眠り姫・オレがモデルに恋したはなし

 教室に戻ると、みんなが机を持ってガタガタと移動している。
 席替えだ。
 オレはと言えば、図書室の出来事から抜け出せないまま、他人事みたいにその様子を眺めていた。

 オレに気づいた担任の岡野先生が、早く机を運べと目で合図する。
 どうやら遅刻は見逃してもらえたっぽい。

 自分の机に近づくと「4」と書かれた小さな紙切れが乗っている。
 黒板を見ると「4」は窓際の後ろから2番目の席だ。

「やった」

 思わず声が出た。
 普段から、廊下側になることが多いのだ。
 名字が「山田」だから。
 山田朔也(やまだ さくや)。それが、オレの名前だ。

「移動したら、班ごとに机を合わせろー」

 騒がしい教室に、先生の声が飛ぶ。
 だけど、だれも聞いていない。みんなご近所さんと仲良くなるのに必死だ。

(はやく、オレも誰かと……)

 焦るけど、遅れてきたオレが入れる場所なんてもうどこにもない。
 すき間を縫うようにして、どうにか机を運ぶ。

 どうやら、来週の遠足に向けて、五人ずつの班になるらしい。
 行き先は山。まさかの登山だ。
 班行動なら、ぼっち回避できるかも。
 少しだけ、ホッとする。

 新しい席に落ち着いたとき――隣の女子が声をかけてきた。

「ねぇ」

「え?」

 机の名前をチラッと見る。
 彼女は、石坂小春(いしざか こはる)さんと言うらしい。
 一度も話したことない……なんだろう。
 小春さんが不思議そうに首を傾げて言った。

「なんで、カーディガン着てるのにもう一枚持ってるの?」
 
「オレも同じこと思ってる」
 
「え……」

 小春さんが黙る。
 しまった。変なリアクションをしてしまった。
 せっかく、友達を作るチャンスだったのに。

 なんで、いつもこうなんだ。
 気づけば、自分以外の四人が、じっとカーディガンをみつめてる。
 この班だけ、時が止まってる。

「さっき……拾った。第二図書室で」

 どうにか答えたら、今度は前の席の男子・藤田悠斗(ふじた ゆうと)くんが、おっとりと追い打ちをかけてくる。

「第二図書室で、何してたんだ?」

 たしかに、そのとおりだ。
 普通は、昼休みに一人でそんな所に行ったりしない。
 寝てた、なんて言ったら――また変な空気になる!
 どうしよう!?

 パニックになりかけたそのとき、もう一人の女子・三井陽菜(みつい ひな)さんがボソッと言った。

「落とし物なら、裏の名前見れば?」

(そっか、名前!)

 なんで、気づかなかったんだ。
 オレは、ずっと抱えていたカーディガンを体から離して、そっと開いた。
 ふわっと、森のにおいが広がって、なぜか胸がギュッとなる。

「えと……」

 タグを見ると、几帳面そうな字で「一原永臣」と書いてある。

 なんて読むんだ?

「いちはら……なが……?」

 読み上げた瞬間、真顔だった小春さんと陽菜さんの表情が別人みたいに変わった。

「うそ、ながおみ?」

「なんで山田くんが持ってるの!?」

「……え?」

 びっくりした。声が大きくて、怖い。

「それ、誰なの?」

 悠斗くんも知らないみたいで、ぽかんとした顔で言った。
 良かった。仲間がいた。

「学校一の有名人だよ。知らないの? モデル!」

 小春さんが身を乗り出す。

「モデルかぁー、すごいな」

 ピンと来ないまま相づちを打ったら、棒読みっぽくなってしまった。
 興味がないわけじゃない。
 だけど、あいつが、モデル?

 たしかに、すごくきれいな顔してたけど。なんか、モデルって感じではなかった……
 天使、みたいな。

(て、天使ってなんだよ? 自分でもキモい)

「あー、でも……入学式。なんかざわついてたよな」

 悠斗くんがつぶやく。

「たしかに」

 入学式の帰り道、母さんがモデルがどうとか言って騒いでた気がする。
 完全に聞き流してたけど。
 モデルかぁ。それなら納得だ。
 たしかに、人間離れしてた。思わず天使とかつぶやいてしまったのは、きっとそのせいだ。
 ぼんやりと手元のカーディガンを眺めていたら、隣で小春さんがつぶやいた。

「それ、どうするの?」

「え?」

「私が返しといてもいいけど」

 手が、ゆっくりと伸びてくる。
 反射的に体が動いた。思わずカーディガンを抱きしめる。

「いや」

「え?」

「だめ」

「は?」

「あ、あとで自分で返すから!」

「……?」

 なんで? って顔でオレを見ている。
 たしかに「なんで?」だ。
 オレもそう思う。
 ここで小春さんに渡した方がいろいろうまくいく。

 ――だけど、それは嫌だった。

 ◇

 その日の夜。
 オレはベッドに寝転がって、永臣のカーディガンを眺めていた。

「明日、返さなきゃな」

 そう呟いてみたけど、本当は返したくない。
 だって、いいにおいするし。
 気持ちいい。
 これ、ずっと借りてたら駄目かな。
 借りたまま忘れたふりとか――いや、それ。人としてどうなんだ。

 でも、少しだけなら……
 明後日返すとか?
 いや、どっちも同じか。

 顔に乗せてみる。
 やっぱり、いいにおい。
 なんでこんなに落ち着くんだろう。

 まぶたが重くなる。

(もういいや、明日考えよ)

 そう思いながら眠りについた。