可愛かった幼なじみが、逃がしてくれない。

第九話 祭り





 「いいねえ、二人とも、すっごく似合ってる!」
 朱里ちゃんが両手を叩いて喜んでいる。その顔を見られるのは嬉しいけれども、初恋の隣のおねえさん、に浴衣の着付けをしてもらうのは、なんとも複雑な気分だ。
 地元の祭りがあるから、帰る前に寄って行けば、と互いの両親(と朱里ちゃん)に強く説得された俺と玲央は、ついでに浴衣を着るのもゴリ押しされ、美容師である朱里ちゃんに、二人揃って着付けをしてもらった。玲央の家には和室があり、大きな姿見の前で、こうして着付けをしてもらうのは、七五三の時以来だ。あの頃は、朱里ちゃんではなく、おばさんだったけれど。
 朱里ちゃんが選んでくれた浴衣は、紺色の生地に、白と金で花火の模様が描かれているものだった。帯は赤く、地味すぎないのが気に入っている。
 パシャ、とシャッター音がして顔を上げると、玲央が、真顔でスマホを俺に向けていた。
「いや、何」
「記念に」
「じゃあほら、ふたり一緒に並んで並んで」
 朱里ちゃんに急かされて、仕方なく鏡の前でふたりで並ぶ。
 玲央はと言うと、濃いグレーの生地に、薄く縦縞が入っていて、無地の帯を身に着けていた。シンプルだからこそ、元の素材の良さが引き立っていた。
 並んで立つと身長差が浮き彫りになって悔しい。小さい頃は、俺の方が高かったのに。
 ちらりと視線を横に流すと、優しげな顔で俺を見つめる玲央と目が合って、慌てて逸らす。
 ――こんな表情も、知らない。
「はーい、撮ってるからねー。笑顔笑顔」
 そんな雰囲気を知ってか知らずか、朱里ちゃんが促すから、ぎこちなく笑った。
 髪の毛を上げるために朱里ちゃんが至近距離でピンを留めてくれたときよりも、なんだかドギマギしているのには、気付かない振りをする。





 素足に履き慣れない下駄を履いて、祭りの会場へと足を進める。近所の神社の境内で行われるから、十分に歩いて行ける距離だ。
 空を見上げると、夕焼け色が徐々に藍色に変わり始めて、一番星が煌めいていた。
「要、見て」
「ん?」
 隣を歩く玲央が、触っていたスマホの画面を、俺の目の前に差し出してくる。
 足を止めて見ると、そこには、さっき撮った二人の浴衣姿の写真と、『神???』『二人とも似合いすぎ』『ありがとうございます』『解釈一致』と言ったコメントがずらりと並んでいる玲央のSNSの画面が表示されていた。
「やっぱり、似合ってるって」
「いやなんで上げてんの!?」
「最近何も上げてないから、そろそろ上げた方がいいって鳴海センパイが」
「流石だな勇斗!?」
 傍にいなくても指示を出してくる敏腕プロデューサーの顔を思い出して嘆息する。
 スマホをしまう玲央の横顔がなんだか上機嫌だから、それ以上は言わないことにした。



 「うわ、すげー人」
 祭りの会場に一歩踏み入れると、普段どこに隠れているんだ、ってぐらい、人で賑わっている。
 屋台の種類も豊富で、おかず系、スイーツ系、遊び系と、お手本のような並びで、向かい合って出店されていた。
 浴衣の人、甚平の人、普段着の人。お年寄りから子どもまで、みんなこの特別な日を楽しんでいる。
 小さい頃も、玲央と一緒に来たことがある。
 その時は世界が狭くて、年に一回のこのお祭りが、本当に特別なもののように感じていた。
「要、」
「うお」
 人混みに流されそうになるのを、玲央が肩をぐいっと引き寄せて留めてくれた。
 とん、と抱き留められて、不意打ちの近さに息を飲む。
「な、何食う!? やっぱ焼きそば!?」
「たこ焼き、リンゴ飴、かき氷、とうもろこし……」
「いや食いしん坊かよ!」
 淡々と告げられるお決まりの食べ物たちに思わず突っ込むと、玲央が微かに笑った。
 その顔を見て、覚悟をする。
 今日のこの祭り、楽しんでやろーじゃん!!





