だってお前には彼女がいるから

 藍星の部屋に入ることを許されただけでなく、藍星と酒を飲めることとなった。それに浮かれていたからか、酒に酔った俺の思考は鈍りまくり、ぼんやりと過ごしていた。だいぶ酒が回っている自覚はある。ふわふわして、気持ちが良い。

 藍星と2人っきりで飲むのはこれで最後かもしれない。時間がゆっくりと流れますように。そんな祈りは届くはずもなく、時計の針は動いていく。

 永遠に続けば良いのにな。そんなことを考えたときに、ふと思う。これは、本当に現実なのか。俺の見ている都合の良い夢ではないか。そう思うと、普段は聞けないようなことを聞いておきたい。

「あいせい、好きなタイプは?」
「え? 俺? 好きなタイプ?」

 思い切って聞いてみた。困ったように笑った藍星は、目線を缶へと落とす。

「好きになった人がタイプ、かな?」
「なんだよー、それ」

 何も藍星の好みが分からない。藍星の好みに近づきたいというのに。俺が不満に思っていると、少し困ったような藍星の声がした。
 
「じゃあ、お前のタイプは?」
「……」

 俺のタイプ? それを聞かれたということはきっと夢だ。だって、藍星は俺に興味がないのだから。

 藍星を見る。透き通りそうな白っぽい肌。さらさらとした黒い髪。心配げにこちらを見ている真っ黒な瞳。中性的にも見える容姿。

 見た目はもちろん好き。それだけではない。藍星の見知らぬ人に優しくできるところも、目の前のことに真剣に向き合っているところも。寝ている状態でもいくつも出せるのだから、脳がしゃきっとしていたらもっと言えるだろう。

 俺のタイプなんて、1つずつ口にするまでもない。俺の好きは人が目の前にいるのだから。

 藍星が不思議そうにこちらを見ている。いつもより頬が少しだけ赤いかもしれない。でも、それはきっと俺の脳が都合良く改造しているだけなのだろう。

「藍星」
「な……」

 夢のくせに、驚いているのもリアルだ。あー、その表情もかわいい。全てが、好きだ。夢ならば構わないだろう。

 俺は、好きで好きで仕方がない男の唇に、自分のそれを重ねた。

 ◆

 数時間後、朝の方が近い時間に目が覚める。先ほど、自分が何をしたのかを思い出しめちゃくちゃ真っ青になった。

 謝らないといけない。しかし、バイトの時間は近づいていたため、とりあえず帰った。メールで謝罪は、あまり誠意がなく思えるから、次に会うときに謝ろう。そう思っていた。
 しかし、運が悪かったのか、なかなか会う機会はない。そして、藍星と同じはずの授業の教室。早めに待ち構えて待機をしていると、教室に来たのは藍星ではなく、翠だった。

