開け放された大きな窓からたっぷりと午後の光が降り注ぎ、白いレースのカーテンはそよ風に吹かれ静かにそよいでいた。
帯状に赤と金で細やかに草花の模様が描かれた白壁の広い室内には、本棚がびっしりと立ち並んでいる。
赤茶色の重厚なカーテンが金糸に彩られ丸くひだをよせているその前に、磨き上げられた天板の輝く木目も美しい机が置かれていた。
香り付けされた紅茶の華やかな香りで部屋中が満たされ、幾重にも重ねられたケーキスタンド三台には、世界中のありとあらゆるお菓子がひしめき合い、手に取ってもらえる瞬間を待っている。
「セオネードさま。失礼します」
ドアをノックする音が聞こえ、私は視線を落としたまま返事をした。
「あら、アンバー。どうかしたの?」
扉が開く。
秘書官のアンバーが部屋に入ってくるなり、彼女はサッと声色を変えた。
「あぁ! セオネードさまったら、またろくにお食事もなさらないまま、仕事を続けられてましたね!」
アンバーは金髪のおかっぱ頭の髪をわなわなと怒りに震わせた。
「セオネードさまが食べやすいようにと、侍女たちが懸命に作ったものを、台無しになさるおつもりですか!」
アンバーは私を育てた乳母の子で、いわゆる乳姉妹にあたる。
幼い頃から今に至るまで、多くの時間を共に過ごした旧知の仲だ。
まっすぐに伸びた髪は彼女の性格そのままに、一本もねじれたところはない。
アンバーは怒っている時の癖で、かけている眼鏡の中央をクイと持ち上げた。
「そ、そんなつもりないって。ちゃんとありがたくいただいてるから」
私は積み上げられた書類の奥にある、ケーキスタンドに手を伸ばした。
一口サイズに焼き上げられた洋梨のパイを手に取ると、それを口に放り込む。
「そうやってお仕事熱心なのは関心に値しますが、ご自身のことも少しはお考えください」
「分かってますよーだ」
並んでいるのは、全て私好みに作られた品ばかりだった。
塩漬けのサーモンを挟んだサンドイッチと、ラズベリータルト。
薄切りのフルーツも用意されている。
「そんなことだから、他の貴族たちからバカにされるんですよ。血筋だけ王女で中身は平民って」
「平民って、普通の人ってことでしょ?」
「まぁ」
「それって、バカにされてるの?」
「若干」
「そうなんだ」
私は小さなフォークを手に取ると、皮を剥き薄い輪切りにされたオレンジをぷすりと突き刺した。
「今この国では、永く平和な状態が続いてるし、国民の満足度も決して低くはない状態よ。こうやって一部の貴族たちがのんきに暮らしていられるのは、一体誰のおかげかしら?」
「……。それはまぁ、人口の大多数を占める、市民の暮らしあってこそです」
「でしょ? 私の悪口なんて、貴族には好きなだけ言わせておけばいいのよ。多くの市民が、平和に暮らしている状態であることの方が大事なんだから」
採れたてのオレンジからは、今が旬の爽やかな香りがする。
それを口に放り込むと、たっぷりの果汁を味わった。
「それとも、私じゃ頼りないってこと?」
国王である父には、跡継ぎとなる子が私しかいない。
病弱であった母は何度か妊娠したものの、結局無理なお産が元で命を落としてしまった。
国王夫妻が歳をとってからようやく最後に生まれたのがこの私だ。
その父も母を亡くして以降すっかり元気をなくし、病に伏せることが多くなっている。
既に国政からは一線を退き、今や私が父王の代理として、その政務のほとんどを担っていた。
