才野くんに会いたい。好きって、伝えたい。
押し込めていた気持ちが爆発するように、電車を降りた瞬間走り出した。
公園に、才野くんがいるとは思えなかったが不安を吹っ切るようにただひたすら走った。
着いた先にはやっぱり誰もいなかった。
肩で息をしながら、バスケットゴールの下で力が抜けたようにしゃがみこんだ
「才野くん…」
学校も、クラスも一緒で、席なんて前後なのに。
先ほどみた映画とは違う、俺たちはいつだって近い。
その近さが故に、自分の気持ちをぶつけることが出来なかった。
いつしか逃げ癖がついて、嫌われるのが怖くなった。
そんな俺の手を才野くんは離さなかったのに。
何度も、伝えようとしてくれていたのに。
才野くんと初めて会った時のように子供のように泣き出しそうになってしまって、顔を両手で覆う。
「あの」
声をかけられて、顔をあげた。
「あ…」
視界にうつったのは、昨日才野くんと一緒にいた女子であった。
複雑な表情を浮かべたその子は「大丈夫ですか?」と俺に声をかける。慌てて立ち上がった。
溢れそうになった涙を荒々しく拭って「大丈夫です」と返す。
「昨日、月と話してた人ですよね」
「はい…」
「今日はなんでここに?」
「…才野くんに渡すものが、あって」
「ここで待ち合わせしてるんですか?」
その子の鞄にはストラップが揺れている。
言葉を詰まらせた俺に、その子が返事を急かすように「あの」と言葉を放つ。
「待ち合わせはしてないです」
困惑したように顔を顰められた。それはそうだろう。
待ち合わせもしていないのになぜここに来たのだとそう言いたげな顔だった。
「才野くんの家、分からなくて」
「私が届けましょうか」
目の前に差し出された手。まあ、そうなるよな、と鞄のチャックに手をかける。
しかし手は止まった。
昨日の情景。今目の前にいるこの子が才野くんに背伸びをして、キスを、した。
感情のまま、嫉妬心をぶつけた。バカだった。
再度鞄を肩にかけた。
「俺が届けたいので、家まで案内してくれませんか」
その子は顔を顰めながらも「いいですけど」と頷いて歩き出した。
彼女の少し後ろを歩く。長い髪の毛を1つにくくっており、それが歩くたびにゆらゆらと揺れていた。
俺とは性別も、雰囲気も、何もかもが違う。ああだからみっともない嫉妬やめろって。
「月とは友達ですか」
こちらを振り向かないままそう聞かれた。
そうであってほしいというような願望が込められているようだった。ごくりと唾を飲み込んで、薄く唇を開いた。
「友達に、なるはずでした」
「…どういうこと?」
彼女の足がとまり、自然と自分の足も止まった。
落ち着かせるように息をはいて、落としていた顔をあげた。
「俺が、才野くんのこと、好きなんです」
驚いたように開かれた瞳が揺れて、そしてくしゃりと歪んで、それから短く笑った。
「そう、へえ」
体がまた前を向き、彼女は歩きはじめる。
俺もあとを追うように歩き始めた。言葉の意味を脳内で整理しているような、そんな時間だった。
「…そういうことね」
「え?」
「かわいそうだったんでしょ、月のことが」
「どういうことですか」
「そのままの意味よ、一生懸命にやってたことがダメになって、真っ暗闇で、どうしたらいいか分からない、そういう弱々しい月に同情して、だから、その感情を勘違いして『好き』なんて錯覚したんだよ」
「違う」
「違わない!」
振り返った彼女は泣いていた。
昨日、才野くんにくってかかった時、俺はきっとこういう顔をしていたのだろう。
「…好きなんて、嘘。私の方がずっと月のことを知ってるし隣で見てきた、私の方が、月のこと好きだもん」
「あかりさん…」
「嘘って言ってよ、勘違いでしたって言って」
顔を歪めた彼女に、俺はゆっくりと首を横に振った。
嘘でも、勘違いでもない、俺は、才野くんが好きだ。
彼女、あかりさんは、鼻を啜り上げて「うう」と声を出した。
「わたし、幼馴染だよ?」
「…はい」
「月が怪我した時も側にいて、必死に、支えようって、月が帰ってきたら笑顔でバスケができるようにって、そう思ってたのに、なんでっ」
あかりさんが持っていた鞄が俺の体に当たる。
彼女の鞄についていたストラップがぐわんっと揺れた。途切れそうな絆を大事に抱えているのだろうと思った。俺と一緒だ。
「なんで、勝手に、前に進んでんのよ…なんで、こっちか追いかけないといけないの?」
「あかりさん」
「まじ最悪、あんたも、月も」
数回鞄が体にぶつけられた。
「本当は分かってんのよ、どうやったって月は私の方をみないし、あの頃みたいには戻れないって、ならいっそのことまだ暗闇にいて、絶望感に浸って、傷の舐め合いしてくれてる方が良かったのに、弱々しく、私に縋り付いてくれれば…」
あかりさんの手が止まった。気が済んだのか、顔を落として自らの口から溢れでた本音を咀嚼して飲み込むように、また顔をあげる。
「ねえ」
「はい」
「私、今、結構最悪なこと言った?」
「…いえ」
あかりさんは「最悪」と呟いて、俺に背を向けて上を見上げた。また空中に向けて「最悪」と。
「…今の、月には言わないで」
「…はい」
ゆっくりと歩きはじめたあかりさんのあとを着いていく。弱々しく、自分に縋り付いていてほしい。
その想いは、分からなくもない。
過去の想いが交差して、自分がどんな気持ちなのかさえ分からない時がある。
絶望と希望なんて、紙一重だ。
「私ね、月には何度も振られてるの」
力が抜けたように、先ほどまで岩のように固まっていた肩が解けているように思えた。
半信半疑の「そうですか」という自分の声が彼女の背中にぶつかる。
「月、好きな人いるって」
「っ」
あかりさんは、飛び跳ねるように3歩、前に進んだ。
そして足を止める。あかりさんの人差し指が前を示した。
「月の好きな人、確かめてきたら?」
「あかりさん、あの、ありがとう」
「お礼とかうざい、なんで月の好きな人が自分だって思えんの?バッカじゃないの?振られてしまえ」
そう言って、また俺の体に鞄をぶつけてそのまま横を通り過ぎていく。
遠くなっていく背中にまた「ありがとう」と言葉を放てば、無視はされたが微かに彼女の鞄についているストラップが揺れていた。



