第五話 出かける
結局、水族館まで来てしまった。
お互いバイトも授業もない休日の午後、指定された時間に着くように電車に乗って、話題になっている水族館の前へとやって来た。
寮から一緒に出るのは流石に気まずくて、「ちょっと用事あるから先行ってて」と玲央に頼んだ結果が、この待ち合わせだ。
ホテルや商業施設が軒を連ねる、駅チカの水族館は、親子連れやカップルで賑わっている。
待ち合わせらしき人の姿もちらほらと見受けられて、周囲を見渡すと、探さなくても見つかる黒髪長身の整った顔の男。
案の定、若い女の子たちに囲まれて、当然のように逆ナンを受けている。くそ。
このまま帰っても気付かねーんじゃねえかな、と思って踵を返そうとした直後。
「要!」
大きな声で名前を呼ばれ、びくりと足を止める。
そろりと後ろを振り向くと、ぱあ、と眩しい笑みでこっちに向かって走り寄ってくる玲央の姿がある。
「あーごめんな、待った?」
「いや、今来たとこ」
「ウソつけ」
「ちょっとウソだけど、でも大丈夫っす」
素直か。
いそいそと早めに寮を出て行ったのは知っている。玲央を囲っていた女子たちが、「待ち合わせ?」「やだお友達もイケメン」と頬を染めているのに気付いて、なんとなく、腕を伸ばして玲央の髪に触る。普段は何も気にしていないくせに、分け目を作っているのに気がついたからだ。
「生意気」
と片目を細めて言ってやると、何故か玲央の顔が赤く染まった。
なんでだ。
思春期のツボはよくわからない。
「早く行こ」と、玲央の背中を押して、入場ゲートまで促した。
こうなりゃ、とことん、楽しんでやる。
水族館の中は、めちゃくちゃ、混んでいる……。
親子連れとカップルで埋め尽くされ、魚がいる水槽までが遠い。
しかし、最新のVR技術を使った演出で天井や床にも魚が出現し、至るところを泳ぎまくっているのは、素直に感心してしまった。
「うわ見てほら、サメ! でけえ!」
サメが、今にも食いつきそうな勢いで口を開けて、天井から迫ってくるのに笑って、玲央の腕を引く。
こんだけ人がいるから、はぐれないようにって意図もあったのだが、当の玲央はサメも見ずに「バイト頑張ってよかった……」と感動していた。
そんなに水族館が好きだったのか。
「だったらやっぱ、俺じゃなくてかわいい女の子と――」
バシャン!
来た方がよかったんじゃねーの、と言おうとした時に、再び天井が揺れて、今度は水飛沫の映像と共にイルカが顔を出した。
急なことに言葉が止まって、肩が揺れる。「きゃあ!」「うわっ」と、周囲の人たちも驚いていた。
「っふは、水族館っつーか、びっくりハウスじゃん」
笑って言うと、玲央も笑った。
「写真、撮っていいすか」
「フラッシュ禁止じゃね」
「っす」
玲央もこの演出に感動して、天井の仕掛けでも動画に残すのかと思ったら、スマホを思い切り俺に向けて来る。
避ける間もなく、パシャ、と音がして写真を撮られたと知った。
「いや、俺かよ!」
「楽しそうだったから、つい」
「楽しまなきゃ損だろ! ほら、もっと水槽の近く行こーぜ」
仕方ねーから、写真の件は不問にして、腕を引いたまま、人混みをかき分けて、バーチャルではない水槽の前へと向かう。
超巨大水槽の中には、イワシの群れを始めとして、カメやらサメやらエイやら、知った魚が泳いでいる。
更に、この水槽もVRで照らされて、背景が桜になったり向日葵になったりと、日本の四季を反映していた。おしゃれだ。
「すげーなー」
「要」
「うん?」
「楽しい?」
幸い、最前列に潜り込むことができて、水槽の中の魚の泳ぎを見つめていると、隣の玲央が顔を覗き込んできた。
腕を掴んだままだったことに気付いて、ぱっと離す。
「まあ、悪くねーかも」
「よかった」
だから、くしゃっと笑うのは反則な!
