眠り姫・オレがモデルに恋したはなし

 家に入った瞬間、母さんのテンションが一気にMAXになる。

「えっ、永臣くん!? どうしたの? 髪、切った!?」

 いきなり髪の話。
 これは、先に言っておかなかったオレが悪い。
 言うタイミング、どこにもなかったけど。
 永臣は靴をそろえながら、淡々と答えた。

「切りました」

「似合う! すっごい似合う! 写真撮っていい?」

(オレかよ! もうスマホ持ってるし)

 母さんは本当に嬉しそうで、なんか親孝行でもしてる気分になってくる。
 永臣が、オレの家をきょろきょろ見回した。
 珍しい。興味あるのかな? こういう普通の家。

「と、とりあえず上がって」

 オレが言うと、母さんが言った。

「ごはん! まだでしょ? 朔也、手伝って!」

「はいはい」

 ◇

 味噌汁と炊きたてのご飯。
 それから焼きそば。刺身。
 あり合わせすぎて、申し訳ない。

 母さんの圧がすごいのに、普通に食べる永臣。
 落ち着いてる。
 子供の頃から大人の世界にいて、慣れてるんだろうなって思う。
 それに、食べてるだけできれいだなんて、やっぱり特別だ。
 母さんが言う。

「永臣くん、学校どう? 楽しい?」

 箸が止まる。

(やばい、今度は学校の話か)

 永臣は、少し考えてから答えた。

「……楽しい、です」

 そう言いながらこっちをちらっと見た。
 ドキッとする。

「そっか。まさか、朔也と友達になってくれるなんてね!」

 母さんは「奇跡だわー」とうなずいて、洗い物を始めた。

(これから、友達以上になる予定なんですけどね)

 オレは、さっきから滑ってぜんぜん取れない焼きそばのキャベツを、突いた。

 ◇

 夜。

 母さんは「今日は泊まってってね!」と言って、自分はさっさと寝た。
 早い。うちの母さん、寝るのが早すぎる。
 父さんは出張中でいない。

 そしてオレの部屋……なぜかベッドが広い。
 両親が昔使っていたのを使ってるから、無駄に大きい。
 永臣がデカくても余裕で二人で寝れる。

(どうする?)

 オレが悩んでいると、永臣が言った。

「一緒にベッドで寝ればいいじゃん」

 軽っ。

「よくないだろ!」

「なんで」

 永臣がこっちを見る。
 短い髪のせいで、表情がそのまま見えてしまう。
 視線がまっすぐ刺さる。

「矢かよ!?」

「矢?」

「なんでもない。てか、ほんとに一緒に寝るの?」

「そんな意識することないじゃん。俺んち泊まった時も同じベッドだったし」

 ……たしかに、同じベッドだった。
 でも、オレたち何か忘れてないか?
 朝、一瞬起きた時――なんか、抱き……?
 って、今ここで思い出すな! 寝ることだけを考えろ。 

「でさ」

 永臣が、急に言った。

「朔也が俺とやりたいことって何なの?」

「え?」

 なんか、目つきが変だ。
 挑発するみたいな、モデルの時の顔。
 髪が短い分、破壊力が増してる。

「さっき言ったよな。俺とやりたいことたくさんあるって」

「いや、あれは!」

 なにこれ!?

「あれ、なに?」

「普通の……普通のやつだよ!」

「普通ってなに。俺、あれでめちゃくちゃ元気出たんだけど」

(詰め方がこわい)

「ゲームとかじゃね?」

 なぜか疑問形になる。
 おまけに声が裏返った。
 永臣の口角が上がる。
 怖い。

「ゲームね。じゃ、電気消して」

「なんでだよ!」

「明るいと、朔也があれ、できないかと思って」

「あれ?」

 なんのことだ?

「消さないの?」

「消さない!」

「へー。勇気あるね」

「へーじゃない!」

 永臣が、オレの方に一歩近づく。

「……朔也」

 名前を呼ばれただけで、心臓が変な音を立てる。

「俺さ」

 永臣が、そのままベッドに座ってオレを引っ張った。

 後ろから抱きしめてくる。

「お前としたいこと、たくさんある」

「オレのマネすんな……」

「だから、はやくしろよ。まだ?」

「まだって……なにが? さっきから、なにいってんの?」

 永臣が、ほんの少し首をかしげた。

「告白の返事に決まってる。やりたいことは、そのあとでいいだろ?」

「……」

 抱き締められたまま、言葉が止まる。
 そっか。まだ本人に言ってなかった。
 だけど、それは……

 言葉をさがしていたら、永臣がため息をついてうつむいた。

「今日の俺、ダサかったし。図書室の告白もなんかダサかったし」

「……」

「だから、嫌われたのかな、って」

 急にしょんぼりする。

 今度はなんなんだ? 情緒不安定か?

「嫌ってなんかいない。むしろ……いや、それは明日言うから」

「……明日?」

「図書室で言うって決めてたんだよ」

「そっか。わかった」

 永臣はうなずいて、布団をめくった。

「寝るか」

「うん……」

 ベッドの端に入る。
 それでも永臣が近い。森のにおいがする。

「電気、消す?」

 永臣が小声で聞いてくる。

「……消す」

「消すんじゃん」

「消すだろ」

 永臣がははっと笑った。
 その笑い声。ずっと聞いていたい。

「じゃあ、明日な」

「……明日」

 今度は、逃げられない。