「ねえ、陽翔。この前の話だけど」
「この前?」
「次に恋人のふりしてくれそうな人、探すって言ってたでしょう?」

 翠に言われて、はっとした。翠との約束があったことは忘れていないが、進捗は良くない。

「……もうちょっと時間がほしい」
「あ、本気で探してくれているんだ」
「それはもちろん」

 翠の方は半分冗談だったのかもしれないが、それでも俺は本気だった。

「できたらで良いんだよ。陽翔」
「ああ」

 それは分かっているが。翠の平和な大学生活を壊す以上、最低限のフォローはしておきたい。誰か信頼できる人、そして翠の偽装恋人に乗ってくれそうな人。

 俺が考えていると、翠が揶揄うように尋ねてきた。

「それなら、藍星くんは?」
「は? 藍星は駄目だ。絶対に」

 優しい藍星なら、翠との偽装恋人に協力するかもしれないが、偽装だとしても嫌だった。ただの俺の我が儘。それは分かっているが、咄嗟に口から否定の言葉が出ていた。

 そんな俺を見て、ぱちりと瞬きした翠は楽しそうに笑う。

「あはは、冗談だよ」
「勘弁してくれ……」

 心臓が嫌な音を立てている。だって、翠が本気で藍星を狙いにいけば、俺になんて勝ち目はないんじゃないか。

「でも、正直藍星はお前のタイプだろ?」
「うん。陽翔よりタイプ」
「お前な……」

 正直な言葉に俺が脱力すると、翠は楽しそうにくすくす笑う。

「えー、でもそろそろ本当の恋人作ろうかな」
「本当の恋人?」
「うん。私のことを一途に愛してくれて、裏切らない人」

 本気なのか、冗談半分なのか。本当に恋人を探すなら、自分でしっかり探した方が良いと思うが。翠はいたら紹介して、と言ったから、多分本気なのだろう。

 俺と翠が別れたという話を外でするには、まだ時間がかかりそうだ。

 ◆

 藍星に、避けられている。それに気がついたとき、顔面蒼白になった。

 今までの自分の行動を思い出す。これは避けられるだろう。だって、俺は酒に酔っていたとはいえ、キスをしてしまったのだから。

「……キス」

 考えるだけで、かっと顔が赤くなる。すぐに、首を振る。駄目だ。勝手にキスをしといて、なんで勝手に浸っているのか。いや、でも、藍星とキス。

 そこで、ひやっとした感覚が俺の心に触れる。いや、避けられている原因、絶対それだろ。もしかしたら、他にもあるかもしれないけれど。

 不快にさせただろう。嫌いになられたかもしれない。

 まず、なぜ避け始めたかを聞いて、それでちゃんと謝ろう。

 ◆

 藍星とやっと会話をすることはできたものの、俺は勢い余って告白をしてしまい。藍星は何を思ったのか、そのまま逃げ出してしまったのだ。

 全てが下手くそな自分に嫌気がさしながらも、問題を1つずつ解決していくしか俺にはできない。告白をしてしまったものは仕方がない。まず、藍星を探すことから。

 ふと、藍星の言葉を思い出す。

『お前は彼女がいるのに、キスをしたんだよ?』

 そうだ。藍星の視点からは、そうなるだろう。では、その前提が違うとしたら? 彼女がいないとしたら?

 俺は走って藍星を探しながら、携帯電話を取りだした。そのまま翠へと連絡する。

『もしもし』
「翠、俺達が本当の恋人じゃないって話、藍星にしていいか?」
『え? してなかったの? してないのに、あんなに誘惑まがいのこと、してたの!?』
「おい、誘惑まがいって何だよ」
『え? 藍星くんが教室に来たら、すぐに自分の近くまで呼び寄せるし? めちゃくちゃ近い距離で微笑んだり? それから……』
「一度、ストップ。その件はあとでゆっくり聞かせてくれ。今は急ぎで話していいか駄目か、教えてほしい」
『良いよ。藍星くんは、大事な友達だもん』
「……ありがとう」

 電話を切った俺は、再び藍星を探して走り始めた。

 告白をした場で藍星に言ったとおり、俺は最低な人間だ。偽装とはいえ、彼女がいる状態でキスをしたのだから。さらに、混乱している藍星に追い打ちをかけるように告白をした。

 むしろ、もう何も恐れるものはない。正直に全部を話して、謝る。それくらいしかできないのだ。

 ◆

 藍星をよく行くカフェへと連れていくことには成功した。藍星の表情は、完全に無だった。怒っているのか、不快に思っているのかすら分からない。そんな藍星に、悩みながらも偽装恋人のことを説明した。

 一瞬、目を見開いた藍星だったが……驚いている藍星もかわいい、ってそうじゃなくて。なぜか納得をしたような顔をされた。そんなに分かりやすいつもりはなかったが、藍星には勘づかれていたようだ。

「……今すぐに、答えられない」

 好き、と言った俺への返事は、想像とは全く違うものだった。藍星からなら、拒絶だって受け入れる覚悟はしていた。それなのに、まだ希望を捨てさせないでいてくれるのは、藍星の優しさか。

 あるいは、藍星の中で、俺は「友人」以上になり得るからか。

 それなら、俺は藍星から好かれるように努力するのみ。好きになってもらえなかったら、苦しいけれども、仕方がない。俺が、一生片思いでいるだけだ。

 ◆

 そこからもいろいろなことがあったが、何よりも俺が嬉しかったのは、藍星が俺のことを覚えていてくれたこと。

 藍星が受験前に助けてくれたことを覚えていてくれたというのは、嬉しくもありながら少し恥ずかしい。しかし、格好悪いところなんて散々見せまくっている今、もう本当に恐れるものはない気がする。

 目の前にいる藍星のことをじっと見つめる。不思議そうにこてりと首を傾げた仕草に、ぎゅうっと心が掴まれた気分だった。

 俺のヒーロー。俺の救世主。そして、俺の大切な友人であり、特別な人。ああ、本当に好きだ。

 たとえ、藍星は俺のことを「友人」だとしか思っていないとしても。俺はずっと好きなのだろう。