次期国王となれる人間は、私しかいない。
だからこそ、まだ父が生きているうちに仕事を覚えたい。
女王となることに不満を抱く貴族たちは多いけど、彼らを納得させるだけの実力と実績をつけたい。
「誰が何と言おうと、私が王位に就くからにはこの国を守ってみせるし、一部の貴族たちの好きにはさせない」
幾度となく口にしてきた決意を、アンバーに告げる。
彼女はそれを聞き慣れているせいか、全く動じる気配はない。
「いいえ。それに関しては、全く心配しておりません」
「よかった。アンバーにそう言ってもらえるなら、私も安心ね」
「……。ですが、まだ『安心』とまでは言い切れません」
そう言うと、アンバーは改まった様子でコホンと咳払いした。
「次期国王となられるセオネードさまが、唯一我々国民に対しまだ為しえていない、大きな不安要素がございます」
「え? なにそれ。そんなのあったっけ?」
「王女殿下の、ご結婚についてでございます!」
「あー……」
アンバー女史は至って真剣であり、真面目だった。
私は長年抱えるこの問題に頭を悩ませている。
クラクラとめまいの始まった頭を両手で抱えた。
この話題となると、本当に逃げ場がなくなってしまう。
「あぁ。どうしましょうアンバー。また頭痛がしてきたみたい。今は仕事がとても楽しくてたのし……、いや、忙しすぎて、とても結婚なんてことは……」
「殿下の仕事のうちに、結婚と跡継ぎを作ることも含まれます!」
アンバーのいつものお説教が始まった。
いい歳をしていつまでも仕事ばかりでどうのこうのだとか、他の貴族令嬢たちはみんなもうとっくに結婚しているだとか、くどくどくどと聞き飽きるくらい聞き飽きた。
王女という身分に生まれたのに、どうして自由にやりたいことだけをやって暮らせないんだろう。
好きなこと、やりたいことだけをしていたいのに。
そりゃ私だっていつかは結婚してみたいとは思う。
そう、いつかは。
きっと多分。
そのうち、その気になれば……。
「だけどさ、アンバー」
「なんですか?」
「だからって、誰でもいいってワケにもいかないじゃない?」
「当たり前です」
お城の窓からは、柔らかな新緑の光が降り注いでいた。
まだ温かいポットは、香り立つ紅茶でなみなみと満たされている。
私はそれを自分の手でカップに注ぐと一息ついた。
「そうだ! いいこと思いついた! ね、いっそのこと、アンバーがいいと思う人を連れて来て。私、アンバーが選んだ人とだったら、誰とでも結婚する!」
グッドアイデア!
これでアンバーはしばらく、婚約者選びに専念することになる。
たとえ彼女が提案してきたとしても、片っ端から断り続ければいい。
「はい。いつかきっとセオネードさまは、そうおっしゃるだろうと予測しておりました」
「え? そうなの?」
「はい。既に対策済みでございます」
彼女はそう言うと、この時を待っていましたとばかりに、抱えていた書類の束をドン! と目の前に置いた。
「こちらに殿下に相応しいと思われるお相手を、ピックアップしておきました。この中からお選びください」
「は?」
まさかそんなものが、用意周到準備されているとは思わないじゃない。
目を通すどころか、触りたくもないし。
「えっと、まだ他に優先すべき仕事が……」
「今月末に行われる、セオネードさまのお誕生日パーティーを覚えておいでですか?」
あぁもう! 今日のアンバーは、いつにも増してしつこい!
