眠り姫・オレがモデルに恋したはなし

 翌日。

 熱は下がった。
 ほんと一瞬すぎて、あれ何だったんだろう? って感じだ。
 考えたくないけど、知恵熱ってやつなのかもしれない。
 もしそうなら、誰にも知られたくない。
 告白されて、発熱なんて、絶対に隠し通さなければ。
 一生ネタにされる。

 教室に入った瞬間、小春さんと陽菜さんが、同時にこっちを見た。

(……待たれてたっぽい)

「山田、もう大丈夫なの?」

「はい……ご心配をおかけ……」

「で、永臣とはどういう関係なの?」

(さっそく、そこ掘って来る!?)

 オレはげんなりしながら、二人の元気いっぱいな顔を見た。

「山田が保健室行ったって聞いた永臣、この世の終わりみたいな顔してたもんね」

「なんなら、廊下走ってったし」

「走ってるところ初めて見たわ」

「そ、そうなんだ……」

 正直、おしゃべりを聞く余裕なんてない。
 永臣って名前を聞くだけで、胸の奥がそわそわする。
 廊下を走って逃げたいのは、こっちだ。

「でさ」

 陽菜さんが真顔で言う。

「さすがに、諦めたよね。うちら山田には勝てないわって」

「え、勝つってなにが?」

「愛されてんの、うらやまし」

(愛? ……はい?)

 頭がついていかない。
 立ち尽くしていたら、出月くんがポンポンとオレの肩を叩いた。

「女子って怖いね。また熱出すなよ?」

(ほんとに、もう勘弁してほしい)

 ◇

 昼休み。
 第二図書室に永臣はいなかった。

「いない」

 ベンチに座る。

(ここなら……ちゃんと話せると思ったのに)

 五分。
 十分。
 来ない。

(来ないなら、来ないって言えよ)

 ……って言えるわけない。
 お互い、連絡先も知らないんだから。

 十五分。
 二十分。
 なんで来ないんだよ!

 結局、予鈴が鳴って、オレはとぼとぼ教室に戻った。

(ん?)

 オレの席に、出月くんが座っている。
 すぐ後ろなんだから、自分の席に座ればいいのに。
 ……と思っていたら、こっちを見て、手招きした。

「永臣いた?」

「いなかった」

「あいつさ、昨日から連絡つかないんだよ。学校来てないかも」

 出月くんはめずらしくむすっとした表情で、スマホを見せてきた。

「これ見て。永臣のアカウント」

 高級そうなホテルのロビーで、撮影中の永臣。
 ジャケットが似合ってて……カッコいい。
 でも。
 口角がきれいに上がっているのに、目が笑ってない。

「これ、いつの?」

「外暗いし、昨日の夜かもな」

 出月くんが言った。
 昨日。
 保健室に来てくれた、その後かな。

「こいつ、めちゃくちゃ怒ってんな」

 出月くんが、画面を見ながら言った。

「なんで分かるの?」

「キレてるときの顔してる」

 出月くんが、ため息をついた。

(なんで……)

「永臣、本当はモデル辞めたいんだよ」

「え」

「でも母ちゃん強すぎて、言えない。人気出ちゃったし……あいつ、最初から詰んでるんだよ」

 詰んでる。
 その言葉が、胸に落ちる。
 昨日感じた違和感は――気のせいじゃなかった。

「……オレ、昨日永臣に告白された」

「はああ!?」

 出月くんが大きな声を出して立ち上がった。
 椅子がガタンと倒れる。

「え、告白されたの?」

「うん……でも、信じきれなくて。返事できなかった」

「……」

「出月くん。 オレ、どうすればよかった!?」

「ちょ、待っ……俺に聞く!? 俺そこまで恋愛経験豊富じゃないっていうか。モデルとはいえ!」

(うん。それはいいから)

「まぁ、たしかに、永臣お前に執着してたし……好き、なのかも? って思ったことはあるけど……」

 ぼそぼそ言ってる。

「だから、本当に好きは好きなんだと思う」

「そっか」

 胸の奥が、少しだけ軽くなる。

「あ、それならさ」

 出月くんが、急に悪ガキみたいな顔になって言った。

「学校終わったらあいつの家、行ってみない? これ、本人に聞くしかないじゃん」

 オレは即答した。

「行く!」

 ◇

 マンションの前に、タクシーが一台止まっている。
 エントランスから女の人が出てきて、タクシーに乗り込んだ。

「あの人が、永臣のお母さん?」

 植木に隠れている出月くんに尋ねると、小さくうなずいた。
 ものすごい美人で、顔も髪も、永臣とよく似ている。
 だけど、気が強そうで、隙が無くて。
 どこかぼんやりしている永臣とは印象が違った。

 タクシーが走り去る。

「……行くぞ」

 出月くんが言う。
 オレたちはエントランスに入って、インターホンの前に立った。

 ピンポーン。
 ……反応がない。

 もう一回。
 ピンポーン。
 画面は暗いまま。

「いないのか?」

 インターホンを連打する出月くん。
 出ない。
 二人で顔を見合わせた、その時。

『はい』

 永臣の声が響いた。

 安心と、焦りが同時に来る。

「永臣! オレ――」

『朔也? 今はちょっと』

「俺もいる」

『……』

「今すぐ開けろ!」

『……会えない』

 沈黙。
 それから、すごく小さい声で言った。

『……ごめん』

 また、謝られた。
 謝らなくていいのに。

 そのとき、出月くんが別人みたいに低い声で言った。
 もとから低いのに、怖すぎる。

「開けないなら管理会社に電話する」

「……」

『……』

 沈黙のあと、電子音がして、扉が開いた。
 オートロックを抜けて、エレベーターに乗る。
 鏡に、オレと出月くんの顔が映った。
 オレは、めちゃくちゃ緊張してる。
 出月くんは、怒ってる。
 玄関の前に立つと、ドアが、ゆっくり開いた。

 そこにいたのは――短髪の永臣だった。

「髪、切った」

 ぽつりとつぶやく。
 短い髪が、悲しいほど似合ってた。