眠り姫・オレがモデルに恋したはなし

「……行く」

 永臣がぼそっと言った。

(え、行くの!?)

 今から、モールに、この三人で?
 この雰囲気のまま?
 思わず、永臣の横顔を見た。
 もう怒ってはいないみたいだったけど、無表情というか、よそ行きの顔をしてる。
 何考えてるのかさっぱり分からない。

「ちょっと待ってて」

 永臣はちらっと廊下を見渡してから、近くの空き教室に入った。
 オレと悠斗くんも、なんとなくついていく。
 リュックを床に下ろして、ブレザーを脱ぐ永臣を、オレと悠斗くんはぼーっと見ていた。
 長い髪を、慣れた手つきで三つ編みにしていく。
 それを背中に垂らして、上からブレザーを羽織った。

「それ、変装?」

 悠斗くんが尋ねた。

「うん」

「三つ編み、うまいね」

「まあ、慣れれば簡単」

 ボソボソしゃべりながら、最後に永臣はリュックから帽子を出して、目深にかぶった。

「おおー」

 オレと悠斗くんは、思わず声を上げた。
 すごい。別人だ。
 さっきまでの中性的な雰囲気が消えて、めちゃくちゃかっこいい男子高校生になってる。

「かっこいい!」

「でも……」

 悠斗くんが顎に手を当てて言う。

「これはこれで目立つんじゃ?」

 たしかに。

「目立つ」

 普通にカッコよすぎる。

「そっか。忘れてた」

 永臣は、リュックからあの大きなメガネを出してかけた。

「あ!」

「お?」

「いいかも! スタイルの良さは隠せてないけど、なんか変人っぽくなった」

 オレが言うと、永臣が笑った。
 図書室で見る、あの笑顔だ。
 オレはほっとして、言った。

「カーディガン、ごめんな」

「俺も……怒りすぎた。ごめん」

「じゃ、行くか」

 悠斗くんがそう言って、三人で廊下を歩く。

「そういえば。モール、何しに行くんだっけ?」

 永臣が首をかしげた。
 オレと悠斗くんは、思わず顔を見合わせた。

「……永臣の、におい探しに」

「……」

 変態っぽい。
 さすがの悠斗くんも無言だ。

「え?」

 永臣が足を止めた。

「俺の、におい?」

 引いてる。

「じゃなくて、永臣がつけてる……香水?」

「ああ」

 永臣は少し考えてから、ふっと笑った。

「そうなんだ」

 なんか、意味ありげだ。
 でも――まあ、いいか。
 今は、みんなでモールに行けることの方が嬉しくて、楽しみだ。

 ◇

「モール、すげー!」

 天井、高っ。
 入口の吹き抜けを見上げて、オレは思わずくるりと一回転した。
 このモールは、数か月前にできたばかりだ。
 家族とは一度来たけど、ほんとは友達と来たかった。

「植物、生えてるー」

 緑が上から垂れてて、ちょっと森みたいだ。
 楽しい。

「朔也、テンション高いな」

 悠斗くんが笑う。

「そう?」

 振り返ると、悠斗くんがちょっと照れくさそうにニコッと笑った。
 永臣は顔が見えないほど俯いてる。

 ……やばい。
 オレのテンションだけ浮いてる。

 周りを見ると、カップルと家族連ればかりだ。
 高校生の男三人組って、目立つのかも。
 慌てて二人のところに戻って、そっと横に並ぶ。

「ごめん。浮かれすぎた」

「別にいいけど。朔也、ここ初めて?」

 悠斗くんが、さりげなく話題を振ってくれる。

「いや、初めてじゃない」

「初めてじゃないんかい」

 すかさずツッコミまで入れてくれた。
 優しい。

「でも、ゲーセンくらいしか行くとこなくてさ」

「わかる。俺はスポーツ用品店行きがち」

「永臣は?」

 ――あ、つい名前で呼んでしまった。

 俯いてるのが気になって、口が滑った。

「俺も、初めてじゃないけど……」

 永臣、なんか様子が変だ。

「どうかした?」

「なんでもない」

 なんでもないって顔じゃない。
 落ち着かないみたいに、視線があちこち泳いでいる。
 やっぱり、人目が気になるのかな。
 オレは、そっと悠斗くんと顔を見合わせた。

「今日はやめとく?」

 オレが言うと、永臣はさっきまでと打って変わって、やけにてきぱきと指示をし始めた。
 なんていうか、あまのじゃくだ。

「エスカレーターはあっち。香りの店は三階。早く行くぞ」

 そう言うなり、さっさと歩き出す。一歩が大きくて、こっちは小走りになる。
 追いかけながら、ふと気づいた。
 意外にも、悠斗くんの方が背が高い。

(思ってたより、普通のやつなのかも)

 オレはそんなことを考えながら、エスカレーターに乗った。
 二階が近づいたそのとき――
 斜め右から、なんとも言えない圧を感じた。
 視線が、勝手にそっちへ吸い寄せられる。
 なんだ? メンズショップの、巨大なパネル?
 そのモデルからなぜか目が離せない。

 え、あれって――

(永臣!?)

 表情が鋭くて、冷たくて、めちゃくちゃカッコいい。

 「朔也! そっちじゃないから」

 右へ歩きかけたオレの手を、永臣がガシッと掴んだ。

「え、なに? 痛い」

「いいから」

「でも待って、あれ……」

「行くぞ」

「なが――……んぐ」

 悠斗くんの逞しい腕に、そっと口をふさがれた。

「朔也、騒ぐと変装の意味なくなるから」

 コクコクと頷くと、悠斗くんの手が離れた。
 二人に挟まれて、オレは強制的に三階行きのエスカレーターに乗せられた。
 三階に着いたオレは、興奮して永臣に詰め寄った。

「あれ。永臣じゃん!」

「そうだけど、だからなに?」

 永臣は、うんざりしたように言った。

「なにって……もう一度見たい」

「は? やめろ」

「なんで」

「だから、見られたくないんだって!」

 永臣の声が大きく響いた。
 オレはびくっとした。
 すれ違う人が、こっちを見てる。
 永臣はハッとしたように口をつぐみ、ゆっくり息を吐いた。

「まぁまぁ」

 悠斗くんになだめられ、永臣はそっぽを向いたまま歩き出した。
 その背中を眺めながら、オレは思った。

(なんであんなに怒ったんだ?)

 「完璧なモデル」みたいなイメージ持たれてるけど、全然そんなことない。
 意外と陰キャだし。
 オレたちと変わらないじゃん。