2時間目の授業の少し前。人がまばらにいる教室に入ると、陽翔と藤石さんが話をしていた。
それはまるで、完全された空間だった。2人の世界には、2人しかいないような。
なんか、声がかけにくい。2人がやけに遠く見えた。まあ、毎回約束しているわけではないし。
俺が適当な後方の席に座ろうとしたとき、陽翔が俺の名を呼んだ。
「藍星!」
陽翔が俺に気づいたらしい。教室中の視線が集中する。居心地の悪さを感じながらも、陽翔を無視もできないため、俺は座りかけていた後方の席から、前方の席へと向かった。
俺に気がついた藤石さんが、こちらを見ながら、軽く手を振る。
「藍星くん、おはよー」
「おはよう、陽翔。藤石さん」
2人に挨拶をして、俺は荷物を置いた。鞄からパソコンを引っ張り出しながら、ちらりと教室の時計を確認する。授業の20分前。あまりにも余裕を持った準備だ。
「2人とも、早いね」
俺の言葉に、陽翔が軽く頷いて教えてくれる。
「1限目、別の授業を受けてたんだけど、ちょっと早めに授業終わったから。この教室が空いていて良かった」
「なるほど」
自主的に早く来たわけではなく、授業の都合でそうなったらしい。納得をしながらパソコンを立ち上げていると、陽翔が俺に寄りかかってきた。相変わらず、距離が近い。
「藍星は2限目から?」
「うん。さっきまで、図書館行ってた」
首に陽翔の息がかかりそうなほど近い。なんか変に緊張する。陽翔の香水の甘い香りが届き、少しだけ心臓の音が速くなった気がした。
「藍星くん、偉いねー」
藤石さんの言葉で、ようやく我に返った。自分は、今。何を考えていたのか。良くない方へ向かっていた思考を振り払って、藤石さんに笑いかける。
「ありがとう。中間テスト近いから、すこしは勉強をしておこうかなって」
この授業は、中間テストがある科目だ。面倒くさいけれども、勉強はしておかなくては。もっと学年が上がった頃に、楽をするためにも、単位はとっておきたい。
「あれ、そういえばそうだっけ?」
「あー、忘れていたな」
藤石さんと陽翔の反応は微妙なものだった。まあ、テストに対しての姿勢は人それぞれだから、俺が偉いとか言う気は全くないけれど。直前で焦りたくないだけだし。
藤石さんが、陽翔の方を見ながら尋ねる。
「陽翔、勉強した?」
「いや、全く」
あっさりと答えた陽翔に、何も疑問を言うことなく頷いた藤石さんは、俺に向かって手を合わせてきた。
「ねえ、藍星くん。一緒に勉強しよー」
「え……」
突然の提案に、驚きの声を零すと、藤石さんはふわりと笑った。感情の読めない笑みだ。どうしよう。
俺が迷っている間に、藤石さんは陽翔に声をかけていた。
「陽翔はするでしょう?」
「ああ」
陽翔の了承まで得た藤石さんが、俺の顔を覗き込んできた。少し申し訳なさそうな顔をしながら、グレーの目でこちらを見ている。
「あ、もしかして1人の方が捗る? それなら、無理にとは言わないんだけれど」
「人に見張ってもらっていた方が捗るから俺は有り難いよ」
藤石さんに慌てて答えると、にこっと明るく笑った彼女は、楽しそうに言った。
「じゃあー、決まりっ!」
こうして、3人で勉強会をすることになった。
◆
ぱちぱちとキーボードを叩く音。ぱらぱらと紙をめくる音。近くで音がする中で勉強するのはあまりない。それでも、気が散るどころか、心地良かった。
「なあ、藍星」
俺が過去のレジュメを見返しながら、ノートに計算式を書いていると、陽翔に声をかけられた。顔を上げると、僅かに顔を顰めた陽翔と目が合う。
「ここの計算、合わない」
「え、どれ?」
「ここが……」
陽翔がノート代わりに使っているタブレットを見ようと、身を乗り出した。そのとき、間違って陽翔の手と俺の手がぶつかる。
「あ、ごめん」
「……」
すぐに謝ったが、陽翔は無言のままだ。なんか陽翔の様子がおかしい気がする。陽翔をじっと見ると、耳が少し赤くなっているのが見えた。
照れている? それは、何に?
