「ジェード。あなたが望んでいるのは、夫として王に次ぐ力を持つ王配陛下の称号を手に入れることであって、私自身じゃない。あなたが欲しいのは、権力であって、私の心じゃない」
「それがあの男にも言えるのか? セオネード。その言葉をそっくり君に返そう。俺を疑うのなら、なぜエドを疑わない。運だけで王女の婚約者になった男だぞ。どうしてエドはそうじゃないと言い切れるんだ」
「見ていたら分かる。あなたとは全然違うもの。あなたの見ているのは私じゃない。彼が見ているものは、私自身よ」
「どうした? 君らしくもない。もっと冷静になれ。自分にとって一番大切なものはなんだ? 君とって、この国の治政ではなかったのか?」
「当然よ。そこは変わってないから」
「なら、選ぶべきはエドではないだろう。なぜそれが分からない」
「どうして? 私はいま、かつてないほど落ち着いていて、物事を上手く運んでいるわ。私が彼を夫として選ぶべき理由が、私の中にちゃんとあるの」
「ほう。どんな理由だ。言ってみろ」
ジェード率いるマクニース公爵家や、カラム・バーノン侯爵家のような旧勢力の力を削ぐこと。
今いる宰相や大臣たちは、少しずつ私の意向に従う者に変えてきた。
だけど、それだけでは今後王となる私に宮廷は制御出来ない。
まだ父が存命であるうちに、可能な限り自分の足元を固めておきたい。
「そんなこと、どうしてジェードに説明する必要があるの」
「ほらみろ! それが騙されてると言うんだ。これで確信したよ。セオ、君はいま周囲が見えなくなっている。もう一度よく考えるんだ。これから先の未来を!」
「私には、自分を選べと言っているようにしか聞こえないわ。逆に聞くけど、どうして私と結婚したいの? ジェードの目的はなに?」
「ずっとそうなるよう、これまでを築いてきたんじゃないか。まさか君は、いま統治出来ているのは、誰の助けも借りることなく、自分一人のおかげだとでも思っているのか? そんな浅はかな王となるつもりか!」
これ以上話し合っても、何の進展も見込めない。
私は手にした扇を広げると、彼に背を向けた。
「あなたには、私がそれほど頼りなく見えるのね。ジェード」
「そういうことを言ってるんじゃない。君を将来にわたって支えることが出来るような、ちゃんとした相手を選べと言っている」
「あなたとその一族から、私が期待されていないことがよく分かりました。もうこれ以上話すことはありません」
「待て! セオネード。まだ話しは終わっていない!」
「もう結構です。さようなら」
ジェードを残し、茶会の席に戻る。
やっぱり彼らとは、永遠に分かり合えない。
エドを選ぶことがどれだけ困難な道のりになるかなんて、誰よりも自分自身が一番よく知っている。
それでもなお、そうしたいと思うこの気持ちは止められない。
「エド!」
父王のための和やかなお茶会の場に、彼の姿を探す。
エドは複数の老婦人たちに囲まれ、からかわれている最中だった。
「セオネードさまと、どこでお知り合いになったの?」
「随分ご立派な方なのね」
「殿下のどこがお好きなのかしら」
エドははにかみながらも、彼女たちの裏のある好奇心に純真に応える。
「殿下とは、お城の一角で……」
「立派なんてとんでもない。セオネードさまの方が、よっぽどご立派です」
「殿下のことは、全部お可愛らしいと思っていますよ」
私は彼の腕に飛びついた。
「うわ! どうしたのセオネード。もうお話しはいいの?」
「終わった! 申し訳ないけど、そろそろ私のエドを返してもらうわね」
「まぁ、セオネードさまったら」
おばさま方に冷ややかにも温かくも見送られ、そこを離れる。
新緑に囲まれた庭園で、私は彼の手をぎゅっと握り締めた。
「ねぇ、せっかくだから、この庭を少し歩きましょう。今日のために、特別に手入れさせたのよ。ここは元々、私の母がお気に入りの庭で……」
ようやく二人きりになれたと思ったのに、木々に囲まれた奥の茂みから姿を見せたのは、カラムだ。
側にいた見知らぬ令嬢が、扇で顔を隠し慌てたように逃げ出す。
「まぁ。カラムはこんなところでも、オモテになるのね」
「恐縮にございます。セオネード殿下」
彼は悪びれることなく頭を下げると、隣にいるエドを見下ろした。
「本当に。こんなところまで姿を見せるとは、いい度胸をしておいでだ」
「これが俺の役目ですから」
「フン。婚約者殿ねぇ……」
