可愛かった幼なじみが、めちゃくちゃ執着してくる



第一話 再び出会う





 ピピピ、ピピピ、ピピピ……。
 規則的なアラームの音が鳴り響いて、薄らと意識が浮上するけれど、まだまだ心地良い眠りに浸っていたくて目を閉じる。
 ついでに、この煩わしいアラームも止めてしまおうと、寝返りを打ちながら手を伸ばすと、スマホの硬さではなく、人の体温を手に感じた。
 ぎゅ、と、そのまま手のひらが握られる。

「おはよう、要」

 薄く開いた瞳いっぱいに映るのは、無駄に整った顔立ちで、蕩けそうな眼差しを向けてくる男の顔だ。
 見て見ぬ振りをしようと、腕を引いて壁際に身体を向き直したら、そのまま両腕が伸びてきて背中から抱きしめられるから、ぞわっとした。
「早く起きないと」
「起きてる起きてます起きてるって」
 このままだと流石にまずい。
 慌てて飛び起きて、両腕を伸ばして距離を取った。トン、と背中が壁にぶつかる。
 既に身支度を済ませている目の前の男は、少し乱れたワイシャツの襟元を整えて、小さく息を吐いた。
「そう。じゃあ俺、入学式だから」
「おー、行ってら!」
 俺が言うと、瞬いた後に、くしゃりと笑う。
 それだけでこんなに嬉しそうにするのは、まあ、かわいかった頃の名残が、ないこともない。






 普段は着ないスーツに身を通すのは、今日が大学の入学式で、その後に正式な入寮式もあるからだ。在校生も、先輩として参加しないといけないので、正装が義務付けられている。エスカレーター式で、高校から同じ敷地の寮に通っているからそれほど新鮮味はないが、この初日だけはちゃんとしておかないと、後から色々言われるのも経験済みだ。勉強机とベッド、収納があるだけの部屋は、狭いけれど気に入っていた。――アイツが、当然のように部屋に入って来るようになるまでは。
 地元が同じ、一つ下の幼馴染。
 深瀬玲央は、何故か俺と同じ大学に入り、寮まで同じになった。違う部屋のはずなのに、アイツが越して来てからこっち、毎日のように朝起こしに来る。なんでだ。
 まあ、田舎から出てきたばっかりで、不安なのかもしれない。昔馴染みの顔を見つけて、頼りたくなったんだろう。
 ――俺は、会いたくなかったし、なんなら、忘れていてほしかったけど。
「はよーっす、メシ食った?」
「はよー、今から食う」
「おっけ、俺も俺も。一緒に食お」
 部屋から出ると、向かいの部屋からちょうど出て来た高山と目が合った。人懐こく笑いかけてきて、明るく言われると、ほっとする。
 高山は大学から入寮して来て、去年から仲良くなった。背は小さいがその分元気いっぱいで、見ているだけで実家で飼っていた柴犬を思い出すのは内緒だ。
 同じくスーツに身を包んだ高山と、並んで食堂へと向かった。寮は、朝晩はご飯が出る。メニューは日替わりで全員同じだけど、栄養が偏らない分、とても有り難いシステムだ。
 食堂のおばちゃんたちに挨拶をして、トレイを持ち、空いている席に座る。
「つーか起きんの早くね? 今年になってから寝坊減ったよな、要」
「あー、まあ、ほら、もう二年だしィ?」
「なんだっけ、あの子。あの子が来てからさー」
「うわー今日の漬物まじでめっちゃ美味い、ほらおまえも食えって高山」
「んぐ」
 大根の漬物を箸で摘み上げ、無理やり高山の口に持って行く。ポリポリと音を立てて噛み、ごくりと飲み込むと、「美味いッ」と目を輝かせ、自分の漬物に手を伸ばすのを見てほっとした。
 俺と玲央の関係は、寮の中では黙認になっている。
 というのも、あれは、一週間前の話だ。
 四月に入ってすぐに授業が動き出す関係で、新入生の入寮は、三月のうちから認められている。
 入学式の前だが、ポツポツと新入生が入って来るのを出迎え、引っ越しの手伝いをするのが、習慣だ。高校の寮からの引っ越しだったが、去年は俺も先輩に手伝ってもらった。今年もそのつもりで、他の二年と一緒に待っていたときだ。何人かの新入生が緊張した面持ちで、荷物を持って寮に入って来た、その時。
「要……!」
 名前を呼ばれたと思ったら、次の瞬間、抱きしめられた。
 俺も、そして俺の周りも、時間が止まった感覚がする。
「会いたかった……」
 泣き出しそうな声で言うのは、黒髪長身イケメンの男。
 いやごめん、誰ですか。
 ――とは、言えなかった。
 その姿は、俺がよく知る、幼馴染のものだったから。
「あれは熱烈だったよなあー」
 なんとなく回想していると、思考を見透かしたように、ご飯を頬張っている高山が笑って言うものだから、咽た。味噌汁が変なところに入る。
「っごほ、」
「あっ、ごめん。スーツ汚すなよ、ほら」
 テーブルに備え付けのティッシュを手渡してくれるのに「さんきゅ……」と言いつつ、口許を拭う。
「幼馴染ってあんなもんなの?」
「絶対違う。……と思う、多分」
 自信がないのは、俺にとっての幼馴染は、玲央しかいないからだ。