 幼い頃に来たときと同じように、かき氷は、値段を払えばセルフサービスで好きなシロップをかけ放題することができる。ブルーハワイ、いちご、レモンといった定番のフレーバーから、コーラ、日向夏、青汁といった一風変わった味もある。俺はレモンといちごをダブルで掛けて、上に練乳もたっぷりかける。玲央は、シンプルなブルーハワイ一色を選んでいた。
 かき氷をしゃくしゃくと食べて、色が変わった舌を見せ合い、スーパーボールを掬って、玲央が射的で大きなクマのぬいぐるみを当てた。
 俺はいいと言ったけど、玲央がくれるというので、そのクマを抱きながらこの後上がる花火の穴場に向かおうとしたときだ。
「あれ、深瀬じゃね?」
 不意に、玲央の名を呼ぶ声が聞こえて、足を止める。
 数人のグループで、同い年ぐらい……、いや、見覚えがあるぞ。
「どうも」
「つーか、隣の……浅倉?」
「マジ!? あのガリ勉君?」
「高校で東京行ったんだろ、戻って来たのかよ」
 最悪だ。
 私服姿の男たちは、俺をじろじろ見ては、笑っている。
 こういうのがあるから、地元には戻りたくないんだ。
 俺は心当たりがないけれど、中学の時の同級生なんだろう。
 玲央は中学の頃もモテていたし、高校から一気に背が伸びて、存在感が更に大きくなったと実家の母親から聞いている。
「あは、久しぶりー?」
「すげえチャラくね?」
「大学デビューかよ」
「やっぱ遊んでんの? つか、遊べんの? あのガリ勉君が」
 コンビニバイトで培った百パーセントの愛想笑いを浮かべるが、ぐいぐいと突っ込んで聞いてくる彼らは遠慮がない。
 残念だけど、こちとら、一人のことすら覚えてない。
 中学の頃なんて、黒歴史もいいところだ。
 黒髪でメガネ、早く地元を出たくて勉強しかしていなかった。
 そして玲央のことも、煙たく思っていた。
 なんでも出来るくせに、俺のことを慕ってくるところとか。
 そのせいで、優等生でいなきゃいけないプレッシャーとか。
 ああ、くそ。思い出したくもないのに。
 ニヤニヤとした笑みを見て奥歯を噛み締め、一刻も早く立ち去りたいと思った時、不意に、ぐいっと腕を掴まれた。
「要」
「玲央?」
「花火、始まるから」
「お、おう。そ、そういうわけだから。じゃあなー」
「えっ、なんで二人で見んの?」
「せっかくだから東京の話色々聞かせろよ」
「あは、ごめんねえ」
 玲央は俺の腕を掴んだまま、ぐんぐん歩き出す。
 俺はひらひらと手を振って、まだ何か言いたそうな彼らから、離れていく。
 彼らの姿が見えなくなって、やっと、一息つけた。





 そういえば、小さい時にも、同じようなことがあった。
 子ども用の甚平を着て(俺は臙脂色で、玲央は藍色だった)、ふたりで手を繋いで祭りを歩いていたときだ。
 金魚すくいで金魚が掬えて、玲央が嬉しそうに金魚の入った袋を持っていると、『あっ、レオだ』と前方から来た、玲央の知り合いらしい同年代の子に声をかけられた。その時も、向こうは三人組だった気がする。
『おまえ、カナメの金魚のふんだよな』
『金魚、お似合いじゃん』
『ふんの方だけどな!』
 ぎゃはは、と笑うのが品がなく、ブチッと俺の中で何かがキレた。
『行こ、玲央』
『かなめ』
『つるむしか能がねーヤツらより百倍マシだかんな!』
 べ、と舌を出して、更に言えば中指を立てるなんて品のないことで仕返しをし、玲央の手をぎゅっと握って、走って逃げた。
 その後、玲央が余計いじめられるんじゃないかと我に返って心配になったが、小学校でも授業以外は俺と一緒にいることで、目をつけられることはなくなったらしい。
「あの頃と逆になっちゃったな」
 気付いたら、玲央に腕を掴まれたまま、人の気配のないところまで来ていた。
 境内の中でも、林になっているところで、祭り会場からの光が、辛うじて辺りを照らしている。
「随分頼りになっちゃってー」
 ぽんぽん、と褒めるように肩を叩き、あえて軽口を叩くと、とん、と背中に木の幹の硬さを感じて瞬いた。
 気がついたら、玲央に、木の幹に押しつけられている。
「れ、玲央?」
「要が東京行った理由って、あれ?」
「うえ?」
 影ができて、思わず間の抜けた声が出た。
 玲央の顔が、近い。珍しく、その声が硬くて、怒っているようにも聞こえた。
 あれ、っていうのは、さっき出会った同級生たちを指しているんだろう。
 誤魔化すように、顔を背ける。
「こ、ここでは演技しなくていいんじゃねーの」
「演技じゃないよ」
「へ?」
 ハッキリと断言する玲央に、更に距離を詰められる。
 間近で見ると、睫毛の長さと、整った瞳の形に目を奪われる。
「要、鈍すぎ」
 俺の顔を見て、ふっと笑う玲央の表情は、初めて見る顔だった。
 幼い頃の面影もありつつ、大人の男としての色気みたいなものも感じてしまって、無意識のうちに息を飲む。

「――小さい頃から、あんたのことが好きだった」

 ひゅーどん、と、遠くから、花火が打ち上がる音が聞こえる。
 少し遅れて、夜空には色とりどりの模様が描かれ、玲央の顔が、その光に照らされる。
「ずっと一緒にいると思ったのに、勝手に東京行って――高校三年間、どんだけ必死だったと思ってんの。やっと捕まえたんだ、もう逃さない」
 玲央は、花火ではなく、俺のことを見つめている。
 逸らしたいのに、逸らせない。
 花火に照らされた玲央の黒い瞳に映る俺の顔は、戸惑っていた。
「いやっ、玲央、落ち着け」
「俺はずっと落ち着いてる」
 玲央が、片手で、俺の頬に触れてくる。小さかった手は、いつの間にか、骨張って硬くなっていた。
「要は、いつまで逃げてるの」
「――にっ、逃げてねーし!」
 玲央の顔が近付いて来る。
 反射的に、玲央の肩を押して、引き剥がした。
 あと少し動くのが遅かったら、唇同士が触れ合っていた。
「逃げてねえからな!!」
 捨て台詞のように大声で言って、俺は、逃げたんだ。
 花火がドンドンと打ち上がる中、浴衣が着崩れるのも構わずに、走って走って、実家に帰った。



 ――くっそ、ずるいだろ!



 目を瞑ると、至近距離の玲央の顔を思い出してしまって、心臓がバクバクうるさくなる。
 こんな気持ち、知らなかった。