カラムは整った端正な顔に、冷ややかな笑みを浮かべた。
「エド殿はその地位がいかなるものか、本当にご存じであられるか。王女の側に婚約者として身を置く意味を。そろそろお二人には真剣にお考えになっていただかないと、我々としても今後どのように対応していいのか、扱いを計りかねる」
「いかようにも。私は殿下のためなら、どうなってもかまいません」
「ほう。どうなってもとは?」
「殿下の望むように、望むままあり続けるということです」
「ふふふ。そうか。実にかわいらしい婚約者殿だ」
カラムは恐ろしいぼど冷静な視線で、じっと私の真意を推し量る。
「殿下は、彼にどうあっていただきたいのですか」
「今のままで十分よ。このままで満足しているわ」
「……。なるほど。では私も、一度は殿下のご意志に従いましょう」
カラムはとてもにこやかな笑みを浮かべ、丁寧に頭を下げ立ち去る。
それが上辺だけの礼だと気づけないほど、私もエドもバカじゃない。
「カラムの言ったこと、気にしなくて大丈夫だから」
だって、あなたのことは私が守るから。
大好きな人を傷つけたりしたくないし、させやしない。
「……。うん。ありがとうございます。セオネードさま」
「本当よ。あなたを不安にさせているものはなに? 心配なことがあるのなら、言って」
「心配、ですか?」
父王の周辺が騒がしくなる。
振り返ると、父は兵たちに囲まれ、お茶会の席を退出するようだった。
出席している貴族たちは皆、地面に膝をつき頭を垂れる。
エドもそれに従い、ひざまずいた。
王は屈強な兵たちに丁重に抱きかかえられると、車椅子に乗せられる。
私はそこへ駆け寄った。
「父上」
「あぁ、セオネードか」
陛下は私を隣に立たせると、緑の庭にひれ伏す人々を見渡した。
「ここに集まってくれた皆、今日は楽しかった。私の中で、永遠によき思い出となるだろう。エド。こちらへ」
「はい」
周囲から、どよめきがあがる。
父に声をかけられたエドは、立ち上がり王の前へ進み出ると、再びその前にひざまずいた。
「娘を、よろしく頼む」
「……。もったいないお言葉にございます」
「はは。言うことはそれだけか?」
「せ、誠心誠意、勤めさせていただきます」
父は満足したように微笑むと、片手を挙げ別れの挨拶をした。
「ではごきげんよう。皆も達者であられよ」
多くの兵に見守られ、立ち去る父の姿が見えなくなっても、エドは緑の芝生にうつむきひざまずいたまま、そこから動こうとしない。
他の参加者たちは、少しずつ退出を始めていた。
「エド。もういいわよ。私たちも戻りましょう」
ようやく立ち上がらせた彼と、手を繋ぐ。
挨拶に来た人々に手を振って、私はエドと共にお茶会の庭園を離れた。
西日に照らされた回廊はとても静かで、二人の靴音だけが響いている。
「お疲れさま。結構人が多くて、大変だったわね。エド、少しは参加者の顔と名前覚えた?」
石造りの城内はたっぷりと日の光を浴びて、温かな熱を含んでいた。
沈みゆく太陽がオレンジの光を投げかけ、長い影を落としている。
二人きりの通路で、エドは立ち止まった。
「殿下。今の時間は……、その、契約の範囲内でしょうか」
「契約?」
あぁ。
それは、最初に私とエドが交わした恋人契約のこと?
「……。今は、違うんじゃない?」
だってもう、そんな契約を続ける必要がない。
エドは私にとって、本当の婚約者として……。
「だとしたら、衿を正さなければなりませんね」
エドは互いに絡めていた腕を私から引き抜くと、胸に手を当て頭を下げる。
「本日の役目は、これにて終了させていただきます。また次回、ご用の際はお申し付けください」
「待って。どういうこと?」
「今の私と殿下の関係で……。陛下からあのようなお言葉を頂くのは、とても心苦しく……。それが殿下にとって、私を採用した一番の理由であったことは理解していたつもりでしたが、いざ実際に体験してみると、私はいま、自分の想定を超えた罪の意識に苛まれております」
「……。なにそれ。エドは、私の婚約者として紹介されるのが、嫌だったってこと?」
「そのために雇われたものであったと、理解しております」
「父の前で誓ったことは、全部嘘だったと?」
「そうではございません」
「だったらなに? なんなの?」
言葉が出ない。
確かにエドに、恋人役を頼んだのは私。
それを承諾したのも彼。
私とエドのこれまでの全てが、私との契約の上で行っていた演技だったっていうの?
