第三話 なんか、いる
ピピピ、ピピピ、ピピピ……。
規則的なアラームの音が鳴り響いて、薄らと意識が浮上する。
入寮式から一週間が経ち、新しい学年のカリキュラムに慣れてきた頃だ。
一年生の頃からじゃ考えられないくらいに、俺は遅刻をしなくなった。
何故なら。
「要、おはよう」
アラームと同じぐらいに規則正しく、俺を起こしに来る男がいるからだ。
近い距離で微笑みかけられると、がばっと起きて壁際に寄る。
既に身支度を済ませている玲央は、そんな俺を見て目を細め、伸ばした手を引っ込める。
「つーかなんで毎日朝来るわけ? 鍵どうした?」
「寮長さんに頼んだら合鍵くれた」
「だからそれがおかしいんだって! セキュリティ!」
「要の遅刻癖がなくなるなら歓迎、らしい」
「恨むべきは去年の自分……」
確かに、寮長には迷惑を掛けた。高山にも、勇斗にも、日替わりで起こしに来てもらったこともある。
その役が、今は玲央に回っているというわけだ。
がし、と髪をかいて、玲央を見る。
「寝坊しなくなったら来ないってこと?」
「俺が来たいから来てるだけだから」
真っ当な提案をしたのに、ふるふると首を振るんじゃねー!
いつの間にか定位置になった勉強机とセットの椅子に腰掛けている玲央を無視して、着替え始める。
いつまで続くんだ、この生活。
なし崩し的に、玲央と連れ立って食堂へ向かう。朝の食堂は、それほど混んではいない。高校の寮では、みんな一斉に食べていたから混雑していたけれど、大学は授業の始まる時間がずれるから、その分自分のペースで食事できるのは、有り難い。本来は俺も遅刻ギリギリ(もしくは堂々と遅刻)組だった。この、目覚まし時計並に時間に正確なヤツが現れるまでは。
「おはよーふたりとも!」
「はよ」
「っす」
高山の明るい声に、朝食のトレイを持ちながら挨拶を返す。自然と、高山の向かい側に座る。玲央は当然のように、俺の隣に座って来た。
「今日も仲良しだねえ」
「気の所為だろ」
「あざす」
高山ののほほんとした声に、同時に正反対のリアクションを返した。
白米に焼き鮭、卵焼き、ほうれん草の味噌汁、サラダという朝食は、まさに理想の栄養バランス。
塩辛い鮭と白米を一緒に頬張っていると、目の前の高山が笑う。
「つーかさ、深瀬、ちゃんと敬語使えんのに要にめっちゃタメ口なのおもしろ」
「ちゃんとじゃねーだろちゃんとじゃ」
「敬語の方がいい?」
普通にタメ口で聞いてくる玲央を横目に見て、少し考える振りをしてから、頷いた。
「そりゃあ、センパイですから?」
「わかった」
「それタメ口な?」
「ふは、ガンバレ後輩~!」
真剣に頷く玲央を見て、高山が無邪気に応援している。
口調なんかどうでもいいが、困る玲央を見てみたかったのに、動じやしねえ。
朝食を終えて、寮を出て、大学まで向かうのに、玲央は片時も隣を離れない。
別々に登校するように何度か言ったが、「俺がやりたいから」の一点張りだから、もう諦めた。
でかい犬がついて来ているようなもんだと思うと、あまり気にならなくなった。
流石に、大学の学部や授業は別だ。講堂の分かれ道で「じゃあな」と手を挙げると、「また」と言って頷き、自分の授業へと向かっていく。
そして玲央が一人になった途端、今がチャンスだとばかりに新入生の女子たちがアイツを囲み始めるのも、慣れて来てしまった。
――しかし、午前の授業が終わるタイミングで、毎日毎日出くわすのには、慣れない。
「なんで俺の時間割全部把握してるわけ……?」
「寮長が教えてくれた、っす」
「個人情報!!」
確かに、確かに去年は単位ギリギリで、進級できたのが奇跡だって言われまくったけれども!
