「くそっ。あの女店主、ふざけやがって!」
私の視線は、そう言って悪態をつく彼に釘付けになっていた。
男性としては華奢な体にあまり高くない背をしているけど、女性として見ればなかなかの高身長な野性的スレンダー美女に仕上がっている。
「……。エド、なんかカッコいい……」
「はぁ?」
「ゴメン。すっごく似合ってる。本当に素敵……」
流れる黒髪と切れ長の目、長い手足にしっかりとした体幹は、真に女が惚れる女って感じ。
「それって、褒めてんの?」
「褒めてる。褒めてるから……」
私は彼の手をしっかりと握り締めた。
「大丈夫! 自信を持って! すっごく似合ってる! かわいい!」
「か、かわいいって、あんま嬉しくはないような……」
「どうしてよ! これは新しい才能の発見よ!」
「そんなの、ありえねぇ……」
「全然アリ!」
はしゃぎまわる私に、ついにエドも観念したようだ。
どれだけ嫌がったとしても他に着る服はなく、派手な喧嘩をした後で追っ手の目を誤魔化すための変装としても最適だ。
「クソッ、せっかくのデートだったのに……」
「え?」
「あぁ、もう! このさい何でもいっか!」
「あはは! なんか、すっごい楽しい!」
「俺だって楽しいよ!」
エドが私に肘を差し出した。それに自然に、自分の腕を絡める。
「女同士ってんなら、もうなんの遠慮もいらねぇな! いっそのこと、この祭りを楽しもうぜ!」
「やったぁ! 大賛成!」
二人で腕を組み、町を練り歩く。
屋台に並ぶ甘いお菓子を食べ、大道芸人たちが口から火を吐くのを見て笑った。
的当てに小石を投げて遊び、空き缶を蹴飛ばして距離を競った。
女の子の格好で大活躍するエドに、周囲の男性から熱い視線が注がれる。
黒髪スレンダー美女のエドはからかってくる彼らを軽く冗談でいなして、投げキスまでとばしていた。
「ねぇ、エド。こっち来て!」
私は彼の手を引いて、次々と屋台を見て回る。
彼もすっかりこの状況を楽しんでいるようだった。
玩具の弓を構えて打つのもサマになっていたし、木で出来た魚を釣り上げるのも上手かった。
「姉ちゃん、凄いな!」
「ふふん、まぁね!」
「ここに並んだ景品の中から、何でも好きなの一つ持っていきな」
おじさんにそう言われ、並べられた品を眺める。
ブリキの人形や、リボン、独楽や凧、小さな木製の剣や髪飾りなどが用意されていた。
「じゃあここは、セオネードさまが選んで」
「え? でも、エドがやってもらった景品なのに。エドが選んで?」
「あー……。じゃあ、これなんかどう?」
エドは、キラキラと輝く五色のガラスがはめ込まれた、花の飾りがついたペアピンを手に取った。
それをぎこちない手つきで、私の耳元に挿す。
「かわいい」
私はもう一つあった、それと同じものを手に取ると、カツラをかぶったエドに向かって手を伸ばす。
「これはきっと、二つで一つのセットになってるものよ」
「そうなの?」
「だからもう一つは、エドにあげる」
少し背伸びをすると、エドが背を丸めてくれた。
彼の頬に手の甲が触れ、私は黒髪をかき上げ耳に手を添える。
私と同じ七色に輝くガラスの花が、彼のこめかみにも輝いた。
「ふふ。かわいい」
「少し歩こう」
今はお互いに同じメイド服で、女の子同士のせいか、彼の方から私の手に触れた。
互いに指を絡め手を繋いだまま、人の減り始めた通りを歩く。
西日が赤く景色全体を染め上げ、海まで色を変えていた。
エドはこの港町名物の岸壁と海が見える岸辺まで来ると、遊歩道として整備されている石畳の上を黒いメイド服をなびかせゆっくりと歩く。
観光名所となっているそこは、夕陽を見に来た人たちが柵に沿ってちらほら並んでいた。
私は景色どころではなくて、ずっと繋いでいる手の平が熱くて、少し前を歩く自分の手を掴んだ彼の手だけしか見えていなかった。
