王女殿下は下級官吏を婚約者に選ぶ

「フレザー国内でも屈指の格式高いカースティ侯爵夫人のお茶会に招かれることは、全国民の憧れです。どうしてせっかくのお招きをお断りするなんてことがありましょう」

 エドの口から出る言葉は、本当に彼の本心からの言葉のように聞こえた。
黒い艶のある目が、カースティ夫人を見つめる。

「今日この日を迎えられたことは、私にとって一生の思い出です。こうしてカースティ夫人とお話し出来ることも」

 エドはそういうと、にっこにこの笑顔で私を振り返った。

「ね!」
「え、えぇ、そうね。エドは今日をとても楽しみにしていたわ」

 彼は純粋に満面の笑みを浮かべている。
カースティ夫人も、エドのこの対応に多少は面食らったようだ。

「そのようなお世辞は、お生憎様、聞き飽きておりましてよ」
「ならば信じてもらえるまで、何度でも申し上げましょう。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 エドの表情からは、嘘をつき慣れた者には感じられない素直さが垣間見られる。

「フン。まぁいいわ。こちらへどうぞ」

 屋外に用意された長テーブルにエドと並んで座ると、その向かいに夫人が腰を下ろす。
すぐにお茶が運ばれてきた。

「エド殿とおっしゃいましたわね。一体どこでセオネードと出会ったのでしょう。婚約を結ぶくらいなのですから、よほど深い仲であったのでしょう? そんな報告は一切受けていなかったので、とても驚きました」

 白い影が目の前を横切った。
このお茶会に招待されていたのか、ジェードが夫人の隣に腰掛ける。

「そのお話に混ぜていただけるかな。僕も興味があってね。セオからは一目惚れだと聞いていたけど」
「まぁ。一目惚れだなんて、便利な言葉ね。ぜひお二人の馴れ初めを伺いたいものね」

 始まった。
この二人の魂胆は分かっている。
何だかんだと難癖をつけて、私たちを引き裂くつもりだ。
もちろん分かりきったそんな手に、簡単にのるつもりはない。
私がジェードをにらみつけると、彼はこの宣戦布告を受け取ったと言わんばかりに、挑戦的な視線を投げ返してくる。

「先日ジェードにも説明した通り、私が一目惚れしたの。城で見かけて、一度話してみたいとずっと思っていたのよ」
「ほう。一目惚れするなんて、珍しいね。どんな男性に対してもほとんど興味を示さなかった君が、エドのどこに惹かれたのかな」
「あら。人が恋に落ちるのに、理由なんて必要? 誰かを好きになるのに、理由なんていらないものよ」
「それが例え、いまこの瞬間に初めて会った人間でも?」

 ジェードは、フンとバカにしたように鼻息を飛ばす。

「それが次期国王となる王女の思考だとは思えないね。配慮に欠ける。どれほど結婚相手が重要なものか、君が知らないわけはないだろう」
「そうですよ、セオネード」

 カースティ夫人がティーカップに注いだミルクをスプーンでかき混ぜる。

「あなたにはもっとしっかり、相手を見る目を養うように指導していたはずなのに。どうしてこんな方を選んだのかしら」
「身分なんて関係ありません。どうしてお二人に私の気持ちが分かるの? 私とエドは、ちゃんと互いに気持ちを通じ合っております」

 援護射撃を期待して、それを促すためにエドを振り返る。
なのに彼は顔を真っ赤にさせ、じっと私を見つめていた。

「え……? ちょ、エド。ちゃんと反論してよ」
「セオネードさまが俺に一目惚れしたっていうの、本当だったんですか?」
「は?」
「いや、確かにそうはおっしゃっていましたけど、だけどそんなことは絶対ないと思ってたんです。だけど、本当にそうだったんですね」
「あ、あのね、エド。今はそういうことじゃなくて……」
「俺、勘違いしてました。絶対適当なこと言ってんだって。だけど、違ったんですね。ねぇ、いつです? セオネードさまは、いつから俺のこと知ってたんですか?」

 顔を真っ赤にしながらも、そう迫るエドにたじろぐ。
それ自体がウソなんだから、そんなこと答えられるわけがないのに!