「申し訳ございません。私自身も、少し混乱しております。今日のところは、これでご容赦ください」
エドは表情を固く強ばらせたまま、また深く頭を下げた。
私から何の許可も出していないのに、静かに背を向けるとそのまま歩きだす。
暗く冷え切った廊下に、彼の去ってゆく靴音だけが残っていた。
エドは一度も私を振り返ることなく、行ってしまった。
もしかして彼は、ずっと本気じゃなかったの?
私に合わせてただけ?
会いたくても迷惑になるからとずっと我慢していたのに、向こうから何のアプローチもなかったのは、単純に契約外だったから?
むしろ頻繁に呼び出されないことに、ホッとしてた?
エドだけは他の人と違うと思ってたけど、そうじゃなかったの?
スカートの裾を掴むと、私は走り出した。
廊下を駆け抜け寝室のベッドに飛び込むと、シーツを握り締める。
だけど、こういう状況を望んだのは私。
そのために彼を雇ったのは私。
邪魔になれば、いつでも切れる便利な恋人役を欲しがったのも私。
ジェードに言った言葉が、そのまま返ってきた。
私はエド自身を見ていたけど、エドはそうじゃなかった。
彼はただ私の命令に、従順に従っていただけ。
そこに彼の意志なんてなかった。
エドはちゃんと契約に従って、私を楽しませてくれた。
彼の役目は、父を騙し皆を欺き、私の隣で微笑んでいること。
それを求めたのも私。
彼に愛されているだなんて、どうしてそんなことを思えたんだろう。
嫌われて当然のことを、要求してたのは私だったのに。
ベッドから起き上がる。
不思議と涙は出なかった。
自分の愚かさを、改めて思い知っただけだった。
私はベッドから下りると、着ていたドレスのリボンを解いた。
「それがあの男にも言えるのか? セオネード。その言葉をそっくり君に返そう。俺を疑うのなら、なぜエドを疑わない。運だけで王女の婚約者になった男だぞ。どうしてエドはそうじゃないと言い切れるんだ」
「見ていたら分かる。あなたとは全然違うもの。あなたの見ているのは私じゃない。彼が見ているものは、私自身よ」
「どうした? 君らしくもない。もっと冷静になれ。自分にとって一番大切なものはなんだ? 君とって、この国の治政ではなかったのか?」
「当然よ。そこは変わってないから」
「なら、選ぶべきはエドではないだろう。なぜそれが分からない」
「どうして? 私はいま、かつてないほど落ち着いていて、物事を上手く運んでいるわ。私が彼を夫として選ぶべき理由が、私の中にちゃんとあるの」
「ほう。どんな理由だ。言ってみろ」
ジェード率いるマクニース公爵家や、カラム・バーノン侯爵家のような旧勢力の力を削ぐこと。
今いる宰相や大臣たちは、少しずつ私の意向に従う者に変えてきた。
だけど、それだけでは今後王となる私に宮廷は制御出来ない。
まだ父が存命であるうちに、可能な限り自分の足元を固めておきたい。
「そんなこと、どうしてジェードに説明する必要があるの」
「ほらみろ! それが騙されてると言うんだ。これで確信したよ。セオ、君はいま周囲が見えなくなっている。もう一度よく考えるんだ。これから先の未来を!」
「私には、自分を選べと言っているようにしか聞こえないわ。逆に聞くけど、どうして私と結婚したいの? ジェードの目的はなに?」
「ずっとそうなるよう、これまでを築いてきたんじゃないか。まさか君は、いま統治出来ているのは、誰の助けも借りることなく、自分一人のおかげだとでも思っているのか? そんな浅はかな王となるつもりか!」
これ以上話し合っても、何の進展も見込めない。
私は手にした扇を広げると、彼に背を向けた。
「あなたには、私がそれほど頼りなく見えるのね。ジェード」
「そういうことを言ってるんじゃない。君を将来にわたって支えることが出来るような、ちゃんとした相手を選べと言っている」
「あなたとその一族から、私が期待されていないことがよく分かりました。もうこれ以上話すことはありません」
「待て! セオネード。まだ話しは終わっていない!」
