第四話 働く
「おつかれ、っす」
「疲れた疲れてる疲れてるんだけど」
「待ってた、あんまん食う?」
「待ってなくていーから!! あんまんは食う!」
――結局、玲央にバイト先がバレてから、バイト先まで来るし、なんならバイト終わりまで待っているようになった。
今日も今日とて、まるで忠犬レオ公だ。
俺のバイト上がりの時間もわかってきてしまったようで、こうして、肉まんやらアイスやらチキンやらを買っては、俺に差し出してくるもんだから、性質が悪い。
「つーか、おまえもすれば。バイト」
「ここでしていいってこと?」
「絶対やめて」
「でも」
「おまえがここで働くなら俺は辞める」
春先だが、まだ夜は冷える。
あんまんの熱さがちょうど良く、口内に広がる甘さを堪能しながら言うと、玲央は衝撃を受けたのか立ち止まっている。
ただでさえ息が詰まるっつーのに、バイトも同じとかマジで勘弁だ。
どうにか、玲央の意識を、俺から逸らす方法はなかろうか。
「なに、バイト探してんの? 俺んとこ今募集してるけど」
このときばかりは、勇斗のことが救世主に見えた。
ぐわんぐわんとショックを引きずっていたような玲央を引きずって寮に戻るなり、風呂上がりに談話室で寮生とテレビを盛り上がっている勇斗に捕まった。
玲央の様子を面白がる勇斗に、「コイツにいいバイトない?」と聞くと、勇斗はあっさり提案する。
勇斗は確か、最寄り駅のビルに入っているカフェでバイトしているはずだ。
俺も何度か行ったことがあるが、勇斗をはじめ、容姿が整っている店員が多く、店内も洒落ていて、玲央の雰囲気によく合っている気がする。
「良いじゃん! 勇斗もいりゃ心強いし、そこでやってみたら?」
「店長の好みだと思うよ、とりあえずお試し行っとく?」
センパイ二人に囲まれた玲央は、視線を彷徨わせて、言葉を探しているようだった。
あと一押し。
「お試しで入るなら、俺も様子見に行ってやるよ」
「やる、っす」
「即答かよ!」
勇斗が爆笑している。
軽い気持ちで言った交換条件が、すぐに飲まれてしまって拍子抜けする。
が、これでいい。
玲央の俺離れ計画第一弾、実行開始だ。
数日後、俺は高山と一緒に、駅前のカフェに来ている。
勇斗の仕事が早く、すぐにお試しバイトに入れるようになったから、約束通り、客として店に入ることになった。
一人で行く気にはなれず、高山を誘ったら、二つ返事で「面白そうだから行く」とついて来てくれた。
「いつ見ても勇斗は決まってるよねえ」
カフェのテーブル席は、ちょうどカウンターが見える位置だ。ショーケースに入ったケーキやサンドイッチ、そして店員がコーヒを入れる姿がよく見える。
勇斗は慣れた様子でオーダーを受けて、コーヒーを入れる。支給されている制服をバッチリ着こなしていて、隙がない。
対して、玲央も、制服に袖を通すのは初めてなはずなのに、不思議なほどに似合っていた。
少し薄暗い照明や、ファストフード店ほど賑やかではない店内にも、馴染んでいる。
「ねえ、あの子、いいよね」「わかる」
女子大生だろうか、若い女性客二人組が、空いたテーブルを拭いている玲央を見て囁く声が耳に入って来た。
「深瀬も似合ってるじゃん」
アイスのカフェオレをかき回しながら高山が言う言葉に、ピーンと閃きが走る。
「これだ」
「ん?」
「ここでアイツがバイトしたら、モテるだろ?」
「かもねえ」
「したら、カノジョができる」
「うん?」
「そうなったら、俺は、自由だ!」
どうだ、この完璧な三段階活用は!
俺がガッツポーズをすると、高山は首を捻った。
「モテるのとカノジョが出来るのはイコールじゃないと思うけど」
「ニアリーだけどイコールだろ」
「目の前にモテるけどカノジョがいない人が」
「うるせー俺のことはいいんだよ!」
高山の正論は聞かなかったことにして、俺の中の計画が、確かにこの瞬間、動き始めた。
絶対、成功させてやる。
タイミングが良いことに、玲央が、空いた隣の席のテーブルを拭きに来た。俺のことを意識しないように目を逸らしつつ、チラチラとこちらを見てくるのに吹き出しそうになるのを堪えて、声を掛ける。
「すげー似合ってんじゃん、制服」
「か、要、」
「な、かっこいーよな」
「天職じゃね? いやー、こんなかっこいー店員がいたら毎日通っちゃうね俺なら」
「ま、マジ、すか」
「マジマジ大マジ」
大袈裟に頷くと、玲央の瞳が輝くのが見えた。
う……。
ズキリと痛む胸には、気が付かない振りをする。
似合ってるってのは、ウソじゃねーしな!
