だってお前には彼女がいるから

「はあ、はあ」

 俺は、大学の近くにある公園に駆け込んだ。昼間の公園には人が全くいない。がらがらの公園で、俺は木の下にあるベンチへと座った。

 心臓を押さえながら、ゆっくりと呼吸を繰り返す。

 これほど全速力で走ったのはいつぶりだろうか。ばくばくと心臓がうるさいのは、走ったせいだ。絶対に。そうでないと困る。

 何とか息を整えたあと、乱れた自身の髪に手で触れながら、俺はぽつりと呟いた。

「なんで……。いや、それよりも、なんて言った……?」

 先ほどの陽翔が脳の中に映像のように浮かんでくる。

『俺は、お前のことが好きだ』

 俺の目を真っ直ぐに見つめながら、陽翔ははっきりとそう言っていた。

 いつもより少し上ずった声。上気していた頬。熱っぽい目。何をどう見ても、冗談を言っているようには思えなかった。

「……まさか、どっきり?」

 一瞬俺が騙されているということを疑うが、陽翔はそんな適当な冗談を言う人間ではないはず。

 ……いや、俺の認識ではそうだけれど。俺の知らない陽翔がいるかもしれない。そう考えると、分からない。どこからどこまでを信じていいのか。

「俺のことが、好き? 藤石さんがいるのに?」

 陽翔に藤石さんという彼女がいなければ、すんなり受け入れられたと思う。だって、嘘をついているにしては真剣だったから。

 しかし、陽翔には可愛くて完璧な彼女がいるのだ。その時点で、俺のことを好きなんて、質の悪い冗談にしか思えない。

 俺はベンチの背もたれに身を預けて空を見上げた。雲があまり見えず、どこまでも青が続いていそうな空。

 こんな風に、俺の心のもやもやが晴れたらどれだけ良いだろうか。俺の心は、ずっと雲がかかっているようにぐちゃぐちゃなのに。

 これも全部全部、陽翔のせいだ。行き場のない怒りを全て陽翔に押しつけて、俺は深いため息を吐いた。

「陽翔。俺にはお前のことが分からないよ……」

 俺の中の混乱は簡単に静まってくれない。それでも、藤石さんへの罪悪感だけは心に広がった。藤石さんは、知らないだろう。俺が陽翔とキスをしたことも、俺が陽翔へ好意を持ち始めていることも、全部。

 折角友達になれた人間を傷つけてしまうのか。

「あー、難しい」

 友達になれたと思っていた陽翔とは、絶対友達へとは違う気持ちを抱いてしまっている。同じく友達になれたと思っていた藤石さんには、裏切り行為をしてしまっている。

 俺自身の人間関係の構築の下手さが出てしまっている気がして、俺は顔を手で覆った。昔からこんなに下手だっただろうか。

「……どうしよう」

 考えることが多い。何から考えたら良いか分からない。しかし、このままごちゃごちゃ考えていてもきっと思考は進まない。

 仕方がない。帰ろう。それで、頭を空っぽにしながら本でも読もう。

 俺はリュックを背負って立ち上がった。この後、本屋によって、そのあと家でのんびりしよう。そう決めて、歩き始めたとき。

「藍星!」
「……え」

 後ろから腕を掴まれた。驚いてふりむくと、息を切らした陽翔が立っていた。

「ちゃんと話をしたい」

 俺は困惑をしながらも、陽翔を見た。額や首元に汗が滲んでおり、相当走って探していたのが伝わってくる。

 それでも、今は気分を変えようと動き出したところだ。1人でゆっくりしたい気持ちもある。
 
「今から?」
「藍星が良ければ、今から」

 どうしようか。少しの間考えてみるが、断る理由なんて、俺自身の気分くらいのものだ。たいした理由ではない。

 ちらりと陽翔の方を見る。あまりにも真剣にこちらを見つめているから、断る言葉が出てくる気がしなかった。

「紅茶を一杯、飲み終わるまでなら」

 カフェかどこかで、紅茶を注文してから飲みきるまでの時間だったら話を聞く。迷いながらも暗にそう告げると、しっかりと意図は伝わったようで陽翔がほっとしたように頬を緩めた。