「はは。案外上手くいきましたね」
彼は私の手を取ると、手を繋いだまま歩き始める。
「セオネードさまは、このお屋敷にはよく来られるのですか?」
「……。子供の頃、ジェードと一緒によく預けられました……」
「そうなのですね」
彼の言う通り、ここは国内でも名高い美しい庭園として知られている。
だけど私にとっては、厳しい躾けに耐えられず屋敷から抜け出し、隠れて泣いていた庭だ。
エドはそんな風景をゆったりと見渡した。
「しばらくここに避難していましょう。こうしていれば、きっと邪魔はされませんよ」
彼は私をそっと抱き寄せると、手を取り腰に手を回した。
ダンスのポーズをとりながら、ゆっくりとそよ風に体を揺らしている。
「あぁ、でもカースティ夫人の迫力は凄かったですね。実は俺、ちょっと怖かったんです。よくここまで無事に逃げて来れましたね」
「そうね。確かに上手くいったのかも」
すっごく恥ずかしかったけど、思ってたのとちょっと違ったけど、誤解させることには成功したのかもしれない。
小さな花々が美しく咲き乱れる庭園で、エドが耳元にささやく。
「それとも、あそこに戻りたいですか? そうした方がいい?」
「いいえ。しばらくこうして、時間を稼ぎましょう」
「ふふ。そう言っていただけると、俺もありがたいです」
エドが小さな鼻歌でワルツのリズムを刻む。
私はそれに耳を傾けながら、彼の腕に身を預けた。
目を閉じると、世界は彼の歌う声と触れ合う肌の感触しか残らない。
ここにいる自分が何者であったのかも、忘れてしまいそう。
そよ風がふわりと髪をかき上げた。
「ねぇ、エド。さっきの……」
「ん? なんですか?」
一目惚れしたとか好きだとか言ったこと、あれは全部嘘なんだよねと、確認しようとしてやめた。
そんなこと、言わなくても分かってるよね。
だってこうしてエドとここにいることだって、本当はあり得ないことだし、ウソなんだから。
彼のセリフだって全部……。
エドが歌うのをやめた。
緩やかなステップも止め、私から手を離す。
どうしたのかと見上げた彼の視線の先には、ジェードがいた。
「メインゲストの二人がいつまでもこんな所にいたら、他の客が退屈してしまうだろ」
彼は珍しい生き物でも見るように、半分は呆れながら私たちを眺める。
「セオネード。ちゃんと挨拶に回れ。エド、君はしばらく一人で大人しくしておくんだ」
エドはそう言ったジェードの言葉に従う前に、私を見つめた。
「殿下が私にそうしろとおっしゃるなら、私はそうします。どうなさいますか? お姫さま」
本来婚約者という立場にあるなら、内々のお披露目として私と一緒に回るのがスジなのだろうとは思う。
だけどコレはそうではないし、そんな深い意味なんて見いださなくても、ただのお茶会だと言われればそれまでだ。
「そうね。私はご挨拶してくるから、エドは好きにしていて」
「かしこまりました」
彼は私とジェードに、城にいる官吏たちがするのと同じ仕草で儀礼的に頭を下げると、一人そこから移動した。
私は庭園の中に、ジェードと取り残される。
「セオネード。君は本当にあの男と付き合っていたのか?」
「そうよ。だからずっと言ってるじゃない」
彼にそう言わせることが出来たのなら、成功だ。
この作戦は悪くなかった。
ちゃんと演じられてる。
「全く気づかなかったよ。いつの間に……」
「結婚相手は自分で決めたいの。私は私の、本当に好きになった人と結婚します」
「それが許される立場にないことくらい、分かっているだろ!」
「じゃあジェード以外の人とする。私に相応しいと思う人間を、ジェードが連れてきて」
「俺が連れてくれば、その男と結婚するのか?」
ジェードの目は、怖いくらい真剣だった。
「陛下、君の父上の容態が、いよいよかんばしくないことは、少し詳しいものなら誰でも知っている。それまでにちゃんとした相手を選んでおくことが必要だ。もしかして君は、彼を父王が亡くなるまでの繋ぎとして用意したのか? それで皆が納得するとでも?」
「そんなつもりはないわ。真剣なの」
「本気か? 正気を疑うレベルだ。彼のどこにそんな利点が? 他の誰かに操られ、騙されてると疑う余裕もないのか」
ジェードの言いたいことはよく分かる。
だからこそ、自分で選んだ相手と契約書を結び婚約しようという考えにいたったのかもしれない。
