「素敵じゃないですか。僕なら喜んで受け取るのになぁ!」
「エド殿は編み物もなさるの?」
「えぇ、実は得意なんです。子供の頃、冬によく暖炉の前で編んでおりました。よかったら、今度、僕にも教えてください」
「いいわねぇ! あなたもぜひいらっしゃいよ。きっと楽しい編み物の会になるわ」
「まぁ、エド殿とは私が先ほど、刺繍の集まりにお誘いしたところなのよ」
「いいじゃないですか。ぜひ今度皆さまで、先ほどお話ししていた観劇の後にでも……」
カースティ夫人のお茶会の場で、こんなに賑やかに軽やかに弾む会話なんてとても珍しい。
てゆーか、こっちは仕事の一環として情報収集に努めているのに、いくら高齢のご婦人方とはいえ、女性に囲まれてまんざらでもなさそうなエドに、なんかちょっとムカつく!
「ちょっと! こんなところでなにやってんの?」
「おや、セオネードさま。おかえりなさい」
私が近寄ると、おばさま方は乙女のように頬を赤らめた。
「まぁ。殿下のお話しを、ずっとエド殿からお伺いしていたのよ」
「一目惚れだなんて素敵じゃない。恋に落ちるのに身分は関係ないだなんて、お芝居でもないところで本当に聞けるなんて思ってもみなかったわ」
「王女さまとの身分違いの恋だなんて、ロマンチックよねー」
「私は殿下を応援しているわ。エドも頑張ってね」
いつの間に、これほど頑固で意地の悪い老婦人たちを味方につけたの?
驚く私を尻目に、彼は元気よく返事を返した。
「はい! 殿下のお心を離さぬよう、しっかり頑張ります!」
黄色い悲鳴が上がる。
エドは大声援を背後に立ち上がると、颯爽と私を連れ出した。
「もうお話しは終わったの?」
「終わったわ! 大体話したい人とは話せたかもね!」
「じゃあ帰ろうか。これ以上、ここに長居する必要ある?」
「ない。帰ろう!」
どうしてだろう。
なぜかイライラして落ち着かない。
エドはこのお茶会で、すっかりおばさま方の人気者になってしまった。
退場の挨拶を済ませると、多くのご婦人方から熱烈に手を振って見送られる。
にこやかな笑顔を振りまいて、ようやく私たちは帰りの馬車に乗った。
「はぁ~。疲れた!」
扉が閉まり、車が動き出したとたん、彼はだらりと座席に身を投げた。
「こんな感じで、よろしかったのでしょうか?」
エドはぐったりした様子で、留めてあったブラウスの一番上のボタンを外しスカーフを緩める。
「……。上出来よ」
「はは。ならよかったです。お役目を果たせて」
彼は座席に座り直すと、背を丸めたまま放心状態で窓の外を眺めている。
私は、あの後ジェードとどんなことを話したのかとか、どういう経緯でエドがおばさま方に囲まれることになったのか、彼に聞きたいことや話したいことがあるのに、私には聞く権利があるはずなのに、なぜか声がかけられない。
「あの、セオネードさま?」
「ん? なに?」
ずっとぼんやりしていた彼の方から、声をかけられたことに身構える。
「今日の私の振る舞いで、気に入らないことがあれば今のうちにおっしゃってください。次回の参考にさせていただきます。こういうのは、他の人から口伝てされるより、直接おうかがいした方が誤解も生じにくいので」
「あ、あぁ。それもそうね。大丈夫よ。何も問題なかったわ」
「そうですか。ありがとうございます」
そう言ったものの、エドはまだ何かを考え込んでいるようだった。
私には話せないこと?
