眠り姫・オレがモデルに恋したはなし

「うわ、この中から探すの?」

 店の前に立った悠斗くんが、呆然とつぶやいた。
 見渡す限り、香りの商品で埋め尽くされてる。
 しかも、どう見ても女性向けの店で、男三人で入るのはかなり勇気がいる。
 と、思ったら――永臣はしれっと中に入ってサンプルを手に取っていた。
 同じ制服なのに違和感がないのが不思議だ。
 あと、ずるい。

 とりあえず、一番手前にあった小瓶を手に取って、においを嗅いでみる。
 ぜんぜん違う。森じゃない。
 フローラル系、ウッド系、スパイス系……
 覚悟を決めたらしい悠斗くんが、店に入って次々とサンプルを持って来る。

「これは?」

「うーん」

「こっちは?」

「違う……」

(永臣って、どんなにおいだったっけ)

 オレは首をかしげた。
 シダーウッドとサンダルウッド。
 この辺が近い気もするけど、どこか違う。

「これは? 近いんじゃない?」

「一部入ってる……ような」

 嗅げば嗅ぐほど、何がなんだかわからなくなってくる。

「ダメだ。全部同じにおいに思えてきた」

「いったん休憩するか」

 そのとき、少し離れたところにいた永臣が、ふと口を開いた。

「俺のにおい、探してるんだよな?」

「う……まぁ。カーディガンのね」

「それって、どんなにおいなの?」

「え? うーん、湿った森? みたいな」

(……湿った森ってなんだよ)

「もしかして、こんな感じ?」

 永臣は、いくつかアロマオイルの小瓶を持ってきて、まとめてオレの鼻先へ突き出した。

「あ、近い! なんかが足りないけど、でも近い!」

 オレが勢いよく言うと、永臣は小さく「そういうことか」とつぶやいて、小瓶を棚に戻しに行った。
 なぜか口元だけ笑っていて、ちょっと怖い。
 そして、戻ってきて言った。

「ここには、売ってないと思う」

 ◇

 フードコートの隅の隅。

 誰にも気づかれなさそうな観葉植物の陰に、オレたちはいた。
 悠斗くんがメガボックスとかいうどでかいポテトを、テーブルに置きながら言った。

「なんか、無性にラーメン食べたい気分」

「わかる。けど、とりあえずポテトだけにしておこう」

 オレは、立ち上がりかけた悠斗くんをひとまずソファに座らせた。
 永臣は人混みに疲れたのか、ジュースを手に持ったまま、グダっとソファに沈み込んでる。

「それで。ここに売ってないって、どういう意味?」

 ポテトに手を伸ばしている永臣に尋ねると、なぜか気まずそうに視線をそらして、ストローを咥えた。
 そのまま、何も答えない。
 なんだよ。さっきは笑ってたくせに。

「……なに」

「いや、なんて言うか」

 また視線をそらす。
 なんだ、このスルスル逃げるウナギみたいな態度。

「あ。売ってないって、もしかして。……ちょっといい?」

 悠斗くんが、何かに気づいたような顔をして、永臣の手を取った。
 そして、永臣の袖口に顔を寄せて、においを嗅いだ。

(待って! なんだそれ!?)

 なぜか分からないけど、胸がざわついて、オレは思わず立ち上がった。

「そういうことか」

 悠斗くんが、納得したように頷いた。

「だから、なにが!?」

 たまらず聞くと、悠斗くんは永臣と同じことを言う。

「売ってないんだよ」

 それはもうわかってる。
 なんで売ってないのかを早く教えてほしい。
 なんならネットで買うし!
 永臣は、さっきから机の一点をぼんやりと見つめている。

「つまり?」

 促すと、悠斗くんは永臣の方をちらっと見てから言った。

「特別な何かはつけてないってことだよな?」

 悠斗くんにそう聞かれて、永臣は視線を足元に落としたまま、ぼそっと口を開いた。

「……たぶん、シャンプーとかハンドクリームとか、家のにおいなんだと思う」

「は? まさか……」

 家のにおいに、こんな中毒性あるか?

「香水つける時もあるから、その香りも混ざってるかもしれないけど」

「でも、それだけで――」

 オレは、そこで口を閉じた。
 なんか、このへんで黙っといたほうがいい気がする。

 『特別な何かはつけてない』って、もしかして――

 ……と思ったところで、悠斗くんと思いっきり目が合った。

「永臣のにおいの正体は……永臣だったってこと」

「――!?」

「売ってるわけない」

 永臣が、ちらっとオレを見て言った。

「俺のにおいだから」

 さらっと爆弾投げてきた。

 ……と思ったら、本人も爆風浴びて、なんか赤面してる。

 なんだよ、それ!
 照れるくらいなら、最初から言うな!

 顔が一気に熱くなる。
 え……オレ。
 必死に永臣のにおい探してたの?
 友達と、本人巻き込んで?

 持ってたポテトがぽろりと手から落ちた。
 それって――つまり、その……
 オレは、フードコートの大きな窓から見える景色のそのまた向こうを見つめて、小さくつぶやいた。

「恥っず」