眠り姫・オレがモデルに恋したはなし

 五時間目の英語。

 ペアごとに英会話の練習をしていて、教室中がざわついている。
 オレのペアは小春さん。
 この前、永臣のカーディガンを渡さなかったせいか、若干怒ってる気がする。
 ぷくっと膨れた頬を見ていると、申し訳ない気持ちになる。

 だけど、譲るつもりなんて全くなかった。
 もし、なんとなく渡してたら、めちゃくちゃ後悔したと思う。
 だから、自信を持ってあの時のオレを褒めたい。
 でも……正直、気まずい。
 思わず小春さんから視線をそらしたとき、オレはとんでもないことに気づいてしまった。

(カーディガンが、ない!!)

 机のフックにかけてあったはずの白い紙袋がない。
 小春さんを放置して席に戻り、机の中を漁る。
 教科書。ノート。筆箱。
 ない。

(やばい。どこいった?)

 廊下に飛び出して、ロッカーの中をかき回していたら、悠斗くんがドアから顔を出した。

「なに、どうしたの?」

「オレのカーディガンが、ない……」

 口にした瞬間、自分でもハッとして、あわてて黙る。
 つい「オレの」なんて言ってしまった。
 悠斗くんは、なんていうか、癒し系だ。
 大きくて、強くて、優しい。クマさんみたいな。
 だから、考えてたことが、そのまま口からこぼれた。

 そんな悠斗くんが、何か言いたげにオレを見ている。
 その視線に、疑問と気遣いが入り混じってて、ちょっと胸が痛い。

「……カーディガン、着てるよな」

(着てた!)

 そうだった。今朝は少し寒かったから、自分のやつを着てきたんだった。
 そう。オレがなくしたのは、オレのじゃない。
 交換条件で借りた、永臣のカーディガンだ。

 でも、どう説明すればいいんだ?
 嘘はつきたくないし……本当のことは、さすがに言えない。
 逃げるみたいに視線を落とした、そのとき――
 悠斗くんが、小声で言った。

「もしかして、なくなったのって『永臣』の?」

「なんで、知ってるの!?」

「紙袋に入ってるの、気づいてた。いいにおいするし……いつ返すのかなって」

「だよなっ」

 思わず声が大きくなる。
 よかった。
 あの香りを「いいにおい」って思ってたのは、自分だけじゃなかった。
 オレ、変じゃなかった。
 安心して、笑みがこぼれる。

「あれって、何のにおいだと思う? 同じの欲しいんだけど、よく分からなくてさ」

「え? うーん。香水とか……お香? 俺もそっち系詳しくないからな」

「そっか。だよな」 

 少しがっかりしたけど、一緒に考えてくれただけで嬉しい。

「学校帰りにモールで探してみれば? そういう店あった気がする」

「行く!」

 嬉しすぎる申し出に即答した。

「悠斗くんも行く?」

「いいよ」

 やった!
 久しぶりの、ちゃんとした放課後の予定だ。

「朔也、すごい嬉しそう」

「そう?」

 顔が、勝手にニヤける。
 オレは完全に浮かれていて、なくした永臣のカーディガンのことを、すっかり忘れていた。

 ◇

 放課後。

 悠斗くんと一緒に教室を出た。
 誰かと帰るのは久しぶりだ。隣に人がいるだけで、気分が全然違う。
 ウキウキと歩いていたら、廊下の向こうで、人の流れが一瞬止まった。

「え、永臣じゃない?」

「この時間にいるの珍しいね」

「やば、カッコいい」

 女子の声が聞こえる。

(うわ……永臣だ)

 思わず足が止まる。
 すごい。芸能人みたいだ。
 考えてみたら、図書室以外で見るのは初めてだ。
 夕方の光も、空気も、あいつの周りだけ特別に見える。
 周りの生徒がちらちら見てるのに、永臣は誰も見ない。
 まっすぐ、ランウェイでも歩くみたいにこっちに向かって来る。

(図書室にいる時と、雰囲気違うな。なんか全身モデルって感じ)

 他人事みたいに眺めていたら、そのままオレの前まで歩いてきて、ぴたりと止まった。

「え……と。どうした?」

 無言で見下ろしてくる。
 顔が怖い。
 というか、目が怖い。
 怒ってるみたいだけど、オレ何かした?
 そのとき、悠斗くんが、耳元でささやいた。

「朔也。永臣、カーディガン着てる」

「え、なんで? なくしたはず……」

 言った瞬間、ハッとして口を押さえた。

(まずい)

「よかったな。見つかって」

 声が、いつもより低い。

「それ、どこに……」

 オレは混乱したまま、永臣の胸元――つい二時間前まで自分のものだったカーディガンを見つめた。
 きっちり全部のボタンが留められたカーディガンは、もう自分の元に戻ってくるつもりはないみたいだ。

 永臣の目が、さらに険しくなる。
 怒ってる。
 やっぱりめちゃくちゃ怒ってる。
 オレが、借りたものを大事にしなかったせいだ。
 どうしよう。

「他のクラスの女子が見つけて持ってきた」

 それだけ言って永臣は黙った。
 沈黙が長い。

「……こういうの、困るから」

 冷たく言って、背を向ける。

「待って……」

 このまま行かれたら、もう図書室には来てくれない気がした。
 オレは咄嗟に永臣の制服の袖をつかんでいた。
 永臣の動きが止まる。
 でも振り返らない。

「あの、オレが……悪かった」

「……」

 永臣は黙ったまま、その場に立っている。
 何を考えているのか、後ろ姿からじゃよく分からない。
 気まずい沈黙が続く。

 そのとき。
 悠斗くんが、軽い感じで言った。

「ねえ、三人でモール行かない?」