 入寮式は、大学の体育館を貸し切って行われる。女子寮も参加するから、参加者はそれなりの人数だ。形式張った挨拶や、入寮時の注意事項なんかを話した後は、在校生と新入生が親睦を深める立食形式の昼食会がある。その準備で、在校生は駆り出されていた。
「要、はよ」
「はよー。デビューじゃん、副寮長」
「したくねーんだけど」
 軽口を叩きながら長机を出しているのは、茶髪短髪でメガネが似合う、鳴海勇斗だ。数少ない高校からの入寮組で、俺が信頼している友人の一人。なんでも器用にこなすし、人当たりも良いから、二年にして副寮長を押し付けられ……じゃなく、任されることになった。
「緊張してる?」
「しすぎてハゲそう」
「ぶはっ、嘘くせー」
 俺が笑うと、勇斗も笑った。
 もう一つ、二つ、と、一緒に長机を運んでいると、ざわ、とざわめきが聞こえる。主に、女子の。
 その視線の先には、入学式が終わって移動してきた、新入生たちがいる。
「目立ってるじゃん、幼馴染くん」
 勇斗が瞳を細めて言ってくるから、「そーね」と短く言って頷いた。
 新入生の中でも、頭ひとつ分背が高く、何より顔が整っている玲央は、女子たちの視線を独り占めしていた。
 うぐぐ……、わかってはいたが、複雑だ。
「ってかアイツが俺の部屋勝手に入ってくんの何?」
「あ、寮長が合鍵渡してたぜ」
「なんで!?」
 さらっと衝撃の新事実を告げた勇斗は、「呼ばれたわ、またな」と言って爽やかに手を挙げて寮長たちの方へと向かって行った。
 寮長は、この寮のボスだ。
 ウワサによると、三回目の四年生で、寮長も三年続けているそうだ。
 いつもサングラスを掛けていて、黒髪の長髪を後ろで一つに縛っていて、派手な柄シャツを着ているから、近寄り難い。
 今日も、スーツはスーツだけど、真っ白なスーツだ。
「要」
 最後の長机を出していると、影ができて、短く名を呼ばれてびくりとする。
「お、おー。入学式おつかれ、おかえり?」
 へら、と笑って言うと、玲央が手を伸ばしてくる。
 改めて見ると、スーツ姿がよく似合う。新入生はほとんどがスーツに着られているような状態だっていうのに、玲央は、着こなしているようにも見える。ついこの間まで高校の制服を着ていたくせに、生意気だ。幼い頃は、半袖半ズボンがよく似合っていたのに……。
 成長してしまった幼馴染は、俺が一人で持とうとしていた長机を、一緒に運んでくれた。
「あ、いいよ。一年は向こうで待ってて」
「俺がやりたいから」
「そっすか」
 さらっと言って、机を出すのを、女子たちが「気が利くじゃん」「イケメンで気が利くとか最高」「要チェックすぎるね」と頬を染めながら見つめている。
 その前から机を出している俺たちのことはアウトオブ眼中ってことですかー。
 はあ、と息を吐くと、影ができた。
「大丈夫?」
「あ?」
「要、疲れてそうだから」
「いや、」
 なんでかというと、おまえのせいです。
 本音をぐっと飲み込んで首を振ろうとすると、片頬に手を宛てがわれて顔を覗き込まれ、瞬いた。
「れ、」
「はーい、入寮式始まるんで、新入生と在校生はそれぞれ所定の椅子に座ってくださーい」
 名前を呼ぼうとした瞬間、マイク越しの勇斗の明るい声が聞こえ、はっとして玲央から離れる。
「ほら、新入生、あっちだから!」
「要……」
 そんな寂しそうな顔をするな!
 ぐいぐいと玲央の背中を押して、新入生側の椅子まで向かわせてから、在校生の場所の後ろの方の椅子に座る。
 高山がすぐに隣に来て、「熱烈だねえ?」と囁いてくるから、「マジ勘弁」と体育館の天井を見上げるのだった。
 どうなっちゃうの、俺の日常。