いや、照れている、というのは曲解をしすぎか。ただ、体調が悪いだけかもしれない。きっと、そうだ。
「……陽翔? 体調悪い?」
「あ、いや、待って。ちょっと」
俺から見えない位置にふいと顔を背けた陽翔は、手で顔を覆っていて、ほとんど見えない。俺が不審に思っていると、藤石さんから声をかけられた。
「藍星くん、私も計算合わないところあるから、教えてくれない?」
「あ、うん。見せて」
「この5頁の2番なんだけど、どこが違う?」
「ああ、それは……」
自分のノートの計算式を見ながら、藤石さんに教えていると、頷きながら彼女は聞いていた。説明を終わると、彼女は花が綻ぶような美しい笑みで礼を言った。
「ありがとう、藍星くん」
「いいえ、こちらこそありがとう」
人に説明をすることで、自分の知識がより強化された気がする。俺の方が勉強させてもらっているかもしれない。
藤石さんへの説明が終わったため、陽翔の方へと視線を戻す。先ほどまでの違和感は消えていて、陽翔はタブレットに向き直っていた。
「陽翔は?」
「俺はもう少し考えてみる」
「了解」
自分で解決をする気になったのなら、俺は口を挟む必要もない。自分の席へと戻った。
陽翔の方をじとっとした目で見た藤石さんが、身を乗り出して、彼女の正面に座る陽翔の耳元で何かを呟いた。
「陽翔、貸し1」
「ああ」
残念ながら残念ながら俺まで届くことのないくらい小さな声だった。それでも、恋人同士の内緒話に口を挟むことなどできるわけもなく、俺は何も気づいていないふりをしながら、目の前の問題へと意識を戻した。
それはまるで、完全された空間だった。2人の世界には、2人しかいないような。
なんか、声がかけにくい。2人がやけに遠く見えた。まあ、毎回約束しているわけではないし。
俺が適当な後方の席に座ろうとしたとき、陽翔が俺の名を呼んだ。
「藍星!」
陽翔が俺に気づいたらしい。教室中の視線が集中する。居心地の悪さを感じながらも、陽翔を無視もできないため、俺は座りかけていた後方の席から、前方の席へと向かった。
俺に気がついた藤石さんが、こちらを見ながら、軽く手を振る。
「藍星くん、おはよー」
「おはよう、陽翔。藤石さん」
2人に挨拶をして、俺は荷物を置いた。鞄からパソコンを引っ張り出しながら、ちらりと教室の時計を確認する。授業の20分前。あまりにも余裕を持った準備だ。
「2人とも、早いね」
俺の言葉に、陽翔が軽く頷いて教えてくれる。
「1限目、別の授業を受けてたんだけど、ちょっと早めに授業終わったから。この教室が空いていて良かった」
「なるほど」
自主的に早く来たわけではなく、授業の都合でそうなったらしい。納得をしながらパソコンを立ち上げていると、陽翔が俺に寄りかかってきた。相変わらず、距離が近い。
「藍星は2限目から?」
「うん。さっきまで、図書館行ってた」
首に陽翔の息がかかりそうなほど近い。なんか変に緊張する。陽翔の香水の甘い香りが届き、少しだけ心臓の音が速くなった気がした。
「藍星くん、偉いねー」
藤石さんの言葉で、ようやく我に返った。自分は、今。何を考えていたのか。良くない方へ向かっていた思考を振り払って、藤石さんに笑いかける。
「ありがとう。中間テスト近いから、すこしは勉強をしておこうかなって」
この授業は、中間テストがある科目だ。面倒くさいけれども、勉強はしておかなくては。もっと学年が上がった頃に、楽をするためにも、単位はとっておきたい。
「あれ、そういえばそうだっけ?」
「あー、忘れていたな」
