だってお前には彼女がいるから

 次の日から、俺は2人のことを避け始めた。授業はぎりぎりの時間に教室に滑り込むようにしていたし、2人がいそうな場所にはできるだけ寄らないようにしていた。

「あ、藍星……」
「ごめん、ちょっと急いでいて」

「あ、藍星くん」
「藤石さん」
 
 そうやって、声をかけられても2人を避ける生活がしばらく続いた。優しい2人は声をかけてくれることもあったが、俺はやんわりと、でも確実に避けていた。

 しかし、そんなのは簡単に気づかれてしまったようだ。俺が帰ろうとしたとき、にこりと笑った陽翔が俺を待っていた。

 それは想定内でもある。優しい陽翔のことだから、このまま知らないふりをして見逃してくれるとは思わなかった。

 軽く手を振っている陽翔に、俺は何とか笑みを使って手を振った。

「藍星」
「なに? ちょっと用事が……」

 じわじわと近寄ってくる陽翔から逃げようと目を逸らすが、陽翔は逃す気はないらしい。俺の目の前まで来た陽翔に、恐る恐る視線を戻したが、焦げ茶色の瞳が全く笑っていなかった。

 俺の目の前に立った陽翔は、軽く首を傾げた。俺はうっと息を呑む。なんか怖い。イケメンが口元だけで綺麗に笑うと、こんなに怖いのか。

「何の用事だよ」
「それは……」

 目の前からの圧が強い。嘘をついたら、全てバレる気がする。陽翔の目を見ていられなくて、目を逸らした。

「ちょっと勉強で忙しくて」
「なんの?」
「……」

 勉強を何もしていないわけではないから、何とでも言えるはずなのに、声が出なかった。それは、陽翔たちへの罪悪感か。ここで上手く誤魔化さないといけないのに、頭の中でぐるぐると言い訳候補が回るだけで、言葉にならない。

 数秒間の沈黙で悟る。これは、もう誤魔化せなかった。

 陽翔はそんな俺の嘘を見逃す気はないらしい。一瞬で笑みを消した陽翔が、じっと俺を見てくる。

「なんで、避けんの?」
「いや、それは……」

 思わず口ごもる。さきほどの笑みも怖かったが、無表情はもっと怖いかもしれない。嘘を許されない空気に、俺は誤魔化しの言葉を探す。

 焦げ茶色の瞳を俺から一切逸らさない陽翔が、静かな声で尋ねてくる。

「俺のこと、嫌い?」
「いや、そうじゃないけれど……」
「嫌いじゃないなら、避ける必要ないよな?」
「……」

 俺のはっきりとしない言葉に、陽翔は間髪入れずに言ってくる。

 言えない。言えるわけがない。嫌いだからではなく、僅かに恋心が芽生え始めたからこそ、避けているなんて。

「誰かに何か言われた?」
「いや、何も……」

 目を伏せた俺を見て、陽翔がふっと笑う気配がした。その表情を見たい気もしたが、怖くて目線を上げられない。

 すると唐突に俺の視界に陽翔が入ってきた。わざわざ床に膝をついてまで俺の視界に入ってきた陽翔を見て、俺は思わず目線をそちらに向けた。

「藍星」
「……は」

 陽翔の声も表情も優しかった。透き通るような焦げ茶色の瞳を僅かに揺らしながら、陽翔は静かに口を開いてきた。

「教えて。お前が嫌な思いをしたのなら、全部直すから。誰かに何かを言われたなら、何も言わせないようにするから。だから、頼む。俺から、離れようとしないでくれ」

 思わず俺は息を呑んだ。まるで、俺の言葉で全てが決まるかのような、陽翔はそんな不安げな表情をしている。

 分からない。陽翔が、何を考えているのか。分からない。

「なんで、俺にそんなことまで言うの?」
「それ、は……」

 陽翔の動揺がはっきりと見えて、俺は息を呑んだ。珍しい。先ほどまでは全く動揺していなかったのに、何を気にしているのか。

 陽翔のこと、分からないだらけだ。それでも、陽翔が正気ではなさそうなのは分かった。きっと、悪い冗談だ。薄らと笑みを浮かべた俺は、ゆるゆると首を振った。

「そんな告白みたいなことを言うの、やめて」

 虚を突かれたように目を見開き、感情がよく読めない顔をしている陽翔を見ながら、俺はきっぱりと言った。

「だって、お前には彼女がいるんだから」