「そ、そんなこと、ここで私に言わせないでよ……」

 つられて真っ赤になってしまった私の両手を、エドは優しく取り上げ握り締める。

「いいえ。ぜひお聞かせてください。セオネードさま。俺は正直、ずっと殿下のことが好きでした。だけどそれは、個人的な好きとかじゃなくて、城に仕える臣下としての『好き』だったんです。だけど、殿下は違ったのですね」

 は、恥ずかしい。
頬を染めたエドの無邪気な視線が、天然の真顔で私に返事を求めてくる。

「初めて殿下からお話しがあった時は、本当に驚きました。自分になにが起こったんだろうって。だけど、いつも城内でお見かけする凜々しいお姿に、ずっと憧れてはいたのです。本当なんです。素敵な方だなって」
「そ、そうなの?」
「こんなこと、直接殿下とお話しする機会なんてなかったので。今こうしてセオネードさまのお気持ちを知れて、本当によかったです」

 彼は私の手を握り締めたまま、照れすぎている顔を恥ずかしげに横に背ける。

「うれしい。殿下の口からそんなお言葉を聞けるなんて。正直、ここに来るのもちょっと怖かったけど、おかげで殿下のことをより知れた気がします。俺はこれから命をかけて、殿下をお守りいたします」
「そ、そうね……。ありがとう……」
「はい!」

 私たちの目の前でジェードとカースティ侯爵夫人があんぐりと口を開けこちらを見ているというのに、それがエドには全く見えていないみたいだ。
もちろんこのやりとりを遠巻きに観察している多くの貴族たちのことも見ていない。
彼は、はにかんだような表情で私を見つめるも、大胆な視線で私の手を目の前まで持ち上げる。

「この手にキスをしても?」

 私の返事を待たないまま、彼はその指先にそっと口づける。

「一生大切にすることを、ここに誓います」
「ちょ、ちょっと待って!」
「なにがですか?」

 これって、契約に基づいた演技なのよね? そうなんだよね?

「私がさっき、馬車の中で言ったこと、覚えてる?」
「はい。もちろんです。人前でキスはしない。過度な接触もしないこと……。あ! でも、手と頬はOKもらってたはずですよね!」
「そ、そうね! それはそうなんだけど……」
「あと、触れるのは状況に応じてって話でしたよね。手を繋ぐのはいいって許可を確か……。ここで手にキスするのは、ダメでした?」

 上目遣いで見上げるエドの目が、どこまで本気か分からない。

「俺は、殿下のことが好きですよ。殿下もそうなんでしょう?」
「え、えぇ! そうよ! 私もあなたが好きよ、エド!」
「よかった」

 彼が安心したように微笑む。
私は恥ずかしさに全身を火照らせた。

「あはは。照れてる殿下もかわいらしいですね」
「ねぇ待って。それは反則」
「なにが反則なのですか?」

 エドの額が、コツンと私の額にぶつかった。

「大好きって言ったじゃないですか」
「え、えぇ、そうね。そうなんだけど……」
「オホン!」

 大きな咳払いが聞こえ、ハッと我に返る。
わずかに頬をそめたカースティ夫人と、呆然と生気を失ったジェードがこちらを見ていた。

「もう結構よ。聞いたこっちがバカだったわ。あぁ恥ずかしい」

 夫人が席を立った。
あきれかえったように、この場をそそくさと離れてゆく。

「はは。カースティ夫人が行ってしまいましたね」

 エドはそういうと、私の手を取り立ち上がった。

「ねぇ。お茶もいいけど、せっかくのお庭を散策したいな。今度はいつ招待されるか分からないから。この国随一のお庭なのは、本当でしょう?」
「そ、そうね」

 テーブルを離れた私の腰に、自然とエドの腕が回る。

「では少し失礼して、セオネードさまと歩いてきますね」

 彼はまだ動けないジェードに向かってペコリと頭を下げると、私を連れ出した。
周囲で見ていた他の出席者たちにも、彼はにこやかに笑顔を振りまき頭を下げる。
彼らは遠巻きに私たちを眺めるだけで、もう誰も話しかけてこようとはしなかった。