眠り姫・オレがモデルに恋したはなし

 待ちに待った月曜日。

 四時間目終了のチャイムが鳴った瞬間、オレは立ち上がっていた。
 六日ぶり。たった六日なのに、めちゃくちゃ長かった。
 早歩き――じゃない。気づいたら走ってた。

 (はやく、会いたい)

 自分でも意味がわからないくらい焦ってる。
 いや、焦ってるって言っても……いつもの中毒症状とは違くて、普通に会いたい。
 さっき下駄箱で確認したら、永臣の靴があった。
 地味なのにカッコよくて、高そうなやつ。オレの人生とはずっと関係なかったタイプの靴。

 でもそれはどうでもいい。
 靴があるってことは、いる。
 それだけで、世界が一気に明るくなった。
 第二図書室のドアノブを握りかけて、一瞬止まる。
 手が震える。

 (落ち着け。普通に入ろう。いなかったらショックすぎるし、ダサい)

 カチャ……

 静かにドアを開ける。
 奥のベンチ。いつもの場所に永臣がいた。
 スマホから顔を上げて、オレを見て、言う。

「ただいま」

「……っ、うん……うん? あ……おかえり」

 返事しながら、なぜか急に顔が熱くなる。

(あれ? なにこれ。めちゃくちゃ恥ずかしい!! ど、どうしたんだオレの顔!?)

 様子がおかしいオレに、永臣が近付いてくる。

「どうした?」

「あ、や、来ないで!」

(え? 来ないでって、ダメだろ)

「違う! 来ないでじゃなくて、来るな……あれ?」

「朔也、落ち着け」

 だよな。ぜったい落ち着いた方がいい。
 変な事言ってる。
 落ち着こうとして、深呼吸したそのとき――いつもと違うにおいが鼻に入ってきた。

「ん?……におい、違う」

「え?」

「違う! いつもと違う!」

 馬鹿みたいに繰り返す。
 森より強く、知らないにおいが香ってくる。
 オレは永臣の両腕をギュッと掴んで、クンクン嗅いだ。

「……」

 永臣が無言で見てくる。

「確認しないと!」

「……何の」

「お前のにおい!」

 言ってから思った。

(これって完全に変態じゃん……でも、もういいか。いまさらだし)

 永臣は一瞬固まってオレを見ていたけど、ふと思い出したみたいに自分の髪をつまんで鼻先に持っていった。

「あ。ホテルのシャンプーとか?」

「ホテル……そっか。仕事だったんだもんな」

「まあ」

「……仕事、大丈夫だった?」

 何気なく言った一言に、ほんの一瞬、永臣の視線が揺れた。
 やっぱり、大丈夫じゃなかったのか?
 出月くんと小鞠さんの言葉が蘇る。
 永臣はすぐにいつもの顔に戻って、肩をすくめた。

「ま、いつも通り」

「海行ってたんだよな?」

「行ってた」

「いいな。泳ぎたい」

 オレが言うと、永臣は少しだけ困った顔をした。

「朔也……泳ぎたいの? まだ寒いと思うけど……てか俺、海全く見てない」

 そう言いながら、ベンチに座る。
 目元に影が落ちた。

 元気ないな。海って言っても遊びに行ったわけじゃないもんな。
 なんとなく分かってきた。
 永臣は多分、平気なふりが上手い。
 変に真面目で、弱音を吐かないタイプ。

 ――オレにできること、何かないかな。

「あ」

 オレはスマホを出して、小鞠さんが送ってきた写真を見せた。
 出月くんが、パネルの隣で永臣のマネしてるやつ。
 永臣が目を見開く。

「あいつら、ホントなんなの? どういう性格してるんだ?」

 そう言いながらも、笑ってる。

「次は一緒に行こうよ。永臣がいたほうがおもしろいし」

「俺がこれやったら店からクレーム来る」

「……ぜったいやらせる!」

「おい」

「あ、そうだ。これ」

 オレは急に思い出して、カーディガンが入った紙袋を永臣に差し出した。

「え、なに?」

 紙袋に触れた永臣の指が、ぴくっと止まる。

「……もう、いらない?」

「じゃなくて」

 ぜんぜん違う。
 オレは思いっきり首を振った。

「におい消えてきたから。お前んちに数日置いといて」

「……は?」

 さすがに数日着てて、とは言えない。
 永臣はしばらくカーディガンを見つめて――急に吹き出した。

「朔也って、ほんとさ」

「なに」

「ちょっと、こっち来て」

 永臣の指が、オレの制服をくいっと引っ張って――次の瞬間、オレは永臣に抱きしめられていた。