ずっと離したくないと思っているのに、エドの手が離れる。
「ここから、よく見えるよ」
海沿いに長く設置された黒い柵の上に、その手は行ってしまった。
「本当ね。すごく綺麗」
そんなことを言いながら彼の隣に並んでも、心臓の方がうるさすぎて波音なんて聞こえない。
景色なんかより彼の方を見たいのに、視線を動かすことも出来ない。
「ねぇエド。その……。なかなか、城ではこうやって会うことも出来なくて……。その、申し訳ないっていうか……」
「俺に会えないのが、申し訳ないの?」
「うん」
「どうして?」
私は勇気を振り絞って、エドを見上げた。
長い黒髪を潮風に巻き上げ、白いレースのカチューシャを付けた彼の目が、私と目を合わせる。
それなのに、彼はすぐ視線をそらせてしまった。
「あー……。えっと……。俺の方も、なんていうか。あんまり、どうしていいか分からなくて……」
「エドは、どうしてほしいの?」
彼の黒く潤んだ目が私をじっと見つめるたびに、期待してしまっている。
次に何と言うのかを。
どうか私の望む言葉を聞かせて。
それ以外のものなら、いらない。
「あのさ、俺の方から城でも……。声かけちゃっていい?」
「もちろん」
「そんなことして、怒られない?」
「誰が?」
「俺が」
「そんなこと絶対ない!」
「じゃあ俺にも、話しかけてくれる?」
「会いに行っていいの?」
「えっと、俺は……」
砂利を踏む靴音が、背後から聞こえた。
「そこなる侍女。殿下の付き添い、ご苦労であった」
カラムだ!
振り返ると、ここへ来た時の平服のままのカラムが、数人の兵士を連れ私を迎えに来ていた。
「貴殿の働きぶりはなかなかのものであったが、殿下の探し物も満足に出来ないようでは、まだ一人前として認めるわけにはいかぬだろうな」
カラムは私がなくした王室侍女のメイドキャップを見つけ出していた。
それを私の頭にかぶせると、顎の下で紐を結ぶ。
「殿下、帰城のお時間です。馬車へご案内しましょう」
「……。分かりました」
「メイド。貴殿の素性はここでは問わぬ。殿下にお仕えしたいのなら、よりいっそう精進いたせ」
エドは何も言葉を発しないまま、男性騎士のするように片膝を地面につき頭を下げた。
「ねぇ、彼も一緒に……」
「参りましょう。セオネードさま」
カラムに促され、有無を言わせず待機していた馬車に押し込まれる。
エドと一緒に帰りたいと思っていたのに、それすら許してもらえないようだ。
エドは立ち上がり、表情を殺したまま直立不動で私を見送る姿勢を見せている。
カラムが乗り込み扉が閉まると、馬車は動き始めた。
カラカラと車輪の回る乾いた音が、頭の中に響く。
私は窓に張り付いたまま、夕闇に沈む町に次第に小さくなる彼の姿を目に焼き付けていた。
「報告書には、何と書けばよろしいですか」
「……。エリンでの視察を無事やり終えたとだけ、書いておいてください」
「かしこまりました」
もうエドの姿は夕闇にまみれ見えない。
私はカーテンを閉めると、ガタゴトと揺れる無言の車内で、静かに目を閉じた。
エドと繋いでいた手だけが、彼の温もりを思い出している。
エリンから戻った翌日から、私はまた執務室に籠もっていた。
エドとお揃いのヘアピンは、髪に挿してしまうと自分では見えなくなってしまうから、しおり代わりと称して毎日書類に挟み、寝室と仕事部屋を往復させている。
城に戻っても会う約束をしたのに、私にはどうしてもそれを命じることが出来ない。
ただヘアピンを眺めては、彼と過ごした時間のことを思い出している。
黒いメイド服のスカートと黒髪が風になびくのを。
的当てのおもちゃの弓が上手く引けなくて、彼が後ろから手を添えてくれたこと。
買った飲み物を交換して味わったこと。
彼と私の手が、ずっと繋がっていたこと……。
「セオネードさま?」
書斎机でぼんやりとしていたところに、アンバーから声をかけられた。
