眠り姫・オレがモデルに恋したはなし

「え、なに? どうした?」

 まさか、怪我した!?

(どうしよう)

 急いで起き上がろうとしたら、永臣がオレの肩を掴んだ。

「待って。髪が……絡まってる」

「え?」

 首をひねって見ると、永臣の長い髪が、オレのリュックのキーホルダーにがっちり絡まっていた。
 複雑に巻きついていて、どうしてこうなったのか、意味がわからない。

「うっそ……」

 目の前の永臣に視線を戻す。

(近い!)

 思わず離れようとしたら、永臣が顔をしかめた。

「引っ張るなって」

「ごめん!」

 背中に変な汗がにじむ。

「待って、リュック下ろす」

 慎重にリュックを下ろして、二人で道の脇にしゃがみ込んだ。
 クラスメイトたちは、もうどこにも見えない。
 残っているのは鳥の声と、やたらとうるさいオレの心臓の音だけだ。

 オレはおろおろしつつ、手伝えることもなくて、つい永臣を見てしまう。
 不思議な色をした、さらさらの髪。黒でも茶でもなくて、透明みたいな色。

 そして――永臣のにおい。

 永臣から、汗と、あの森のにおいがふわっと漂ってきて、胸がぎゅっとなった。
 山の空気より、永臣のにおいの方が落ち着くとか、絶対おかしい。

(ほんと、なんなんだよ……もしかしてオレ、カーディガンじゃなくて……)

「朔也……」

「は、はい? どうした?」

「見すぎ」

「いや、髪。どストレートだなっ……て」

「……」

 一瞬動きを止めた永臣が、小さくため息をついて、ぱっとキーホルダーから手を離した。
 あ、これ怒ってる。

「てか、なんでこんな大量にキーホルダーつけてるんだよ!? もう、ハサミで切るか」

 イラついた声に、つい言い返してしまう。

「は? ハサミなんてないし!」

「なんのための保健係?」

「保健係はハサミ係じゃないんだよ!」

「保健係は普通ハサミ持ってるだろ」

「お前が髪しばってないのがいけないんだ! なんで今日に限ってしばってないんだよ」

 永臣は少しだけ目をそらして、ぼそっと言った。

「……ゴム忘れた。寝坊して」

「そっか」

 そういうこともあるのか。
 完璧じゃない永臣も……なんか、可愛くていいな。
 そういえば、今日はメガネもかけていない。
 それも、忘れたのかもしれない。
 結局、五分くらいかかって、どうにか髪をほどいた。

「やっと取れた……」

「首痛い」

「大丈夫?」

 立ち上がった永臣がぽつっと言った。

「俺たち、このままだと遭難するかも」

「え……マジ?」

「行くぞ」

 永臣が歩き出す。
 オレは慌ててリュックを背負い直して、その後ろを追った。

 登山道は、見た目よりずっとキツかった。
 足元は石と木の根で不安定だし、登っても登っても最後尾が見えない。

「はぁ……はぁ……ちょっと休憩しない?」

「なに言ってんだ! もう誰もいないんだぞ? もし熊とか出たら……」

 永臣が、おびえた顔で暗い藪をにらむ。

「熊なんて出ないって」

「は? なんで分かる? 誰かがそう言ったのか?」

「お、落ち着け。もし熊がいるなら、山の人が言うって」

 なんか永臣のほうがよっぽどビビってる。

「言わないってことは、いないんだよ」

 と笑った、その瞬間――
 『熊注意』の立て看板が目に入った。
 一瞬、風が止んで周囲の音が消える。

 永臣の指が、オレの手をきゅっと握った。
 冷たい。本気でビビってる。

 ガサッ。
 藪が揺れた。

「うわ!」

「え?」

「走るぞ!」

 永臣に手を引っ張られ、やみくもに山道を走る。
 木々の間から差し込む光。鳥の声。風を切る音。
 オレはずっと、永臣の後ろ姿から目を離せなかった。

「……永臣」

 手を離した方が絶対走りやすい――そう言おうとしたら、永臣は振り返らないまま、少しだけ強くオレの手を握り直した。
 それだけで、胸が締め付けられる。
 息が切れてドキドキしてるのか、永臣にドキドキしてるのか。
 もう何が何だか分からなかった。