だってお前には彼女がいるから

 今日の授業は1人で受けていた。基本的に、授業は1人のことが多い。大学は、交友関係が広がると思っていたが、高校よりも少なく感じる。

 部活は一応入っていたが、あまり合わなくて必要最低限の活動しかしていない。同期も顔見知りではあるが、友人と呼べるほどの関係は築いていない。軽く挨拶をする知り合い以上友達未満の関係、いわゆる「よっ友」くらいだ。

 授業も終わったし、図書館にでも寄って帰ろう。俺が図書館へ歩いていると、急にリュックに衝撃があった。そんなことをしてくるのは数えるほどしかいない。ふわりと香水の匂いで、陽翔だとすぐに分かった。

「藍星」
「あれ、陽翔。授業終わり?」
「ああ、お前も?」
「うん」

 当然のように隣を歩き出した陽翔と他愛ない話をしていると、ふと何かを思いだしたように陽翔が黙った。

「陽翔? どうしたの?」
「なあ、藍星」
「なに?」

 急に陽翔の口調が強張った。どうしたのだろう。陽翔の顔を覗き込むと、俺から視線を逸らした陽翔が言う。

「映画のチケットが2枚あるんだけど、行かね?」
「俺? 藤石さんは?」

 別に俺を誘う必要はない。だって、陽翔には彼女がいるのだから。藤石さんとデートをするときに使えば良いのに。

 陽翔は少し困ったように目を伏せてから、首を振る。

「あー……、あいつは、興味ないって断られた」
「へー、何の映画?」

 陽翔から教えてもらったタイトルは、アクションやバトルが満載に入っているアニメだ。確かに興味の有無が分かれそうな気がする。藤石さんは興味ないのか。てっきり、アクション系を好きだと思っていたのに。

 まあ、せっかくのデートだったら、2人が好きなものの方が良いか。藤石さんが興味ないものに行く必要はない。そこで、ふと気になった。

「あれ? そういえば、2人はどれくらいの頻度でデートしてる?」
「……藍星、興味あるのか?」
「まあ、ちょっと気になっただけ」

 2人から「デートに行った」という話をほとんど聞いたことがない。2人とも、あまり人に言いふらす性格ではないからだろうが、それでも少し気になってしまった。

「あー、えっと、月に1回くらい?」
「へえ、少ないね」

 俺自身は恋人がいたことがないから分からないが、同じバイト先の人は週に一度は必ず行くと言っていた人もいれば、半同棲していると言っている人もいた。それくらい、恋人とは多く会うものだと勝手に思ってしまっていた。

 僅かに口元を引きつらせた陽翔が、心配そうに聞く。

「これ、少ないのか?」
「え、なんか週に1回とかいう話も聞くけど」

 陽翔に余計な心配をさせてしまっただろうか。言わなくて良いことを言った気がする。

「まあ、俺たちは大学でも会っているから」
「あ。そうか。確かに」

 2人には2人のペースがあるはずだ。余計なことを言った。後悔はあとから押し寄せてくる。

「まあ、良いだろう。俺たちの話は」

 陽翔が少し不機嫌そうに言った。不快にさせてしまっただろうか。あまり人のデート事情に首を突っ込むべきではなかった。反省。

「それで、映画行かないか?」

 改めて陽翔から誘われて、俺は考え始める。

 映画。正直、あんまり行ったことがない。幼い頃、両親に連れていってもらったくらいだ。

「うーん、映画って2回くらいしか行ったことないから……」

 映画が初心者の俺と行っても、面白くないだろう。断ろう、としたところで、陽翔が口を挟んできた。

「じゃあ、行こう。土曜日、バイト?」
「バイトは、ない」

 あれ、これは行くことになる流れなのだろうか。陽翔を見ると、彼はふわりと笑った。

「楽しみにしてる」

 どきっと自身の心臓が変な音を立てた気がする。その笑顔は、見惚れるくらいに美しいものだった。思わず、固まってしまう。それはまるで、俺と遊びにいけることが特別嬉しいかのように見える。

 この世の幸福を抱きしめているかのように嬉しそうだったから、思わずどきっとしてしまった。少しだけ早くなった心臓に気づかないふりをしながら、必死で呼吸を整える。

 いや、変な勘違いしては駄目だ。だって。

「……ああ」

 陽翔には、彼女がいるのだから。