 即位に伴う戴冠式を検討する会議で、私は大臣たちと同じ席についていた。
本来なら王が座るはずの玉座は、空席のままになっている。

「なぜ殿下はそのようないらぬ争いを望むのですか? ご婚約をされていた方とは、どうなったのです?」

 発言を求めたのは、ジェードだ。
もうすでに貴族たちの間では、私とエドが破局したことは知れ渡っている。

「彼とは別れました。それがなにか?」

 私より年上の男性貴族たちが、一斉に笑い声を漏らす。

「それが国政に影響するとは思えないのですが」
「殿下の政治手腕を問うているのではございません。人柄の問題です」
「独身では、人柄に問題があるのですか?」
「いえ、そういうわけでは……。これだから、話の通じないお方は困る」

 年老いた大臣がそうつぶやくと、また失笑の渦が巻き起こった。
ここにいる全員が私をバカにしていることだけは分かる。
彼らが欲しいのは、強い王ではなく、制御しやすい王だ。

「殿下はこの先、ご即位なされた後のことをどうするおつもりなのですか? それを示していただかないことには、我々としても即位に同意いたしかねます」
「王が倒れてから、国務の実績を担ってきたのは私です。これまで通り、先王の意志を受け継ぎ国政に勤めます」
「あはははは!」

 だからどうして、この発言が大臣たちの笑いを誘うのか、私には全く理解出来ない。

「殿下はそうおっしゃいますが、いずれはご結婚なさるのでしょう?」
「それは分かりません」
「ですから、先にそれをなさいと申し上げているのです」
「私に夫が出来れば、何が変わるのですか?」
「殿下が国務を遂行することが困難となった時、代わりに実務を担当するものが必要となります」
「その意見はおかしいわ。王が政治を行えなくなった時、これまでの王妃が国務を担当しましたか? もちろんそういう実績もありますが、宰相や大臣たちが分担していたはずです。現に我が父が病に倒れたのち、あなたたちが私を助けてくれたではないですか。どうしてそれが出来なくなるのです?」
「ですから、そういう問題ではないと……」

 私はあからさまに不機嫌な態度を取ると、大きくため息を吐き出し椅子の背にもたれた。
苦笑いを隠そうともしない堅物の古老の中にあって、ひときわ若さの目立つジェードが立ち上がる。

「本日はここまでにいたしましょう。殿下の即位を急ぐ必要はありますが、他にも議論すべき議題は山積しております。一度仕切り直しということで」

 彼の一言で、会議は終了した。
次々と退席していく大臣たちは、みなジェードに挨拶を求めてから部屋を出る。
最終的に、私とジェードだけが閑散とした広い会議室に取り残されていた。

「殿下、このところ心労が絶えないご様子ですが」
「そうね。主な原因はあなたにあるのかもね、ジェード」
「はは。それはもったいないお言葉にございます」

 彼は私の座る椅子の背に手をかけると、背後から頬を寄せた。

「現在殿下を悩ませる問題を、全て一瞬にして解決出来る唯一の方法があるのですが。殿下はそれをご存じですか?」
「あなたと結婚はしないわ」
「なぜそう頑ななお心になってしまったのです?」

 ジェードはその端正な顔に、にっこりと優雅な笑みを浮かべた。

「婚約者殿と結んだ契約と同じことです。それを私とは結べませんか?」

 ジェードが私に見せたのは、彼との契約書をすっかり書き写したものだった。

「とてもよく出来ています。驚きました。もうこの契約は終了したのでしょう? なら何も問題はありません」

 彼が私の目の前に差し出したのは、私との婚姻に関わる誓約書だった。

「これから共にあることを、保証する協定になります。よかったらご精査ください」

 そう言い残し、ジェードは出て行った。
一人きりになった部屋で、私はその紙を迷うことなく破り捨てる。

「どうしてこんな……」

 エドから一方的な別れを告げられ、納得のいかないまま時間だけが過ぎていった。
どうにか修復したいとは思うものの、日々の忙しさと自由にならない身と、彼の言葉に多少なりとも傷ついた自分に身動きがとれずにいた。
整理がつかないうちから父が倒れ亡くなり、心身ともに疲れていたのだと思う。
休んでていいよという言葉に素直に甘えているうちに、外堀を埋められてしまった。
エドはどこに行ったのか所在は分からず、アンバーも見つからない。
ようやく立ち上がった私を待っていたのは、誰一人味方してくれる人のいない、敵ばかり残された宮廷だった。

 裏で糸を引いているのは、ジェードとその仲間たちだと分かっているのに、どうしても太刀打ち出来ない。
これで私が国王といえるの? 
王として、君臨出来る? 
私がなすべきは、ただひたすら誠実に仕事をこなすことだと思っていた。
だけど、どうやらそれだけでは足りないらしい。
それを教えてくれたのは、他でもない彼ら自身だ。
いつまでも泣いてばかり、やられているばかりではいられない。
ここが私の居場所だとするのなら、己で勝ち取ってこそ自分の場所だ!