「覚えてる! それは覚えてますとも!」
「いい加減、国王陛下や、ほかの大臣たちにせっつかれる私の身にもなってください! そのパーティーで、殿下の結婚相手となる婚約者を選び、発表させていただきます! ぜ・っ・た・い・に! です! これ以上、私ももう待てません!」
「分かった、分かったから!」
「本当ですか?」
「分かってるよ、そんなの。誰に言われなくても、私自身が一番よく分かってるって」
確かにこれ以上、この問題を先延ばしにも出来ない。
まだ結婚するつもりなんてサラサラないけど、婚約者の一人くらい用意しておけば、しばらくはアンバー他大臣たちも大人しくなるだろう。
ため息交じりに、彼女の用意した釣り書きを手に取る。
チラリと片目でのぞくと、そこには五人の候補者の詳細が記されていた。
帯状に赤と金で細やかに草花の模様が描かれた白壁の広い室内には、本棚がびっしりと立ち並んでいる。
赤茶色の重厚なカーテンが金糸に彩られ丸くひだをよせているその前に、磨き上げられた天板の輝く木目も美しい机が置かれていた。
香り付けされた紅茶の華やかな香りで部屋中が満たされ、幾重にも重ねられたケーキスタンド三台には、世界中のありとあらゆるお菓子がひしめき合い、手に取ってもらえる瞬間を待っている。
「セオネードさま。失礼します」
ドアをノックする音が聞こえ、私は視線を落としたまま返事をした。
「あら、アンバー。どうかしたの?」
扉が開く。
秘書官のアンバーが部屋に入ってくるなり、彼女はサッと声色を変えた。
「あぁ! セオネードさまったら、またろくにお食事もなさらないまま、仕事を続けられてましたね!」
アンバーは金髪のおかっぱ頭の髪をわなわなと怒りに震わせた。
「セオネードさまが食べやすいようにと、侍女たちが懸命に作ったものを、台無しになさるおつもりですか!」
アンバーは私を育てた乳母の子で、いわゆる乳姉妹にあたる。
幼い頃から今に至るまで、多くの時間を共に過ごした旧知の仲だ。
まっすぐに伸びた髪は彼女の性格そのままに、一本もねじれたところはない。
アンバーは怒っている時の癖で、かけている眼鏡の中央をクイと持ち上げた。
「そ、そんなつもりないって。ちゃんとありがたくいただいてるから」
私は積み上げられた書類の奥にある、ケーキスタンドに手を伸ばした。
一口サイズに焼き上げられた洋梨のパイを手に取ると、それを口に放り込む。
「そうやってお仕事熱心なのは関心に値しますが、ご自身のことも少しはお考えください」
「分かってますよーだ」
並んでいるのは、全て私好みに作られた品ばかりだった。
塩漬けのサーモンを挟んだサンドイッチと、ラズベリータルト。
薄切りのフルーツも用意されている。
「そんなことだから、他の貴族たちからバカにされるんですよ。血筋だけ王女で中身は平民って」
「平民って、普通の人ってことでしょ?」
「まぁ」
「それって、バカにされてるの?」
「若干」
「そうなんだ」
私は小さなフォークを手に取ると、皮を剥き薄い輪切りにされたオレンジをぷすりと突き刺した。
「今この国では、永く平和な状態が続いてるし、国民の満足度も決して低くはない状態よ。こうやって一部の貴族たちがのんきに暮らしていられるのは、一体誰のおかげかしら?」
「……。それはまぁ、人口の大多数を占める、市民の暮らしあってこそです」
「でしょ? 私の悪口なんて、貴族には好きなだけ言わせておけばいいのよ。多くの市民が、平和に暮らしている状態であることの方が大事なんだから」
採れたてのオレンジからは、今が旬の爽やかな香りがする。
それを口に放り込むと、たっぷりの果汁を味わった。
「それとも、私じゃ頼りないってこと?」
国王である父には、跡継ぎとなる子が私しかいない。
病弱であった母は何度か妊娠したものの、結局無理なお産が元で命を落としてしまった。
国王夫妻が歳をとってからようやく最後に生まれたのがこの私だ。
その父も母を亡くして以降すっかり元気をなくし、病に伏せることが多くなっている。
既に国政からは一線を退き、今や私が父王の代理として、その政務のほとんどを担っていた。
次期国王となれる人間は、私しかいない。