かわいかった頃を思い出してしまいそうになり、慌てて顔を逸らした。
その後も、混雑の中を順路通りに進んで行った。玲央がクラゲのコーナーを食い入るように見つめていたり、俺がチンアナゴの群れに目を奪われていたりしながら、館内アナウンスで次のイルカショーの時間が迫っていることを知り、「絶対観たい!」とワガママを言って、イルカショーのステージが見える席へと急いで向かった。幸い、最前列が二人分、空いていて、並んで座る。
「めっちゃラッキー!」
「要、何か食べる? すか、」
「っぶは、いつまでやってんだよ敬語キャラ! ふたりなんだからいつも通りでよくね?」
はっと思い出したようにぎこちない敬語を付け足す玲央に、堪えきれず笑ってしまう。
「あと、変に気ィ使うのもナシな。おまえ得意じゃねーんだから」
「要……」
ぽん、と玲央の肩を叩いて片目を細める。
食べ物まで用意されたら、本当にカノジョ扱いじゃねーか。
俺はただのセンパイなので、そこまでは無用です。
入場チケットを奢ってもらってることは、触れちゃいけないところだ。
「ほら、始まるぞ」
ステージの中央に、ウェットスーツを着たお兄さんとお姉さんが現れ、ポップな音楽が流れ始めて、久々の感覚にわくわくした。
だから、周りのお客さんたちが、ガッツリ雨合羽を着込んでいることには、気付くことができなかったんだ……。
「っぶは、はは! すっげー濡れた! ビショビショ!」
イルカショーが終わる頃には、イルカが勢いよくジャンプする度に跳ね上がる激しい飛沫を、全身で浴びることになる。
俺も玲央も、髪から上着、ズボンまでずぶ濡れだ。顔も水で濡れて、若干生臭い。
予想もしていなかったことに、もはや笑うしかない。
「要、大丈夫?」
「おまえもな?! 水も滴るいい男になってる!」
問いかけてくる玲央は、濡れた前髪をかき上げている。その仕草も絵になるから、ずるい。
それにしても、Tシャツが肌に張り付いて気持ち悪い。胸元を引っ張ると、玲央が驚いて、自分の上着を俺に被せて来た。
「何?!」
「いや、濡れてるから」
「おまえの上着もビショビショな!?」
水を吸って十分に重くなっていて、とてもじゃないがこれで身体を拭く気にはならなくて、また笑った。
「すみません、大丈夫ですか?」
俺たちの濡れっぷりに驚いた係員さんが駆けつけてくれて、水族館のロゴ入りのバスタオルを貸してくれた。
同様の被害者はいつも一定数いるようで、すぐそこの売店にオリジナルTシャツが売っていることと、更衣室も近くにあることも、丁寧に伝えてくれるので、バスタオルで髪を拭きながら礼を言った。
「じゃあ、着替えるかー」
「俺が出す、から」
「は? なんで」
「デートだし」
「うん、俺も払うわ」
デートじゃねーからな!!!
濡れたジーンズは歩きにくいし、なんならちょっと生臭い。いっそ全身着替えたかったが、イルカショー横の小さな売店には、色とりどりのTシャツしか売っていなかった。そのどれもに、水族館のロゴが入っていて、絶妙にダサい。
「えー、玲央どうする?」
「俺は黒」
「でしょうね」
「要も黒?」
「せめて色は変えね?」
迷う様子なく、黒のロゴ入りTシャツを手に取る要を見て、色までお揃いを回避するべく、無難な白を手に取った。上にパーカーでも羽織れば、誤魔化すことはできるだろう。今はそのパーカーもずぶ濡れで、会計時に袋ももらい、その袋に入れることにした。玲央も会計を済ませ、俺に被せてきた上着を同じように袋に入れる。
「っふふ、」
たかが水族館なのに、二人ともボロボロになってしまって、思わず笑った。
「要、覚えてる?」
「ん?」
「小さい頃、水族館で」
「あー、すげー迷子になったやつ」
あれは、地元の水族館での出来事だ。
お互いの家族と一緒に来て、一緒に回っていたはずなのに、特別展示の影響で普段よりも混んでいて、気がついたら玲央とふたり、迷子になってしまった。
声もなく涙を流す玲央を見て、俺が守らないと、と思ったことを思い出す。
「俺が迷子になったのに、要、自分のせいにしてた」
館内放送で呼び出され、近くにいた大人に気付いてもらったから、なんとか家族と会うことができた。
もちろん、しこたま、怒られた。
