眠り姫・オレがモデルに恋したはなし

「どうした!?」

 え。抱きしめられてる!?
 いや、ちょっと違う。
 抱きつかれてる、そんな感じ。

(なにこの生き物。でかい猫? いや猫はこんなガシッと抱きしめたりしないはず)

 もしかして、こいつもオレと会えなくて寂しかったのか?
 オレは動けないまま、そっと永臣を見下ろした。
 はじめての角度。
 なぜか見下ろすことに罪悪感みたいなものを感じる。
 たぶん、自分より10センチ以上は背が高いし、態度も微妙に上から目線だったりする。
 それなのに、オレなんかに抱きついてるのを見ると――急に無防備すぎて、どう接していいかわからない。

「仕事でなにかあったんか?」

 たぶん、そうだよな。
 まともに考えたら、原因それしかない。
 海だのホテルだの言ってたけど、遊びに行ったわけじゃないし。
 それに、断れなかったって言ってた仕事だ。
 永臣はオレの腹に顔を押しつけたまま、ぼそっと言った。

「こうしてたいだけ」

(いや、いいけど! いいんだけどさ!)

 気持ちはわかる。
 だけど……

「朔也、あったかい。落ち着く」

「そっか」

「……朔也」

 名前を呼ばれただけなのに、心臓が跳ねる。

(破壊力やっば!)

 なんか、急に愛おしくなって、髪をそっと撫でると、永臣がビクッとした。
 腰に回している手を、ぎゅっと締めてくる。

「ぐっ、強っ」

「ごめん」

 そう言いながらも離さない。

(ホント、こいつどうしたんだ?)

 なんか、めちゃくちゃ弱ってることはわかる。
 だから、そのまま猫にするみたいに撫で続けてたら……
 唐突に言った。

「朔也、好き。ずっと俺といて」

「え……」

(今……好きって言った?)

 告白?
 嬉しい。
 すごく、嬉しい。

 ……はずなのに、なんかモヤモヤする。
 このモヤモヤ、なんだよ。
 モールでの、出月くんと小鞠さんの会話が頭に浮かんでくる。

「遊んだことないんじゃない?」
「母ちゃんが全力で仕事入れてくる」

 ――永臣の「好き」って。
 恋の好き?
 友達の好き?
 それとも――ただ現実がつらいだけなんじゃ。

(やめろ。考えるな)

 疑いたくない。
 だけど、止まらない。
 オレは一瞬「それってどういう意味?」って聞きかけて、かろうじて飲み込んだ。
 そんなの最低すぎる。
 恋愛経験ゼロのオレでも、さすがにそれくらいわかってる。

「……」

 なにも答えられなくて、黙ってたら、永臣はオレの腰に回していた手を緩めて、顔を離した。
 お腹の辺りがスッと冷える。

「……朔也」

「な、なに」

「なんか……ごめん」

 夢から醒めたみたいな顔して言った。

「……え?」

 なんで謝るんだよ。

「変なこと言った」

「ぜんぜん変じゃない。だけど……」

 続きが、でてこない。
 ――その時。
 ベンチに置かれたスマホが震えた。
 永臣がビクッとして、スマホに視線を落とす。
 画面が光って、文字が現れた。

 『母』

 ……なにこれ。

 図書室の温度が一気に下がる。
 永臣は、その電話をとらなかった。
 無言で電源を切って、ポケットに入れた。
 チャイムが鳴る。

「先行くな」

 何もなかったみたいにベンチから立ち上がる。
 制服を軽く整えて、髪を後ろに払った。
 歩く姿が、いつもと同じでキレイだ。
 なんていうか、完璧。
 ……外側だけ。
 バタンとドアが閉まった。

 窓の外を見ると、雨が強くなってた。
 さっきまでぽつぽつだったのに、今はザーザー降ってる。

 「好き」って言われたのに、ただ変な空気になっただけだった。
 なんだこれ。
 ぜったい、オレが悪い。無能すぎる。
 永臣が出て行ったドアを見る。

(どうすればよかったんだ?)

 ……分からない。
 でも、このままは嫌だ。
 窓の外を見た。
 雨は、当分やみそうにない。