「あ、あの……。所属の部署で決定したようで……」
「本当に話し合いで決めたの?」
「附属の資料をご覧下さい」
そんなもの、見たって意味がない。
これまでは、私の判断に必要な根拠となる様々な統計資料が記載されていた添付資料は、誰と誰が会議に出席し決定したかという、人材名簿に変わってしまっている。
そこに名を連ねるのはどれも有力貴族ばかりで、私といえどもその名を見れば口出しがしにくくなる。
それを狙っているのは、明らかだった。
「アンバー! 今すぐアンバーを探してきて!」
執務室での騒ぎに、扉が開いた。
一番見たくない顔が姿を現す。
「セオネード。また暴れているのか。君はまだ父上を亡くしたショックから立ち直れていないのか」
「ジェード。誰の許可を得てこんなまねをしているの」
「誰の許可も必要としていない。ここにちゃんと記録として残してあるだろう。これは議会で決めたものだ。その決定を、まだ即位もしていない王に覆せるとでも?」
彼は提出された文書をフンと鼻で一笑すると、机に投げ置いた。
「王女殿下がいつまでもご乱心では、即位もままならないぞ」
「即位の日は、決まっていたはずよ」
「それが困ったことになっていてね」
彼は下手な役者がするように、大げさに頭を抱えた。
「やはり独身の王では、認められないそうだ。君が即位したければ、早々に相手を見つけて結婚する必要がある。あの婚約者とは、別れてしまったのだろう? 酷い男だ。陛下を亡くしショックで打ちひしがれる君を、今一番支えなくてはならない大事な時期に、姿を消してしまうなんて。なぁ? そう思わないか、セオネード」
「ジェード。あなたまさか……」
「俺を疑おうってのか? やめてくれ。ちゃんと探しているよ。継承の儀の後、彼は王都を離れ実家であるアーニングの領地にまで戻ったことは確認されている。実家に逃げ帰ったのだろう。まぁ……。そうするしかなかったのかな。彼にしてみれば」
アーニングに戻った? エドが?
「こうなった今でも、君は夫となる人すら決められないでいる。そんなことで王が務まるのかと、疑問の声が上がるのも、もっともな話だ」
ジェードの顔が、私に近づいた。
「そこで提案がある。君に婚約者が出来たと発表されてから、実は俺の方にも結婚の話が上がっていてね。近々婚約するかもしれないんだ。どうする? 俺と結婚したいのなら、これが最後のチャンスだ。君は俺と結婚して王位を継ぐか、俺は別の女と結婚して、王位継承権を新たに得るか」
私がこのまま結婚しなければ、王位を継ぐことは出来ない。
現在継承権第三位のジェードがその条件を満たせば、第二位のジェードの父である叔父が王位を継ぎ、ジェードが王太子となる。
「結婚相手を自分で選びたいと望んだのは君だ。これからどうするのかは、君自身が決めればいい。判断を下すのは俺じゃない。君だ」
ジェードは、書斎に広がる書類の山に手を伸ばした。
そのほとんどに私の決裁サインが入っていないことを確認して、また大きなため息をつく。
「あぁ。殿下はまだご傷心のようだ。なんとお労しい。あれだけ熱心にされていた仕事にすら、手も着かないとは」
「当たり前でしょ。こんないい加減な資料で、判断なんて出来ないわ」
「仕方ない。国政に影響を出すわけにはいかない。これらはこのまま進めたまえ。俺が後でサインをしておこう」
「待ちなさい! なぜそんなことが許されると思ってるの!」
補佐官たちは机の書類をかき集める。
それを押しのけようとした私の腕を、ジェードが掴んだ。
「離して!」
「やれやれ。殿下のご乱心だ」
彼の腕が、私を引き寄せる。
顎を掴まれたかと思うと、ジェードの顔が近づいた。
唇と唇が触れ、私は突然のことに身動きが取れなくなる。
「これで少しは落ち着いたか?」
ジェードは私の腰に手を回すと、そのまま寝室まで連れ歩いた。
扉を開けると、そのまま部屋へ押し込む。
「しばらくご休養を。心労がたたってお疲れのようだ。医師の許可が出るまで、大人しくしていなさい。いいか、お前たち。俺の許可が出るまで、彼女をここから決して外に出すな」
扉の外で、ガチャリと鍵が掛けられた。
閉じ込められたの?