「もう結構です。さようなら」
ジェードを残し、茶会の席に戻る。
やっぱり彼らとは、永遠に分かり合えない。
エドを選ぶことがどれだけ困難な道のりになるかなんて、誰よりも自分自身が一番よく知っている。
それでもなお、そうしたいと思うこの気持ちは止められない。
「エド!」
父王のための和やかなお茶会の場に、彼の姿を探す。
エドは複数の老婦人たちに囲まれ、からかわれている最中だった。
「セオネードさまと、どこでお知り合いになったの?」
「随分ご立派な方なのね」
「殿下のどこがお好きなのかしら」
エドははにかみながらも、彼女たちの裏のある好奇心に純真に応える。
「殿下とは、お城の一角で……」
「立派なんてとんでもない。セオネードさまの方が、よっぽどご立派です」
「殿下のことは、全部お可愛らしいと思っていますよ」
私は彼の腕に飛びついた。
「うわ! どうしたのセオネード。もうお話しはいいの?」
「終わった! 申し訳ないけど、そろそろ私のエドを返してもらうわね」
「まぁ、セオネードさまったら」
おばさま方に冷ややかにも温かくも見送られ、そこを離れる。
新緑に囲まれた庭園で、私は彼の手をぎゅっと握り締めた。
「ねぇ、せっかくだから、この庭を少し歩きましょう。今日のために、特別に手入れさせたのよ。ここは元々、私の母がお気に入りの庭で……」
ようやく二人きりになれたと思ったのに、木々に囲まれた奥の茂みから姿を見せたのは、カラムだ。
側にいた見知らぬ令嬢が、扇で顔を隠し慌てたように逃げ出す。
「まぁ。カラムはこんなところでも、オモテになるのね」
「恐縮にございます。セオネード殿下」
彼は悪びれることなく頭を下げると、隣にいるエドを見下ろした。
「本当に。こんなところまで姿を見せるとは、いい度胸をしておいでだ」
「これが俺の役目ですから」
「フン。婚約者殿ねぇ……」
カラムは整った端正な顔に、冷ややかな笑みを浮かべた。
「エド殿はその地位がいかなるものか、本当にご存じであられるか。王女の側に婚約者として身を置く意味を。そろそろお二人には真剣にお考えになっていただかないと、我々としても今後どのように対応していいのか、扱いを計りかねる」
「いかようにも。私は殿下のためなら、どうなってもかまいません」
「ほう。どうなってもとは?」
「殿下の望むように、望むままあり続けるということです」
「ふふふ。そうか。実にかわいらしい婚約者殿だ」
カラムは恐ろしいぼど冷静な視線で、じっと私の真意を推し量る。
「殿下は、彼にどうあっていただきたいのですか」
「今のままで十分よ。このままで満足しているわ」
「……。なるほど。では私も、一度は殿下のご意志に従いましょう」
カラムはとてもにこやかな笑みを浮かべ、丁寧に頭を下げ立ち去る。
それが上辺だけの礼だと気づけないほど、私もエドもバカじゃない。
「カラムの言ったこと、気にしなくて大丈夫だから」
だって、あなたのことは私が守るから。
大好きな人を傷つけたりしたくないし、させやしない。
「……。うん。ありがとうございます。セオネードさま」
「本当よ。あなたを不安にさせているものはなに? 心配なことがあるのなら、言って」
「心配、ですか?」
父王の周辺が騒がしくなる。
振り返ると、父は兵たちに囲まれ、お茶会の席を退出するようだった。
出席している貴族たちは皆、地面に膝をつき頭を垂れる。
エドもそれに従い、ひざまずいた。
王は屈強な兵たちに丁重に抱きかかえられると、車椅子に乗せられる。
私はそこへ駆け寄った。
「父上」
「あぁ、セオネードか」
陛下は私を隣に立たせると、緑の庭にひれ伏す人々を見渡した。
「ここに集まってくれた皆、今日は楽しかった。私の中で、永遠によき思い出となるだろう。エド。こちらへ」
「はい」
周囲から、どよめきがあがる。
父に声をかけられたエドは、立ち上がり王の前へ進み出ると、再びその前にひざまずいた。
「娘を、よろしく頼む」
「……。もったいないお言葉にございます」
「はは。言うことはそれだけか?」
