その後も、ぽつぽつと会話をしながらお酒を飲んでいった。たまに沈黙になるのも慣れてきて、居心地の悪さは全くなくなってきていた。
2人でいろいろな話をした。俺の実家の犬がかわいいこと。陽翔は近所の猫がよく睨まれるから少し悲しいが、たまに近寄ってきたときは思わず撫でてしまうこと。
俺は元からこの学部に興味があったことと、違う街に住んでみたくてこの大学にしたこと。陽翔は、実家から通える大学に行きたくて、この大学を選んでおり、その後に学部を選んだということ。
俺は塾講師としてアルバイトをしていて、生徒に勉強しろという立場でもあるため、自分も気を抜けない気持ちになること。陽翔はスーパーでアルバイトをしているが、返答に困る絡まれ方をして上手く切り抜けられなかったこと。そして明日も朝からバイトがあること。
真剣な話から、どうでもいい話まで。酒は口を軽くしてくれるらしい。普段なら言わないような話も俺は口にしていたし、陽翔も普段は踏み込みづらいところまで話ていた。
陽翔の表情も、いつもより柔らかく見えた。チョコレート色の目を優しく細めてこちらを見ている気がした。笑う声は普段よりも少し大きくて高かったかもしれない。
そんな陽翔を見て、俺はどんな顔をしていたのだろう。分からないけれど、陽翔の見慣れない顔をして、少しだけ胸のあたりが苦しくなった気がした。
それでも、ひたすら楽しかった。ずっとこの時間が続けば良い。そんなことを、会話をしながら何度も祈った。
◆
しばらくして、俺は自覚した。俺は存外、酒が強かったらしい。目の前には空の缶が何本も置いてあるが、ほとんど普段と変わった心地がしない。
「なあー、藍星」
「ん? 気持ち悪い?」
先程までしっかりと会話をしていたはずなのに、陽翔の口調がふわふわとしている。なるほど、これが酔っている状態か。
それに比べて、俺の思考はあまり変化がない。冷静に陽翔のことを観察できるくらいには、しっかりしている。
焦げ茶色の瞳がぼんやりと空を見つめている。陽翔には何か見えているのだろうか。あるいは何も見えていないのか。変なところにばかり興味がわいてしまう。
そんな陽翔がポツリと口を開いた。
「あいせい、好きなタイプは?」
「え? 俺? 好きなタイプ?」
お酒の場で恋愛の話をするのは、確かにありそうなことだ。陽翔からの質問をとりあえず考えてみる。
今まで好きになったのは、どんな人だっただろうか。何人かいる。考えてみるが、共通点が思い浮かばない。困った俺は、そのまま答える。
「好きになった人がタイプ、かな?」
「なんだよー、それ」
ありがちな答えのはずなのに、陽翔は不満げに言う。なんでだよ。別に逃げとして言っているわけではなく、本当なのに。そんなに不満そうなら陽翔はどう答えるのか。
「じゃあ、お前のタイプは?」
「……」
聞き返して見たが、陽翔は無言のままだ。本格的に酔いが回ってきたのか。
実家暮らしの陽翔は、電車も使って1時間以内ではあるものの、このまま帰れなくなったら困るだろう。水を持ってこようと立ち上がると、腕を掴まれた。思わずよろける。
「藍星」
「な……」
名前を呼ばれながら腕をひかれ、陽翔の方を振り向いた瞬間、唇に何かが触れた感覚がした。俺の目の前には陽翔の端正な顔があって、陽翔しか視界には入っていない。
いつもより、陽翔の香水の匂いが間近で漂ってくる。
キスを、されている。
それを認識した瞬間、俺は陽翔の肩を強く押した。
「は? お前、なにして」
「藍星」
名前を呼ばれて、俺は押し黙った。陽翔のチョコレート色の目がこちらをじっと見ている。あまりにも熱をもっていて、触れたら燃えてしまいそうだ。
「なん、で」
なぜ、俺をそんな目で見るのか。なぜ、キスなんてしたのか。
何も言えなくなっている俺に向かって、陽翔が手を伸ばす。俺の頬に触れる。それは、燃えるように熱かった。表情をいつもより柔らかく緩めた陽翔がゆっくりと口を開いた。
「俺は、お前のことが……」
何かを言いかけた陽翔だったが、急に力が抜けたようだった。頭がゆっくりと揺れて、机にぶつかりそうになったから、慌てて手を差し込む。
なんとか陽翔の頭が机にぶつかるのを回避し、ゆっくりと手を離した。陽翔は全く起きる様子がなく、机に突っ伏したまま寝ている。
すうすう、と寝息が聞こえてきて、俺は息を吐いた。
心臓がばくばくとうるさい。陽翔は、何を言おうとしたのか。
「酔っ払いが……」
悪態を吐いたが、きっと陽翔には聞こえていない。起きる様子がない。それすら、少し腹立たしい。
机に突っ伏している陽翔の顔を覗き込む。やはり気持ちよさそうに寝ている。整った陽翔の顔を見ながら、俺は呟いた。
「彼女が、いるくせに」
仮に陽翔に彼女がいなければ。陽翔が俺のことが好きなのだ、と考えることができただろう。しかし、違う。
陽翔には彼女がいる。美人な女性と付き合っている。俺とは性別すら違う女性と。
だから、俺のことを陽翔が好きだなんて、あり得ないのだ。