私の方こそ、気になることがあれば、早めにちゃんと言ってほしい。
「そんなに疲れた?」
「……。こ、こういうのは、初めてだったので。緊張の方が大きかったのかもです」
「初めてって?」
「だって、殿下の恋人役とか、どうすればいいか分かんないじゃないですか」
「そ、そんなの、普通にしてくれれば……」
「普通って、どんな感じですか?」
「え?」
エドの真剣な顔が、私に迫る。
「殿下は、どのように普段お過ごしなのですか?」
「エドは、私の普段の様子が知りたいのですか?」
「知りた……、いえ、そういうわけでは……」
「……。知りたくないんだ」
「し、知りたいですよ!」
「知らなくていいです!」
「なんで?」
「いらないから!」
見つめるエドの顔はもの凄く真っ赤だけど、私だって負けないくらい赤くなっている自信がある。
「……。あぁ……。まぁ、そうですよね。失礼しました……。はは」
力なく微笑んだエドに、さっきまでの軽やかな爽やかさは全くなくて、これが彼の本来の姿なのかと思うと同時に、恋人役を演じてくれないことに、わずかな寂しさを覚えている。
そうだよね。
彼との恋人契約はあくまで人前での話であって、私と二人きりの時には、その効力を発揮しない。
「まだ……、しばらく続くのですから、出来るだけ早く慣れてください」
「はい。そうですね。殿下の足を引っ張らぬよう、努力いたします」
彼は姿勢を正すと、膝の上で拳を握り締めた。
そこに視線を落としたまま、じっと動かなくなる。
傾き始めた赤い西日の中を、馬車はガラガラと進んでゆく。
ジェードに殴られたところは大丈夫だったのかとか、これからの予定をアンバーと確認しておいてほしいとか、彼の仕事のスケジュールを知りたいとか、色々色々と話題は頭に浮かぶのに、話しかけることが出来ない。
結局エドを彼の屋敷近くで下ろすまで、私たちはそれ以上一言も口を利かなかった。
「では、失礼します」
彼が一礼したのを合図に、再び馬車は走り出す。
ちらりとカーテンの隙間からのぞくと、エドはまだ路上にたたずんでいた。
彼の姿が見えなくなるまでじっと見送りながら、私は城へと戻った。
「エド殿は編み物もなさるの?」
「えぇ、実は得意なんです。子供の頃、冬によく暖炉の前で編んでおりました。よかったら、今度、僕にも教えてください」
「いいわねぇ! あなたもぜひいらっしゃいよ。きっと楽しい編み物の会になるわ」
「まぁ、エド殿とは私が先ほど、刺繍の集まりにお誘いしたところなのよ」
「いいじゃないですか。ぜひ今度皆さまで、先ほどお話ししていた観劇の後にでも……」
カースティ夫人のお茶会の場で、こんなに賑やかに軽やかに弾む会話なんてとても珍しい。
てゆーか、こっちは仕事の一環として情報収集に努めているのに、いくら高齢のご婦人方とはいえ、女性に囲まれてまんざらでもなさそうなエドに、なんかちょっとムカつく!
「ちょっと! こんなところでなにやってんの?」
「おや、セオネードさま。おかえりなさい」
私が近寄ると、おばさま方は乙女のように頬を赤らめた。
「まぁ。殿下のお話しを、ずっとエド殿からお伺いしていたのよ」
「一目惚れだなんて素敵じゃない。恋に落ちるのに身分は関係ないだなんて、お芝居でもないところで本当に聞けるなんて思ってもみなかったわ」
「王女さまとの身分違いの恋だなんて、ロマンチックよねー」
「私は殿下を応援しているわ。エドも頑張ってね」
いつの間に、これほど頑固で意地の悪い老婦人たちを味方につけたの?