この私が?
本当に独りにされ、頭の回転速度が高まる。
何とかしなければ、このままでは本当にジェードたちマクニース公爵家に王座を奪われてしまう。
寝室と、続く衣装部屋の扉にも鍵がかけられ、見張りの兵士までしっかり立てられたようだ。
つい数日前まであったものが、全てなくなってしまった。
私を助け見守ってくれた父と、その家臣たち。
これまで自分が築いてきたものは、間違ってたというの?
「殿下。お食事をお持ちしました」
見張りの兵に囲まれた侍女が、簡単な食事を運んでくる。
ジェードの目的は明らかだ。
私の夫となること。
他の女性との結婚を匂わせていたけど、それでは今すぐ自分が王となることは出来ない。
在位期間を考えれば、父より先に王になりたいはずだ。
私と結婚すれば、自分は王に次ぐ地位を得ることになる。
そうやって無理矢理王配となった後、ジェードはどうするつもり?
私はトレイに乗せられた食事を見下ろした。
ここに毒が盛られているとは思えない。
少なくとも戴冠式を済ませるまでは、私を生かしておくことが彼には必要だからだ。
皿に乗せられたパンを掴むと、それをがぶりとほおばった。
スープを飲み干し、添えられた薄切りの肉と野菜も全て綺麗に平らげる。
ここで私が倒れるわけにはいかない。
父王とこれまでの先代王が愛したこの国を、ジェードなんかに渡さない。
私の代で終わりになんか、絶対にさせない!
私は食事を終えると、自分に与えられた使命を果たすため、閉じられたドアを叩いた。
「本当に話し合いで決めたの?」
「附属の資料をご覧下さい」
そんなもの、見たって意味がない。
これまでは、私の判断に必要な根拠となる様々な統計資料が記載されていた添付資料は、誰と誰が会議に出席し決定したかという、人材名簿に変わってしまっている。
そこに名を連ねるのはどれも有力貴族ばかりで、私といえどもその名を見れば口出しがしにくくなる。
それを狙っているのは、明らかだった。
「アンバー! 今すぐアンバーを探してきて!」
執務室での騒ぎに、扉が開いた。
一番見たくない顔が姿を現す。
「セオネード。また暴れているのか。君はまだ父上を亡くしたショックから立ち直れていないのか」
「ジェード。誰の許可を得てこんなまねをしているの」
「誰の許可も必要としていない。ここにちゃんと記録として残してあるだろう。これは議会で決めたものだ。その決定を、まだ即位もしていない王に覆せるとでも?」
彼は提出された文書をフンと鼻で一笑すると、机に投げ置いた。
「王女殿下がいつまでもご乱心では、即位もままならないぞ」
「即位の日は、決まっていたはずよ」
「それが困ったことになっていてね」
彼は下手な役者がするように、大げさに頭を抱えた。
「やはり独身の王では、認められないそうだ。君が即位したければ、早々に相手を見つけて結婚する必要がある。あの婚約者とは、別れてしまったのだろう? 酷い男だ。陛下を亡くしショックで打ちひしがれる君を、今一番支えなくてはならない大事な時期に、姿を消してしまうなんて。なぁ? そう思わないか、セオネード」
「ジェード。あなたまさか……」
「俺を疑おうってのか? やめてくれ。ちゃんと探しているよ。継承の儀の後、彼は王都を離れ実家であるアーニングの領地にまで戻ったことは確認されている。実家に逃げ帰ったのだろう。まぁ……。そうするしかなかったのかな。彼にしてみれば」
アーニングに戻った? エドが?