藤石さんと陽翔の反応は微妙なものだった。まあ、テストに対しての姿勢は人それぞれだから、俺が偉いとか言う気は全くないけれど。直前で焦りたくないだけだし。
藤石さんが、陽翔の方を見ながら尋ねる。
「陽翔、勉強した?」
「いや、全く」
あっさりと答えた陽翔に、何も疑問を言うことなく頷いた藤石さんは、俺に向かって手を合わせてきた。
「ねえ、藍星くん。一緒に勉強しよー」
「え……」
突然の提案に、驚きの声を零すと、藤石さんはふわりと笑った。感情の読めない笑みだ。どうしよう。
俺が迷っている間に、藤石さんは陽翔に声をかけていた。
「陽翔はするでしょう?」
「ああ」
陽翔の了承まで得た藤石さんが、俺の顔を覗き込んできた。少し申し訳なさそうな顔をしながら、グレーの目でこちらを見ている。
「あ、もしかして1人の方が捗る? それなら、無理にとは言わないんだけれど」
「人に見張ってもらっていた方が捗るから俺は有り難いよ」
藤石さんに慌てて答えると、にこっと明るく笑った彼女は、楽しそうに言った。
「じゃあー、決まりっ!」
こうして、3人で勉強会をすることになった。
◆
ぱちぱちとキーボードを叩く音。ぱらぱらと紙をめくる音。近くで音がする中で勉強するのはあまりない。それでも、気が散るどころか、心地良かった。
「なあ、藍星」
俺が過去のレジュメを見返しながら、ノートに計算式を書いていると、陽翔に声をかけられた。顔を上げると、僅かに顔を顰めた陽翔と目が合う。
「ここの計算、合わない」
「え、どれ?」
「ここが……」
陽翔がノート代わりに使っているタブレットを見ようと、身を乗り出した。そのとき、間違って陽翔の手と俺の手がぶつかる。
「あ、ごめん」
「……」
すぐに謝ったが、陽翔は無言のままだ。なんか陽翔の様子がおかしい気がする。陽翔をじっと見ると、耳が少し赤くなっているのが見えた。
照れている? それは、何に?
いや、照れている、というのは曲解をしすぎか。ただ、体調が悪いだけかもしれない。きっと、そうだ。
「……陽翔? 体調悪い?」
「あ、いや、待って。ちょっと」
俺から見えない位置にふいと顔を背けた陽翔は、手で顔を覆っていて、ほとんど見えない。俺が不審に思っていると、藤石さんから声をかけられた。
「藍星くん、私も計算合わないところあるから、教えてくれない?」
「あ、うん。見せて」
「この5頁の2番なんだけど、どこが違う?」
「ああ、それは……」
自分のノートの計算式を見ながら、藤石さんに教えていると、頷きながら彼女は聞いていた。説明を終わると、彼女は花が綻ぶような美しい笑みで礼を言った。
「ありがとう、藍星くん」
「いいえ、こちらこそありがとう」
人に説明をすることで、自分の知識がより強化された気がする。俺の方が勉強させてもらっているかもしれない。
藤石さんへの説明が終わったため、陽翔の方へと視線を戻す。先ほどまでの違和感は消えていて、陽翔はタブレットに向き直っていた。
「陽翔は?」
「俺はもう少し考えてみる」
「了解」
自分で解決をする気になったのなら、俺は口を挟む必要もない。自分の席へと戻った。
陽翔の方をじとっとした目で見た藤石さんが、身を乗り出して、彼女の正面に座る陽翔の耳元で何かを呟いた。
「陽翔、貸し1」
「ああ」
残念ながら残念ながら俺まで届くことのないくらい小さな声だった。それでも、恋人同士の内緒話に口を挟むことなどできるわけもなく、俺は何も気づいていないふりをしながら、目の前の問題へと意識を戻した。