でも、玲央のせいにはしたくなかった。あれ以上泣かせたくなかったから。
「そりゃあ、センパイですし?」
あえて濡れた髪をかき上げて格好つけて言うと、玲央は瞬く。
「ほら、着替えよ。風邪ひくぞー」
何か言われる前に、玲央の背中を押して、更衣室に促す。
最近、こんなことばっかりだ。
お互い、入場したときとは違う服で、退場ゲートを通る。今日が温かい日でよかった、絶妙なダサさと白黒色違いに目を瞑れば、半袖でも問題ない。
ただ、濡れたジーンズと靴は相変わらず歩きにくくて、早く寮に帰りたかった。
「こんなに濡れるとか、イルカ、恐るべし」
「早く帰ろう」
「な、風呂入りてえ」
そういえば、どこもかしこもついてくる玲央だが、風呂だけは一度も一緒になったことがない。
いや、正式には、入寮したその日は風呂にもついてきたのだが、脱衣所で逃げるように部屋に戻って、それ以来一度も時間帯が被っていないと言った方が正しい。
「そういやおまえ、みんなと風呂入るの苦手?」
「いや、苦手じゃないけど」
「ふーん? じゃあ帰ったら一緒に入ろ」
「は?」
「へ?」
「いや、無理」
「なんで、濡れてんの気持ちわりーだろ」
「シャワー浴びるから」
「部屋にシャワーついてねえよ」
「要が上がったら入るから大丈夫」
「なにそれ」
変なところで上下関係を気にするヤツだ。
大浴場は広いから、年上も年下も関係なく、みんな気にせず使ってるのに。
視線を合わせない玲央をそれ以上問い詰めることはなく、一緒に電車に乗って、寮へと帰った。
「なあ、玲央」
寮に入る直前、隣の玲央を呼んでみる。
「すげー楽しかった、サンキュな」
「いや、」
やっと目が合ったと思ったら、すぐに逸らされて、口許を押さえられてしまった。
まあ、今日の俺は、機嫌が良いからヨシとしよう。
寮に帰ると、勇斗と高山がいて、二人揃った濡れっぷりと、絶妙にダサいTシャツを目敏く見つけられ、大爆笑されるのだった。
結局、水族館まで来てしまった。
お互いバイトも授業もない休日の午後、指定された時間に着くように電車に乗って、話題になっている水族館の前へとやって来た。
寮から一緒に出るのは流石に気まずくて、「ちょっと用事あるから先行ってて」と玲央に頼んだ結果が、この待ち合わせだ。
ホテルや商業施設が軒を連ねる、駅チカの水族館は、親子連れやカップルで賑わっている。
待ち合わせらしき人の姿もちらほらと見受けられて、周囲を見渡すと、探さなくても見つかる黒髪長身の整った顔の男。
案の定、若い女の子たちに囲まれて、当然のように逆ナンを受けている。くそ。
このまま帰っても気付かねーんじゃねえかな、と思って踵を返そうとした直後。
「要!」
大きな声で名前を呼ばれ、びくりと足を止める。
そろりと後ろを振り向くと、ぱあ、と眩しい笑みでこっちに向かって走り寄ってくる玲央の姿がある。
「あーごめんな、待った?」
「いや、今来たとこ」
「ウソつけ」
「ちょっとウソだけど、でも大丈夫っす」
素直か。
いそいそと早めに寮を出て行ったのは知っている。玲央を囲っていた女子たちが、「待ち合わせ?」「やだお友達もイケメン」と頬を染めているのに気付いて、なんとなく、腕を伸ばして玲央の髪に触る。普段は何も気にしていないくせに、分け目を作っているのに気がついたからだ。
「生意気」
と片目を細めて言ってやると、何故か玲央の顔が赤く染まった。
なんでだ。
思春期のツボはよくわからない。
「早く行こ」と、玲央の背中を押して、入場ゲートまで促した。
こうなりゃ、とことん、楽しんでやる。
水族館の中は、めちゃくちゃ、混んでいる……。
親子連れとカップルで埋め尽くされ、魚がいる水槽までが遠い。
しかし、最新のVR技術を使った演出で天井や床にも魚が出現し、至るところを泳ぎまくっているのは、素直に感心してしまった。
「うわ見てほら、サメ! でけえ!」
サメが、今にも食いつきそうな勢いで口を開けて、天井から迫ってくるのに笑って、玲央の腕を引く。
こんだけ人がいるから、はぐれないようにって意図もあったのだが、当の玲央はサメも見ずに「バイト頑張ってよかった……」と感動していた。
そんなに水族館が好きだったのか。
「だったらやっぱ、俺じゃなくてかわいい女の子と――」
バシャン!
