だってお前には彼女がいるから

 別の日。俺と陽翔と翠さんの3人で、翠さんの行きつけの喫茶店へと来ていた。付き合うことになった、と陽翔が切り出すと、翠さんは特に驚く様子も見せず、満面の笑みを浮かべた。

「おめでとう、2人とも」

 偽装恋人だった相手が、男と付き合い始めた。その事実に、彼女も思うところはあったかもしれないが、それを全てないかのように微笑みながら、祝いの言葉を伝えてくれる。

「ああ」
「ありがとう、翠さん」

 陽翔が雑に頷いたのに続いて、俺は礼を言った。陽翔の返事が少し素っ気ないような気がして、ちらりと横を見る。ほんのりと赤くなっているため、ただの照れ隠しだったようだ。偽装とはいえ、元恋人に次の恋人と挨拶をする、というのは少し異様に思えて、なんだかおかしくなってきた。

 翠さんも、陽翔の照れ隠しに気がついたのか、くすくすと笑う。その後に、俺と陽翔へ何度か視線を動かしてから、にこりと笑った。

「正直、もう少しかかるかと思っていたけどね」
「え、そうなの?」

 翠さんの言葉に、俺はきょとんとした。だって、彼女は前に俺から陽翔への好意だって、全部分かっているような顔をして笑っていた。彼女のグレーの瞳で、全て見透かしているように。それなのに、時間がかかりそうというのはなぜなのか。

「ほら、陽翔はヘタレだから」
「うるせえ」
「えー、本当のことでしょう?」

 こちらを見て相変わらず柔らかい笑みを浮かべていた翠さんは、陽翔を見て、揶揄うように言う。それに陽翔は嫌そうに眉を顰めているが、本当に嫌がっているわけではなさそうだ。

 そんな2人のじゃれ合いのような掛け合いを見て、相変わらず2人の仲は良いことを実感すると共に、少しだけ良いなと思う。

 俺も、陽翔とは遠慮無く話せる恋人になりたいし、翠さんとは気を抜いて話せる友達になりたい。そんなことを考えながら2人を見ていると、陽翔のチョコレート色の瞳がこちらを見ていた。

「……ん?」
「ヘタレかも、しれないけど、嫌わないでくれ」

 そんなことを言ってきた陽翔を見て、思わず吹き出す。しばらくして笑いが収まった俺は、心配そうにこちらの様子を窺っている陽翔の頭を撫でた。

「大丈夫。俺は、好きだから」
「あいせい……」

 嬉しそうに俺の名を呼んだ陽翔は、今にも抱きつこうとしているが、慌てて制した。翠さんの前で何をしているのか。

「いいな、私も本当の恋人が欲しくなってきた」

 翠さんの言葉に、俺は内心びっくりしていた。てっきり、彼女は「恋人」に苦手意識があるのかと思っていた。だからこそ、陽翔と偽装恋人をしていたのだから。

 少しずつ、彼女の中で変化があったのか。俺が驚いているのに気がついたのか、翠さんが口元に笑みを浮かべながら言う。

「なんか、2人を見ていたら、人を好きになるのが良いことだなって思って。幸せそうだもん」

 それに俺は固まった。確かに俺は幸せだし、陽翔を好きになって良かったと思う。しかし、それを気づかれるほど表に出しているとは思っていなかった。

 翠さんにとって「幸せ」が何か、分からない。それでも、彼女にはずっと笑っていてほしいと、1人の友人として思う。

 陽翔が少し困った顔をしたから、恐る恐ると言った様子で口を開いた。

「翠、紹介するの、俺の弟で良い?」
「え、弟? どんな子?」

 陽翔と翠さんの会話が気になって、俺も話に加わることにした。

「俺も陽翔の弟のこと、知りたい」

 陽翔が言うには、弟は「家族という贔屓目をなくしても、誠実で真面目な人」らしい。ただ、「つまらない」と言ってふられたようで、現在恋人はいない。恋人募集中。

 そんな話を、3人で長時間していた。

 翠さんが陽翔の弟と会ってみるかも分からないが、選択肢の1つではあるのだろう。彼女には「藍星くんも、信頼できる人がいたら紹介して」とは言われたものの、残念ながら友達が少ない俺には協力できなさそうだ。

 3人で楽しく話せる時間がもっと続けばいいと思ったし、翠さんには心から幸せになってほしいと思う。

 陽翔のことで悩む俺に、翠さんが「大丈夫」と声をかけてくれたように。彼女が困っていたら、力になりたいと思う。