眠り姫・オレがモデルに恋したはなし

 暗い室内に、出月くんが踏み込んだ。

「お前、なにやってんの」

 永臣がびくっとして一歩後ずさる。
 カーテンが閉まってて、空気が、よどんでる。

(……暗い)

 オレは、相変わらず寂しくて冷たい室内を見回した。
 あの日から、何も変わっていない。
 モデルルームみたいな、部屋。

「髪切ったって、何も変わんねーからな!」

 出月くんが大きな声を出す。

「ったく、ガチのイケメンになってどうすんだよ。逆に仕事増えるだろ」

 永臣が、言い返すみたいに言った。

「増えない。もう辞めるから」

「辞める辞めるって、それ何年前から言ってんの?」

 オレは言葉が出なかった。
 だって、永臣はなにも悪くない。
 出月くんもわかってる。

「この髪見たら、母さん無言になってた。さすがに諦めたんじゃない?」

 短い髪のせいで、表情が全部見える。
 疲れてて痛々しい。
 それに、永臣ってこんなに痩せてたっけ?
 飯食ってるのかな?
 ちゃんと寝てる?
 抱きしめてあげたい。
 オレは、ここに来た目的とか完全に忘れて、そんなことばかり考えていた。

「とりあえず、座ったら?」

 永臣がソファを指差す。
 初めて来た日、完璧過ぎて座れなかったソファだ。
 相変わらずそのままの状態でそこにある。

「なんか食べる?」

 冷蔵庫を開けながら言った。
 冷蔵庫の光が、表情のない横顔を照らす。

「いや……今はいいかな」

 出月くんがぽつりと言った。

「そう? そっか」

 話が微妙に噛み合っていない気がする。
 あいつ、大丈夫か?

「そんで、お前はちゃんと食べてるの?」

 出月くんが、いろいろ諦めたみたいに、どさっとソファに座った。
 永臣は肩をすくめて、バタンと冷蔵庫を閉めた。

「食べてない。昨日……撮影の後、すごくイライラして、そこで髪切ろうとしたら……」

「キッチンで!?」

「そう。そしたら、つるつるすべって全然切れなくてさ」

「……」

「自分の髪すら思い通りにならないのかって思ったらムカついて、ぜんぜん腹減らなかった」

「……」

「で、今朝強制的に美容室連れてかれて、学校行けなかった」

「そっか」

 出月くんが静かに言った。
 もう怒ってないみたいで、ほっとする。

「でもま、よかったな。仕事辞められるなら。願いが叶ったわけじゃん」

「まーね。だけど……」

 そこで永臣は床をみつめた。

「どっちでもいいかな。俺、朔也に振られたっぽいし」

「え!?」

 オレは思わず叫んだ。

「振ってない!!」

 自分の声がリビングに響き渡った。
 隣の家まで聞こえたかもしれない。
 でも、仕方ない。フッてないんだから!!

「そうなの?」

 永臣がゆっくり目を見開く。

「オレ、永臣とやりたいこと、たくさんあるから」

 本当に。数えきれないほど。
 ゲームとか、買い食いとか、テスト勉強とか……ほかにもたくさん!!

「だから、だから……」

「……そっか。わかった」

 永臣が、うなずいた。
 オレの胸が、ぎゅっとなる。
 キスしたいって一瞬思って。
 こんなときに、そんなこと考えた自分に驚く。

「……それにしても、お前すごいな。ちゃんと自分でどうにかしたんだ」

 出月くんが感心したようにいう。

「……まぁね。ついに禁じ手使った」

 永臣が言った。

「いや、禁じ手過ぎるだろ。髪切るとか。そのへんに落ちてそうで怖いわ」

「普通に落ちてる。掃除機、吸わなかった」

「……コロコロは?」

「1回で使用不可になった」

 出月くんがオレの方を見る。

「髪、強っ。怖っ」

 オレに言われても、困る。

「で、このあと、どうする?」

 出月くんがオレと永臣の顔を順番に見る。

「え、髪の掃除?」

「いや、髪はもういいから。俺んち来るか? 1人暮らしだし」

 出月くんが言う。

「え、なんで……出月の家」

 永臣が引いてる。

「いや、なんで引いてんの。お前病んでて、ここに置いてけない」

「出月の家は……やだ」

「やだ!?」

 オレは、ハッとして言った。

「うち来る!? うちに泊まりに来なよ!」

 遠足の続きだ。
 永臣は少しだけ迷って、うなずいた。

「行く」