俺の管理を年下の幼馴染に任せるつもりの寮長の意図が透けて見えて、小さく叫んでしまう。
くそー、逃げられねえ。
今日も今日とて、学食にも、連れ立って行くことになる。
寮の食堂とは違い、昼時の学食は広いが混んでいる。人混みをかき分けるようにして券売機の元へ行くと、一年の頃からの知り合いの男女と目が合った。
「うーす」
「おつー。ってか今日もその子と一緒? 毎日じゃん!」
「不思議だよなあ」
派手系な女子からの指摘に、思わず遠い目をして他人事のように呟く。
当の玲央は気にした様子なく、スマホの電子マネーを使って、日替わり定食のボタンを押し、「要は?」なんて聞いてくる。
「俺は唐揚げ」
「呼び捨てだし!」
「付き合ってんの?」
さらっと呼ばれた名前に気付いた二人は驚愕している。
唐揚げ定食のボタンを押してスマホを押し当てて精算し、玲央が待っている方へと向かいながら、「違ぇわ!」と強めに否定した。
ここで別れるつもりだったのに、男女どちらもついてくる。
「ねえねえ、どうなのイケメンくん」
「こいつめっちゃモテるんだよ」
「うるせーうるせー、おまえらこそさっさと付き合えよ」
トレイを持って言い返すと、男女は顔を見合わせて「えっ」と声を出した。それから肩を揺らして爆笑している。
「あっはは、うちらそんなんじゃないからー」
「恋愛要素ゼロ!」
「じゃあ俺らもそれだよ、なあ?」
手を振って笑う女子、親指を立てて爽やかに言い切る男子。きっとこの関係を、羨ましいと思うヤツらだっているんだろう。
その言葉に乗っかって、玲央を見ると、玲央は瞳を丸めて動きを止めていた。
「玲央?」
首を傾げて見上げて名前を呼んだところで、はっとして動き出し、間が空いた列を詰めた。
その様子を見ていた男女二人は、また顔を見合わせて、含み笑いを浮かべる。
「やっぱりモテんねー、朝倉」
「どういうことだよ……」
「お邪魔虫は退散といこか」
「それなー」
うんうん頷き合った二人は、「じゃまたー」と明るく言って、他の友達と合流している。
な、なんなんだ……。
二人の態度も、無言の玲央も納得がいかないまま、俺のトレイには、出来立て揚げ立ての唐揚げが載せられた。
相変わらず美味そうだから、今は唐揚げを味わうことだけ考えよう。
学食の唐揚げは、美味い。週に二回ぐらいは食べている。それでも飽きないから、本物だ。定食屋の半額ほどで食べられることに感謝している。
一口頬張るとじゅわっと肉汁が染み込んできて、ふわっと香る生姜の匂いがアクセントになり、白いご飯によく合うんだ。
「要、」
俺が唐揚げとご飯のハーモニーを全身で味わっていると、目の前に座る玲央が、やっと口を開いた。
今日の日替わり定食はエビフライで、タルタルソースが輝いている。
「そっちも美味そうじゃん」
「食べる、すか」
「っぶは、」
ぎこちなさすぎる敬語が不意打ちで飛び出してきて、耐えきれずに笑った。
玲央からの敬語なんて、初めてだ。
中学に上がった時でさえ、口調は一切変わらなかったのに。
今朝、高山に笑われたことが効いているらしい。
いつものまんまでいーよ、と言ってやるのが優しいセンパイなんだろうが、生憎俺は優しくない。
「食べねーよ、せっかくのエビフライなんだから味わって食え」
「うす」
「っふふ」
ダメだ、面白い。
真面目な顔で神妙に頷く玲央が新鮮で、笑いが止まらない。
少し落ち着こうと水を流し込むと、まだ箸を持ったまま定食に手をつけていない玲央が、口を開いた。
「要、は」
「うん?」
「誰かと、付き合ったりした、んすか」
相変わらずぎこちないけれど、その問いかけには、笑う気になれなかった。
「ほーら、くだらないこと聞いてないで食え。特別に唐揚げをやろう」
食いかけだけどな!