来た方がよかったんじゃねーの、と言おうとした時に、再び天井が揺れて、今度は水飛沫の映像と共にイルカが顔を出した。
急なことに言葉が止まって、肩が揺れる。「きゃあ!」「うわっ」と、周囲の人たちも驚いていた。
「っふは、水族館っつーか、びっくりハウスじゃん」
笑って言うと、玲央も笑った。
「写真、撮っていいすか」
「フラッシュ禁止じゃね」
「っす」
玲央もこの演出に感動して、天井の仕掛けでも動画に残すのかと思ったら、スマホを思い切り俺に向けて来る。
避ける間もなく、パシャ、と音がして写真を撮られたと知った。
「いや、俺かよ!」
「楽しそうだったから、つい」
「楽しまなきゃ損だろ! ほら、もっと水槽の近く行こーぜ」
仕方ねーから、写真の件は不問にして、腕を引いたまま、人混みをかき分けて、バーチャルではない水槽の前へと向かう。
超巨大水槽の中には、イワシの群れを始めとして、カメやらサメやらエイやら、知った魚が泳いでいる。
更に、この水槽もVRで照らされて、背景が桜になったり向日葵になったりと、日本の四季を反映していた。おしゃれだ。
「すげーなー」
「要」
「うん?」
「楽しい?」
幸い、最前列に潜り込むことができて、水槽の中の魚の泳ぎを見つめていると、隣の玲央が顔を覗き込んできた。
腕を掴んだままだったことに気付いて、ぱっと離す。
「まあ、悪くねーかも」
「よかった」
だから、くしゃっと笑うのは反則な!
かわいかった頃を思い出してしまいそうになり、慌てて顔を逸らした。
その後も、混雑の中を順路通りに進んで行った。玲央がクラゲのコーナーを食い入るように見つめていたり、俺がチンアナゴの群れに目を奪われていたりしながら、館内アナウンスで次のイルカショーの時間が迫っていることを知り、「絶対観たい!」とワガママを言って、イルカショーのステージが見える席へと急いで向かった。幸い、最前列が二人分、空いていて、並んで座る。
「めっちゃラッキー!」
「要、何か食べる? すか、」
「っぶは、いつまでやってんだよ敬語キャラ! ふたりなんだからいつも通りでよくね?」
はっと思い出したようにぎこちない敬語を付け足す玲央に、堪えきれず笑ってしまう。
「あと、変に気ィ使うのもナシな。おまえ得意じゃねーんだから」
「要……」
ぽん、と玲央の肩を叩いて片目を細める。
食べ物まで用意されたら、本当にカノジョ扱いじゃねーか。
俺はただのセンパイなので、そこまでは無用です。
入場チケットを奢ってもらってることは、触れちゃいけないところだ。
「ほら、始まるぞ」
ステージの中央に、ウェットスーツを着たお兄さんとお姉さんが現れ、ポップな音楽が流れ始めて、久々の感覚にわくわくした。
だから、周りのお客さんたちが、ガッツリ雨合羽を着込んでいることには、気付くことができなかったんだ……。
「っぶは、はは! すっげー濡れた! ビショビショ!」
イルカショーが終わる頃には、イルカが勢いよくジャンプする度に跳ね上がる激しい飛沫を、全身で浴びることになる。
俺も玲央も、髪から上着、ズボンまでずぶ濡れだ。顔も水で濡れて、若干生臭い。
予想もしていなかったことに、もはや笑うしかない。
「要、大丈夫?」
「おまえもな?! 水も滴るいい男になってる!」
問いかけてくる玲央は、濡れた前髪をかき上げている。その仕草も絵になるから、ずるい。
それにしても、Tシャツが肌に張り付いて気持ち悪い。胸元を引っ張ると、玲央が驚いて、自分の上着を俺に被せて来た。
「何?!」
「いや、濡れてるから」
「おまえの上着もビショビショな!?」
水を吸って十分に重くなっていて、とてもじゃないがこれで身体を拭く気にはならなくて、また笑った。
「すみません、大丈夫ですか?」
俺たちの濡れっぷりに驚いた係員さんが駆けつけてくれて、水族館のロゴ入りのバスタオルを貸してくれた。
同様の被害者はいつも一定数いるようで、すぐそこの売店にオリジナルTシャツが売っていることと、更衣室も近くにあることも、丁寧に伝えてくれるので、バスタオルで髪を拭きながら礼を言った。
「じゃあ、着替えるかー」
「俺が出す、から」
「は? なんで」
「デートだし」
「うん、俺も払うわ」
デートじゃねーからな!!!