「せ、誠心誠意、勤めさせていただきます」
父は満足したように微笑むと、片手を挙げ別れの挨拶をした。
「ではごきげんよう。皆も達者であられよ」
多くの兵に見守られ、立ち去る父の姿が見えなくなっても、エドは緑の芝生にうつむきひざまずいたまま、そこから動こうとしない。
他の参加者たちは、少しずつ退出を始めていた。
「エド。もういいわよ。私たちも戻りましょう」
ようやく立ち上がらせた彼と、手を繋ぐ。
挨拶に来た人々に手を振って、私はエドと共にお茶会の庭園を離れた。
西日に照らされた回廊はとても静かで、二人の靴音だけが響いている。
「お疲れさま。結構人が多くて、大変だったわね。エド、少しは参加者の顔と名前覚えた?」
石造りの城内はたっぷりと日の光を浴びて、温かな熱を含んでいた。
沈みゆく太陽がオレンジの光を投げかけ、長い影を落としている。
二人きりの通路で、エドは立ち止まった。
「殿下。今の時間は……、その、契約の範囲内でしょうか」
「契約?」
あぁ。
それは、最初に私とエドが交わした恋人契約のこと?
「……。今は、違うんじゃない?」
だってもう、そんな契約を続ける必要がない。
エドは私にとって、本当の婚約者として……。
「だとしたら、衿を正さなければなりませんね」
エドは互いに絡めていた腕を私から引き抜くと、胸に手を当て頭を下げる。
「本日の役目は、これにて終了させていただきます。また次回、ご用の際はお申し付けください」
「待って。どういうこと?」
「今の私と殿下の関係で……。陛下からあのようなお言葉を頂くのは、とても心苦しく……。それが殿下にとって、私を採用した一番の理由であったことは理解していたつもりでしたが、いざ実際に体験してみると、私はいま、自分の想定を超えた罪の意識に苛まれております」
「……。なにそれ。エドは、私の婚約者として紹介されるのが、嫌だったってこと?」
「そのために雇われたものであったと、理解しております」
「父の前で誓ったことは、全部嘘だったと?」
「そうではございません」
「だったらなに? なんなの?」
言葉が出ない。
確かにエドに、恋人役を頼んだのは私。
それを承諾したのも彼。
私とエドのこれまでの全てが、私との契約の上で行っていた演技だったっていうの?
「申し訳ございません。私自身も、少し混乱しております。今日のところは、これでご容赦ください」
エドは表情を固く強ばらせたまま、また深く頭を下げた。
私から何の許可も出していないのに、静かに背を向けるとそのまま歩きだす。
暗く冷え切った廊下に、彼の去ってゆく靴音だけが残っていた。
エドは一度も私を振り返ることなく、行ってしまった。
もしかして彼は、ずっと本気じゃなかったの?
私に合わせてただけ?
会いたくても迷惑になるからとずっと我慢していたのに、向こうから何のアプローチもなかったのは、単純に契約外だったから?
むしろ頻繁に呼び出されないことに、ホッとしてた?
エドだけは他の人と違うと思ってたけど、そうじゃなかったの?
スカートの裾を掴むと、私は走り出した。
廊下を駆け抜け寝室のベッドに飛び込むと、シーツを握り締める。
だけど、こういう状況を望んだのは私。
そのために彼を雇ったのは私。
邪魔になれば、いつでも切れる便利な恋人役を欲しがったのも私。
ジェードに言った言葉が、そのまま返ってきた。
私はエド自身を見ていたけど、エドはそうじゃなかった。
彼はただ私の命令に、従順に従っていただけ。
そこに彼の意志なんてなかった。
エドはちゃんと契約に従って、私を楽しませてくれた。
彼の役目は、父を騙し皆を欺き、私の隣で微笑んでいること。
それを求めたのも私。
彼に愛されているだなんて、どうしてそんなことを思えたんだろう。
嫌われて当然のことを、要求してたのは私だったのに。
ベッドから起き上がる。
不思議と涙は出なかった。
自分の愚かさを、改めて思い知っただけだった。
私はベッドから下りると、着ていたドレスのリボンを解いた。



