眠り姫・オレがモデルに恋したはなし

 金曜日。遠足当日。

 オレは集合場所の駅前に着くなり、ドサッとリュックを降ろして、そのまま地面に座り込んだ。
 班のメンバーを探す余裕もない。
 ずっと眠くて困ってたのに、急に寝れなくなるってなんなんだ。
 どこで狂った?

 ……いや、分かってる。分かってるけど。考えたくない。

 ◇

 ――昨日の夜。

 母さんのテンションが異様に高かった。
 永臣がテレビにチラッと映ったせいだ。

「生永臣、どう? カッコいい?」って言われたあたりで、思いっきり目が冴えた。
 あの脱ごうとしていたカーディガンを思い出して。

 自分の部屋に逃げて、気合いで寝ようとしたけど……
 いつもは気にならない時計の音が気になったり、枕の高さが気に入らなくてガサガサ直したりしてたら、遠くからゴミ収集車の音がして、絶望した。
 昨日もほとんど寝てないのに。
 オレ、大丈夫なんだろうか。

 ◇

「朔也、おはよ」

 手を振りながら悠斗くんが近づいてきた。

「おはよ」

 悠斗くんが、じーっとオレの顔を見てくる。

「……顔、だいぶやばいぞ? また寝れなかった?」

「うん」

「朔也、なんかやらかしそうで不安になってきた。崖から落ちたりとか」

「やめろ!」

 現実になりそうな予感しかしない。

 バス係の誘導で、みんながぞろぞろバスに乗り込んでいく。
 オレもよろよろとステップを登って、空いてる席に腰を下ろした。
 レクリエーションが始まってるけど、とてもじゃないけど参加できそうにない。
 窓に額をつけて、ぼんやり外を眺める。冷たくて、気持ちいい。
 隣のバスは永臣のクラスだ。あいつ、今日来てるのかな。

(来てたら、カーディガン貸してって言わなきゃな)

 そんなことを考えていたら、ジャージ姿の永臣が視界に入った。
 学校指定の黒ジャージ。キャップを深くかぶって、長い髪が背中に流れている。冷たいくらい整った横顔。

(……ジャージもめちゃくちゃ似合うな)

 数人の女子と話している。同じ班なのだろうか。
 女子はニコニコなのに、あいつはめっちゃ真顔だ。
 あんなんで、クラスで上手くやっていけるのか? 自分より心配だ。

 ――そう思った瞬間、永臣がこっちを見た。
 視線が刺さって、慌てて目をつぶる。寝たふりだ。
 心臓がドクドクいってる。
 今の、絶対目合った。

「はーもう。急にこっち見んなよ」

 こんなんじゃ、バスでも寝れないじゃん。

 ◇

 山の登山口。

「よーし、登るぞ」

 オレは深呼吸して、気合を入れた。天気がよくて、空気もおいしい。
 それほど高い山じゃないし、少しくらい寝不足でも――きっと大丈夫。

 周りでは、他の生徒たちがぞろぞろ登山道に吸い込まれていく。
 うちの班は保健係だから、最後尾。

(おっと、靴ひもがゆるんでる)

 しゃがみこんで結び直していたら、目の前に、ぬっと影が落ちた。

「山田、置いてかれてる」

 同じ班の出月(いづき)くんが、オレを見下ろしていた。

 もさっとした前髪で、目元がほとんど隠れてる。背はやたら高いくせに、存在感が薄い。
 一言で言うと不思議なやつだ。
 体格がいいせいで、強制的に担架を持たされてる。
 ちょっと可哀想だけど、本人は何とも思ってなさそうだ。

「すぐ追いかける」

「転ぶなよ」

 そう言い残して、出月くんは先に歩き出した。

 途中でほどけないように、靴ひもをきつく結ぶ。
 よし。
 立ち上がった瞬間、リュックからタオルがぽろっと落ちた。

「……チャック全開じゃん」

 慌ててファスナーを閉めようとしたら、今度はタオルが引っかかって動かない。
 なんとか引き抜いて押し込む。
 顔を上げると、最後尾の出月くんが、だいぶ遠くにいた。

「え、ほんとに置いてかれてるじゃん」

 登山口に取り残されてるのはオレだけ。
 まだ登り始めてもないのに、どうしよう。
 心が折れかけた、そのとき――

「朔也、何してるの?」

「え!?」

 振り返ると、永臣が立っていた。
 涼しげな目で、呆れたようにオレを見てる。
 てか、なんだ? この強烈なオーラ。

 山でも神々しい。山の神か?
 ……と思ったら、ちょっとだけ顔色が悪い。
 いつもの透き通る白さじゃなくて、少し青白い。

「永臣こそ、何してんの? もしかして、腹痛?」

 ビジターセンター横のトイレをちらっと見ると、永臣はムッとして言った。

「違うし」

「いや、今のうちにちゃんと出しとかないとヤバいって。次いつトイレあるか――」

「だから、違う。班行動がだるいだけ」

 声が少しだけ低くなる。オレは怒られる前に口をつぐんだ。
 班行動がだるい?
 まあ、視線を浴びながら登るの、だるいよな。
 その気持ち、一生分かってあげられないけど。

「な、なんかあったら言えよ。オレたちの班、保健係だから薬あるし」

「……もう朔也以外、だれもいないじゃん」

 永臣が辺りを見回す。

「薬持ってるの?」

「持ってない。薬はたぶん小春さんか陽菜さんが持ってる。重いのは、悠斗くんと出月くん」

「朔也は何持ってるの?」

「なぜか、なにも持ってない」

 なんでだ? 班員として信用されてないのだろうか。

「なにも持ってないくせに、なんでそんなにボロボロなの?」

 永臣が、じっとオレの顔を見る。
 オレは思わず、永臣をにらんだ。
 カーディガンがなかったせいだよ!
 ――と言ってやりたいけど、言えない。

 とにかく今日こそ返してもらう。
 それだけ、固く決意する。

「……ひみつ。で、永臣はなんでそんなに顔色悪いの?」

「そうか? 遠足、緊張して眠れなかったからかも」

 小さくつぶやいた永臣に、オレは思わず吹き出した。

「小学生?」

「うるさい。初めてなんだよ、こういうの」

 永臣がムッとした顔でそっぽを向く。
 照れてるような、怒ってるような、おもしろい顔。
 普段のクールな永臣からは想像できない。
 たぶん、この顔を知ってるのは――オレだけだ。
 そう思うと、ちょっと嬉しくて、やる気が出てきた。

「よし、登るか!」

「朔也、大丈夫? 崖から落ちたりしないよな?」

「それ、やめろ。オレだって山くらい登れる」

 だけど、登り始めてすぐ気づいた。

「あれ、え?」

 体が、坂道の登り方を完全に忘れてる。
 寝不足のせいか頭もふわふわして、足元がおぼつかない。
 永臣も慣れていないのか、いちいち石につまずいたりして危なっかしい。

「なんだこれ? 平衡感覚がおかしくなる部屋みたい」

 ふらっとよろけて、思わず隣の永臣の腕をつかんだ次の瞬間――
 今度は永臣が木の根につまずいた。

「うわっ!」

「なっ――」

 ドサッと二人まとめて道端に倒れ込む。

「痛っ……」

 オレの体の下に、永臣が押し倒される形になっている。

「ごめん!」

「朔也……動くな」

 永臣が、かすかにうめいた。