「大丈夫よ。彼は私を騙したりしてないし、疑うべきところは何もない。もちろん問題が見つかれば、すぐにこの婚約は破棄するつもりだから」
「君にその判断が、適切に出来るというのか?」
「そこまでのめり込んでるつもりはないの。それに、彼も分かっているはずよ」
「……。ちゃんと、自分の立場をわきまえていると?」
「次期国王となることが決まっている王女と付き合うのよ。ちゃんと言い聞かせてあるから」
「やはり恋人ごっこというわけか」
ジェードは安堵とも呆れともとれない息を吐き出した。
その怒りも、少しは落ち着いたようだ。
「悪いことは言わない。彼が勘違いしないうちに、早めに手放すことだ」
「そんな心配はいらないの」
私は持っていた扇を広げると、にっこりと微笑んだ。
「エドとは、そういう約束だから。だからジェードも心配しないで」
「……。分かった。一旦は君の言うことを信じよう」
「ありがとう」
彼の元を離れ、私は本来の仕事に戻る。
カースティ邸に集められたメンバーと顔を合わせておくのも、大事な仕事の一つだ。
もちろん婚約者として公表したエドを付き添わせない以上、ジェードを連れて歩くこともしない。
それを承知しているジェードは、いつものように私の後ろを少し離れた位置からついて歩いていた。
今回ここに集められているのは、夫人と交流のあるご婦人方が大多数だ。
中には若い女性や老婦人のエスコート役で孫を連れてきている人もいるけど、そのほとんどが侯爵家と繋がる大貴族を仕切る老婦人たち。
彼女たちの動向をうかがうことは、貴族たちの家の動向を探るのと同じことを意味していた。
単純な噂話も、どこの貴族がどこと繋がりを持とうとしているのか、王家としては気になるところ。
一貴族が目の届かないところで力を付けるのは、あまり面白い話じゃない。
お茶会とは、有力貴族との繋がりを保ちつつ、動向をうかがう重要な情報収集の場だ。
私は笑顔の仮面を装い、頭では常に勢力図を浮かべ書き換え作業を続けていた。
「あはは。それでは、お孫さまの誕生にあわせて、編み物をなさったと?」
エドの軽やかな笑い声が聞こえ、思わずそちらを振り返る。
見ると、いつの間にか彼は茶会のためのテーブルに腰掛け、周囲を老婦人たちに囲まれている。
彼は私の手を取ると、手を繋いだまま歩き始める。
「セオネードさまは、このお屋敷にはよく来られるのですか?」
「……。子供の頃、ジェードと一緒によく預けられました……」
「そうなのですね」
彼の言う通り、ここは国内でも名高い美しい庭園として知られている。
だけど私にとっては、厳しい躾けに耐えられず屋敷から抜け出し、隠れて泣いていた庭だ。
エドはそんな風景をゆったりと見渡した。
「しばらくここに避難していましょう。こうしていれば、きっと邪魔はされませんよ」
彼は私をそっと抱き寄せると、手を取り腰に手を回した。
ダンスのポーズをとりながら、ゆっくりとそよ風に体を揺らしている。
「あぁ、でもカースティ夫人の迫力は凄かったですね。実は俺、ちょっと怖かったんです。よくここまで無事に逃げて来れましたね」
「そうね。確かに上手くいったのかも」
すっごく恥ずかしかったけど、思ってたのとちょっと違ったけど、誤解させることには成功したのかもしれない。
小さな花々が美しく咲き乱れる庭園で、エドが耳元にささやく。
「それとも、あそこに戻りたいですか? そうした方がいい?」
「いいえ。しばらくこうして、時間を稼ぎましょう」
「ふふ。そう言っていただけると、俺もありがたいです」
エドが小さな鼻歌でワルツのリズムを刻む。
私はそれに耳を傾けながら、彼の腕に身を預けた。
目を閉じると、世界は彼の歌う声と触れ合う肌の感触しか残らない。
ここにいる自分が何者であったのかも、忘れてしまいそう。
そよ風がふわりと髪をかき上げた。
「ねぇ、エド。さっきの……」
「ん? なんですか?」
一目惚れしたとか好きだとか言ったこと、あれは全部嘘なんだよねと、確認しようとしてやめた。
そんなこと、言わなくても分かってるよね。
だってこうしてエドとここにいることだって、本当はあり得ないことだし、ウソなんだから。
彼のセリフだって全部……。
エドが歌うのをやめた。
緩やかなステップも止め、私から手を離す。
どうしたのかと見上げた彼の視線の先には、ジェードがいた。
「メインゲストの二人がいつまでもこんな所にいたら、他の客が退屈してしまうだろ」
