眠り姫・オレがモデルに恋したはなし

 金曜日。

 永臣不在四日目。
 オレは完全に永臣不足で、思考能力が落ちていた。
 教室で堂々と、永臣のカーディガンを枕にしてる。
 なんかもう周りの視線とか、どうでもいい。
 たぶんオレのことなんかだれも気にしてないし。

 それよりも、カーディガンのにおいが消えかかってることの方がやばい。
 家の洗剤か、オレのにおいになってる。
 自分のにおいなんて、いらないのに!

 前の席あたりから、スマホの画面を見せ合う声が聞こえてくる。

「ねえこれ、沖縄かな?」

「海きれい。永臣って今沖縄にいるの?」

「これ誰が撮ってると思う? まさか、彼女じゃないよね」

小鞠(こまり)? あれ、彼女じゃなくて幼なじみらしいよ」

「幼なじみって、これ絶対好きじゃん!」

 ──彼女。

 その単語だけ、耳に刺さる。
 オレは反射的に「彼女なんていない」と言いかけて、口を閉じた。
 いないって言える根拠が何もない。

(彼女……いるのか?)

 永臣のこと、何も知らない。
 それに。彼女がいたって、べつに不思議じゃない。
 あんなにカッコいいんだし。
 でも、胸が痛い。
 オレは無意識にカーディガンに顔を押しつけた。

(うう……やっぱりにおい、消えてる)

 週末、これだけが頼りだったのに。どうすればいいんだ。

 ◇

 放課後。

(はぁ……あれ?)

 いつの間にか、モールにいた。
 悠斗くんと昇降口で分かれて、気づいたら永臣のパネルの前。

(オレ、なんでここにいるの?)

 キョロキョロあたりを見渡す。
 どうやってここまで来たか、途中の景色が思い出せない。
 本当に無意識にここまで来たみたいだ。

 目の前の「モデルの顔」をした永臣。
 写真のくせに、こっちを見てるみたいで、ドキドキする。
 オレはパネルの前で、しばらく永臣を見ていた。
 永臣なのに、永臣じゃないみたいな。変な感じ。

(本物、こんなに色っぽくないし……)

 そうだ、写真撮ろうと思ってたんだった。
 スマホを探してたら、真後ろから声がした。

「朔也、なにしてんの?」

「うわっ!」

 振り返ると――そこには、出月くんが立っていた。

「……な、なにもしてない。たまたま通っただけ」

「その割に、長時間永臣見てたじゃん」

(長時間って、いつからそこに……ん、あれ?)

 出月くんのとなりに、めちゃくちゃ可愛い女の子が立っている。
 不思議なことに、出月くんとお似合いだ。もっさりしてるのに。

「なに。あんた永臣が好きなの?」

 フラペチーノを吸いながら、真顔で言う。
 にこりともしない。
 うん、可愛い顔して、グサッと刺しにくる怖いタイプだ。
 早めに逃げよう。

「私は、永臣がいちばん好き」

(聞いてないけど)

「は? 俺でいいじゃん」

 出月くんが言う。

「やだ。デカくて怖い」

「小鞠。永臣が中身まで中性的だと思ってたら、痛い目見るからな? ぜったい俺のほうがいい! 優しい!」

「なにそれキモっ」

(なんだこれ。オレ、なに聞かされてんだ? 早く帰りたい)

「えーと……じゃ、用事があるから。これで」

 一歩後ずさったそのとき。

「待って!」

 女の子は長い爪で、ギュッとオレの腕を握った。

 そのまま、オレをパネルの前まで引きずっていって、スマホを構えた。

「あんたも、やるの」

 ◇

「きゃははははは!」

 オレは、爆笑している小鞠さんと、パネルの横で「永臣のキメ顔」をしている出月くんを、呆然と見ていた。

「朔也っ、どっちがいいっ!?」

 出月くんがポーズをとりながら必死に聞いてくる。

「え……」

「だから、どっちがカッコいい!?」

「どう考えても永臣でしょ!」

 小鞠さんがスマホを構えたまま、即答する。
 パシャパシャパシャ。
 容赦ないシャッター音。出月くんも、ノリノリだ。
 なんか、この二人が似た者同士なんだってことだけはよく分かった。
 永臣をいじって遊んでることも。

「出月、前髪邪魔!」

「えー、このままでいいじゃん」

「いいからやって!」

 小鞠さんの言葉に、出月くんは「しょーがないな」と前髪をかき上げた。

「うっっっわ!?」

 やたら整った、強すぎる顔。

(え、誰!? 知らない人!!)

「出月くん、顔っ! 顔が強い!」

「あはははははは」

 小鞠さんがオレを見て爆笑している。
 思いっきり、周囲の注目を集めている。
 この人たちには羞恥心ってものがないのだろうか。
 すごく、自分がまともに思えてくる。

「信じた? モデルだって」

 出月くんが、強顔面のままオレの前に立って言った。

「し、信じた」

「よかった」

 にこっと笑う。
 モデル、怖。

「てかこれ、永臣にやらせればもっと面白かったんじゃね?」

 出月くんが言った。

「まぁ、やらないでしょ。うちらと違って真面目だし……」

(あ、自覚あるんだ)

 小鞠さんが、撮った写真をチェックしながら答える。
 その会話を聞きながら、オレはパネルの永臣を見た。

 本物の永臣がここにいたら、めちゃくちゃ嫌がりながらも一回くらいならやってくれたかもしれない。
 ……いや、やっぱり怒って帰るか。

(どっちだろ)

 本人がいないから、いくら考えても分からない。

「ここにいたらよかったのに」

 無意識に言葉がこぼれた。
 二人の視線がオレに向く。

「あ、えーと」

 空気が重たくなる。

「次は永臣も連れて来ような」

 出月くんが、ぼそっと言った。

「そんで、このパネルのものまねやらせる!」

「……」

 ◇

 なぜかそのまま三人で帰ることになった。
 出月くんも小鞠さんも、変に雰囲気があって落ち着かない。
 自分の一般人感がすごすぎる。

「あ」

 ショーウィンドウに映った自分たちの姿を見て、思わず声が出た。
 オレと小鞠さんの身長が、同じだったのだ。

「なに?」

 小鞠さんがこっちを見る。目線が同じだ。

「や……身長高いなって。出月くんが高すぎて気付かなかった」

「まぁ、170センチあるし」

「オレ、171センチ!」

「競ってないし! 朔也、むかつく」

 小鞠さんがどついてくる。痛い。

「私だって一応モデルだし。まぁ永臣と違って、ヒマだけどね」

「あいつは忙しすぎるよな」

 出月くんが、ぼそっと言った。

「永臣って、仕事嫌いなの?」

「なんで?」

 小鞠さんが聞いてくる。

「いや、なんか。電話でキレてたから」

「ああ……それは」

 小鞠さんが、ちらっと出月くんを見た。

「あいつ、母ちゃんが全力で仕事入れてくるからな」

「……普通に遊んだこととか、ないんじゃないかな。可哀想だよね」

 その言い方が、妙にリアルで。
 そっか。この子が幼なじみで、永臣の彼女かもしれない小鞠さんか――と、オレは自分の気持ちはそっちのけで納得した。
 永臣に、今すぐ会いたい。
 ここに連れてきて、バカみたいなことして遊びたい。
 それなのに。

「なぜか、永臣の連絡先知らないんだよな」

 ぼそっと言うと、出月くんがため息を吐いて言った。

「あいつ、バカなんだよ」