三分の一ほど残った唐揚げを箸で摘んで、口許に持っていくと、玲央は素直に口を開いた。
何故か目が合わないが、そのまま唐揚げを口に押し込んでやると、大人しくもぐもぐと咀嚼している。
玲央の目許が赤らんでいることに気付いて、「風邪?」と聞くと、ぶんぶん首を振って否定された。
「あ、ざす」
「エビフライも残さず食えよ」
「ん」
素直に頷いて、玲央は、やっと自分の箸を動かした。
小さく息を吐いて、俺も、残りの唐揚げとご飯、味噌汁をかき込む。
再会してからずっと、誤魔化してばっかりだ。
午後の授業の終わりも、玲央はしっかり俺を待っている。時には教室のドアの横で、時には校門の前で。
一体いつまで続けるつもりなんだ、と思いつつも、迂回したり遅れたりするのはどうにも気が引けて、結局毎日一緒に寮まで帰ることになる。
並んで歩く住宅街は、夕焼け色に染まっていた。
「今日、夜は部屋来んなよ」
「なんで、すか」
「来てもいねーから」
「え」
「バイト」
流石に、バイトのシフトまでは把握していないだろうし、積極的に教える気はない。
ただ、いない時間帯に部屋に来られて、めちゃくちゃ心配されてスマホの着信が鳴り止まないなんてことはもう御免だから(一回あった)、今日は前もって言っておく。
「なんの、」
「言わない」
「どこで」
「教えない」
「な、んで、すか」
「言ったら来るだろ」
「行くけど」
「だからだよ!」
言わない教えないと言ったときの玲央の表情は絶望にも近い暗さをしていたが、その顔に絆されちゃいけない。
心を強く持って言うと、素直な頷きが返って来て、思わず強めに突っ込んだ。
寮長にも、勇斗にも、高山にも、俺のバイト先については箝口令を敷いている。
一個ぐらい、見つからない場所があったっていいだろ。
「あ、」
「っしゃーせー、……げ!」
だから俺は、バイト先のコンビニの自動ドアが開いたこの瞬間、人生最大の後悔をすることになるんだ。
「要のバイト先、ここ?」
――寮から一番近いとこじゃなく、もっと遠いところを選べばよかった!!
と。
少し息を弾ませて自動ドアから入って来た玲央は、制服に身を包んで品出しをしていた俺を見つけ、満面の笑みを浮かべる。
ひどく嬉しそうなその顔を見てしまうと、ズキリと罪悪感が胸を過ぎる。
「終わるまで待ってていいっすか」
「いいわけねーだろ早く帰れバカ!」
でも、のうのうとそう聞いてくるから、即刻追い出すセリフを言う。
今日は偶然、たまたまだ。
プリペイドカードを買う玲央のレジを担当しながら、上機嫌な幼馴染をちらりと見る。
まさか、バイト先まで、押しかけてこねー……よな?
ピピピ、ピピピ、ピピピ……。
規則的なアラームの音が鳴り響いて、薄らと意識が浮上する。
入寮式から一週間が経ち、新しい学年のカリキュラムに慣れてきた頃だ。
一年生の頃からじゃ考えられないくらいに、俺は遅刻をしなくなった。
何故なら。
「要、おはよう」
アラームと同じぐらいに規則正しく、俺を起こしに来る男がいるからだ。
近い距離で微笑みかけられると、がばっと起きて壁際に寄る。
既に身支度を済ませている玲央は、そんな俺を見て目を細め、伸ばした手を引っ込める。
「つーかなんで毎日朝来るわけ? 鍵どうした?」
「寮長さんに頼んだら合鍵くれた」
「だからそれがおかしいんだって! セキュリティ!」
「要の遅刻癖がなくなるなら歓迎、らしい」
「恨むべきは去年の自分……」
確かに、寮長には迷惑を掛けた。高山にも、勇斗にも、日替わりで起こしに来てもらったこともある。
その役が、今は玲央に回っているというわけだ。
がし、と髪をかいて、玲央を見る。
「寝坊しなくなったら来ないってこと?」
「俺が来たいから来てるだけだから」
真っ当な提案をしたのに、ふるふると首を振るんじゃねー!
