可愛かった幼なじみが、逃がしてくれない。

第六話 広まる




 朝起こされ、朝飯を一緒に食べて、大学まで向かって別れた後は、昼を一緒に食べて、午後の授業を受け、玲央のバイトがないときには一緒に寮まで帰る。
 水族館に一緒に行った後も、気がついたらそんなルーティンで日々が回っていたが、俺も俺の周囲も、当たり前のように受け入れてしまっていた。
 その日も、五限の授業が終わって教室を出たら、廊下で玲央が待っていた。
 四月当初は、長身イケメンの玲央の存在にざわついて、特に女子たちが周囲を取り囲んでいたけれど、どれだけ攻めても落ちない難攻不落の男というレッテルが貼られ、今ではほとんどの子が遠巻きに見ているだけとなった。
「要」
 スマホを見ていた玲央が顔を上げ、目が合うと自然に笑いかけられる。
 ――難攻不落の男、ねえ。
 ぶんぶんと尻尾が振られる幻覚が見えた気がして目を擦り、そのまま、玲央と並んで大学を後にした。
「あ、要じゃーん」
 新しいゲームだとか最近気になる配信だとか、とりとめのない話をしながら並んで寮へと戻ろうとすると、明るい声が聞こえて足を止める。
 視線をやると、コンビニの常連であるギャルの姿があり、「ちっす」と軽く頭を下げた。
「今日シフト入ってる?」
「もうちょい後に」
「マジ? 遊び行くわ~」
 長い金髪の巻き毛をくるくると指先に巻き付け、ヘソを出した露出の高い格好をしたギャルが近付いてくると、甘ったるい香水の匂いがする。
 そのまま、俺の隣に立つ玲央を見つけると、距離を詰めてじっと見上げた。
「ってか何?! 超絶イケメンじゃんヤバ!」
「あは、よく言われる~」
「要じゃないって! こっち!」
 困るであろう玲央を見かねて軽口を叩くと、ギャルが、珍しいお宝でも見つけたように玲央の腕を掴んで鼻息荒く言った。
「こんなイケメンの知り合いいるなら紹介してよ~! 名前は? いくつ? 彼女いる? 今夜暇ぁ?」
 大きな胸をぐっと寄せるように両手を胸の前で交差して、ギャルは上目遣いで玲央を見る。
 玲央はぱちぱちと瞬いて、緩く首を振った。
「彼女はいない、暇じゃない」
 名前と年齢は言わずに淡々とそれだけ言って、玲央は冷静に、身を寄せているギャルの肩をそっと押して距離を作る。
「行こう、要」
「お? おう、」
 代わりに俺の肩を抱いて引き寄せると、少し強引に、ギャルから離れて歩き出した。
 後ろを振り向いて様子を見る。
 ギャルはぽかんと口を開けて俺たちを見送ってから、「えっ、え、ちょっ、」と、戸惑っていた。
「要と付き合ってるってこと!? やだぁ、もう、教えてよねえ!」
 パシャパシャパシャ。
 片頬に手を当てて何故かテンションを上げたギャルが、寄り添う俺たちの背中を、スマホで連射する音が聞こえてくる。
 玲央が俺の肩を掴む手にやたら力が入っている気がして、俺は何も言えなかった。
 ――そう。
 何も、言えなかったんだ……。







 「浅倉、これマジ?」
 寮に入るまで、玲央は無言だった。初めて感じる気まずさになんとも言えずに、「じゃバイト行って来るわ」と寮を出て、シフトの時間より早めにコンビニに着いた。スタッフの控え室に入って「おなしゃーす」と休憩中のバイト仲間に挨拶をしながら、Tシャツの上に制服のシャツを羽織ったときだ。
 バイト仲間であり、大学のセンパイのシンさんが、電子タバコをふかしながらスマホの画面を見せて来た。
「え?」
 そこには、ギャルの子の名前と写真のアイコン。そして、
『イケメンふたりの熱愛目撃やばたん☆ #熱愛報道 #ぴえん #お似合いのふたり #イケメン分けて』
と、軽い調子で付けられたコメントが乗っかっている。
「な、なんすかそれ」
「お、もう三百いいね」
「何その拡散力!?」
 俺と玲央があの子と会ってから、一時間も経っていない……。
 その瞬間もどんどん数字が増えて行っているのを目の当たりにして、ごくりと息を飲んだ。
「どういうことっすか」
「そのまんまっしょ、おまえが男といるところが拡散されてる。そういや、こいつ、浅倉がシフトのときしか来ねえよなー」
 そういうことだったのか、と改めてスマホの写真を見ながらのんびり呟いているシンさんに、「いやいやいやいや」と慌てて首を横に振った。
「付き合うとかねーっす!」
「マ?」
「マ!!」
「んでも、社会的には付き合っちゃってるよ、おまえら」
 また、シンさんはスマホを見せてきた。
 それは、ギャルの投稿のコメント欄だ。
 『イケメンふたりが付き合うとか最高』『もったいない』『あたしも付き合いたい~!』『難攻不落のウワサは一体』『彼女はいないってそういうコト!?』と、無責任な言葉がずらずらと流れている。
「ネットこええ……」
「落ち着くまで二人で会わない方がいいんじゃね」
 シンさんは、心底興味なさそうだが、冷静にアドバイスをしてくれた。
 ギャンブル漬けで女好き、休憩中は常にタバコを吸っているろくでなしのセンパイだが、こういう時には頼りになる。
「うう、そーします……」
 がっくり項垂れて、「行ってきやす」と頭を下げて控え室を後にする。
 人の噂も七十五日、ネット社会じゃきっと三日。興味を持たれるのも、失われるのも、あっという間のはず。




