可愛かった幼なじみが、めちゃくちゃ執着してくる

第二話 追いかけてくる




 入寮式が終わって、スーツの襟元を緩めながら、自分の部屋へと戻る。
『要、夜遊び常習って、ほんと?』
 玲央の不安そうな顔が頭から離れなくて、大きく息を吐いた。
 部屋に備え付けられている鏡には、金に近い茶髪を流して、スーツを着崩している軽薄そうな男が映っている。ピアスの穴は、二つずつに増えた。
 中学までは黒髪で、校則はきっちり守って制服を着ていた。玲央の頭の中では、そのままの俺で止まっているのかもしれない。
 はあ……。
 緩く頭を横に振って、スーツを脱ぐ。
 その代わり、着慣れた私服に腕を通した。
 Vネックの白いカットソーの上に、カラフルな迷彩柄のパーカーを羽織って、黒いチノパンを履く。ついでに、黒いキャップも被っておこう。
 気分転換に街にでも出て、適当に遊べば、気も晴れるだろう。
 そう思って部屋のドアを開ける。
「あ」
「え」
 目の前には、玲央がいた。玲央も着替えたようで、シャツにカーディガンという格好に変わっている。
「どこ行くの」
「どこでもいいだろー」
 目が合うと、玲央は焦ったように尋ねてくる。
 そういえば、入寮式で聞かれた問いは、結局誤魔化して答えなかった。
 玲央とすれ違う形で歩きだそうとすると、くい、とパーカーの裾を引かれて足を止める。
「要、」
「いい加減、俺離れしろよなぁ」
 これ以上話していると無意味にキツいことを言ってしまいそうで、息を吐きながら小さく言った。
 片腕を伸ばして、いつからか俺より高い位置にある玲央の黒い頭に触れて、ぽんぽん、と軽く撫でる。
 それは幼い頃からの、染み付いたクセのようなものだ。
「んじゃ、行ってきます」
「あ、」
「お、出かけんの?」
 ぽん、と玲央の背中を軽く叩いてからポケットに手を突っ込んで歩き出すと、ちょうど廊下から歩いて来た勇斗と鉢合う。
「おー、ちょっとな」
「門限守れよー」
「多分? 過ぎたら連絡するから上手く言っといて」
「断るけど?」
 勇斗のつれない返事に笑って、ひらりと手を振って歩き出した。
 俺と勇斗のやり取りを見た玲央の表情からは、そっと目を逸らした。









 住宅街を抜けた先にある駅から電車に乗って、数駅先の繁華街へと向かう。
 揺れている窓から、夜になりかけている空が見える。
 残念ながら、ビルの夜景の光に阻まれて、星は見えない。
 地元では、嫌というほど、夜空に星が煌めいていた。
『かなめ!』
 記憶の中の玲央は、幼くて、かわいくて、守ってやらなきゃいけない存在だ。
 道路を挟んで隣の家とは、家族ぐるみの付き合いだ。俺が生まれた時にはお隣さんを頼りにしていたし、玲央が生まれたときには、両親共々可愛がっていたそうだ。
『要くんはいい子ね』
『要、お兄ちゃんだもんね』
 玲央の両親は俺をそう言って褒めてくれたし、俺の両親も、俺が『手のかからないいい子』でいることを望んだ。
 玲央だって、俺が、『いいお兄ちゃん』の顔をすると、いつだって嬉しそうに笑っていた。
 最初はそれで良いんだと思っていた。
 でも、いつからか、それが息苦しくなっていた。
 だから俺は、逃げたんだ。
 中学で必死に勉強して、偏差値的に高い都内の高校を選んだのは、地元から離れる口実がほしかっただけ。
 高校デビューでまず髪を脱色して、そのまま夏休みに地元に帰ったら、両親が絶句した。
 玲央も驚いていたし、お隣さんも信じられない顔をしていたけど、玲央の姉ちゃんだけは、『かっこいいね』と笑ってくれた。
 色々と理由をつけて地元に帰る回数は年々減っていたから、そのまま、玲央とも会わなくなるもんだと思っていた。
(まさか、追いかけてくるとはな……)
 キャップを被り直して、息を吐く。
 目的の駅で、電車を降りた。
 いつだって、人が多い。
 雑踏の中を歩き、ネオンが煌めき始める繁華街へと足を踏み入れた。