彼は珍しい生き物でも見るように、半分は呆れながら私たちを眺める。
「セオネード。ちゃんと挨拶に回れ。エド、君はしばらく一人で大人しくしておくんだ」
エドはそう言ったジェードの言葉に従う前に、私を見つめた。
「殿下が私にそうしろとおっしゃるなら、私はそうします。どうなさいますか? お姫さま」
本来婚約者という立場にあるなら、内々のお披露目として私と一緒に回るのがスジなのだろうとは思う。
だけどコレはそうではないし、そんな深い意味なんて見いださなくても、ただのお茶会だと言われればそれまでだ。
「そうね。私はご挨拶してくるから、エドは好きにしていて」
「かしこまりました」
彼は私とジェードに、城にいる官吏たちがするのと同じ仕草で儀礼的に頭を下げると、一人そこから移動した。
私は庭園の中に、ジェードと取り残される。
「セオネード。君は本当にあの男と付き合っていたのか?」
「そうよ。だからずっと言ってるじゃない」
彼にそう言わせることが出来たのなら、成功だ。
この作戦は悪くなかった。
ちゃんと演じられてる。
「全く気づかなかったよ。いつの間に……」
「結婚相手は自分で決めたいの。私は私の、本当に好きになった人と結婚します」
「それが許される立場にないことくらい、分かっているだろ!」
「じゃあジェード以外の人とする。私に相応しいと思う人間を、ジェードが連れてきて」
「俺が連れてくれば、その男と結婚するのか?」
ジェードの目は、怖いくらい真剣だった。
「陛下、君の父上の容態が、いよいよかんばしくないことは、少し詳しいものなら誰でも知っている。それまでにちゃんとした相手を選んでおくことが必要だ。もしかして君は、彼を父王が亡くなるまでの繋ぎとして用意したのか? それで皆が納得するとでも?」
「そんなつもりはないわ。真剣なの」
「本気か? 正気を疑うレベルだ。彼のどこにそんな利点が? 他の誰かに操られ、騙されてると疑う余裕もないのか」
ジェードの言いたいことはよく分かる。
だからこそ、自分で選んだ相手と契約書を結び婚約しようという考えにいたったのかもしれない。
「大丈夫よ。彼は私を騙したりしてないし、疑うべきところは何もない。もちろん問題が見つかれば、すぐにこの婚約は破棄するつもりだから」
「君にその判断が、適切に出来るというのか?」
「そこまでのめり込んでるつもりはないの。それに、彼も分かっているはずよ」
「……。ちゃんと、自分の立場をわきまえていると?」
「次期国王となることが決まっている王女と付き合うのよ。ちゃんと言い聞かせてあるから」
「やはり恋人ごっこというわけか」
ジェードは安堵とも呆れともとれない息を吐き出した。
その怒りも、少しは落ち着いたようだ。
「悪いことは言わない。彼が勘違いしないうちに、早めに手放すことだ」
「そんな心配はいらないの」
私は持っていた扇を広げると、にっこりと微笑んだ。
「エドとは、そういう約束だから。だからジェードも心配しないで」
「……。分かった。一旦は君の言うことを信じよう」
「ありがとう」
彼の元を離れ、私は本来の仕事に戻る。
カースティ邸に集められたメンバーと顔を合わせておくのも、大事な仕事の一つだ。
もちろん婚約者として公表したエドを付き添わせない以上、ジェードを連れて歩くこともしない。
それを承知しているジェードは、いつものように私の後ろを少し離れた位置からついて歩いていた。
今回ここに集められているのは、夫人と交流のあるご婦人方が大多数だ。
中には若い女性や老婦人のエスコート役で孫を連れてきている人もいるけど、そのほとんどが侯爵家と繋がる大貴族を仕切る老婦人たち。
彼女たちの動向をうかがうことは、貴族たちの家の動向を探るのと同じことを意味していた。
単純な噂話も、どこの貴族がどこと繋がりを持とうとしているのか、王家としては気になるところ。
一貴族が目の届かないところで力を付けるのは、あまり面白い話じゃない。
お茶会とは、有力貴族との繋がりを保ちつつ、動向をうかがう重要な情報収集の場だ。
私は笑顔の仮面を装い、頭では常に勢力図を浮かべ書き換え作業を続けていた。
「あはは。それでは、お孫さまの誕生にあわせて、編み物をなさったと?」
エドの軽やかな笑い声が聞こえ、思わずそちらを振り返る。
見ると、いつの間にか彼は茶会のためのテーブルに腰掛け、周囲を老婦人たちに囲まれている。



