眠り姫・オレがモデルに恋したはなし

 気づいたら保健室のベッドの上だった。

 正直、保健室のベッドなんて、遠目にしか見たことがない。
 眠すぎて夢に見たことはあったけど――
 実際に寝てみると、パリッとし過ぎてるし、白くて、清潔で――落ち着かない。
 むしろ、緊張する。

 憧れのベッドで寝てるのに緊張するなんて、納得できない。
 図書室の硬いベンチに、永臣のカーディガン。
 あれくらいが、自分にはちょうどいいことがよく分かった。

 永臣に告白っぽいことをされた後、教室に戻ったオレは、なぜか熱を出していた。
 悠斗くんにおでこを触られて「うわ、めっちゃ熱い」って言われて――
 たしか、小春さんと岡野先生にもなにか言われたような気がする。
 そして、気づいたらベッドの上にいた。

 保健室の先生が「またあなた!?」って呆れてる。

『朔也、好き』

 永臣の声が、何度も、何度も、頭の中でリピートしてる。
 あんな声、初めて聞いた。表情も、いつもの永臣じゃなかった。

(夢じゃないよな)

 夢なら良かったのに……いや、良くない。
 「好き」って言われたのは嬉しかったんだから。
 永臣が言った『好き』が、どんな意味だったとしても――
 オレのことが好きなんだ……

(って、顔熱っ)

 熱と、恥ずかしさで寝るどころじゃない。
 むしろ、頭がフル回転してる。
 悶々としてたら、5時間目が終わって、悠斗くんが来てくれた。

「顔赤っ! 大丈夫なの?」

「……いろいろまったく大丈夫じゃない」

「なにそれ!」

 悠斗くんがちらっと辺りを見回してから、小声で言った。

「さっき、教室に永臣が来た」

 心臓が跳ねる。

「朔也のこと探してたけど、なんかあった?」

「……」

 あった。わりとすごい出来事が。
 でも、勝手に話していいのか分からない。

「ケンカでもしたの?」

「してない」

「そっか。朔也が保健室にいるって言ったら、あいつすごい慌ててた……あとで来るかも」

(く、来る!?)

「待って、悠斗くん」

 思わず起き上がって、悠斗くんを掴む。

「どうした?」

「す……」

「す?」

「……好きって言われた」

「……誰に」

「な……」

「永臣?」

 うなずく。

 『ずっと俺といて』は、悠斗くんにも言えなかった。
 言ったら永臣に悪い気がして。
 悠斗くんは数秒フリーズしたあと、静かにベッド横の椅子に腰かけた。
 ギシッと音が鳴る。

「朔也って……」

「な、なに?」

「もしかして、告白されたの初めて!?」

「そうだけど、それなんか関係ある?」

「いや、なかったわ。ごめん……で、なんて答えたの?」

「なにも」

「それ、大丈夫なの!?」

「やっぱり大丈夫じゃないよな!? でもなんか、返事が欲しい感じでもなくて……様子も変だったから――」

 悠斗くんがぽつりと言った。

「答えられなかったんだ」

「そんな感じ。考えすぎて」

 悠斗くんはウーンと唸って天井を見た。

「そりゃ熱出すわ。難易度高すぎ……相手は朔也だぞ? レベル1くらいにしてくれないと」

「ほんとそれ」

 10回くらいうなずきたい気分だ。
 だけど、レベル1については後でひとこと言いたい。

「で、朔也はどうしたいの?」

「なにが?」

「永臣と、どうなりたいの?」

 どうなりたい?
 そんなこと、考えたことなかった。
 ただ……

「……あいつが楽しく過ごせればいいなって」

「……」

 悠斗くんが「え」って顔でオレを見た。
 なにその顔。
 初めての顔で見ないでほしい。

「それ、もう愛じゃん」

「愛!?」

(悠斗くんなに言ってるの!?)

 目の前がチカチカする。

「まあ、無理に答え出す必要はないけどさ」

 悠斗くんが立ち上がる。

「とりあえず、永臣が来たらちゃんと話した方がいいよ。中途半端はよくないし」

「そうだよな」

(ちゃんと話す、か)

 オレは天井を見上げた。

 ◇

 6時間目。

 ウトウトしていたらカーテンが一瞬、動いた気がした。
 保健室の先生? それとも――
 目を開けると、永臣がベッド横の椅子に座っていた。
 それだけで、胸がいっぱいになる。
 来てくれた。
 いつもの顔でオレを見ている。
 よかった。いつもの永臣だ。

「……授業は?」

「サボった」

 あっさり言う。

「怒られるぞ」

「別に」

 永臣は、そっとオレの額に手を当てた。
 ひんやりしてて。気持ちいい。
 今はカーディガンより、この手を抱き締めて寝たい。

(てか、手冷たいな。冬でもないのに)

 緊張してるのかなと思って顔を見ると、目が合った。

「熱、平気?」

 とたんに顔が熱くなる。

「自分でも気づかなかったから……平気」

「朔也、鈍感そうだもんな」

「それは……その通り」

 永臣が小さく笑った。
 それから、少しだけ表情が曇る。
 言葉を選ぶみたいに、唇が動いた。

「……さっきの、ごめん」

「え?」

 手が、額から離れそうになる。
 オレは反射的に、その手首を掴んだ。

「いやいや、ごめんはこっちだし! 気の利いたこと言えなくて……」

「気の利いたことってなに」

 永臣が笑った。

「いや、なんだろな……でも――」

 でも――なんだ? 言いたいことがたくさんありすぎる。
 これ、どうやって圧縮すればいいんだ?

「少し寝たら? めちゃくちゃ顔赤いし」

 永臣が眉をひそめる。

「それは!」

(お前のせいだ!)

 あと、悠斗くんのせいだ。
 愛とかいうから。
 永臣が口を開く。

「あのことは忘れていいから」

(いや、何言ってんの? そうじゃない。逆! 逆だから!)

「忘れない! だって、オレ……」

 言葉が続かない。
 永臣が、優しく言った。

「寝ろ」

「うん」

 オレは、永臣の手を握ったまま、目を閉じた。
 後でちゃんと言おう。まとめてから。
 森のにおいがする。
 今度こそ、眠れそうだった。

 ◇

 どれくらい寝たんだろう。

 目を開けると、もう永臣はいなかった。
 代わりに母さんがオレを見下ろしてた。

「帰るよ」

「あ……はい」

 一気に、現実に引き戻される。

 時計を見る。
 もう放課後だ。

(永臣、いつ帰ったんだろう)

 返事、してないのに。
 連絡先も知らないのに。

 保健室の先生にお礼を言って、廊下を歩く。
 永臣の姿は、もうどこにもなかった。