だからこそ、まだ父が生きているうちに仕事を覚えたい。
女王となることに不満を抱く貴族たちは多いけど、彼らを納得させるだけの実力と実績をつけたい。
「誰が何と言おうと、私が王位に就くからにはこの国を守ってみせるし、一部の貴族たちの好きにはさせない」
幾度となく口にしてきた決意を、アンバーに告げる。
彼女はそれを聞き慣れているせいか、全く動じる気配はない。
「いいえ。それに関しては、全く心配しておりません」
「よかった。アンバーにそう言ってもらえるなら、私も安心ね」
「……。ですが、まだ『安心』とまでは言い切れません」
そう言うと、アンバーは改まった様子でコホンと咳払いした。
「次期国王となられるセオネードさまが、唯一我々国民に対しまだ為しえていない、大きな不安要素がございます」
「え? なにそれ。そんなのあったっけ?」
「王女殿下の、ご結婚についてでございます!」
「あー……」
アンバー女史は至って真剣であり、真面目だった。
私は長年抱えるこの問題に頭を悩ませている。
クラクラとめまいの始まった頭を両手で抱えた。
この話題となると、本当に逃げ場がなくなってしまう。
「あぁ。どうしましょうアンバー。また頭痛がしてきたみたい。今は仕事がとても楽しくてたのし……、いや、忙しすぎて、とても結婚なんてことは……」
「殿下の仕事のうちに、結婚と跡継ぎを作ることも含まれます!」
アンバーのいつものお説教が始まった。
いい歳をしていつまでも仕事ばかりでどうのこうのだとか、他の貴族令嬢たちはみんなもうとっくに結婚しているだとか、くどくどくどと聞き飽きるくらい聞き飽きた。
王女という身分に生まれたのに、どうして自由にやりたいことだけをやって暮らせないんだろう。
好きなこと、やりたいことだけをしていたいのに。
そりゃ私だっていつかは結婚してみたいとは思う。
そう、いつかは。
きっと多分。
そのうち、その気になれば……。
「だけどさ、アンバー」
「なんですか?」
「だからって、誰でもいいってワケにもいかないじゃない?」
「当たり前です」
お城の窓からは、柔らかな新緑の光が降り注いでいた。
まだ温かいポットは、香り立つ紅茶でなみなみと満たされている。
私はそれを自分の手でカップに注ぐと一息ついた。
「そうだ! いいこと思いついた! ね、いっそのこと、アンバーがいいと思う人を連れて来て。私、アンバーが選んだ人とだったら、誰とでも結婚する!」
グッドアイデア!
これでアンバーはしばらく、婚約者選びに専念することになる。
たとえ彼女が提案してきたとしても、片っ端から断り続ければいい。
「はい。いつかきっとセオネードさまは、そうおっしゃるだろうと予測しておりました」
「え? そうなの?」
「はい。既に対策済みでございます」
彼女はそう言うと、この時を待っていましたとばかりに、抱えていた書類の束をドン! と目の前に置いた。
「こちらに殿下に相応しいと思われるお相手を、ピックアップしておきました。この中からお選びください」
「は?」
まさかそんなものが、用意周到準備されているとは思わないじゃない。
目を通すどころか、触りたくもないし。
「えっと、まだ他に優先すべき仕事が……」
「今月末に行われる、セオネードさまのお誕生日パーティーを覚えておいでですか?」
あぁもう! 今日のアンバーは、いつにも増してしつこい!
「覚えてる! それは覚えてますとも!」
「いい加減、国王陛下や、ほかの大臣たちにせっつかれる私の身にもなってください! そのパーティーで、殿下の結婚相手となる婚約者を選び、発表させていただきます! ぜ・っ・た・い・に! です! これ以上、私ももう待てません!」
「分かった、分かったから!」
「本当ですか?」
「分かってるよ、そんなの。誰に言われなくても、私自身が一番よく分かってるって」
確かにこれ以上、この問題を先延ばしにも出来ない。
まだ結婚するつもりなんてサラサラないけど、婚約者の一人くらい用意しておけば、しばらくはアンバー他大臣たちも大人しくなるだろう。
ため息交じりに、彼女の用意した釣り書きを手に取る。
チラリと片目でのぞくと、そこには五人の候補者の詳細が記されていた。



