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手に持ったバスケットボールを床に落とせば、音がやけに響いて、床から跳ね返ったボールを両手に掴んだ。
自分以外、誰もいない1人ぽっちの体育館ではこんなに音が響くものなのかと口をへの字に曲げた。
早く、来ないかな、才野くん。
両手に抱えたバスケットボールから幾分か先にあるバスケットゴールに瞳を向けた。
球技大会での才野くん、やっぱりすごかったなあ。
そんなことを思いながら床に数回ボールを弾いた。やけに大きい音の響きに自分の耳が慣れてきて、足を一歩前に踏み出した。
走り出して、目の前には誰もいないのに背中からくるりとまわる。透明な敵を抜いて、足を止めた。
きゅっとシューズが床に擦れる音がする。
到底自分にはダンクなんてできない。
ゴールに放ったバスケットボールがネットをくぐることはなく、リングに跳ね返って予想外の方向へと飛んでいった。
走ってボールを追いかけると、誰かがそれを両手にキャッチした。
「あ」
足元から視界を上にあげると、会いたかった人がいた。
「才野くん」
「シュート、外れたな」
「いつから見てたんだよ」
「ゴールに向かって走り出した時から」
そう言いながら、体育館に一歩足を踏み入れた才野くん。恥ずかしいところをみせてしまった。
「テスト、お疲れ様」
そう言えば、才野くんは「うん」と返事をしてボールを両手で馴染ませていた。そしてその瞳が俺に向く。
「待たなくてよかったのに」
「才野くんと一緒に帰りたかったし」
帰ってほしかったのかよ、と若干むくれながらそう返すと才野くんは顔を背けて何かを小声で呟いた。
「なに?才野くん」
「…いや、なんでも」
才野くんがドリブルをつけば、体育館にまた音が反響する。1人の時の寂しさがなくなっていた。
ボールが床を弾く音とともに才野くんの声が耳に入る。
「なんで待ち合わせ体育館?」
「一緒にバスケしたかったから」
「なんだよそれ」
と、軽く笑った才野くん。手に持ったボールが短い距離で宙を舞って俺の胸元に飛んできた。
「影井、シュート」
受け取ったボール。聞こえた才野くんの声。
瞳を再びゴールに向けて、ボールを放った。綺麗な弧を描いてネットに吸い込まれたそれがゴールの真下で数回跳ねて床との距離が小さくなっていく。
「ナイッシュ」
「ありがと」
2人で顔を見合わせて笑う。俺たちが抱えた絶望はきっかけをうんで、こうやって笑い合えるようになった。今は、それだけで充分だ。
「なーんか楽しいことやってんじゃん!」
体育館の入り口付近からそんな大きな声が聞こえた。
「柴田」
片手ずつに小さな丸を作って、それを自分の目に添えながらこちらに歩いてくる柴田。なんとも言えないアホみたいな動きで思わず吹き出すように笑う。
「2人で青い春してんじゃねえよ、まぜろ、邪魔者とかいうな俺もまぜろ」
「何も言ってないじゃん」
「影井が言ってなくても、才野が目で言ってんの!」
才野くんの方を見ると、ふいっと顔を逸らされた。「言ってない」と小さな声が聞こえる。
柴田は、ゴール下にあるボールを拾い上げたあと、慣れたようにドリブルをついて距離をとり、流れるようにシュートを放った。気持ちがいい音がして、ネットをくぐる。
そしてドヤ顔が才野くんの方に向けられた。
「どうだ」
「……」
「ナイッシューくらい言えや才野お!」
才野くんに強めに投げられたボールは、容易くキャッチされる。そんな様子を苦笑いでみていれば、
「お、いたいた」
再び入り口の方から声が聞こえる。1人ではなく、3人。
「ほらな、体育館にいると思ったんだよ俺の勘すごくね?」
そう言ったのは小野寺くんの後ろから顔を出した宮瀬くん。そして宮瀬くんの方を見て顔を顰めた小野寺くん、隣には田中くんもいる。
「宮瀬の声、体育館だとものすごく響くわ」
「まじ?小野寺、あーー!!!、ほとんだあ」
「宮瀬くん、今ので俺の耳がやられました」
「冷たいこと言うなよ田中あ、てかなんでお前一緒にきたの?」
「才野くんを映画研究会に勧誘しようかと」
そんなことを言い合いながら3人が体育館に入ってくる。
「あれ?初めましての人がいる」
小野寺くんがそう言って柴田の方をみた。
柴田は少し助けを求めるように俺の方を見る。
「柴田は、中学の時からの友達」
本当は親友と言いたいところだけど、こっぱずかしい感情により当たり障りのない紹介をした。
柴田は「ですです」とあいも変わらずな合いの手を付け加えている。先ほどまで才野くんにくってかかっていた態度とは違うけれど、時間が経てば殻も破れそうな気がする。だって相手は、小野寺くんと宮瀬くん、そして田中くんだ。
それにしても、意図せず不思議なメンツが体育館に揃った。