「鳴海センパイ……」
「お? どしたー?」
テーブルを拭き終わった玲央が、カウンター越しに勇斗に声を掛ける。
客足は一段落して、レジには誰も並んでいなかった。
「俺、このバイト続けたい、です」
「!」
「お、マジ? 助かるわ、店長に言っとく」
「玲央、俺、すっげー応援するから!」
勇斗はさらりと頷くが、俺は別の意味でとても嬉しい。
玲央に向かって言うと、玲央は瞳を丸めた後、くしゃりと笑った。
あああ、だから、そういう顔をするんじゃねーっての。
勇斗と違い、悪いセンパイであることを思い知らされる。
ごめんな、玲央。
かわいいカノジョ、ゲットしろよ!
心の中で謝罪と応援をして、アイスカフェオレを飲み干した。
結論から言うと、玲央はカフェでバイトを始め、頑張って働いている。
そのおかげで、俺のバイト終わりを待ち構える日は減った。
相変わらず毎朝起こしには来るし、朝食と昼飯は一緒だが、放課後から夜の時間は、別々だ。
そのことにほっとしながらも、妙な人恋しさは否定できずに、ダーツバーに行く時間が増えたり、無駄に高山の部屋に遊びに行ったりした。
高山から、「さみしいからって利用しないでよねー」と軽口を叩かれたので、クッションを投げておく。
別に、図星を指されたわけじゃない。
今までずっと隣についてきたのが、異常だっただけだ。
少しずつ変わり始めた日常を受け入れた頃、勇斗から『今日時間ある?』とスマホにメッセージが入っていた。
玲央は授業終わりすぐの時間にバイトを入れることが多いから、俺の終わりを待たなくなった。
俺も、玲央の存在を気にせずに、大学でダラダラしたり、バイトの時間まで寄り道をしたりすることができるようになり、羽を伸ばしているところだった。
『いいけど何?』
『カフェ来てくんね?』
『なんで?』
『一生のお願い!』
ピコン、と音がして、メガネを掛けたクマのキャラクターがおねだりをしているスタンプが送られる。
詳細を言われないことに嫌な予感がしたが、勇斗の誘いを断る気にはなれず、『今から行くわ』と送った。既読がついたことを確かめて、スマホをしまい、駅へと歩いて行く。
五月も半ば近いからか、駅ビルの中の至るところで、「母の日特集」なる文字を見つけた。
暫く地元にも帰っていないし、声すら聞いていない母親のことを思い出しながら、勇斗と玲央のバイト先まで、足を運んだ。
「来てくれて、あざっす」
そしてカフェに入った俺を待ち受けていたのは、カフェエプロンがいやに似合う黒髪長身のイケメンが、カーネーションの花束を持って出迎えてくれるといった展開だ。
「いや待ってなにこれ、なんで?」
他の客の目線が、痛い。
「っふは、深瀬がさ、初バイト代でおまえに花を買ったっつってて、ふふ、」
勇斗が堪えきれなくて爆笑している。
照れたような顔をしている玲央に赤い花が詰まった花束を差し出され、俺はどうすればいいんでしょうか……。
「いやつーかカーネーションって! 母の日かよ!」
「っぶは!!」
俺が突っ込むと、勇斗が更にツボって、カフェの壁をドンドンと叩いている。
幸い、客は少なく、常連中心のようだが、営業時間にやるもんじゃない。
しかし、受け取らないと終わらないようだから、恭しく差し出されたままの花束を、仕方なくもらってやる。
改めて持つと、ずしりと重い。いろんな意味で。
「バイト代って、もっとこう……デート代とかに使うもんだろ」
見慣れない赤い花の処遇をどうしようかと考えながら言うと、「デート」と玲央が繰り返した。
「デート、してくれるんすか」
「え? いや、俺じゃな……」
「デート」
「え」
「映画館? 水族館? 行きたいとこありますか」
「えっ、いや、え?」
「どこでも連れてくんで、楽しみにしててください」
「え????」
花束を持った俺は、笑顔の玲央に、確実に追い詰められている。
壁に追いやられた勇斗は、笑いすぎて腹を抑えて涙を流していた。
「違うだろ、おまえのデートの相手は、」
「要」
「うえ」
「ご注文、何にしますか」
「話を逸らすなバカ!!」
急に店員の顔に戻った玲央がさらっと聞いてくるので、思い切り突っ込むしかない。
カフェでモテモテの玲央にカワイイ彼女ができてお役御免、という計画が、早くも破綻しそうな予感がする。
なんでだ……。
釈然としない思いを抱えながら、寮に戻った俺は、談話室にカーネーションを飾るのだった……。
「おつかれ、っす」
「疲れた疲れてる疲れてるんだけど」