私の視線は、そう言って悪態をつく彼に釘付けになっていた。
男性としては華奢な体にあまり高くない背をしているけど、女性として見ればなかなかの高身長な野性的スレンダー美女に仕上がっている。
「……。エド、なんかカッコいい……」
「はぁ?」
「ゴメン。すっごく似合ってる。本当に素敵……」
流れる黒髪と切れ長の目、長い手足にしっかりとした体幹は、真に女が惚れる女って感じ。
「それって、褒めてんの?」
「褒めてる。褒めてるから……」
私は彼の手をしっかりと握り締めた。
「大丈夫! 自信を持って! すっごく似合ってる! かわいい!」
「か、かわいいって、あんま嬉しくはないような……」
「どうしてよ! これは新しい才能の発見よ!」
「そんなの、ありえねぇ……」
「全然アリ!」
はしゃぎまわる私に、ついにエドも観念したようだ。
どれだけ嫌がったとしても他に着る服はなく、派手な喧嘩をした後で追っ手の目を誤魔化すための変装としても最適だ。
「クソッ、せっかくのデートだったのに……」
「え?」
「あぁ、もう! このさい何でもいっか!」
「あはは! なんか、すっごい楽しい!」
「俺だって楽しいよ!」
エドが私に肘を差し出した。それに自然に、自分の腕を絡める。
「女同士ってんなら、もうなんの遠慮もいらねぇな! いっそのこと、この祭りを楽しもうぜ!」
「やったぁ! 大賛成!」
二人で腕を組み、町を練り歩く。
屋台に並ぶ甘いお菓子を食べ、大道芸人たちが口から火を吐くのを見て笑った。
的当てに小石を投げて遊び、空き缶を蹴飛ばして距離を競った。
女の子の格好で大活躍するエドに、周囲の男性から熱い視線が注がれる。
黒髪スレンダー美女のエドはからかってくる彼らを軽く冗談でいなして、投げキスまでとばしていた。
「ねぇ、エド。こっち来て!」
私は彼の手を引いて、次々と屋台を見て回る。
彼もすっかりこの状況を楽しんでいるようだった。
玩具の弓を構えて打つのもサマになっていたし、木で出来た魚を釣り上げるのも上手かった。
「姉ちゃん、凄いな!」
「ふふん、まぁね!」
「ここに並んだ景品の中から、何でも好きなの一つ持っていきな」
おじさんにそう言われ、並べられた品を眺める。
ブリキの人形や、リボン、独楽や凧、小さな木製の剣や髪飾りなどが用意されていた。
「じゃあここは、セオネードさまが選んで」
「え? でも、エドがやってもらった景品なのに。エドが選んで?」
「あー……。じゃあ、これなんかどう?」
エドは、キラキラと輝く五色のガラスがはめ込まれた、花の飾りがついたペアピンを手に取った。
それをぎこちない手つきで、私の耳元に挿す。
「かわいい」
私はもう一つあった、それと同じものを手に取ると、カツラをかぶったエドに向かって手を伸ばす。
「これはきっと、二つで一つのセットになってるものよ」
「そうなの?」
「だからもう一つは、エドにあげる」
少し背伸びをすると、エドが背を丸めてくれた。
彼の頬に手の甲が触れ、私は黒髪をかき上げ耳に手を添える。
私と同じ七色に輝くガラスの花が、彼のこめかみにも輝いた。
「ふふ。かわいい」
「少し歩こう」
今はお互いに同じメイド服で、女の子同士のせいか、彼の方から私の手に触れた。
互いに指を絡め手を繋いだまま、人の減り始めた通りを歩く。
西日が赤く景色全体を染め上げ、海まで色を変えていた。
エドはこの港町名物の岸壁と海が見える岸辺まで来ると、遊歩道として整備されている石畳の上を黒いメイド服をなびかせゆっくりと歩く。
観光名所となっているそこは、夕陽を見に来た人たちが柵に沿ってちらほら並んでいた。
私は景色どころではなくて、ずっと繋いでいる手の平が熱くて、少し前を歩く自分の手を掴んだ彼の手だけしか見えていなかった。
ずっと離したくないと思っているのに、エドの手が離れる。