 寮監の紹介と、寮長からの挨拶、副寮長である勇斗が寮での諸注意(食堂や浴場の使い方や、ゴミの出し方、門限等の細かいもの)をした後は、歓談タイムになる。長机の上には、係の先輩たちが用意した軽食やお菓子、飲み物が準備されていて、ご自由にどうぞって形の立食形式のものだ。新入生に話しかけてやって、緊張を解すのが目的の時間だが……。
「すげーな」
 サンドイッチをもごもご食べながら、俺は遠目に、人だかりの方を眺めていた。横にいる高山も、おにぎりをもぐもぐ頬張りながら、同じ方向を見ている。
「こりゃあ、俺たちの出番はなさそうだねえ」
 のんびり言う高山に頷く。
 その人だかりの中心には、玲央がいる。
 玲央の周りには女子たちがいて、女子にお近付きになりたい男子たちも、その周りに集まっていた。
 女子は一年だけじゃなく、二年も三年もいるから、バチバチと火花が散っているようにも見える。こえー。
「去年は要があのポジションだったのにね」
「言うな、高山……」
 そう。
 所謂高校デビューをしていた俺は、大学になっても、見た目だけは派手だった。
 脱色をした白に近い金髪と、一つずつ開けたピアス、そしてイキって着崩したスーツで、この初日の入寮式ではキャーキャー言われたもんだった。
 遠い目をしながら烏龍茶を飲んでいると、「おつかれ」と、役目を終えた勇斗がやって来た。
 勇斗が持つプラスチックのコップに、自分のコップをコツンと合わせる。高山もそれに続いた。
「副寮長、かーっこよかったじゃん」
「マジ? 緊張しすぎて吐きそうだったんだけど」
「絶対ウソ!」
 流暢に寮則を伝える勇斗の顔からは、微塵も緊張を感じなかった。
 高山も突っ込んで、三人で笑う。
「寮則ってあんなにあったのな」
「二人はいくつ破ったことあんのー?」
 烏龍茶を飲みながら何気なく言うと、高山が俺たちを見上げて聞いてきた。
 俺と勇斗が高校から一緒なのを、高山は羨ましがっているところがある。
 勇斗と目を合わせ、肩を竦めて笑った。
「さあ?」
「要は全部じゃね?」
「んなことないって」
「うわ、ワルー」
 そんな何気ない会話で盛り上がっているときだ。
 わ、と歓声が上がったと思ったら、人だかりの視線が、一気にこちらに向かってきた。
 なに、なにごと?
「要!」
 そして、その中心から抜け出てきた黒髪長身イケメンこと玲央が俺の名を呼び、腕を掴んできた。
「うお、」
「要、今この人たちと話してたんだけど」
「おお?」
 この人たち、というのは、玲央を囲んでいた男女だろう。新入生も多いが、在校生もいる。もちろん、顔見知りのヤツもいて、俺がそっちを見ると、目を逸らされてしまった。
 俺の肩を強く掴んだ年下の幼馴染は、幼い頃と変わらない真っ直ぐな瞳で俺を見つめて、どこか不安そうに尋ねて来た。

 「要が、夜遊び常習って本当?」