お別れ~いつか、かぐや姫のお母さんだった話をしましょうか・いぶき視点 ~

「まるでかぐや姫だわ」

 お母さんとはじめて大げんかをした後。私が泣き笑いでそう言ったら、お母さんがさらに泣いてしまった。

 異世界から預けられた私を本当の娘として大事に育ててくれたお母さん。
 お母さんが機転を利かせてくれなかったら、私は二十歳よりもずっとずっと前に、それも予告もなしに日本から消えていたかもしれなかった。
 お母さんが教えてくれた私がこの世界に来た経緯をじっくり考えていた時、不意にその事実に気づいて愕然とした。

 お母さんが日本では二十歳になって成人式を迎えるまでと約束してくれたから、私はお別れの時間を大事に大事に過ごすことができたの。
 大事な友達も大切な初恋も、全部全部宝物。


 魂を半分に分け、片方を異世界のイブとして、半分を日本人のいぶきとして生きてきた。徐々に異世界のイブに溶け込む時間が増えていくことに恐怖はある。
 でももう1人の自分は、日本での記憶をとても大切に思っている。
 イブにはいない母親の温かさを知ったのは、お母さんのおかげ。
 絶対叶わないと思っていた初恋が叶ったのは、背中を押してくれたのはお母さんのおかげ。

 だから最後の日も私は、いつも通り過ごそうと思うの。

  ***

 2020年1月。

 成人式の会場になった文化センターの外に出ると、雲一つない水色の空に風花が舞っていた。

 ああ、徐々に扉が開いてる。私の身体がイブの世界に引き寄せられているのを感じる……。
 どうせならイブがこっちに来たらいいのに。

 成人式が終わり、実行委員でも新成人のメンバーは友人たちと少しの間おしゃべりを楽しんでいる。もしかしたら打ち上げまで行けるかなと思っていたけど、もう無理みたいだ。

 ねえ、イブ。見えてる? これが日本で最後に見る光景だよ。
 女の子たちの振袖がきれいで可愛いね。男の子たちもスーツや袴姿でかっこいい。
 もちろん、一番カッコいいのは瑛太くん。スーツ姿の彼は、心臓がどうにかなっちゃいそうなほど素敵。気が付くとつい見惚れちゃって、委員の先輩たちにからかわれてしまった。

 久々に会う友だちと次々に会っては別れた。また会おうねと約束して――。
 たくさん約束をすれば叶うんじゃないかな。つい、そんな夢を見てしまう。

 瑛太君と付き合ってるということで、たくさん冷やかされてくすぐったかった。
「くそー、結婚式には呼べよな」
「おう!」
 瑛太君の当たり前だという返事、彼から投げかけられる甘やかな視線。

 ああ、泣きたいくらい幸せだわ。


 今朝瑛太君と会場についたとき、私はミナを見つけてトイレに引っ張って行った。

「イブ、大丈夫?」

 心配そうなミナの前で涙があふれてくる。
 瑛太君の前では絶対泣きたくなかった。今日で忘れられてしまうけど、最後まで笑っていたい。でもミナの前では無理。

「ミナ。ミナ……」

 何も言えなくて、でもせっかくお母さんがきれいにメイクしてくれたのを崩したくないから、頑張ってハンカチで涙を吸い取る。

「ギリギリだと言えないかもしれないから今言っておくね。ミナ、ありがとう。大好き」

 大好き。私の親友。
 全部全部、もしかしたらお母さん以上に私を理解してくれている、大事な大事な友達。

「うん、私も大好き。絶対忘れないから。絶対いつか見つけてみせるから」
「うん、信じてる」

 ミナが特別な力を持っていることを教えてくれたのは二年程前だ。
 もともと不思議な女の子だと思っていた。だから、この世界が色々重なっているのが見えるのだと打ち明けてくれたミナの言葉を、私は素直に信じた。私よりも先に、私がこの世界の人じゃないと知っていて、それでも普通に仲良くしてくれたミナ。
 私と同じ存在がいることを教えてくれたのもミナだ。
 同じ存在なのに違う世界に帰る人のことを……。