「ここから、よく見えるよ」
海沿いに長く設置された黒い柵の上に、その手は行ってしまった。
「本当ね。すごく綺麗」
そんなことを言いながら彼の隣に並んでも、心臓の方がうるさすぎて波音なんて聞こえない。
景色なんかより彼の方を見たいのに、視線を動かすことも出来ない。
「ねぇエド。その……。なかなか、城ではこうやって会うことも出来なくて……。その、申し訳ないっていうか……」
「俺に会えないのが、申し訳ないの?」
「うん」
「どうして?」
私は勇気を振り絞って、エドを見上げた。
長い黒髪を潮風に巻き上げ、白いレースのカチューシャを付けた彼の目が、私と目を合わせる。
それなのに、彼はすぐ視線をそらせてしまった。
「あー……。えっと……。俺の方も、なんていうか。あんまり、どうしていいか分からなくて……」
「エドは、どうしてほしいの?」
彼の黒く潤んだ目が私をじっと見つめるたびに、期待してしまっている。
次に何と言うのかを。
どうか私の望む言葉を聞かせて。
それ以外のものなら、いらない。
「あのさ、俺の方から城でも……。声かけちゃっていい?」
「もちろん」
「そんなことして、怒られない?」
「誰が?」
「俺が」
「そんなこと絶対ない!」
「じゃあ俺にも、話しかけてくれる?」
「会いに行っていいの?」
「えっと、俺は……」
砂利を踏む靴音が、背後から聞こえた。
「そこなる侍女。殿下の付き添い、ご苦労であった」
カラムだ!
振り返ると、ここへ来た時の平服のままのカラムが、数人の兵士を連れ私を迎えに来ていた。
「貴殿の働きぶりはなかなかのものであったが、殿下の探し物も満足に出来ないようでは、まだ一人前として認めるわけにはいかぬだろうな」
カラムは私がなくした王室侍女のメイドキャップを見つけ出していた。
それを私の頭にかぶせると、顎の下で紐を結ぶ。
「殿下、帰城のお時間です。馬車へご案内しましょう」
「……。分かりました」
「メイド。貴殿の素性はここでは問わぬ。殿下にお仕えしたいのなら、よりいっそう精進いたせ」
エドは何も言葉を発しないまま、男性騎士のするように片膝を地面につき頭を下げた。
「ねぇ、彼も一緒に……」
「参りましょう。セオネードさま」
カラムに促され、有無を言わせず待機していた馬車に押し込まれる。
エドと一緒に帰りたいと思っていたのに、それすら許してもらえないようだ。
エドは立ち上がり、表情を殺したまま直立不動で私を見送る姿勢を見せている。
カラムが乗り込み扉が閉まると、馬車は動き始めた。
カラカラと車輪の回る乾いた音が、頭の中に響く。
私は窓に張り付いたまま、夕闇に沈む町に次第に小さくなる彼の姿を目に焼き付けていた。
「報告書には、何と書けばよろしいですか」
「……。エリンでの視察を無事やり終えたとだけ、書いておいてください」
「かしこまりました」
もうエドの姿は夕闇にまみれ見えない。
私はカーテンを閉めると、ガタゴトと揺れる無言の車内で、静かに目を閉じた。
エドと繋いでいた手だけが、彼の温もりを思い出している。
エリンから戻った翌日から、私はまた執務室に籠もっていた。
エドとお揃いのヘアピンは、髪に挿してしまうと自分では見えなくなってしまうから、しおり代わりと称して毎日書類に挟み、寝室と仕事部屋を往復させている。
城に戻っても会う約束をしたのに、私にはどうしてもそれを命じることが出来ない。
ただヘアピンを眺めては、彼と過ごした時間のことを思い出している。
黒いメイド服のスカートと黒髪が風になびくのを。
的当てのおもちゃの弓が上手く引けなくて、彼が後ろから手を添えてくれたこと。
買った飲み物を交換して味わったこと。
彼と私の手が、ずっと繋がっていたこと……。
「セオネードさま?」
書斎机でぼんやりとしていたところに、アンバーから声をかけられた。