 二人で会わない方が良いと言われたって、俺たちは寮が同じで、学校も同じだ。加えて相手はあの玲央で、一人になんかさせてくれない。
 ギャルにウワサを拡散されたことを知っているのか知らないのか、玲央は何一つ変わりがなかった。
 朝起こしに来るし、朝食も昼食も一緒に食べる。学食で向かい合って食べていたら、いつもよりも遠巻きに見られている気がした。
「ねえねえ、やっぱ二人って付き合ってんでしょ?」
「超有名じゃんヤバくね?」
「わーお」
 日替わりランチの生姜焼きをご飯と一緒に頬張っていると、前も絡んできた男女二人組が、スマホを片手に声を掛けてきた。
 明らかに面白がっている声色に、半眼でそう返すしかない。
 画面には、昨日よりも増えたハートとコメントの数が映し出されていた。
「それは誤解ですー」
「じゃあ否定声明とか出した方がいんじゃね?」
「ってか、個人特定されてるから、真面目に気をつけた方がいーかも」
 二人は声を潜めて言い、新たに別の画面を見せてくれた。
 そこには、カフェエプロンを身に付けた玲央が、接客をしている写真が映っている。それも、ハッキリくっきりと。
 さらにコメントがついていて、『駅前店じゃん』『あそこに行けば会えるの!?』『略奪自信アリ』などと、無責任な言葉が並んでいる。
「ね、ネットこえー……」
「元の投稿は一日限定だからもう消えてるけど、それ見た他の人がどんどん拡散して回ってるから増える一方なんだよね」
「俺たちなんにもしてないのに……?」
「イケメンはつれーよな」
 どんまい、と、男の方が肩を叩いてきて、女子は笑って「無理しないでねー」と軽く言って手を振って、仲間たちの元へと去って行く。
 その間も玲央はもぐもぐと唐揚げ定食を食べていた。
「おまえは何もねーの、危機感とか」
 明らかに、俺よりも玲央の方が、煽られている。
 頬杖をついて目の前の幼馴染を見ると、目が合った。
 黒い瞳でぱちりと瞬く仕草は、幼い頃を彷彿とさせる。
「俺は……」
 何か言いかけて、玲央は、お茶を一気に飲み干した。
「今日、バイト」
「は?」
「先帰ってて」
「おう?」
 質問の答えになっていないことを言って、玲央は、「ご馳走様でした」と手を合わせる。
 つられて俺も手を合わせつつ、妙な違和感に首を傾げた。
 いや、ひとりで帰れるのは、有り難いんだけど。







 授業が終わった後、ひとりで寮に帰って久々に夜遊びでもするか、と思っていたんだ。
 思っていたのに――気付いたら、駅前のカフェに足を踏み入れていた。
 バイト中の勇斗が気付いて出迎えてくれて、無意識のうちに、黒いキャップを深く被り直す。
「なんでそんなこそこそしてんの」
「いやっ、べつに」
「あー、あれ?」
 俺の様子に勇斗が首を傾げ、誤魔化そうとする前に、勇斗は店内の一画を親指で指し示した。
 そこには、女性客に囲まれている玲央がいる。
 最初の頃のように慣れずに困っている様子はなく、微笑みさえ浮かべて、丁寧に接客している姿を見て、小さく息を飲んだ。
「SNS効果サマサマっつーの? 昨日から深瀬目当ての客爆増よ」
「すげーな」
「おまえも行ったら更にバズんじゃね?」
「絶対無理」
 カウンター席に座り、頼んだカフェオレを手渡してもらいながら首を横に振る。
 ここに俺が顔を出したら、火に油を注ぐようなものだ。
 カフェオレをちびちび飲みながら、女性客に囲まれている玲央を見る。
 スマホを掲げられてパシャパシャと連射され、自撮りのツーショットまで撮られている。
 見かねた勇斗が助け舟を出すべく動き出したとき、玲央が顔を上げた。
 視線が、絡む。
 次の瞬間、いつも俺と目が合うとくしゃりと笑っていた男は、ふい、と、顔ごと視線を逸らした。
「は?」
「あ、振られた?」
「は????」
 思わず、声に出ていたらしい。
 勇斗の軽口をスルーできずに声が一段階低くなった。
「今のままなら、深瀬に彼女が出来るのもすぐじゃね」
「え?」
「おまえ、それが目的でバイト勧めたんだろ」
 そうだ。
 カノジョができたら、俺への執着が薄れて、俺も玲央も、お互いハッピー。
 そんなシナリオを描いて、このカフェのバイトに、玲央を押し込めた。
 まさに今、玲央は、ネット世界含めて女性陣から注目の的になっている。
 つまり、俺がハッピーになる世界線が、近付いて来ているんだ。
「――帰る」
「要」
「ごっそさーん」
 すく、と立ち上がって、礼だけ言って歩き出す。
 勇斗は俺を止めたがっていたけれど、このままここにいると、無性に胸をかき乱されそうで、いやだった。
 店を出るときには、玲央の方は、努めて見ないようにした。
 きっと、あいつは今も笑っている。








 ――一方、店内にて。
「要は、」
「帰ったよ」
「そ、っすか」
「おつかれさん。大変だったな」
「いや、自分にできることはこれぐらいっすから」
「おまえらさー……ほんと、不器用だよな」
 勇斗が深いため息を吐きながらグラスを洗っていることを、要が知ることはない。