 一人になりたい時に、決まって訪れるのは、未成年でも入れるダーツバーだ。
 高校のときに、まだ夜の過ごし方がわかっていなくてふらふらしていた頃、少し悪い先輩に教えてもらった場所。
 一人客も多いし、ノンアルでも問題ない。マスターも客も、深入りして来ないから、ここにいる間は、誰にも見られていない気がして、楽だった。
 たまに歓声が聞こえる方に目を遣ったり、人恋しくなったらヒゲが似合う妙齢のマスターに話しかけたりしていれば、時間が経つのはあっという間だ。
 そろそろ帰らないと、門限が近付いている。新学期早々に注意されるのも面倒だし、勇斗の立場が悪くなるのも申し訳ないから、名残惜しさを我慢して店を出る。
 外はまだ、ネオンが煌めいていて眩しい。
 足を踏み入れたときよりも、人通りは増えている。
 酔っ払った大人たちを脇目に、電車へ乗ろうと駅を目指して歩き始めたときだ。
「ほんっとイケメンだよね~」
「かわいい、食べちゃいたい」
 きゃらきゃらと笑い声が聞こえて顔を上げると、露出が多いお姉さん方に絡まれている、黒髪長身イケメンの見慣れた男。
「玲央?」
「か、なめ」
 つい、声を掛けてしまった。
 両腕を、お姉さんたちの腕にホールドされて、ガッツリ胸を当てられている。う、羨ましいな。
 しかし、当の本人は、情けなく眉を下げて、心底困った顔をしていた。
「何してたんだよ、探したぞー。ごめんねおねーさんたち、コイツ俺の連れ」
「えー、またイケメン来たんだけど」
「四人でも全然オッケーだし、遊ぼーよ」
 おお、お姉さん方の反応は上々だ。
 だが、サイドの二人の気が俺に逸れた瞬間に腕を振り払った玲央は、俺の背後に隠れた。ぎゅ、と服の裾を掴んでくる。
「ごめんねー、俺たち未成年」
「あーん、つれなーい」
 残念そうにしているお姉さんに笑って手を振り、玲央の腕を掴んで駅へ向かって歩き出す。
 玲央が、俺の手を握りしめていたことに気付いたけれど、そのままにしておいた。


 「なんであんなとこいたの」
 電車に乗っている間は、お互い無言だった。
 寮の最寄りにつくと、住宅街ならではの静けさがある。
 小さく問いかけた声が、やけに大きく響いた気がした。
 ずっと叱られた犬みたいにしょげていた玲央が、弾けたように顔を上げる。
「要が、いるかもって」
「だからって、未成年は来ちゃだーめ」
 ピン、と。
 腕を伸ばして、玲央の額を指で弾く。
 デコピンをしただけなのに、見上げた俺と目が合うと、じわじわと玲央の顔が耳先まで赤く染まって行った。
(おっと? これは、もしかして)
 非常にまずい、かもしれない。
 玲央は俺から目を逸らして、口許を押さえている。
 見てはいけないものを見た気がして、「もーすぐ門限だし、さっさと帰るぞー」と敢えて明るく言って、玲央より先に歩き出した。
「ま、って」
「うお」
 その腕を、玲央に引っ張られる。
「要は、慣れてるの」
「ん?」
「ああいうところ」
「さあ、どーだろうな」
 玲央の問いかけを誤魔化す度に、真っ直ぐな視線から目を逸らすことになる。
 ゆっくりと腕を解き、ぽん、と玲央の胸元を叩いた。
「ほら、行くぞ」
 そう言って、今度は振り返らずに歩き出す。
 門限ギリギリに帰った寮の中は、相変わらず騒がしかった。