「待ってた、あんまん食う?」
「待ってなくていーから!! あんまんは食う!」
――結局、玲央にバイト先がバレてから、バイト先まで来るし、なんならバイト終わりまで待っているようになった。
今日も今日とて、まるで忠犬レオ公だ。
俺のバイト上がりの時間もわかってきてしまったようで、こうして、肉まんやらアイスやらチキンやらを買っては、俺に差し出してくるもんだから、性質が悪い。
「つーか、おまえもすれば。バイト」
「ここでしていいってこと?」
「絶対やめて」
「でも」
「おまえがここで働くなら俺は辞める」
春先だが、まだ夜は冷える。
あんまんの熱さがちょうど良く、口内に広がる甘さを堪能しながら言うと、玲央は衝撃を受けたのか立ち止まっている。
ただでさえ息が詰まるっつーのに、バイトも同じとかマジで勘弁だ。
どうにか、玲央の意識を、俺から逸らす方法はなかろうか。
「なに、バイト探してんの? 俺んとこ今募集してるけど」
このときばかりは、勇斗のことが救世主に見えた。
ぐわんぐわんとショックを引きずっていたような玲央を引きずって寮に戻るなり、風呂上がりに談話室で寮生とテレビを盛り上がっている勇斗に捕まった。
玲央の様子を面白がる勇斗に、「コイツにいいバイトない?」と聞くと、勇斗はあっさり提案する。
勇斗は確か、最寄り駅のビルに入っているカフェでバイトしているはずだ。
俺も何度か行ったことがあるが、勇斗をはじめ、容姿が整っている店員が多く、店内も洒落ていて、玲央の雰囲気によく合っている気がする。
「良いじゃん! 勇斗もいりゃ心強いし、そこでやってみたら?」
「店長の好みだと思うよ、とりあえずお試し行っとく?」
センパイ二人に囲まれた玲央は、視線を彷徨わせて、言葉を探しているようだった。
あと一押し。
「お試しで入るなら、俺も様子見に行ってやるよ」
「やる、っす」
「即答かよ!」
勇斗が爆笑している。
軽い気持ちで言った交換条件が、すぐに飲まれてしまって拍子抜けする。
が、これでいい。
玲央の俺離れ計画第一弾、実行開始だ。
数日後、俺は高山と一緒に、駅前のカフェに来ている。
勇斗の仕事が早く、すぐにお試しバイトに入れるようになったから、約束通り、客として店に入ることになった。
一人で行く気にはなれず、高山を誘ったら、二つ返事で「面白そうだから行く」とついて来てくれた。
「いつ見ても勇斗は決まってるよねえ」
カフェのテーブル席は、ちょうどカウンターが見える位置だ。ショーケースに入ったケーキやサンドイッチ、そして店員がコーヒを入れる姿がよく見える。
勇斗は慣れた様子でオーダーを受けて、コーヒーを入れる。支給されている制服をバッチリ着こなしていて、隙がない。
対して、玲央も、制服に袖を通すのは初めてなはずなのに、不思議なほどに似合っていた。
少し薄暗い照明や、ファストフード店ほど賑やかではない店内にも、馴染んでいる。
「ねえ、あの子、いいよね」「わかる」
女子大生だろうか、若い女性客二人組が、空いたテーブルを拭いている玲央を見て囁く声が耳に入って来た。
「深瀬も似合ってるじゃん」
アイスのカフェオレをかき回しながら高山が言う言葉に、ピーンと閃きが走る。
「これだ」
「ん?」
「ここでアイツがバイトしたら、モテるだろ?」
「かもねえ」
「したら、カノジョができる」
「うん?」
「そうなったら、俺は、自由だ!」
どうだ、この完璧な三段階活用は!
俺がガッツポーズをすると、高山は首を捻った。
「モテるのとカノジョが出来るのはイコールじゃないと思うけど」
「ニアリーだけどイコールだろ」
「目の前にモテるけどカノジョがいない人が」
「うるせー俺のことはいいんだよ!」
高山の正論は聞かなかったことにして、俺の中の計画が、確かにこの瞬間、動き始めた。
絶対、成功させてやる。
タイミングが良いことに、玲央が、空いた隣の席のテーブルを拭きに来た。俺のことを意識しないように目を逸らしつつ、チラチラとこちらを見てくるのに吹き出しそうになるのを堪えて、声を掛ける。
「すげー似合ってんじゃん、制服」
「か、要、」
「な、かっこいーよな」
「天職じゃね? いやー、こんなかっこいー店員がいたら毎日通っちゃうね俺なら」
「ま、マジ、すか」
「マジマジ大マジ」
大袈裟に頷くと、玲央の瞳が輝くのが見えた。
う……。
ズキリと痛む胸には、気が付かない振りをする。
似合ってるってのは、ウソじゃねーしな!
