会って、まず昨日のことを謝って、プリントを渡して、それで、気持ちを伝えて。いや、でも待て、そもそも才野くん、まだ熱で苦しんでいるんじゃ。
「…」
扉の前でうじうじ虫が発動したが、色んな人の助けがあってここまできたのだと自分を奮い立たせた。
そして、戸の横にあるチャイムを鳴らす。
しばらく静かな時間が流れる。自分の心臓がうるさく、胸あたりを手で抑えた。
外の名前も知らない鳥が3回ほど鳴いた後、足音が微かにきこえて戸がゆっくりと開く。
開いた先にみえた彼は、俺を視界にいれて驚いたように瞳を開いた。
「…才野くん」
会えた。
「あ、えっと、家、あかりさんに教えてもらって、勝手に来てごめん、それから、昨日のことも……」
手が握られて、そのまま引き寄せられる。
背後で、パタリと戸が閉まる音がした。
抱きしめられたのが、ひどく懐かしく感じる。
また、「めずらし」と笑われようがもうなんでもよかった。才野のくんの背中にゆっくりと手をまわす。
「…昨日、ごめん、才野くん」
才野くんの肩におさまった顔をそのままにそう言った。才野くんが小さく息を吐いた。
「…俺も、ごめん」
低いその声が、やっぱり怒らせてしまっているのではないかと思って少し身を離した。
見上げた先にうつった才野くんの顔は、今にも泣き出しそうだった。
才野くんの頬に手のひらを添える。
「まだ、体つらい?」
「…昨日よりまし」
「本当ごめん」
「…謝んな」
またぎゅっと抱きしめられる。
耳元で「影井」と才野くんの声が聞こえる。
「ちゃんと話そう、影井」
「…うん」
俺たちは、気持ちの答え合わせをしなければならない。
「おじゃまします…」
才野くんの部屋に入った。殺風景な部屋の中央にはテーブルその上には昨日俺が返したバスケットボールのストラップが置いてあった。よかった、捨ててはいない。
端に正座をして座れば、ベッドに座った才野くんが小さく笑った。
「ここ、きて」
才野くんの横の空間に促され、俺は少し戸惑いながらも才野くんの隣に腰をおろした。
しばらく沈黙がはしる。この雰囲気に耐えられなくなったのか才野くんが立ちあがろうとした。
「お茶でも、持ってくる」
「いいよ!病人なんだから、座って」
そんな病人の部屋に押しかけている迷惑極まりないやつは他でもない俺ではあるが。
「…分かった」
「っ」
掴んだ手が絡みとられて、才野くんが再び横に座ったと同時に繋がれていた手が俺たちの少し空いた隙間を埋めるようにベッドに置かれた。
「昨日の、あかりのことだけど」
「…うん…わっ…」
体が引き寄せられてぶつかると思った直前、才野くんの手のひらが自分の口元を覆う。
それでも近い。熱っぽい才野くんの瞳が俺をうつす。
「…キス、されそうになったけどしてない」
こくこくと小さく頷く。赤く染まっていっているであろう自分の顔。もう何度も見せているが、いまだに恥ずかしくて慣れない。口元に覆われた才野くんの手がゆっくりと離れる。
「あかりは幼馴染で、中学時代バスケ部のマネージャーしてて。この前会った三鷹も、中学時代のチームメイト。そんで、今もあいつらはバスケ部で頑張ってる」
繋がれた手はそのまま。才野くんの横顔を見つめた。
才野くんの瞳がテーブルの上に置かれているストラップをうつした。
「中学時代、みんなでお揃いで買ったんだよそれ」
「そうだったんだ…」
「影井が持ってくれてて良かったと思ってる」
才野くんはそう言って、俺の方を見た。優しく笑って言葉を紡いでいく。
「正直、俺ががむしゃらにやってたことを別の誰かがやってて、それを視界に入れるのが嫌で…わざとバスケから自分を遠ざけて、これでいいんだって納得してた」
「才野くん…」
「入学してすぐに気づいた、影井のこと」
「俺は、気づかなくて…ごめん」
「まあ、影井はあの時引くくらい泣いてたからな」
恥ずかしくなって才野くんから視線を逸らす。
才野くんは小さく笑った。
「影井楓っていう存在が、俺の中での唯一の救いだった。慰め合いとか、傷の舐め合いとか、そういう複雑なことじゃなくて、もっと単純」
「…っ」
また俺を引き寄せて、次は何も遮るものがなく、唇がゆっくりと触れる。
片方の才野くんの手のひらが俺の頬を撫でた。
「好きだよ、影井」
こつん、と才野くんの額が自分の額にあたる。
伝えないと、俺も。
「俺も、才野くんが好き」
「…熱、移ったらごめん」
「いいよ、才野くんになら」
「うつされてもいい」という言葉はキスで塞がれる。
何度か短いキスが重なって、才野くんの手のひらが自分の耳から後頭部へとまわる。
伏せていた瞳をあげると、熱のせいか少し潤んだような瞳が俺を射抜いた。
「…もう一回言って」
「え…っ」
「俺のこと好きってもう一回」
心臓が破裂するような甘さを携えたものが自分の体を乗っ取っていく。
「才野くんが、好き」
才野くんは、嬉しそうに笑った。
下から掬い上げるように唇が重なって、深くなっていく。息が上手く出来なくて繋がれている手にぎゅっと力を込めた。
絡めとられた舌が、あつい。
「…影井の舌、気持ちいい」
離れた口がそう動く。ひどく熱を帯びたその声色と、触れるすべて。これ以上は、というか、この人病人だった。
「さ、才野くん、これ以上は…」
と、その言葉が言い終わる前に才野くんの頭が俺の肩に預けられる。
「…才野くん?」
しばらくして聞こえてきたのは微かな寝息だった。
ゆっくりと才野くんの体を離して、そのままベッドに寝かせる。まだ整っていない自分の呼吸をなんとか整えて、才野くんの体に布団を覆う。
「はあ…」
落ち着かせるように息をはいて、ベッドからずり落ちるように床に座った。
気持ちを伝えた現実と、伝わった嬉しさと、甘い時間でしばらく脳が正常に働かない。
俺は、才野くんが好きで、才野くんも俺が好き。
そっか、俺たち好き同士なんだ。
体の向きをかえて、再度寝息を立てている才野くんを見つめる。
先ほどまで触れていた唇がほんのり赤くて、また心臓が音をたてる。これから、こんな感じで大丈夫なのだろうか俺は。