俺のことを好きでもない癖に。俺ばかりが、心をかき乱されている。それが苦しくて仕方がない。
2人でいろいろな話をした。俺の実家の犬がかわいいこと。陽翔は近所の猫がよく睨まれるから少し悲しいが、たまに近寄ってきたときは思わず撫でてしまうこと。
俺は元からこの学部に興味があったことと、違う街に住んでみたくてこの大学にしたこと。陽翔は、実家から通える大学に行きたくて、この大学を選んでおり、その後に学部を選んだということ。
俺は塾講師としてアルバイトをしていて、生徒に勉強しろという立場でもあるため、自分も気を抜けない気持ちになること。陽翔はスーパーでアルバイトをしているが、返答に困る絡まれ方をして上手く切り抜けられなかったこと。そして明日も朝からバイトがあること。
真剣な話から、どうでもいい話まで。酒は口を軽くしてくれるらしい。普段なら言わないような話も俺は口にしていたし、陽翔も普段は踏み込みづらいところまで話ていた。
陽翔の表情も、いつもより柔らかく見えた。チョコレート色の目を優しく細めてこちらを見ている気がした。笑う声は普段よりも少し大きくて高かったかもしれない。
そんな陽翔を見て、俺はどんな顔をしていたのだろう。分からないけれど、陽翔の見慣れない顔をして、少しだけ胸のあたりが苦しくなった気がした。
それでも、ひたすら楽しかった。ずっとこの時間が続けば良い。そんなことを、会話をしながら何度も祈った。
◆
しばらくして、俺は自覚した。俺は存外、酒が強かったらしい。目の前には空の缶が何本も置いてあるが、ほとんど普段と変わった心地がしない。
「なあー、藍星」
「ん? 気持ち悪い?」
先程までしっかりと会話をしていたはずなのに、陽翔の口調がふわふわとしている。なるほど、これが酔っている状態か。
それに比べて、俺の思考はあまり変化がない。冷静に陽翔のことを観察できるくらいには、しっかりしている。
焦げ茶色の瞳がぼんやりと空を見つめている。陽翔には何か見えているのだろうか。あるいは何も見えていないのか。変なところにばかり興味がわいてしまう。
そんな陽翔がポツリと口を開いた。
「あいせい、好きなタイプは?」
「え? 俺? 好きなタイプ?」
お酒の場で恋愛の話をするのは、確かにありそうなことだ。陽翔からの質問をとりあえず考えてみる。
今まで好きになったのは、どんな人だっただろうか。何人かいる。考えてみるが、共通点が思い浮かばない。困った俺は、そのまま答える。
「好きになった人がタイプ、かな?」
「なんだよー、それ」
ありがちな答えのはずなのに、陽翔は不満げに言う。なんでだよ。別に逃げとして言っているわけではなく、本当なのに。そんなに不満そうなら陽翔はどう答えるのか。
「じゃあ、お前のタイプは?」
「……」
聞き返して見たが、陽翔は無言のままだ。本格的に酔いが回ってきたのか。
実家暮らしの陽翔は、電車も使って1時間以内ではあるものの、このまま帰れなくなったら困るだろう。水を持ってこようと立ち上がると、腕を掴まれた。思わずよろける。
「藍星」
「な……」
名前を呼ばれながら腕をひかれ、陽翔の方を振り向いた瞬間、唇に何かが触れた感覚がした。俺の目の前には陽翔の端正な顔があって、陽翔しか視界には入っていない。
いつもより、陽翔の香水の匂いが間近で漂ってくる。
キスを、されている。
それを認識した瞬間、俺は陽翔の肩を強く押した。
「は? お前、なにして」
「藍星」
名前を呼ばれて、俺は押し黙った。陽翔のチョコレート色の目がこちらをじっと見ている。あまりにも熱をもっていて、触れたら燃えてしまいそうだ。
「なん、で」
なぜ、俺をそんな目で見るのか。なぜ、キスなんてしたのか。
何も言えなくなっている俺に向かって、陽翔が手を伸ばす。俺の頬に触れる。それは、燃えるように熱かった。表情をいつもより柔らかく緩めた陽翔がゆっくりと口を開いた。
「俺は、お前のことが……」
何かを言いかけた陽翔だったが、急に力が抜けたようだった。頭がゆっくりと揺れて、机にぶつかりそうになったから、慌てて手を差し込む。
なんとか陽翔の頭が机にぶつかるのを回避し、ゆっくりと手を離した。陽翔は全く起きる様子がなく、机に突っ伏したまま寝ている。
すうすう、と寝息が聞こえてきて、俺は息を吐いた。
心臓がばくばくとうるさい。陽翔は、何を言おうとしたのか。
「酔っ払いが……」
悪態を吐いたが、きっと陽翔には聞こえていない。起きる様子がない。それすら、少し腹立たしい。
机に突っ伏している陽翔の顔を覗き込む。やはり気持ちよさそうに寝ている。整った陽翔の顔を見ながら、俺は呟いた。
「彼女が、いるくせに」
仮に陽翔に彼女がいなければ。陽翔が俺のことが好きなのだ、と考えることができただろう。しかし、違う。
陽翔には彼女がいる。美人な女性と付き合っている。俺とは性別すら違う女性と。
だから、俺のことを陽翔が好きだなんて、あり得ないのだ。
俺のことを好きでもない癖に。俺ばかりが、心をかき乱されている。それが苦しくて仕方がない。