濡れたジーンズは歩きにくいし、なんならちょっと生臭い。いっそ全身着替えたかったが、イルカショー横の小さな売店には、色とりどりのTシャツしか売っていなかった。そのどれもに、水族館のロゴが入っていて、絶妙にダサい。
「えー、玲央どうする?」
「俺は黒」
「でしょうね」
「要も黒?」
「せめて色は変えね?」
迷う様子なく、黒のロゴ入りTシャツを手に取る要を見て、色までお揃いを回避するべく、無難な白を手に取った。上にパーカーでも羽織れば、誤魔化すことはできるだろう。今はそのパーカーもずぶ濡れで、会計時に袋ももらい、その袋に入れることにした。玲央も会計を済ませ、俺に被せてきた上着を同じように袋に入れる。
「っふふ、」
たかが水族館なのに、二人ともボロボロになってしまって、思わず笑った。
「要、覚えてる?」
「ん?」
「小さい頃、水族館で」
「あー、すげー迷子になったやつ」
あれは、地元の水族館での出来事だ。
お互いの家族と一緒に来て、一緒に回っていたはずなのに、特別展示の影響で普段よりも混んでいて、気がついたら玲央とふたり、迷子になってしまった。
声もなく涙を流す玲央を見て、俺が守らないと、と思ったことを思い出す。
「俺が迷子になったのに、要、自分のせいにしてた」
館内放送で呼び出され、近くにいた大人に気付いてもらったから、なんとか家族と会うことができた。
もちろん、しこたま、怒られた。
でも、玲央のせいにはしたくなかった。あれ以上泣かせたくなかったから。
「そりゃあ、センパイですし?」
あえて濡れた髪をかき上げて格好つけて言うと、玲央は瞬く。
「ほら、着替えよ。風邪ひくぞー」
何か言われる前に、玲央の背中を押して、更衣室に促す。
最近、こんなことばっかりだ。
お互い、入場したときとは違う服で、退場ゲートを通る。今日が温かい日でよかった、絶妙なダサさと白黒色違いに目を瞑れば、半袖でも問題ない。
ただ、濡れたジーンズと靴は相変わらず歩きにくくて、早く寮に帰りたかった。
「こんなに濡れるとか、イルカ、恐るべし」
「早く帰ろう」
「な、風呂入りてえ」
そういえば、どこもかしこもついてくる玲央だが、風呂だけは一度も一緒になったことがない。
いや、正式には、入寮したその日は風呂にもついてきたのだが、脱衣所で逃げるように部屋に戻って、それ以来一度も時間帯が被っていないと言った方が正しい。
「そういやおまえ、みんなと風呂入るの苦手?」
「いや、苦手じゃないけど」
「ふーん? じゃあ帰ったら一緒に入ろ」
「は?」
「へ?」
「いや、無理」
「なんで、濡れてんの気持ちわりーだろ」
「シャワー浴びるから」
「部屋にシャワーついてねえよ」
「要が上がったら入るから大丈夫」
「なにそれ」
変なところで上下関係を気にするヤツだ。
大浴場は広いから、年上も年下も関係なく、みんな気にせず使ってるのに。
視線を合わせない玲央をそれ以上問い詰めることはなく、一緒に電車に乗って、寮へと帰った。
「なあ、玲央」
寮に入る直前、隣の玲央を呼んでみる。
「すげー楽しかった、サンキュな」
「いや、」
やっと目が合ったと思ったら、すぐに逸らされて、口許を押さえられてしまった。
まあ、今日の俺は、機嫌が良いからヨシとしよう。
寮に帰ると、勇斗と高山がいて、二人揃った濡れっぷりと、絶妙にダサいTシャツを目敏く見つけられ、大爆笑されるのだった。