いつの間にか定位置になった勉強机とセットの椅子に腰掛けている玲央を無視して、着替え始める。
いつまで続くんだ、この生活。
なし崩し的に、玲央と連れ立って食堂へ向かう。朝の食堂は、それほど混んではいない。高校の寮では、みんな一斉に食べていたから混雑していたけれど、大学は授業の始まる時間がずれるから、その分自分のペースで食事できるのは、有り難い。本来は俺も遅刻ギリギリ(もしくは堂々と遅刻)組だった。この、目覚まし時計並に時間に正確なヤツが現れるまでは。
「おはよーふたりとも!」
「はよ」
「っす」
高山の明るい声に、朝食のトレイを持ちながら挨拶を返す。自然と、高山の向かい側に座る。玲央は当然のように、俺の隣に座って来た。
「今日も仲良しだねえ」
「気の所為だろ」
「あざす」
高山ののほほんとした声に、同時に正反対のリアクションを返した。
白米に焼き鮭、卵焼き、ほうれん草の味噌汁、サラダという朝食は、まさに理想の栄養バランス。
塩辛い鮭と白米を一緒に頬張っていると、目の前の高山が笑う。
「つーかさ、深瀬、ちゃんと敬語使えんのに要にめっちゃタメ口なのおもしろ」
「ちゃんとじゃねーだろちゃんとじゃ」
「敬語の方がいい?」
普通にタメ口で聞いてくる玲央を横目に見て、少し考える振りをしてから、頷いた。
「そりゃあ、センパイですから?」
「わかった」
「それタメ口な?」
「ふは、ガンバレ後輩~!」
真剣に頷く玲央を見て、高山が無邪気に応援している。
口調なんかどうでもいいが、困る玲央を見てみたかったのに、動じやしねえ。
朝食を終えて、寮を出て、大学まで向かうのに、玲央は片時も隣を離れない。
別々に登校するように何度か言ったが、「俺がやりたいから」の一点張りだから、もう諦めた。
でかい犬がついて来ているようなもんだと思うと、あまり気にならなくなった。
流石に、大学の学部や授業は別だ。講堂の分かれ道で「じゃあな」と手を挙げると、「また」と言って頷き、自分の授業へと向かっていく。
そして玲央が一人になった途端、今がチャンスだとばかりに新入生の女子たちがアイツを囲み始めるのも、慣れて来てしまった。
――しかし、午前の授業が終わるタイミングで、毎日毎日出くわすのには、慣れない。
「なんで俺の時間割全部把握してるわけ……?」
「寮長が教えてくれた、っす」
「個人情報!!」
確かに、確かに去年は単位ギリギリで、進級できたのが奇跡だって言われまくったけれども!
俺の管理を年下の幼馴染に任せるつもりの寮長の意図が透けて見えて、小さく叫んでしまう。
くそー、逃げられねえ。
今日も今日とて、学食にも、連れ立って行くことになる。
寮の食堂とは違い、昼時の学食は広いが混んでいる。人混みをかき分けるようにして券売機の元へ行くと、一年の頃からの知り合いの男女と目が合った。
「うーす」
「おつー。ってか今日もその子と一緒? 毎日じゃん!」
「不思議だよなあ」
派手系な女子からの指摘に、思わず遠い目をして他人事のように呟く。
当の玲央は気にした様子なく、スマホの電子マネーを使って、日替わり定食のボタンを押し、「要は?」なんて聞いてくる。
「俺は唐揚げ」
「呼び捨てだし!」
「付き合ってんの?」
さらっと呼ばれた名前に気付いた二人は驚愕している。
唐揚げ定食のボタンを押してスマホを押し当てて精算し、玲央が待っている方へと向かいながら、「違ぇわ!」と強めに否定した。
ここで別れるつもりだったのに、男女どちらもついてくる。
「ねえねえ、どうなのイケメンくん」
「こいつめっちゃモテるんだよ」
「うるせーうるせー、おまえらこそさっさと付き合えよ」
トレイを持って言い返すと、男女は顔を見合わせて「えっ」と声を出した。それから肩を揺らして爆笑している。
「あっはは、うちらそんなんじゃないからー」
「恋愛要素ゼロ!」
「じゃあ俺らもそれだよ、なあ?」
手を振って笑う女子、親指を立てて爽やかに言い切る男子。きっとこの関係を、羨ましいと思うヤツらだっているんだろう。
その言葉に乗っかって、玲央を見ると、玲央は瞳を丸めて動きを止めていた。
「玲央?」
首を傾げて見上げて名前を呼んだところで、はっとして動き出し、間が空いた列を詰めた。
その様子を見ていた男女二人は、また顔を見合わせて、含み笑いを浮かべる。
「やっぱりモテんねー、朝倉」
「どういうことだよ……」
「お邪魔虫は退散といこか」
「それなー」