「こうなった今でも、君は夫となる人すら決められないでいる。そんなことで王が務まるのかと、疑問の声が上がるのも、もっともな話だ」
ジェードの顔が、私に近づいた。
「そこで提案がある。君に婚約者が出来たと発表されてから、実は俺の方にも結婚の話が上がっていてね。近々婚約するかもしれないんだ。どうする? 俺と結婚したいのなら、これが最後のチャンスだ。君は俺と結婚して王位を継ぐか、俺は別の女と結婚して、王位継承権を新たに得るか」
私がこのまま結婚しなければ、王位を継ぐことは出来ない。
現在継承権第三位のジェードがその条件を満たせば、第二位のジェードの父である叔父が王位を継ぎ、ジェードが王太子となる。
「結婚相手を自分で選びたいと望んだのは君だ。これからどうするのかは、君自身が決めればいい。判断を下すのは俺じゃない。君だ」
ジェードは、書斎に広がる書類の山に手を伸ばした。
そのほとんどに私の決裁サインが入っていないことを確認して、また大きなため息をつく。
「あぁ。殿下はまだご傷心のようだ。なんとお労しい。あれだけ熱心にされていた仕事にすら、手も着かないとは」
「当たり前でしょ。こんないい加減な資料で、判断なんて出来ないわ」
「仕方ない。国政に影響を出すわけにはいかない。これらはこのまま進めたまえ。俺が後でサインをしておこう」
「待ちなさい! なぜそんなことが許されると思ってるの!」
補佐官たちは机の書類をかき集める。
それを押しのけようとした私の腕を、ジェードが掴んだ。
「離して!」
「やれやれ。殿下のご乱心だ」
彼の腕が、私を引き寄せる。
顎を掴まれたかと思うと、ジェードの顔が近づいた。
唇と唇が触れ、私は突然のことに身動きが取れなくなる。
「これで少しは落ち着いたか?」
ジェードは私の腰に手を回すと、そのまま寝室まで連れ歩いた。
扉を開けると、そのまま部屋へ押し込む。
「しばらくご休養を。心労がたたってお疲れのようだ。医師の許可が出るまで、大人しくしていなさい。いいか、お前たち。俺の許可が出るまで、彼女をここから決して外に出すな」
扉の外で、ガチャリと鍵が掛けられた。
閉じ込められたの?
この私が?
本当に独りにされ、頭の回転速度が高まる。
何とかしなければ、このままでは本当にジェードたちマクニース公爵家に王座を奪われてしまう。
寝室と、続く衣装部屋の扉にも鍵がかけられ、見張りの兵士までしっかり立てられたようだ。
つい数日前まであったものが、全てなくなってしまった。
私を助け見守ってくれた父と、その家臣たち。
これまで自分が築いてきたものは、間違ってたというの?
「殿下。お食事をお持ちしました」
見張りの兵に囲まれた侍女が、簡単な食事を運んでくる。
ジェードの目的は明らかだ。
私の夫となること。
他の女性との結婚を匂わせていたけど、それでは今すぐ自分が王となることは出来ない。
在位期間を考えれば、父より先に王になりたいはずだ。
私と結婚すれば、自分は王に次ぐ地位を得ることになる。
そうやって無理矢理王配となった後、ジェードはどうするつもり?
私はトレイに乗せられた食事を見下ろした。
ここに毒が盛られているとは思えない。
少なくとも戴冠式を済ませるまでは、私を生かしておくことが彼には必要だからだ。
皿に乗せられたパンを掴むと、それをがぶりとほおばった。
スープを飲み干し、添えられた薄切りの肉と野菜も全て綺麗に平らげる。
ここで私が倒れるわけにはいかない。
父王とこれまでの先代王が愛したこの国を、ジェードなんかに渡さない。
私の代で終わりになんか、絶対にさせない!
私は食事を終えると、自分に与えられた使命を果たすため、閉じられたドアを叩いた。