 そっとお互いの手のひらを合わせ、おそろいのピアスを見つめる。
 ミナが作ってくれたピアスを付けるために、高校卒業と同時にピアスホールを開けた。向こうに持っていけるかは分からない。今までイブになった時は何も持っていけなかったから。でも今日は仮ではないから。本当に一つに戻るときだから、イチかバチかの賭けにでた。

 お母さんからの手紙と写真を、ミナが作ってくれた小さな巾着に入れて首から下げている。それからおばあちゃんにもらった真珠のネックレスも、振り袖の下にこっそりつけている。
 瑛太君からもらった指輪もはめた。結婚指輪みたいな石のない細い細い指輪。石がない方がいいとアドバイスしてくれたのもミナだ。全部全部大事なもの。

 何か一つでも持っていけたら、ミナが私を見つけてくれる可能性が高くなる。
 私はこの世界の人間じゃないから、ここに帰ってくることは出来ない。そのことは理解したくないけど理解してしまった。
 一人の人間として時や次元を移動したなら全然違ったのに。

 色々な世界にいるセレの子は、どうやってこんな気持ちに折り合いをつけているのだろう。
 でもいつかミナともう一度話ができるかもしれない。それは私にとって最大の希望だ。


 成人式のアトラクション用にみんなで撮影して、私と瑛太君で編集した動画はとてもウケた。夜には瑛太君一人で編集したことになってるのかな。みんなからいっぱい褒められて欲しい。楽しい一日で終わって欲しい。


 お母さんとお父さんが来てくれたのが見える。さすがだね。ちゃんと見送りに来てくれた。

 お母さん。
 お母さんがいっぱいいぶきを愛してくれたから、イブも自信を持てるようになったんだよ。お母さんがいぶきを信じてくれるって、何があっても信じてくれるってわかってるから、私は進んでいけるの。
 お母さんの子になれてよかった。
 お母さんの娘にしてくれてありがとう。

 お父さん。
 お母さんと、いずれ生まれてくる妹のことをよろしくね。私も風夏ちゃんに会いたかったよ。

 ぐいっとひかれる感覚が強くなってる。体が溶けそう……。

 瑛太君。最後のわがままにつきあわせてしまってごめんね。
 でも大好き。本当に好き。
 多分私は、あなた以外の男性を好きになれない。
 あなたじゃなきゃダメなの。ごめんね。
 イブとして生きるのは怖いけど、この気持ちだけは一生大事にする。また好きになってくれてありがとう。
 あなたが私をきれいに忘れてくれるならそのほうがいいって、今では思ってるのよ。この痛みは、私だけがもらっていく。ミナを証人にして、全部全部私が持っていく。

 そっと身を寄せ、かがんでくれた瑛太君に、さよならのかわりに素早くキスをした。彼が驚いたように目を丸くするので、クスッと笑ってしまう。そんな顔も大好き。
「私ね、本当に、たあくんのお嫁さんになりたかったんだよ」
 幼稚園の時からその気持ちが変わらないの。

 次の瞬間、気付いたら力いっぱい抱きしめられて、夢中で最後のキスをしていた。それは焼き付けるような刻みつけるような、刻印のような口づけ……。
 縛り付けるように何度も何度も名前を呼ばれて目眩がする。

 ああ、どうかあなたが、ずっとずっと、幸せでありますように。
 一緒にいられなくてごめんなさい。

 好き。大好き。好き、好き……あなただけが好き。たあ君……!

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 頭の中で光がはじけて目が覚めたとき、まだ唇にも体にも、瑛太君の感触が残っていた。
 イブのベッドの中でギュッと自分で自分を抱きしめて、こぼれる涙を懸命にこらえる。私、最後はちゃんと笑えていたよね。

 目を開いたら新しい人生が始まる。
 でも今は、まだいぶきだった余韻に浸っていたい。刻みつけられたこの刻印を、この感触を、いつまでも覚えていたい……。忘れたくないの……。絶対に。

Fin