「鳴海センパイ……」
「お? どしたー?」
テーブルを拭き終わった玲央が、カウンター越しに勇斗に声を掛ける。
客足は一段落して、レジには誰も並んでいなかった。
「俺、このバイト続けたい、です」
「!」
「お、マジ? 助かるわ、店長に言っとく」
「玲央、俺、すっげー応援するから!」
勇斗はさらりと頷くが、俺は別の意味でとても嬉しい。
玲央に向かって言うと、玲央は瞳を丸めた後、くしゃりと笑った。
あああ、だから、そういう顔をするんじゃねーっての。
勇斗と違い、悪いセンパイであることを思い知らされる。
ごめんな、玲央。
かわいいカノジョ、ゲットしろよ!
心の中で謝罪と応援をして、アイスカフェオレを飲み干した。
結論から言うと、玲央はカフェでバイトを始め、頑張って働いている。
そのおかげで、俺のバイト終わりを待ち構える日は減った。
相変わらず毎朝起こしには来るし、朝食と昼飯は一緒だが、放課後から夜の時間は、別々だ。
そのことにほっとしながらも、妙な人恋しさは否定できずに、ダーツバーに行く時間が増えたり、無駄に高山の部屋に遊びに行ったりした。
高山から、「さみしいからって利用しないでよねー」と軽口を叩かれたので、クッションを投げておく。
別に、図星を指されたわけじゃない。
今までずっと隣についてきたのが、異常だっただけだ。
少しずつ変わり始めた日常を受け入れた頃、勇斗から『今日時間ある?』とスマホにメッセージが入っていた。
玲央は授業終わりすぐの時間にバイトを入れることが多いから、俺の終わりを待たなくなった。
俺も、玲央の存在を気にせずに、大学でダラダラしたり、バイトの時間まで寄り道をしたりすることができるようになり、羽を伸ばしているところだった。
『いいけど何?』
『カフェ来てくんね?』
『なんで?』
『一生のお願い!』
ピコン、と音がして、メガネを掛けたクマのキャラクターがおねだりをしているスタンプが送られる。
詳細を言われないことに嫌な予感がしたが、勇斗の誘いを断る気にはなれず、『今から行くわ』と送った。既読がついたことを確かめて、スマホをしまい、駅へと歩いて行く。
五月も半ば近いからか、駅ビルの中の至るところで、「母の日特集」なる文字を見つけた。
暫く地元にも帰っていないし、声すら聞いていない母親のことを思い出しながら、勇斗と玲央のバイト先まで、足を運んだ。
「来てくれて、あざっす」
そしてカフェに入った俺を待ち受けていたのは、カフェエプロンがいやに似合う黒髪長身のイケメンが、カーネーションの花束を持って出迎えてくれるといった展開だ。
「いや待ってなにこれ、なんで?」
他の客の目線が、痛い。
「っふは、深瀬がさ、初バイト代でおまえに花を買ったっつってて、ふふ、」
勇斗が堪えきれなくて爆笑している。
照れたような顔をしている玲央に赤い花が詰まった花束を差し出され、俺はどうすればいいんでしょうか……。
「いやつーかカーネーションって! 母の日かよ!」
「っぶは!!」
俺が突っ込むと、勇斗が更にツボって、カフェの壁をドンドンと叩いている。
幸い、客は少なく、常連中心のようだが、営業時間にやるもんじゃない。
しかし、受け取らないと終わらないようだから、恭しく差し出されたままの花束を、仕方なくもらってやる。
改めて持つと、ずしりと重い。いろんな意味で。
「バイト代って、もっとこう……デート代とかに使うもんだろ」
見慣れない赤い花の処遇をどうしようかと考えながら言うと、「デート」と玲央が繰り返した。
「デート、してくれるんすか」
「え? いや、俺じゃな……」
「デート」
「え」
「映画館? 水族館? 行きたいとこありますか」
「えっ、いや、え?」
「どこでも連れてくんで、楽しみにしててください」
「え????」
花束を持った俺は、笑顔の玲央に、確実に追い詰められている。
壁に追いやられた勇斗は、笑いすぎて腹を抑えて涙を流していた。
「違うだろ、おまえのデートの相手は、」
「要」
「うえ」
「ご注文、何にしますか」
「話を逸らすなバカ!!」
急に店員の顔に戻った玲央がさらっと聞いてくるので、思い切り突っ込むしかない。
カフェでモテモテの玲央にカワイイ彼女ができてお役御免、という計画が、早くも破綻しそうな予感がする。
なんでだ……。
釈然としない思いを抱えながら、寮に戻った俺は、談話室にカーネーションを飾るのだった……。