驚く私を尻目に、彼は元気よく返事を返した。
「はい! 殿下のお心を離さぬよう、しっかり頑張ります!」
黄色い悲鳴が上がる。
エドは大声援を背後に立ち上がると、颯爽と私を連れ出した。
「もうお話しは終わったの?」
「終わったわ! 大体話したい人とは話せたかもね!」
「じゃあ帰ろうか。これ以上、ここに長居する必要ある?」
「ない。帰ろう!」
どうしてだろう。
なぜかイライラして落ち着かない。
エドはこのお茶会で、すっかりおばさま方の人気者になってしまった。
退場の挨拶を済ませると、多くのご婦人方から熱烈に手を振って見送られる。
にこやかな笑顔を振りまいて、ようやく私たちは帰りの馬車に乗った。
「はぁ~。疲れた!」
扉が閉まり、車が動き出したとたん、彼はだらりと座席に身を投げた。
「こんな感じで、よろしかったのでしょうか?」
エドはぐったりした様子で、留めてあったブラウスの一番上のボタンを外しスカーフを緩める。
「……。上出来よ」
「はは。ならよかったです。お役目を果たせて」
彼は座席に座り直すと、背を丸めたまま放心状態で窓の外を眺めている。
私は、あの後ジェードとどんなことを話したのかとか、どういう経緯でエドがおばさま方に囲まれることになったのか、彼に聞きたいことや話したいことがあるのに、私には聞く権利があるはずなのに、なぜか声がかけられない。
「あの、セオネードさま?」
「ん? なに?」
ずっとぼんやりしていた彼の方から、声をかけられたことに身構える。
「今日の私の振る舞いで、気に入らないことがあれば今のうちにおっしゃってください。次回の参考にさせていただきます。こういうのは、他の人から口伝てされるより、直接おうかがいした方が誤解も生じにくいので」
「あ、あぁ。それもそうね。大丈夫よ。何も問題なかったわ」
「そうですか。ありがとうございます」
そう言ったものの、エドはまだ何かを考え込んでいるようだった。
私には話せないこと?
私の方こそ、気になることがあれば、早めにちゃんと言ってほしい。
「そんなに疲れた?」
「……。こ、こういうのは、初めてだったので。緊張の方が大きかったのかもです」
「初めてって?」
「だって、殿下の恋人役とか、どうすればいいか分かんないじゃないですか」
「そ、そんなの、普通にしてくれれば……」
「普通って、どんな感じですか?」
「え?」
エドの真剣な顔が、私に迫る。
「殿下は、どのように普段お過ごしなのですか?」
「エドは、私の普段の様子が知りたいのですか?」
「知りた……、いえ、そういうわけでは……」
「……。知りたくないんだ」
「し、知りたいですよ!」
「知らなくていいです!」
「なんで?」
「いらないから!」
見つめるエドの顔はもの凄く真っ赤だけど、私だって負けないくらい赤くなっている自信がある。
「……。あぁ……。まぁ、そうですよね。失礼しました……。はは」
力なく微笑んだエドに、さっきまでの軽やかな爽やかさは全くなくて、これが彼の本来の姿なのかと思うと同時に、恋人役を演じてくれないことに、わずかな寂しさを覚えている。
そうだよね。
彼との恋人契約はあくまで人前での話であって、私と二人きりの時には、その効力を発揮しない。
「まだ……、しばらく続くのですから、出来るだけ早く慣れてください」
「はい。そうですね。殿下の足を引っ張らぬよう、努力いたします」
彼は姿勢を正すと、膝の上で拳を握り締めた。
そこに視線を落としたまま、じっと動かなくなる。
傾き始めた赤い西日の中を、馬車はガラガラと進んでゆく。
ジェードに殴られたところは大丈夫だったのかとか、これからの予定をアンバーと確認しておいてほしいとか、彼の仕事のスケジュールを知りたいとか、色々色々と話題は頭に浮かぶのに、話しかけることが出来ない。
結局エドを彼の屋敷近くで下ろすまで、私たちはそれ以上一言も口を利かなかった。
「では、失礼します」
彼が一礼したのを合図に、再び馬車は走り出す。
ちらりとカーテンの隙間からのぞくと、エドはまだ路上にたたずんでいた。
彼の姿が見えなくなるまでじっと見送りながら、私は城へと戻った。