うんうん頷き合った二人は、「じゃまたー」と明るく言って、他の友達と合流している。
な、なんなんだ……。
二人の態度も、無言の玲央も納得がいかないまま、俺のトレイには、出来立て揚げ立ての唐揚げが載せられた。
相変わらず美味そうだから、今は唐揚げを味わうことだけ考えよう。
学食の唐揚げは、美味い。週に二回ぐらいは食べている。それでも飽きないから、本物だ。定食屋の半額ほどで食べられることに感謝している。
一口頬張るとじゅわっと肉汁が染み込んできて、ふわっと香る生姜の匂いがアクセントになり、白いご飯によく合うんだ。
「要、」
俺が唐揚げとご飯のハーモニーを全身で味わっていると、目の前に座る玲央が、やっと口を開いた。
今日の日替わり定食はエビフライで、タルタルソースが輝いている。
「そっちも美味そうじゃん」
「食べる、すか」
「っぶは、」
ぎこちなさすぎる敬語が不意打ちで飛び出してきて、耐えきれずに笑った。
玲央からの敬語なんて、初めてだ。
中学に上がった時でさえ、口調は一切変わらなかったのに。
今朝、高山に笑われたことが効いているらしい。
いつものまんまでいーよ、と言ってやるのが優しいセンパイなんだろうが、生憎俺は優しくない。
「食べねーよ、せっかくのエビフライなんだから味わって食え」
「うす」
「っふふ」
ダメだ、面白い。
真面目な顔で神妙に頷く玲央が新鮮で、笑いが止まらない。
少し落ち着こうと水を流し込むと、まだ箸を持ったまま定食に手をつけていない玲央が、口を開いた。
「要、は」
「うん?」
「誰かと、付き合ったりした、んすか」
相変わらずぎこちないけれど、その問いかけには、笑う気になれなかった。
「ほーら、くだらないこと聞いてないで食え。特別に唐揚げをやろう」
食いかけだけどな!
三分の一ほど残った唐揚げを箸で摘んで、口許に持っていくと、玲央は素直に口を開いた。
何故か目が合わないが、そのまま唐揚げを口に押し込んでやると、大人しくもぐもぐと咀嚼している。
玲央の目許が赤らんでいることに気付いて、「風邪?」と聞くと、ぶんぶん首を振って否定された。
「あ、ざす」
「エビフライも残さず食えよ」
「ん」
素直に頷いて、玲央は、やっと自分の箸を動かした。
小さく息を吐いて、俺も、残りの唐揚げとご飯、味噌汁をかき込む。
再会してからずっと、誤魔化してばっかりだ。
午後の授業の終わりも、玲央はしっかり俺を待っている。時には教室のドアの横で、時には校門の前で。
一体いつまで続けるつもりなんだ、と思いつつも、迂回したり遅れたりするのはどうにも気が引けて、結局毎日一緒に寮まで帰ることになる。
並んで歩く住宅街は、夕焼け色に染まっていた。
「今日、夜は部屋来んなよ」
「なんで、すか」
「来てもいねーから」
「え」
「バイト」
流石に、バイトのシフトまでは把握していないだろうし、積極的に教える気はない。
ただ、いない時間帯に部屋に来られて、めちゃくちゃ心配されてスマホの着信が鳴り止まないなんてことはもう御免だから(一回あった)、今日は前もって言っておく。
「なんの、」
「言わない」
「どこで」
「教えない」
「な、んで、すか」
「言ったら来るだろ」
「行くけど」
「だからだよ!」
言わない教えないと言ったときの玲央の表情は絶望にも近い暗さをしていたが、その顔に絆されちゃいけない。
心を強く持って言うと、素直な頷きが返って来て、思わず強めに突っ込んだ。
寮長にも、勇斗にも、高山にも、俺のバイト先については箝口令を敷いている。
一個ぐらい、見つからない場所があったっていいだろ。
「あ、」
「っしゃーせー、……げ!」
だから俺は、バイト先のコンビニの自動ドアが開いたこの瞬間、人生最大の後悔をすることになるんだ。
「要のバイト先、ここ?」
――寮から一番近いとこじゃなく、もっと遠いところを選べばよかった!!
と。
少し息を弾ませて自動ドアから入って来た玲央は、制服に身を包んで品出しをしていた俺を見つけ、満面の笑みを浮かべる。
ひどく嬉しそうなその顔を見てしまうと、ズキリと罪悪感が胸を過ぎる。
「終わるまで待ってていいっすか」
「いいわけねーだろ早く帰れバカ!」
でも、のうのうとそう聞いてくるから、即刻追い出すセリフを言う。
今日は偶然、たまたまだ。
プリペイドカードを買う玲央のレジを担当しながら、上機嫌な幼馴染をちらりと見る。
まさか、バイト先まで、押しかけてこねー……よな?


